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Uターン
ミセスクレイジー・マッドネス

動く肉塊が僕らの目の前でうごめいている。


「……なにこれ……」
塔の中の人間皆で、ケースに入ったそれを見つめていた。おじさんだけが得意げに鼻を鳴らしている。
肉塊は鮮やかなピンク、もしくは薄い赤の肉色。ぬめぬめと表面はいやらしく光っている。
最近おじさんは僕やレイラの体をいくらでも切り開き臓物を持って行っても再生するしくみをいいことに、大量にサンプルを採取していた。その目的は僕やレイラのような生き物を一から生み出し、大きくなる過程で『病気』『呪い』の原因を見つけるためだった。僕らは4〜6歳で発病し、悪魔のような姿に変わっていっていた。
「とりあえず第一作、かな」
おじさんの話によるとこれは僕らと似た生き物らしい。食べ物を摂取する必要も、酸素を必要ともしない。どこからか湧いてくる謎のエネルギー(これをわかりやすくおじさんは魔力と呼んだ)のみで動く簡単な生き物。
びっくりするくらいの再生能力を持った僕らから採取した内臓や皮膚、骨などを抜き取り、またまた僕らが塔の中に作った実験室の中で保存していた。僕らの内臓たちはどんな劣悪な状況にあってもホコリが積もるのみで腐ったり乾いたりはせず、それがまるで小さい僕らのように呼吸し、その謎エネルギー魔力を吸っていた。
それを切り出し、動けるように簡単な触手を縫い付けると自我を持ち動き出したというのだ。それが、これらしい。
音に反応して逃げたり、指で触れると登ってきたりする。

しばらくすると、またおじさんは妙なものを見せてきた。注射に入った肉、それから小さなイヌ。イヌの首に注射針を刺して肉を入れてしばらくすると、イヌの知能が格段に上がり、僕らのように食べ物と水分、酸素を必要としなくなった。
その状態の動物同士を切り貼りすると、簡単に伝説の生き物であるキメラのようなものを作ることもできた。それに肉を注射すると人間と同じくらいの知能を持つ生き物も産み出した。そのうち……、成長するうちに体が適応し、その場その場にあった姿に変化しだす。小さくなったり、大きくなったり。その頃には僕らも適応しだして、僕なら鉤爪や翼、レイラなら毒のウロコをひっこめ、まるで人間と変わらない姿を長い時間維持できるようになってくる。
魚やヘビ、トカゲ、ヤギ、鳥などを複雑に組み合わせ、この世にない……、伝説の生き物を産み出し、そして人間相当の知能、姿をとらせるために身寄りのない子どもを一人連れてきて、最後にくっつける。
……この生き物を作っている様子はまるで地獄だった。これまでイヌやネコ、虫、鳥、魚……、動物ばかり使っていたのが、人間にまで手を出したのである。
僕らはヒトの姿をとれるようになって治療の必要はほぼなくなったのだが、父さんや母さんが見にきた時は翼を出し、病気のフリをしいられていた。キメラ作りに魅了されたおじさんは実験動物の供給、それから実験室のある塔を追い出されるのを嫌がった。目的は全く変わり、優れたキメラを生み出すためにおじさんは時間を費やし、ジェーンも洗脳されたように黙って従っていた。
僕らは内臓を提供すると娯楽の道具や外出許可がもらえた。大人しく本を読んだり音楽を楽しんだり、油画を描いたりしてのんびり過ごし、そしてゆっくりと愛を育んでいった。
動物同士のキメラ……、イヌのキメラは『マンモン』虫のキメラは『ベルゼブブ』、様々な生き物を組み合わせた竜の『レヴィアタン』人間により近い、少し前の僕らのような姿をしたヤギの『アスモデウス』オオカミの『サタン』、そして姿は人間と変わらないメス個体の『ベルフェゴール』……。どんどん人間に近くなるにつれて、生まれ持った力も特別なものになっていった。
その力は大雑把に運動型、防御型、変異型、異能型、と四つにグループわけができる。運動型はそのまま、運動能力が優れ、空を飛んだり走るのが速かったりジャンプ力が高かったりする個体。防御型は、外部からの攻撃から身を守るために身についている力で、動物の力がよく出ている個体は防御型を持っていることが多い。変異型は姿を大きく変える個体、異能型はこれ以外の特別な力になる。
例えば空を飛び、姿が大きく変わる僕は運動変異型、外部からの攻撃から身を守るためにウロコに毒が染み込んでいるレイラは防御型になる。まわりの天気を操り姿が変わるレヴィアタンは異能変異、一目見るだけで相手の情報を殆ど読み取れるベルフェゴールは異能型だ。
おじさんは七つの大罪と同じ名前をつけて、残った最後の『ルシファー』は全て完璧にしようと決めた。世界の王になるべく美しい容姿、強い力、神々しい獣のかたち、人智を超えた特別な能力を合わせ持つ生き物を作り出すことに全力をかけた。それは僕らが塔に入ってから20と数年ほど経ったころで、おじさんはすっかり老衰し、ジェーンの顔はしわとしみだらけになっていた。僕とレイラは初めて会った日の姿からほとんど変化せず、父さんと母さんはもうほとんど僕のことを諦め、マリーの後にひとり、どこからか男の子を連れてきた。
マリーはよそのうちに嫁に行き、その男の子は僕とレイラ、おじさんとジェーン、そして七つの大罪のキメラたちが塔の中にいることを知らないという。僕らの外出は夜間だけになったが、別にそれは構わなかった。僕とレイラ、おじさんとジェーンの四人はまだしも、キメラたちはここからどこにも連れていけない。

