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Uターン
セオドア、レインフォードへゆく

セオドア・ロックウェルはお気に入りの名前だった。ほんとうの名前はすぎてゆく時間に置いていった。何度も名前を変えたけれど、この名前はなんだか手放したくなかった。


僕にとっては少し昔のこと、僕はフロリダのレインフォードにいた。ある殺人犯がこの地で電気椅子に座って死んだのだ。名前はテッド・バンディ。そう、わかるように……、名はセオドアなのだった。
知り合ったある女は僕にバンディを見た。頭がよくて、ハンサムで、とてもあんなことするように見えないわ。それなのに……?
バンディは髪の長い女を好んだけれど、僕はどんな女の子も好きだよというと彼女たちは喜んで僕についてきた。
バンディは檻の中で大量のファンレターを受け取った。僕は檻には入らなかった。檻以上の、もっと……。

気づけばバンディやマンソンといった狂った犯罪者のまねばかり僕はしてきた。僕ならどんなことも実現して、人を集めて正義になれた。正義に溺れて血と性を見るのは楽しくって、抜け出すことは不可能だとあらためて考えた。そうなるすこし前の話。



僕にはそのころ、ひとり親しい友達がいた。ユアンといって、赤くて癖っ毛。背はひょろっと高くて、大人しい男だった。なんと彼は僕とわりと近い存在で、僕やあのレイラと同じように自然発生した悪魔のひとりだった。
ユアンは体の変化をおさえて自分の力を出さず、ひっそりと暮らしていた。うっかり出してしまえば、グリズリーみたいに射殺されるんだって口癖みたいに怯えていた。彼は適応が早く、物心つくころには人間と違う部分を隠すことができていて、多少は窮屈な思いをしたものの運動はできるんで、ひょろっとした体格で特にトレーニングもしてないのにも関わらずスポーツ特待生として大学に入ったんだそうだ。
色んな大人がユアンの体を調べたがったけれど、ユアンは断固拒否。ユアンは大会前に生活をチェックされ、堕落した日々をカメラにとられたものの、薬などの不正をしていないと身の潔白を証明できたため、……体の動かし方がすごいウマいやつ、みたいなものでなんとか収まっているんだそうだ。
もちろんメディアはそんなユアンを放っておかなくて、筋肉もなければ彼女もなし、一人暮らしの暗いアパートで本を読んだりイラストを描いたり、授業をサボって一日ベッドにうずくまり泣いてる姿までも取り上げた。彼の生活は運動神経抜群の、スポーツ特待で大学に来た男とは考えられないと。
ある記者がユアンにたずねた。……『将来の夢は?』
ユアンは少し考えて、『漫画家……、か、アニメーター』苦笑いしながら。ユアンはわりと絵がうまかった。

そんな彼と僕が出会ったのはバンディが死んだと聞いてフロリダにやってきた冬で、フロリダの気候もあって暖かい日だった。ただバンディがどんなところで死んだのか見て感じたかっただけで、刑務所をふらっと見たあとはロンドンへ戻ろうと思っていた。
だけどなんだか引っかかるものがあって、ロンドンに戻るのもなかなか面倒な話であるし、べつにレイラが待っているわけでもない。もう何年も戻っていないし、僕のことなんて忘れてるだろう。しばらくはこのフロリダのレインフォードで暮らすことにした。

しかし学歴も、戸籍も住所もない僕は仕事なんてできるわけもなく、いつも人通りのいいところに立って、人を頼ってその日暮らしをしていた。お金持ちそうな女の子やおばさんに声をかけられてご飯をごちそうになったり、おじさんと寝ることもあったし、不良少年と協力してカツアゲしたり、ホームレスと届かぬ夢を語りながら。
僕はわりと目立つ顔立ちをしていたんで、ユアンから後で聞いたんだけど、結構うわさになっていたそうだ。変な男がこのへんをウロウロしてて、なんだか楽しそうにしてるって。

