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Uターン
白鳥の舞

輝く摩天楼。伸びる影、落ちる光。
あたしがこの時間にて飛んだのはもちろん、あのくそったれの天使を殺すためだった。あいつが生まれるよりも前に原因はある。あの天使さえいなければ、あいつは幸せだった。
来てみたのはいいものの……、全く当てはないけれど。金はあるし、尽きるまではがむしゃらに探してみるしかないのか? とにかく母さんと親父が若かったころで、まだセオドアが閉じ込められていない時に来れればいいと思ったんで、詳しいことは何もわからないのだ。
近くの売店で新聞を買うと、店のおじさんが話しかけてくる。
「じょうちゃん、旅行かい?」
キャリーケースを見ながら。
「そんなもんだ。来たばかりさ」
「この街は今、旅行にはむかねえよ。若いじょうちゃんひとりならなおさらな。バラバラにならないよう、気をつけなよ」
お金と引き換えに新聞を渡す、一番大きい見出し、猟奇殺人の記事だ。10代から20代の少女や若い女性がターゲット。被害女性はかならず犯人と一夜を共にして、事が終わってから、もしくは最中に殺されてしまう。その証拠に、死体には犯人のものと思われる体液がどこかしらに残されていた。手足はバラバラにされ、公園や小学校の花壇、ゴミ捨て場、駅のトイレ……、人の目につく場所に捨てられる。そして一番不思議なことは、死体には手足や首を切断するための大きな肉を切るためのナイフや包丁、果ては斧なんかの乱暴な傷しかない。腹には傷がひとつもないのに、かならず、被害女性の体からは内臓が抜かれているのだ。どうやって取り出しているのか、そしてそれをどうしているのかは全くの謎。
「噂によりゃあ、そいつの犯人は顔に傷のある、とんでもない美形なんだってさ。そうじゃなきゃあ、こんだけの数の女がついてかねえから」
「どーも、忠告、ありがとう」

この記事の犯人、セオドアで間違いないだろう。傷を残さず腹から内臓を取り出すなんて芸当ができるのは、どこの世界を探したってあいつしかいない。それかもしくは、ベルベットさんやレヴィン、サタンたち。
新聞をぱらぱらめくっていると、獣のような、しかしヒトの言葉が聞こえる。
「どけーっ! 轢くぞ!」
はっと声のするほうを見る、矢のように飛んでいく影を見て、人混みは花道を作った。花道の先はあたしの隣、人に隠れようとする薄汚れた格好をした男の上に矢は落ちた。
「逃げられると思ったか? オレと同じ店に居たのが運のツキだったな」
男の上に馬乗りになる、ジャージにタンクトップ、髪は手入れなんてされてなさそうな痛んだスポンジのよう。履き物はサンダルで、年頃の女には見えない。声は低いし女どころか、男にしか見えない。あたしがそれを女だと認識したのは、記憶の向こうに心当たりがあったから。
真っ赤で、血に飢えた獣のようなつり上がった目。泣きぼくろ、白く長い腕はいつの戦いでついたものか、傷あとが無数に。
そうだ、まさかこんなにも早く会えるなんて。この女にはとても見えやしない女は、あたしの母親だった。
「そこ、そこの、白い髪の……、そうそう、あんただよ。携帯持ってるか?」
「あ、あたしっ!?」
「持ってるか?」
ぎょっとして、慌てて携帯を手渡した。手渡したあとで気づいたけど、こっちでこの携帯繋がるわけ? その心配をよそにコールコール、どうやら繋がったみたいだ。
「もしもし、NDのグレイ・キンケードだ。……いやあ、携帯忘れてよ。ごめんって。……ああ、でな、万引き犯とっ捕まえたんで、モニカから担当に連絡入れてくれねえ? オレよその部署からあんまり良く思われてねーだろ。頼むぜ。車よこしてくれ。じゃ、よろしく」
はあ、一体全体どうなってるのかしら? 携帯を返してもらうと、にかっと彼女は笑った。
「ありがとな。メールきてたぜ」
「あ、ああ……」
メールの差出人は、ベルベットさんだ。あのひと、また何かしたな。
『アイヴィーちゃん、時間旅行は楽しんでる? きっと道中で困ることがあるでしょうから、こうやって連絡をとれるようにしておいたわ。無くしたり壊したりしないでね。きっとあなたならうまくやるでしょうし特に大きなトラブルはないでしょうけど、あの時計はまだ完全ではないのよ。何かあったら、細かいことでも連絡お願いできるかしら。基本的にあなたの質問は私が答えるけれど、レヴィンやサタンの意見が欲しい時はそれを伝えてちょうだい。あの子たちは機械にうといから、私が代筆するわ。あ、でも電話が繋がらないわけではないから、うまく使い分けてちょうだいね』
まあね……、わかってた。あれがあたしに、こんな便利なものを渡すわけがないって。あたしが実験台ってわけね。あいつらの目的は一体なんなんだ……? しかし戻るわけにもいくまい。できるだけやってみるしか……。
