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Uターン
閣下の膝下

うーん、ラスボスの風格。スーツが嫌ってほど似合ってる、まるで吸血鬼だ。ぽかんと口を開けてると立ち上がってあたしに手を差し伸べた。
「すみません、子どもがご無礼を」
母さんのほうをちらりと見る、きっと顔を背けたはずだ。手を借りて立ち上がり、ふかふかのソファーに座らせてもらった。
「……この時計、お返しします」
机の上に置かれたベルベットさんの懐中時計! 蓋や時計には特に壊れた様子もなく、無事に動き続けている。
「グレイ! 席をはずしてくれ。後で話があるから、終わったら来てくれるか?」
「……わーったよ」
なんだかごちゃごちゃしたデザインの重そうな扉を開けて、母さんはどこかにいってしまった。
ああ、この人がルシファー。全て話せば分かってくれる。
「あの……」
「姉さんたちは、どうしてこのようなものを貴女に贈ったのですか?」
「この時計が使えるかどうか試すために……」
「貴女はそのためだけに、この世のルールから外れてまで『未来』から来たのですか」
未来! もうわかったんだ。さすが、さすがだなあ……!
「いや。あたしの兄が……、セオドアに酷い凌辱の上に殺されてしまって。あの人たちはやり直さないかって、あたしに持ちかけてきました。それで試作品の、その時計を持たせたんです」
「なるほど。我が姉ながら、性格の悪い女です。私が代わりに謝らせてください……、申し訳ありません。……あなたは……、自分の兄を助けるためにここへ来たのですね」
「はい」
「しかし兄を助けるためだけなら兄が産まれたころに来ればよかった。あなたはセオドアを殺してから、あれのいない世界で兄を成長させたい」
「あいつがいなければ……、あんな苦しくて屈辱的でつらいこと、何度も何度も味わうことなかった」
「そしてそれを成功させるのが我が姉の意思なのですね。閉じ込めて監視するだけでなく、殺せと……」
確か……。この世界はセオドアを閉じ込めるために作られたものだったっけ。悪さばかりしていたセオドアをベルベットさんたちが、本物と見分けのつかない世界を作って、ふたりの監視役を置いていった。それが悪魔のルシファーさんと、天界で『神』とか『主』とか呼ばれてるアスモデウスって悪魔だ。
「あれの場所を特定できないことには、私が動くことはできませんし……、若い頃でも五分五分だったのが、老いた今、本気のあれを相手して勝てる自信はありません」
「たくさんで行けば、あるいは……」
「そうですね、それしか現状方法はないでしょう。……あなたはもうヒトでも悪魔でもないが、その時計がなければただの呪い使いでしかないのです。私の部下でよければ、ボディーガードにつけましょう」



ふうっ、時計も戻ってきたし、一件落着だ。ボディーガードねえ……。さっき母さんが手配してくれたホテルに戻って、そのボディーガードが迎えに来るのを待っていた。NDの悪魔らしいから、まあそれなりに頼りになるんだろう。うちに一緒に住むことになるらしいし、女の人かな? 本当は母さんがボディーガードになる予定だったけど、母さんはもう倫太郎さんを抱えてるんで他の悪魔になったそうだ。そわそわ部屋を歩き回ってると、待ってましたノックの音。
「どーも……」
ドアを開けると見知った顔があって、ぎゃあと叫んで飛びのいた。ぽかんと扉の前に立っているその悪魔は首をかしげてる。
「え? なに? きみがその……、ボディーガードされたい人?」
ピンクがかかったふわふわの白髪に大きなビー玉みたいにくりくりの目、鼻と口は小さくて、まるでお人形だ。それに似合わない警察の制服。
「そんなにびっくりしなくっていいじゃーん。そりゃあぼくら他人にしちゃあ超似てるけど。きっとおじさんがそのへん考慮してぼくを選んだんだよね」
ボディーガードね、ボディーガード。ガードっていうか、囮になるなら完璧な人材だ。こいつを囮にしてる間に逃げなさいってことね。
「若い女の子と二人暮らしなんてテンション上がっちゃうなー。あ、ぼくアッシュ。きみはアイヴィーだよね、よろしくね」
「あ、ああ。世話になる」


