[携帯モード] [URL送信]

Uターン
無慈悲な弾丸

ツォハルの見た目は二十代の後半で、ふだんの仕事は地上から魔界へと、ものを輸入すること。食べ物、服、家具、機械、とにかくたくさん。そのため、知り合いが多いんだって。一応軍の悪魔で、上からの正式な仕事らしい。イスカリオテ家はずっと昔の、かつて悪魔が天使だったころから続く由緒正しい血筋。アスモデウスの血を強く持ち、単純な力こそはあまりないものの、大きな魔力を持つ。
自慢げにそれらをぺらぺらと話すツォハルは、すっかり酔いつぶれてる。店の閉店になると引きずり出されて、近くの花壇に倒れこんだ。ほっときゃいいのになんとなくツォハルを放っておくのは心配で、揺さぶったり叩いたりするが起きることはなくうずくまってるだけだ。
「ツォハル。うちはどこだ? 連れてく。ツォハル?」
街はすっかり人がいなくなって、お店もしまってゆく。あたりにはあたしとツォハルだけだ。だけ……。
……?

誰かいるような?
ツォハルの魔法臭じゃない。薄くて、かすれそうなのに。近い。髪を伸ばしてその気配に。
「テメー、天使か?」
首や腕に巻きついたそれは、確かに魔法臭を放っている。金色の髪をした若い男。
「ぅ……、ぐ、グレイさん……!」
「お前! おとなしくしてろっていったろう!」
びっくりして髪の毛の力を抜くと、捕まえた天使はよろよろ倒れた。母さんが飛びかかってきて、あたしの首を掴む。
「あの灰人形はお前の仕業か? お前はNDじゃねえだろう? 一般人が警察と同じことすりゃあ犯罪者だ」
髪の毛で押し返そうとするが、力じゃ押し負ける。
「あたしじゃないっ!」
「ブロウズ……、お前、呪い使いだろう? 灰の呪い使いだろう?」
「違う奴だ!」
「お前以外にこっちに居る呪い使いは知らねえんだよ! おとなしくしねーと、いくら同志とはいってもオレの邪魔をするならぶっ殺すぞ」
目を見開いて。顔をくっつけるほどに。ぐるぐる喉を鳴らして、……ま、マジだ。
あたしの隣にうずくまっていたツォハルがよろよろ顔を持ち上げた。母さんがその顔を見て。あたしの喉から手を離す。
「イスカリオテのツォハル。お前の連れか?」
「……やあ、キンケードかい。さっききみの話をしていたところさ。彼女はずっとおれのそばに居たよ。呪いなんてかける素振りもなかった」
ぐちゃぐちゃの髪をかきあげる。とろんと眠そうなたれ目が髪の間を見え隠れする。
「そうか。お前がそう言うんなら、そうなんだろうな。とにかく、オレの邪魔をしてくれるな。おとなしくしてろ。オレに殺さたくはねえだろ」
そう言い放つと、助走をつけて空に飛び上がる。さっき取り押さえた金髪の男も少しあたしとツォハルを睨むと、母さんについていった。
……灰人形? ってことは、親父が近くに居る! 飛んだりはねたりはできないし、まだこの辺りにいるんじゃないか。周りの様子を見てみるが、それらしい気配はなかった。もう巻いたのか……、それとも母さんに連れていかれたのか?
「ツォハル。あたしはアッシュを探す」
軽くジャンプ、それから足をふんばってバネのように飛び上がりながら影の炎を足から吹き出す。
「おいっ、またキンケードに見つかったら今度こそ殺されるぞ」
「うまくやるさ! ありがとう、また頼らせてくれ!」
それだけ投げ捨てて、小さなビルの屋上に着地した。あたしは母さんやチャコと違って、どっちかというと親父の血が強いんで鼻や耳はよくない。そのかわり毒や呪いを扱ったり、あたしらの血筋の大きな武器である蛾を扱える。……のだが、今は使えないだろう。このあたりに母さんがいる以上は、見つかれば蛾はすぐ殺されてしまうからだ。そうなればあたしのほうに影響が出て、高熱を出して倒れたり気を失ったりする。今のようなビルの屋上ならまだいいものの、空を飛んでいる途中にそうなってしまえば、死にはしないだろうが大怪我は避けられない。
とにかくしらみつぶしに、大通りはもちろんのこと路地も見ていかなくちゃならない。しかも母さんに見つからずに……。どうすれば?
はっとしてポケットに手をつっこむ。ベルベットさんにもらった時を飛ぶ懐中時計。動いているその秒針をそっと指で止めてみると、一瞬強い風がふいた。ビルの屋上から道路を見下ろすと、車、ヒト、ぜんぶ、止まっている。……なんてこった、なんてこった! これがあれば親父を探すどころか、あのセオドアだって敵じゃない!