「なあ」
母さんに急に声をかけられ、びくっと飛び上がる。
「出身はどこだ?」
「え、あ、あたし、あたしは、モール産まれだけれど……」
「そんなバレバレの嘘つくなよ。てめー、臭うんだよ。旅行ならとっとと帰りな。女が一人でウロウロする街じゃねえぞ」
「か……、お、お前だって、女だろうが!」
母さん、って言いかけていつもの口調に戻す。すると母さんは目を丸くして。
「オレが女に見えるか?」
「え……」
自分の顔をべたべた触って、なんだか顔を赤くしてるみたいだった。急に体を縮こませて、下唇を噛んでいる。
「本当にオレが女に見えるか?」
「ち、ちがうのか?」
「……お、女だよ。オレは……」
「……」
「と、とにかくよ、ここは女の呪い使いが旅行するような場所じゃねえ。死にたくなけりゃあ『向こう』に帰れ。オレなら向こうへ帰るための扉へ案内できる。車が来たらオレについてこいよ。初対面とはいえ、同志だろ?」
「あたしは帰らねー。あたし、あんたを探してここに来たんだ」
「ま。またか? 倫太郎といい……、困ったな。なんでだ?」
「あたしも『テディ』を殺すために」
表情が変わり、掴みかかろうとする母さん、それを止めるサイレンの音。ハアっと息を吐いて、我に帰ったようだった。車に乗ってきた警官にずっと押さえていた男を引き渡すと、またこちらに戻ってくる。
「なぜそれを知ってる? 奴は有名だが……、オレとやりあったっつーのは……、どこから漏れた? おじさんか?」
「きっとあんたにはわからないね。おじさん……、ルシファーにあたしを見せれば全部わかるだろうけど」
「それともう一つ気になることがある。父親の名は?」
随分警戒されてるな。そりゃそうか、流石母さんだ、全部嗅ぎ取ってるってわけね。タダでは騙せないらしい。
「『ブロウズ』」
素直にその名を口にする、予想通りといったところか、眉ひとつも動かさない。
「ああ、そうだ。オレの知ってる『ブロウズ』とそっくりなんだよ。それでだ、よくにおいを嗅げば、オレと似たにおいもする」
お前は何者だ? きっとそう聞こうとした。言わないのをわかって、聞くのをやめた。
「……おじさんに報告する。今日は近くでホテルでも取ればいい。案内してやるし金は出すから。しばらくはそこで大人しくしておくんだ、オレの連絡先は渡すから何かあったら電話しろ」
あたしの手から携帯を取り上げると、メモ機能を起動した。電話番号を入力。これが母さんの番号ね。大人しくしろっていったって、大人しくしないけど。
近くのビジネスホテルに連れていかれて、何やらフロントの人と話している。ポケットから薄い手帳、あいつが、チャコが持っていたのと同じものだ。
「すまん、こいつを保護してくれねーか。寝てる間だけで良い。自分の身は、自分で守れるだろうから」
フロントの人が奥に来るように言った、どうしたらいいかわからないでまごまごしてると、母さんが耳打ちする。
「警察の所有物なんだぜ。ふつうの客とは別の部屋さ、この街で安全な場所ベスト10には入るよ」
奥のは地下に繋がっているエレベーターがあって、そこも特にほかのホテルとは変わらないような作りだった。ひとつ部屋に案内されて、食堂の場所や売店の場所を案内されると係の人は鍵を渡して去って行く。
荷物を置いて、影を抜けた。速攻出ちゃうのはちょっとどうかと思うけど、まだまだ見たいものがあるんだ。倫太郎さんは母さんと一緒として、親父はどこにいるんだろう。同じ街にいるとは思うけど……。
親父が好きそうなところと言ったら、バーとかブティックかな。あんまり人には言えない話だけれど、当時の親父は確か女装を嗜んでいて、女遊び……、果ては男遊びも激しかったらしいし、若い子がたくさん居そうな場所にいるんだろうか。……クラブとか? まあいずれ母さんと親父はこの街で会うことにはなるだろうし、……いや! 二人を会わせなければ、チャコは母さんと誰かの子、そしてあたしは親父と誰かの子として産まれてくるのなら、これほど願った話はない。チャコとアイヴィーという役割を持った子供を作るように仕向ける。母さんと親父は仲が良いし、かつてライラと知り合った時のように自然に出会うだろう。この世界で産まれるアイヴィーとうまく入れ替われば、あたしは満足するのか? あたしは自分が幸せになるためにここまで来たんだ。何を今更……。
母さんと親父は組んでいたというし、あたしが親父の代わりをすればいずれはセオドアを追い詰めるだろう。親父をなんとかして見つけ出して、母さんと再会する前に誰か違う女性をあてがう。……いいや、親父は今の状態できっと母さんを愛していたろう。むしろ会わせて、母さんに拒否させる。母さんと倫太郎さんをくっつける……?