市内、某マンション。母さんのマンションとは、橋を睨んで向かい側だ。母さんは中央署のNDだけれど、親父……、アッシュは南署のND。南の範囲にはスラム街があるんで、ちょっと大変だと苦笑いしてた。
「必要なものは全部部屋に用意してるよ。物置だったのを女の子の部屋に作り変えるの苦労したんだからね」
NDってそんなにお給料いいんだっけ? 一人暮らししてたにしては豪華すぎる。あたしはチャコと二人暮らししていたけど、小さい市営のアパート暮らしだった。母さんといい……。
大きな部屋、リビングに通されて、椅子に座るよう促される。その通りに逆らわず椅子に座ると、向かいに親父が座った。
「……とりあえず! 女の子が一人で暮らすのは、ここは危険な街です。ボディーガードといってもぼくにも仕事がありますから、衣食住の確保、それから他の悪魔や天使に喧嘩売りにいったり売られた時、悪い人間に捕まっちゃった時とかにぼくの出番になるわけです。人間になんて捕まらねーとか思ってるかもしれないけど、これから言うルールを守って生活した場合はそうなってしまう可能性がゼロじゃないです」
はあ、と気の抜けた返事をすると、親父はそばに置いていた紙をめくりあたしに突きつけた。
「一緒に暮らすときのお約束……?」
紙のタイトルは、それだ。
「まず、魔法を一般人に傷つける目的で使わないこと! 捕まります! 犯罪者になっちゃったらぼくではもうどうすることもできないからね! 使っていいのは公務員だけだよ!」
「は、はあ……」
「次に、外に出る時はぼくといっしょ。ガードの意味がないからね。ぼくがどーしても行けなくて、それでも外に出なくちゃいけない時は必ず連絡してね」
まあ、そりゃあ、そうか。
「で、最後は……、一緒に暮らすことになるけど、仲良くしようねってこと。まずお互いのこと知らなくっちゃ……」
紙をあたしに渡すと、腕を組んで考えだす。
「えーと……、ぼくはアッシュ。歳は、人間だと21から23あたりね。好きな食べ物は……、肉! で、好きな映画は『セブン』、音楽は……『レディオヘッド』。『エアバッグ』の出だしなんて最高だね。どぅどぅーんどぅーん……」
ああ、知ってるさ。レディオヘッド。
「あたしは『OKコンピューター』なら、『エアバッグ』より『カーマ・ポリス』」
「へー、音楽とか、聴くように見えないな」
「親父が好きで」
「おとーさん、趣味若いね」
あんただよ、このやろー。
「きみのことも教えてよ。ぼくが話してばっかだ」
「ええと……。あたしは、アイヴィー」
「知ってるよー」
「歳は……、たぶん18、くらい。なんでも食うけど、甘いものは苦手」
「そうなんだ。ぼくと同じだね」
「映画とか音楽とかはあんまり……、見たりしない。連れてかれたり、うちで流れてるのを聴いたりするくらい」
「……あのね、ぼくの昔っからの友達ってゆーか、まあ、妹みたいなもんなんだけど、その人にちょっと似てる。なんだろうなー、雰囲気かな。音楽とか映画とかも全然興味なくてね……、食って寝て気に入らない奴殴ってりゃあ満足だって、男の子にしか見えないよーな女の子」
母さんのことだ。
「その人って、キンケードとかいう……」
「あ、そうそう。やっぱ知ってるよね。有名だもん。小さいころは一緒にお人形遊びしたりしたんだよー。それがどうしてああなったのか全然わかんないや……」
えへへー、なんてとろけた顔で惚気か? いや、たしか二人がくっついたのはセオドアが影の中に閉じ込められた後だ。まだそんなことにはなってないとは思う。
「アイヴィーちゃんは、好きな男の子とかいるの?」
「え!」
「それとも女の子?」
「い。いや。あたしは……」
親父とするには恥ずかしすぎる話だもん。頭をくしゃくしゃしてごまかそうとするけど、親父は頬杖ついてにたにた笑っていた。
「いーいなーぁ。青春だねっ。ぼくそんなのとは無縁だったから、羨ましいな。なんかどんな子なんだろうって思ってたけど、意外と普通の女の子なんだねえ。おじさんから話聞いた時はホント、どうしようって思ったけど」
あたしが時計を持ってるから、なんとかこっちにいさせてもらえてる。持ってなかったり壊れてたら、きっと一生魔界で隠れてなきゃいけないんだろうな。
とりあえず、私は知らないし姉ちゃんたちがやったことだから手を出すこともできないってことなのだ、あのラスボスの言いたいことは。で、とりあえず身を守ることはしてやろうと親父をよこしたんだ。たぶん、あたしの血を知って。
「悪いけど、ぼくは仕事もあるから、おうちのこととか頼んでもいいかな?」
「それは構わねーが……」
「お料理とか、できたりする?」
「まあ。そんなにうまいもんはつくれねーけど……」
「ふふ。じゃあそんなに期待しない。あんま器用そうに見えないし。なんか結婚したみたいだねー、新婚さんだ」
なんてーか、微妙な気分だなぁ。
「どっちかってーと、兄妹?」
親子です!
「あ、ご飯食べいく? それともおうちでつくる? 一緒に外行こうよ」
「いいのか?」
「いいよー。こっち来たばっかでしょ? 案内するから、ついでに。この格好で行くのはヤバイから着替えるねぇ」
NDの制服姿のまんまだしね、部屋に引っ込んでく。ぱっといなくなった隙を見て、部屋を見た。大きいテレビ、大きい机、大きいコンポ。こんなに大きい必要ある? 一人暮らしなに。
コンポの近くには、さっき言っていたCDが置いてある。レディオヘッドの『OKコンピューター』。
「おーい、着替えたから出かけるよーっ」
玄関に来ると、ふわふわのロリータワンピースに身をつつんでいる。化粧もバッチリ決まってて、そんな時間あったかしら? 紫のパンプスにもう足を突っ込んでる。
「あの……、それで出るのか?」
「一張羅!」
「べつに、ちょっと外出るだけだろ」
「ぼくはそれをデートって言うけど。嫌?」
「かまわねーけど……」
唇にぽってり塗ってあるピンクの口紅見てると変な気分になってくる。コイツが女孕ませた結果があたしなんだぜ? しかもその女ってーのが『あれ』だもんなぁ。
鍵をかけて、ああと思い出したように。
「まず、合鍵作ってもらおうか。それから、鍵につけとくキーホルダー見に行こ」
エレベーターに乗る、大きな鏡に二人の姿がうつる。あたしはどこにでも売ってそうな黄色いTシャツにショートパンツとサンダル。親父はフリフリのワンピースにハンドバッグ、日傘も勿論持っている。ぼーっと眺めてると、不思議な気分だった。親父ね、これがあたしの親父……。



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あきゅろす。
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