さっき母さんが飛んでいった方向を見てみると、灰人形、と母さんが呼んだものがそこにあった。確かにヒトのかたちをしていて、灰でぎっちり固められている。生きてるのかそれとも死んでるのかはあたしが知るところではない。
少し路地に入った所には母さん、動いていない母さんと、……。
怯えた表情で壁にもたれ、周りをきょろきょろ忙しく見回している金髪で眼鏡の青年、さっきあたしが髪で捕まえた青年だ。
こちらに気づくと震えながらも構え、敵意をこちらにむけている。なぜ、なぜこいつは止まっていない? そう考えたが、答えは一瞬で出た。あの時計は、最初の悪魔たちが作ったものだ。七つの大罪の名をつけられた悪魔たちに、のこりはセオドア。あいつらが自分たちを滅ぼしかねないものを作るだろうか? セオドアとルシファーの間の子であるアルフレッド・クリスティ……、倫太郎さんは、時計の影響対象からは外れているのだろう。
「あ、あなた、さっきの人ですね。あなたのせいですか? なぜ、俺も術にかけないんです。そりゃ……、俺は術なんてなくても殺せるでしょうけど。もしかして、テディくんの部下の方ですか?」
「セオドアの? なわけ、ねえだろ!」
金髪の猫っ毛、赤いフレームの眼鏡。少し伸びた髪は横にまとめてて、まるで女の子みたいな可愛い髪飾り。違いない、面影ありまくり。倫太郎さんだ。こんなに若い頃から仲良かったんだっけか?
「か……、その、グレイ、が……、誰かを探してるとか言わなかったか? あの灰人形を見つけて。どいつがそれを作ったか予想したとか……」
「あなたですよ……」
「もう一人こんなことができそうな奴がこのあたりにいるはずなんだよなあ。そいつを探してる」
知ってるのか知らないのか、それもわからない。
「あたしは敵じゃあーねえ」
「ならこの術を解いてください!」
「そんなことしたら、あたしは殺されちまうんで」
……もうほっといて探しにいったほうがよさそうだ。時計の効果がどれだけ長い時間なのかわからないし……。そう考えて飛んでいこうとすると、また強く風が吹く。浮いていた母さんの体が落ちるが、ネコのように空中でくるりと回転して着地した。ちくしょう、なんてタイミング!
「グレイさん!」
倫太郎さんの呼びかけに振り向いたその顔その目つきは、獣と形容しないのならなんと言えばいいのかわからない。
「おい……、お前、死ぬ覚悟はできてるんだろうな」
時計を触る隙もない、矢どころか弾丸のような速さでこちらに飛んでくる獣から身を守る術はなかった。腹に蹴りを入れられ、コンクリートにヒビが入る。立ち上がる余裕はない。腕を大きな剣に変えて、あたしの首に突きつけた。ああ、なつかしい、あいつも使っていた技だ。
「オレは優しいんだ、これでもな。お前が知ってること全部吐くなら殺さねえ」
後ろから倫太郎さんが走ってきて、倒れたあたしを見下ろした。
「グレイさん。さっき話したんですけど、この人、敵じゃないって言ってました。女性に乱暴はよくないですよ……」
「オレの邪魔するなら同士でも女でも子供でもジジババでも敵だ。……どこで話をしたんだ?」
若い頃の母さん……、チャコとは全然違うな。
「ここです。妙な術を使って……、グレイさんの動き、向こうの大通りの車も止まっていました。俺とこの人だけが……、動いていたんです」
「……そんなことできるようには、思えないが。でもかなり妙だ。変な臭いがするんだよ……。気に食わねえ臭いが。……お前が頼れれば、こいつを押さえさせるんだがな」
「ごめんなさい……」
「仕方ねえ、できねえもんはな。こいつを一人にはしておけねえし。ここでなんやかんやとやるわけにはいかねえ……、まだ人、いるしな。灰人形は調査班に任せよう……。電話かけてくれ、今日忘れたんだ」
「あ、わかりました」
……くそう、話して理解できるとは思えないんだけど。もしかしてここで死んで終わりなのか? せっかくこんなところまで来たってのに、そんなばかな……。
倫太郎さんが携帯を持ち、母さんの耳に当てる。
「NDのキンケードだ。モニカ? モーガンから連絡は? ……そうか、すまねえが、逃がした。他のNDに注意勧告と現場の処理を願いたい。近くにモーガンが待機してるはずだから、そこによこしてやってくれ、あいつなら現場がわかるから。じゃ、頼むぜ」
電話がおわるとあたしの首から刃を離して、そのかわりに腹を思い切り踏みつけた。重い痛みにうめいて血を吐く……、久しぶりに戦い(といっても一方的に蹴っ飛ばされてるだけだけど)になったんで、痛みがかなり体にこたえてくる。腹を抱えてうずくまると、倫太郎さんが母さんを止める。
「だめです、だめですよ、女性のお腹を蹴っちゃだめですよ!」
「それくらい分かってらあ。お前、こいつがただの、ただの悪魔の女に見えるかよ?」
「み、見えますけれど……、まさか男だっていうんじゃないでしょうね。男でもいけないんですからね?!」
「わかんねえか。いいか、これからオレのやることに一切口出しするな。今からオレがやろうとすることは圧倒的に正しいんだ。見たくなけりゃあ朝までそのへん散歩してろ。お前んとこがどんな方針でやってるのかオレはしらねえ。でもこいつとオレは同じとこで同じこと教わったんだ。言いたいことわかるか?」
「……お、おれついて行きます」
「助かる。家に先帰って、窓開けといてくれるか? 居間の」
「わかりました……」
抵抗もできず、あたしは母さんに抱えられていた。はーはーと息をするたびに骨が軋む音がする。まさかこんなことになるなんて、時計がばれちまったらどうしよう。特に何もせず、ルシファーの元にあたしを突き出してくれたら全てわかってくれるはずだけど、……。




[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!