その頃僕らには子どもがいた。僕とレイラの間に子ができた。おじさんに言われて嫌々行為をしていた時期もあったが、互いに意識しあうにつれて好意を抱くようになり、魔法みたいにレイラの腹が膨らんでいった。……どんな子が産まれてくるのだろう? 全く予想がつかなかった。恐ろしい姿で産まれてくるかもしれないし、もしかしたら腹の中で人間になりきれず骨や臓器がスープみたいに浮いているだけかもしれない。逆に全く問題のない、健常な赤ちゃんとして産まれ、発症しないという可能性もないわけじゃない。
長い妊娠期間のあと、レイラが急に強い腹痛を訴えたが下から出てくる様子はなく、結局いつも内臓を抜く時のように腹を切り開いて子どもを取り出した。
すぐに子どもは取り上げられ、まだ幼いうちに何度も手術を受け、物心つくころには完璧な姿と力を持つ生き物になっていた。最後の手術からしばらくしておじさんは亡くなり、続くように娘のジェーン、父さんと母さんが亡くなった。
跡継ぎのセオドール(僕に未練たらたらの嫌らしい名前だ)に命じられ、僕らは塔を出て行った。マンモンとベルゼブブとレヴィアタンは動物に混じって気ままに暮らすことにし、アスモデウスとサタンは僕によくなついてきたんでついてきた。ベルベットは人間の女性と変わらぬ姿をしていたので、ただの人として生きることにした。
アスモデウス、サタン、それから恋人のレイラと幼いルシファーを連れ、山奥にボロボロの家を建ててのんびりと暮らした。しかし僕らはほとんど老いず老けず、ルシファーが大人になる頃には変化を求め、レイラとルシファーを置いて家を出て行った。
僕は好きな時間、好きな場所に飛び、好き勝手に生きた。僕らは食べ物を取らずとも生きていける。食べることはいわゆる娯楽で、まるでカニバリストのように性的興奮を得ることは難しくなかった。
なかでも同じ知的生命体である人間と血肉は格別で、おいしいわけではないのだが、そんなものを喰うという事実、そんな自分の姿に興奮を覚えた。僕がただの人間ならすぐに捕まって終わりだろうが、僕には力があった。
いろんなことを試すたび、できることがわかってくる。僕の体は未知数で、なんでもできるわけではないが、大抵のことができた。時間は山ほどある。書物を漁り、人に化け、会話をして人々を狂わせ肉を喰らう生活はアルコールやタバコなんかよりずっと中毒性が高く、アヘンのようだった。

もうおじさんやジェーン、父さんに母さん、姉さん、仲間たち、そして愛するレイラや息子のルシファーのことなど頭のどこにも存在しなかった。ただ僕は自分が満足したいがために息をしていた。その時間はとんでもなく幸せで、永遠にこうしていたいと思ったし、事実そうなるのだろうと思った。
この世界には僕より強い生き物、僕を止めようとする命知らずが存在しなかったからだ。

気づくまでは。


いつの間にか僕は炎の岩石の上に居た。雨が降り、気温が下がる。海ができるとぼこぼこと泡立ち、小さな生き物がホコリのように舞っていた。
僕はこんな状況にある時、どうすればいいのか知っている。理解するまで何年もかかり、気が狂いそうになれば何億年も眠った。回転して太陽の光を迎える少し前に、僕はあることを思いついて長い眠りから覚めた。立ち上がり、指を一本天に突き出した。
「光あれ!」
実際と物語は全く違うが、何も問題はない。僕はこうしたいと思ったし、こうあるべきだと思った。緑が萌え、川が流れ、海は静かに僕をたたえている。
太陽がのぼってきて、僕は朝の空気を思い切り吸い込む。
それを忘れるのは簡単だった。そのことも、それ以前も、それ以降も。
美しくないものと、醜いものと。強いものと、弱いものと。賢いものと、馬鹿なものと。勇気があるものと、腰抜けと。

さあ、僕はどれだ? 暗闇の中で死体を抱えている。ここに戻ってきたくなかった。光あれ! ああ! ……。次があるならば、ただの女の腹の中で眠りたかったのに。それからはただの母の腕の中で眠りたかったのに。





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あきゅろす。
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