ユアンは本当に冴えない見た目をしててぶあついメガネをしたいかにもって感じで、僕はお小遣いをちょっとくらい恵んでくれないかしらと声をかけた。びっくりして飛び上がってカバンを落として、財布から少しくすねようとしたところ、偶然会った不良少年の仲間にものすごい勢いで止められたのだ。
『こいつに手を出すのはやめろ』……って。きっとユアンもわかっていたし、僕も近寄れば理解できた。僕はやっぱりヒトではなくて、彼もヒトではなかった。
その場は謝って別れて、それからにおいを辿って彼のアパートに向かったのだった。

扉を開けたユアンはまたびっくりして情けない声をあげた。部屋は汚くて、男のにおいがした。
「あ、あの。さっきの……」
「気になることがあって。きみも、たぶん、わかったと思うけどさ」
シャツの袖をまくって緑の羽毛と硬いウロコに鉤爪を見せつけると、ユアンの喉仏が上下する。そっと触れて、またびっくりして、メガネの奥で目を丸くする。
「僕だけだと思ってました……。まだほかにあなたのような人がいるんですか?」
「僕の妻が」
「は、はああ。そうなんですか。あなたに出会えて本当によかった。すこしお話を聞かせてくれませんか、どこか、よそで……」
くしゃっと笑うユアンは少し子供っぽくみえた。

家のない僕を彼は心配して、……小金持ちのユアンは少し広いアパートに住んでいて、僕にスペースをすこしくれた。そこで僕はユアンがイラストを描いているのをながめたり、大学についていったりした。ユアンが外に行きたがらない時は代わりに大学へいって、出席カードを出しておいた。
やっぱりユアンには親しい友達がいなかった。つくれなかったわけでなく、正体がバレるのをひどく恐れているためで、女の子からの誘いも、ちょっと気の強そうな男の子からの理由も絶対に行かなかった。そのうちあいつは付き合いが悪いんだと誘われなくなった。人間と言葉を交わすたびに本性が現れそうで、おそろしいと言う。
ユアンが深く悩んでいたのは、血の匂いをかぐと暴れたくなること。僕の妻レイラはそこまでその傾向が強くなかったが、それは僕も共通する悩みで、それを解決する方法が思い浮かばないでいた。そして僕らは、受け入れることにした。バンディのように。マンソンのように。ゲイリーのように。
僕は悪魔や天使だけが絶対悪だとは思わない。


ユアンと出会って半年したころ、僕は深夜の街に繰り出していた。いつも立ちんぼしていた噴水の前で、酔っ払いのふりをして冷静にあたりを観察している。大きな通りはまだ活気が残っていて、若者がチラホラとコンクリートを踏みしめている。
そのうち一組、少し気の弱そうな男の子と勝気っぽい女の子のカップル。なんだかぎこちなくって、初々しい。あまり不良にも見えなくって、まだ高校生くらいで、……きっと背伸びしてるんだ。かわいいなあ。前を通り過ぎたところを、立ちふさがった。
「ねえきみたち……、駅はどこだかしらなアい?」
女の子の前に男の子が。怯えた表情で、ほんとは後ろにひっこみたいんでしょ? 強がって背伸びして、子供らしいところがまたそそった。女の子のほうはイライラわざとらしく舌打ちして僕をにらんでいる。
「今の時間駅にいっても電車はありませんよ」
「いや、いや、いや。駅に用事があるんじゃあ、ないんだよ。駅のそばにペプシの看板があがってるビルがあるらしいんだけど、僕、鳥目でさ。いつのまにかこんな時間だしどうしようかなあッ……、て。そこにナンチャラていうカラーギャングのサブリーダーがいるらしいんだけどさア。そいつにようがあるんだよね……」
「ここから向こうの方に歩いて、二つ目の分かれ道を右折してそのまままっすぐです」
「だから、僕は、鳥目なんだって。お小遣いあげるから、連れてってくれない? 連れが酔いつぶれちゃってね、でもはやく僕はペプシへいきたいワケ、よ」
「いくら?」
「そうね、僕はいまもってるぶんはこれくらい」
財布を突き出して、おそるおそる男の子は受け取る。
「その半分くらいならあげよっか」
パンパンにつまった財布は、もちろんこんな男の子が持てないような金額。あげるはずないでしょ。でも目の前の金に目が眩むもんだ、酔っ払いだし、だまして全部持って行けそうにみえるだろ?
男の子は了承して、噴水広場を抜けて暗くなった住宅街に足を踏み入れた。15分くらい歩いたところに、ちょっと大きめの車が待機しているはず。
「ねえきみたちさ、名前なんてーの?」
教える義理なんてないわよ、って言いたげに。
「僕、セオドアっていうんだぁ。テディって読んでよ。テッドだったら、あのバンディといっしょだからさ」
バンディの名を口にすると、二人は急に振り向いて目を見開いた。
「まさか、僕が、バンディだと? バンディは死んだじゃないか、ここでね」
ふたりとも、何も聞こえなかったふりをした。ちょうど空き家が並ぶ通りに、車が止めてある。手はず通り、ユアンの気配を感じた。車の前を通りかかると扉が開き、ユアンの長い腕が伸びて女の子を車の中に引きずり込む。何があったのかびっくりする男の子を僕は押し倒して頭を打ったところを荷台に乗せた。車の中ではユアンが女の子を窒息させようとしている。
「ほどほどにしなよ」
「わかってるさ。意識飛ばすだけ」
はじめて人を殺めようとする危険さ、罪悪感はアドレナリンを大量に分泌した。興奮は収まらなく、血がどくどくと音を立てているのを聞いている。
車をすこし走らせ、人気のないボロボロの小屋にたどり着く。林の近くにあって、昔は誰かが物置にしていたらしかった。バイクの部品だとか、工具が今も残っている。持ち主と思われる家には誰も住んでいなくて、もちろんこの小屋も放置されてクモやネズミがやりたい放題していたけれど、ここで暮らすわけではないからそんなことどうでもよかった。

