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Uターン
ほのぼの学園生活3

お昼すぎには奪われた服、携帯がなぜかすべて元どおりになって戻ってきて、あたしたちは車に乗せられるとうちの前に降ろされた。チャコは何事もなかったかのように家に戻ろうとしたがあたしはそれを全力で止め、すぐにタクシーを捕まえて病院に行った。

ボロボロのチャコ、それから泣きすぎて目を腫らしたあたしが診察を受けた場所で、受付の女性は何があったのかだいたいは察しただろう。あたしたちの姿を見てぎょっとした
し、周りの人だってそうだ。あたしら兄妹を知っている人もいるかもしれない。
チャコは怪我もひどいし色んなところの診察を受けなければならなかったけど、あたしは婦人科だけだったしあたしの診察をさっさと終わらせてチャコの付き添いをすることにした。
家を出る前に仲良くシャワーに入れられて念入りにチェックされたんで、証拠は見つからないだろう。先生から薬をもらい、また数日後に来いとのことで、兄も被害にあったことを相談すればそういった性犯罪被害の相談所やコールセンターがあると紹介してもらった。……終わりだって思ってたけど、まだなんとかなるかもしれないな。

あたしの診察が終わって、外で座っているチャコを見るとひどく怯えていて、ちょっとした物音にもびくつく始末だった。
「大丈夫か?」
「そっちこそ……」
「ああ、大丈夫だろうって。また三日くらいしたら来なきゃいけないけどさ。さ、みてもらいに行こう」
握った手は震えている。あたしと対して身長は変わらないはずなのに手や背中は嫌に小さく見える。一番の被害者はチャコだ。男の。それをあいつは絶対理解して凌辱したはずだ。男のチャコがそんな目にあったなんて信じにくいしチャコ自身だってそう思っている節があるだろう。同じ日に同じ腹から出てきたんだ、気持ちは少しくらいわかるつもり。

怪我の処置は難なくおわったもののやっぱりそういったところを見てもらいに行くのは抵抗があったらしく、服を脱ぐのも一苦労、ひんひん泣いたところで先生も察し、検査のために保健所の案内を受けた。病院から警察へと連絡を入れてくれたらしく、チャコの薬を受け取ると警察がやってきて、あたしたちをパトカーに乗せた。グレイ長官……、母さんの子どもだと言うことでいろいろ聞かれるかと思ったがそんなことはなく、警察に着くなり真っ青な顔をした親父が走ってきた。
「アイヴィー! チャコ!」
親父がふらふらでぼろぼろのあたしらを泣きながら抱きしめた。あたしも誘われて泣いたし、チャコもそうだった。親父の手は暖かかった。
「おかーさんが絶対捕まえてくれるから、頑張って警察の人に何があったか話して。つらいだろうけど、そのままのほうがもっと辛いからね」

背中を押されて部屋に入る途中、チャコが話しかけて来た。
「ねえ、アイヴィー。俺は何も言わないつもりだよ」
「なんで?」
「……だって、俺が何か言ったら先生は捕まっちゃうんだ。人生おしまいだよ。でも、俺が言わなかったらそのままだ。言っても言わなくても、俺がされたことは消えやしないんだ」
ほらな、絶対そう言うと思った。
「おまえ、好きなのか?」
「ちがうよ、でも……。一番平和にすむのはそうだって、思った」
「あいつが他の人を狙わないなら、そうだな」
「それは俺から話すよ」
「……おまえ、馬鹿だろう。自分がこんな目にあってるのに、あいつを信用するなんてさ」
「……」
「……」
黙ったまま、二人で同じ部屋に入れられた。


……お父さんによれば、きみたちの国語の先生に勉強をみてもらったそうだけど、そこで何が?
「何も。勉強をして、ごはんを食べて、シャワーをした」
「先生はあたしらを凌辱したんだ。あたしにはなかったけど、暴力を振るってきた」
……もっと詳しく聞かせて。
「チャコはたくさん殴られて、片方が勉強している間は片方は人質みたいにさ、捕まえられて嫌なことたくさんされたんだよ」
「……階段から落ちたんだ、これ。あと……、ごはん作った時に失敗したり、して、散々だった」
……どっちが正しいの?
「あたし」
「俺」
……どうして嘘をつくの?
「嘘なんかついてねえよ」
「つく必要、ないし」
……先生の足取りがつかめないんだけど、どこいったかわかる?
「さあ」
「知らない」


家に帰って、いつものように食卓のテーブルに座った。親父が料理を運んでくる。クリームシチューの皿を見ていたらなんだか気持ち悪くなって、目を逸らした。その先にいるチャコも気分がよくないらしく、居づそうに体をちぢこませていた。
「あれ? どったの?」
「いや、なんでもない」
親父も流石に察したようで、コップに水を注ぎつつあたしらに尋ねた。
「そう。何かあったら言うんだよ、大変なことになってからじゃ遅いんだから」
「わーってるよ。ビールねえの?」
「な、い、よ! 未成年! さ、ごはんたべよっか」
いつも通りの掛け合い、とにかく腹に入れるかとスプーンを持ったが、チャコは自分の膝を見て下唇を噛み締めて涙目になってぶるぶる震えていた。
「ちょ、チャコ、大丈夫?」
親父が声をかけて力なく頷くが、チャコはこう答えた。
「う、上でちょっと休んでくる。ごめん……」
よろよろ立ち上がってゆっくりと部屋を出て行く。……心配だな、怪我もひどいし、メンタル面でもだいぶ傷ついてるだろうし。しばらくしたらあいつの部屋に行ってみよう。一人にしたら余計思いつめそうだ。