べつに本来この世界で産まれるべきであるアイヴィーはいなくても問題ないんだから。いや、そもそもあの二人をくっつけないとチャコは産まれないのか、どうしたらいいのか……。さっぱりわからない。
と、とにかく親父を探そう。あんなに目立つ男、ほかにいないんだから。

「どーも。人を探してんだけど」
目に入ったバーに入り、マスターに声をかける。
「あたしによく似た男だ。声のきったねえ、男だ」
ぱっとこちらを見て、あたしの姿をじろじろ見た。
「人探しなら、あっちに聞きな」
指の先には、何人かの若い女の子と飲んでいる若い男。茶色い髪の、ちょっとだらしなさそうなひょろりとした男。そいつの前に立つと、きゃいきゃいはしゃいでいた女の子たちが黙る。
「人探しをしてる」
「いいぜ、かわいこちゃん。すわんな」
だるそうにこちらを見たけれどあたしの顔を見ると、にたりと笑った。どこに座る椅子があるのかね、周りの椅子はこいつの女で埋まってるのに。そう言おうとすると全員を追い払い、隣の椅子をトントン叩く。女の子たちはあたしを睨みつけて罵声を吐き飛ばすと、店を去っていく。
「あんなブスどもよりきみのよーなかわいこちゃんと飲んでるほうがいいや。せっかく誘ってくれたんだ」
「あたしはテメーと酔いつぶれる気はねえぜ」
「そうかい。しかしきみ、見ない顔だ。この街の人間なら大概はおれ、知ってんのに。『向こう』から来たばかりかい?」
「まあね」
ほのかな魔法のにおい。
「おれはツォハル。ツォハル・イスカリオテ」
「あたしはアイヴィー。アイヴィー・ブランチフラワー」
適当にでっち上げたけれど、このファミリーネームはどうかしてる。
「『キテ』るね、その名前」
「どうも。ツォハル……、あんたはいつここに?」
「おれかい? そうだな、おれは二十年くらいさ。若い頃に真面目にやってBランクまで上げてね。ほんの旅行気分で来たんだけど、案外気に入っちゃってさ。向こうよりよっぽど欲望に塗れた世界さ。真っ黒で、嘘ばっかりの」
グラスにウイスキーをついで、あたしに握らせた。
「さあ、どいつを探してる?」
「あたしによく似た男だ。声が汚くって女遊びの激しい」
ふうむ、と腕を組む。
「それって女遊びだけかい? 男遊びも激しい」
「まあ……」
「それならピッタシの男を知ってるぜ。アッシュっていうのさ、アッシュ・ブロウズっていう、白髪の男だよ」
「そいつの居場所は知ってるか?」
「ふうむ、あいつはそこらじゅうを転々としてるからな。捕まえるのはちょいと難しい。が、……きみのよーな子が探してるって聞けばすぐ飛んでくるだろうよ」
それを知らせる手段がないんじゃあ意味がないんじゃあ? しかしこのツォハルって奴と知り合えたのはおいしいぞ。悪魔だし、しかもこっちに詳しいようだし。
「アイヴィー。今夜の宿は?」
「残念だけど、別の『男』が用意してくれてんだ」
「もうお手つきってわけかい。まあ、きみほどの美人はそうそう居ないしね」
ウイスキーを返すと、苦笑い。
「ツォハル。お前はどこにいる?」
「おれは……、近くのアパートにいるけど」
「あたしはきたばかりだ。頼ってもいいか?」
「嬉しいな。構わないよ」
母さんのことも聞いておこう。母さんと倫太郎さんはどこに住んでるんだろう?
「……グレイ・キンケードのことは知ってるか?」
「そりゃあ、もちろん。知らない悪魔なんて居ないだろう。ルシファーの息子であの若さでAランクだろ。何度も悪魔狩りを追い払ってるしな」
「どこにいるかは?」
「ああ、あいつなら中央署に行けば会えるよ。NDのキンケードってのを出せつったら出てくる」
案外ザルなのね。とにかく親父は今日中に捕まりそうにないなあ。たばこのにおい、久しぶりに吸いたい。



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