若い男女の体がふたつ、どうしちゃおうか。地面に寝かせているのをじっとりと眺めた。ランプの火に虫が集まってくる。男の子の着ているシャツのボタンをはずし出すと、ユアンは女の子を服をはだけさせて鎖骨を齧った。唾液を啜る音が妙にいやらしく聞こえて、なぜだか僕の体が火照ってくる。
一度口を離して僕のほうを見たユアンはいつものユアンの顔じゃなかった。へらへらして、優しくってちょっと弱気。今は挑発するような目つきで、獣の顔だった。女の子の鎖骨からは血が滲んでいる。
「ユアン」
さっきの顔がもう一度見たくって呼びかけた。鼻と鼻がくっつくくらいまで。この世の全てが愛おしく見えるほど気分がよくて、おそるおそる舌を出すと、ユアンは全く拒否しなかった。舌を絡ませてくちびるを押し付けて、ありゃ僕らはなにをしてるんだろう。
口を離して息が上がっているユアンにまた飛びかかりたいけれど、やめておいた。バケツに汲んでおいた水をかけると、男の子は目を覚ます。自分の置かれている状況、隣に気を失っている彼女、それに覆いかぶさる赤毛の男……。
僕をどかそうと暴れるけど、対した効果は現れなかった。

それから僕らは大学を休んで三日この小屋にいた。ふたりの体を散々弄んで、片方……、女の子のほうは二日目の朝にユアンが誤って殺してしまった。三日目はユアンがその女の子の体を解体してその肉でシチューを炊き、二人で(男の子にもすすめたが、食べなかった)いただいた。残った骨は砕いて川に流して、食べられなかったぶんの内臓や肉は臭いを嗅ぎつけた野犬にくれてやった。頭だけはキャリーバッグにつめておいて、ユアンが女の子の体の処理をしている間、僕は男の子とじっとりとしたセックスをした。や、合意のもとでないし弱っていたとはいえ相当嫌がっていたし、セックスなんて言うのはよそう。
そろそろ大学に行かなきゃあねと、ぐったりした男の子を車の荷台に乗せ、午前四時ごろ、あの広場の噴水にキャリーから女の子の頭を捨ててアパートへもどる。男の子のほうは叫んだりしないように口に布をつめて体と口をガムテープでぐるぐる巻いたあと、やっぱり学校に行くのは明日にしようねと同じベッドで互いの体を触り合いながら眠った。




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