「……」
親父が声を殺してて泣いていた。
「ぼくは二人に何にもしてやれない」
「あたしは、もう大丈夫。あいつは……、本当に……、ひどい目にあったからなあ。あたしが眠ってる間も無理やり起こされて、その間何があったのかあたしもわからないんだ」
「警察の人からだいたいは、話聞いたよ。ぼくのせいだね、あの先生があんな人だなんて、思わなかった」
「あたしだってそうさ。多少あたしらにつっかかってきてウザいなとは思ってたけど、それはあたしらが不良だからだと思ってたね。……それにしてもさ、母さんは帰ってこないの? こんな時に……」
噂をすれば、玄関の扉が勢いよく開く。外は雨が降ってるらしくって、少し頭が濡れた母さんが帰ってきた。
「ただいまっ」
親父が駆け寄り、母さんの頭をタオルでふいてスーツを脱がせた。仕事を放り投げて急いで帰ってきたな。
「心配だろうって、今日は家に戻りなさいって上からの指示でね。私はいい上司を持った」
「ちょうどその話をしてたんだよ、こんな時に戻ってこないのかって」
「まあ戻るなと言われても戻ってきたけどな!」
ずんずんとテーブルにやってきて、いつもの席に座る。子どもみたいにあたしの頭を撫でて、優しく微笑んで。
「お父さんに言いづらいこともあるだろ。私でよかったら話を聞くよ。無理に言わなくてもいい、話したい時に。メールでも電話でもいいさ。すぐ戻ってくる」
「……ありがとう。あたしはもう平気だよ。虫に食われたようなもんだって。でもチャコがだいぶひどくてさ」
「そうだろうと思った。アイヴィーは強い子だけどあの子は気が弱くて優しい子だものな。双子でこんなに性格違うものかね。今は部屋に?」
「そう。気分悪いって。昨日からずっと起きっぱだから寝てるかもしれないけど、一応顔だけでも見にいったら」
「そのつもり。……喜ぶだろーと思ってお菓子たくさん買ってきたけど食うかな」
「腹は減ってると思うけどね」

早々にご飯を終わらせ、チャコの部屋へと向かった。ノックするが、返事はない。おそるおそる扉を開けてのぞいてみる。いつも音楽をかけているのに、かけようとする素ぶりもない。ベッドにうずくまっている。
「チャコ? 起きてるか? 入るぞ」
そっと足を踏み出し、部屋に入った。チャコは寝転んだままこちらをぼんやり見ている。机から椅子をひいて、そこに座った。
「マジに大丈夫か?」
「……わかんない。なんか変なんだ、すごく、変」
「変?」
「俺、おかしくなっちゃった……」
「どういう風に?」
「い、嫌だったんだよ? 怖かったし。嫌だった。でもさ、体が言うことをきかないんだ、最初は痛かったんだけど……。今日一日中ずっと変な気持ちで、俺、女の子にでもなったみたいでさ。まわりの視線が恥ずかしくってたまらなかった。俺、どうかしてるんだよ」
……あたしが洗いざらい警察に話したのが悪かったか? ……いや……。
「しばらく学校休めよ、陸上のほうはあたしが伝えておくからさ。さすがに皆仕方ないって思うし」
「アイヴィーは? 行くの?」
「あたしは行くよ。べつになんともないし。とりあえず、さ……。あたしがどうこうしたってまっすぐ解決する話じゃないからさ、とにかく時間が必要だと思うんだよ。あたしは。忘れろなんていわねー、そこまで痛くなくなるまで大人しくしてるってこと」
「強いね。俺、どうしたらいいのかわからないんだよ。休んでたら思い出しそうだし、動いてたら気持ち悪くなりそうだ」
とんとんと階段をのぼってくる音。父さんの軽い足音じゃない。

「チャコ? 帰ったぞ」
ちらっと顔を見せた母さん。ぱっとチャコは顔を変える。ベッドから飛び上がって母さんの元に走った。
「母さん! どうしたの、急に帰ってきたりして」
「馬鹿野郎。おまえらが心配だから帰ってきたんだろうが。思いのほか、元気そうだなあ。しばらく休みもらったんだ、なに、ちょいとドライブでもいくか?」
「行くよ。まって、着替えるから」
部屋を飛び出て行くチャコ、父さんも何か下できゃんきゃん言ってるな。やれやれ、男どもは落ち着きがない。
「母さん……」
「なんだ?」
「なんてゆーか……、配慮すべきだったんじゃ?」
「そうか? 喜んでたぞ。久しぶりに家族揃ったんだ、構わないだろうよ。あいつが話したくなったら話せばいいんだ。私はなるべくいつも通り接するよ。……もちろんな、犯人のことは許せん。今すぐ探し出して八つ裂きにしてやりたいさ。お前、私が仕事に向かったらこんな時に母さんは帰ってこねーのかって怒るだろう? 家に戻ってお前らの顔を見ることを優先すべきだと思ったし、上もそう判断した」
「……あたしも着替える」
「ああ。車出しとくから、準備したら乗りな」





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あきゅろす。
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