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Uターン
ほのぼの学園生活

今日も放課後は締め切って蒸し暑い部室でベースをいじりたおし、お気に入りのCDをかけて楽譜とにらめっこ。高校生バンドなんて本格的なものじゃないしうまくもないけれど、ライブが近いしなるべくうまくなりたくて、暇な時間があれば一人ででも練習に励んでいた。
大学に入ったころにはそんな真剣に音楽をする友達もできて、在学中にデビュー……、なんてあるわけない妄想をしながら自分が奏でる低音の心地よさに体を震わせる。
「チャコ!」
そんな中、俺の名前を叫びながらこの部屋に飛んできたのは白い髪をした俺の双子の妹、アイヴィー。
「わ! な、なんだようるさいなぁ……」
アイヴィーは軽音楽部に入ってはいるものの楽器を触るわけでも歌うわけでもない。俺と一緒に居たいんでただ単にこの部室に入りやすくするため、それから学園祭などの出し物やライブでも俺につきまとうためだ。
「おまえさ、最近陸上に助っ人入りたい気分?」
「……なにそのピンポイントな気分……」
アイヴィーの後ろからひょこっと部屋に入ってきたのは、……たしか隣のクラスのイライジャだ。不良グループのリーダー的な存在で、あんまり印象がよくない。なるべくかかわりたくはない人間だけど……。
「よお。お前があの噂のチャコール?」
「噂になってるの?」
「ああ。文化部のくせに運動させたらうちの学校一番ってさ」
「……たぶん、ユーリスのほうがうまくやると思うよ?」
「ユーリスは性格悪いし、運動部だから助っ人なんて入りようがないだろ?」
……こういう話は珍しいことではない。俺は勉強や絵画へ向けるパワーをほぼ持ち合わせておらず、その代償なのかなんなのか、運動だけはどこへ行ってもなにをやっても、それなり以上にはやれる。そのため、こういった運動部からの助っ人依頼や勧誘をよく受ける。さっき出したサッカー部のユーリス、そして水泳のレヴィンからは、クラスも同じせいかしょっちゅうお誘いを受ける。
「再来週の日曜、大会があるんだけどさ、一人怪我して復帰に時間がかかる。ただ練習に参加して、800メートル走ればいいんだって。優勝しろとは言わねー。いくらお前でもたった二週間の練習で他の連中より速く走るなんて無理だろ?」
「水泳は一ヶ月で二位だったよな、走りのほうが得意だしいけんじゃないか?」
アイヴィーの煽りに冷や汗。そうだ、水泳の時だってこんなでだらだら説得されて結局毎日夜遅くまで練習、家に帰っての筋トレをしっかりやって、あの一ヶ月ですっかり肉体改造されてしまった。
「……ごめん、今回は諦めてくれる? その……、ライブに出なきゃいけないんだ」
「ライブ〜? お前、あの腕前でライブ? やめといたほうがいいと思うぞ。素人耳でもわかるほどひどかった」
「だから練習してるんじゃん……」
抱えていたベースを持っていかれる。
「おまえのために言わせてもらうけど、これから二週間走ったほうがおまえの力になる」
返してもらおうと手を伸ばすと、足の間にまたベースを戻してくれた。
「なあ、相手はイライジャだぞ。イライジャに貸しをつくっておくのは悪くないと思うぜ」
アイヴィーの意見。わからなくはない。イライジャは不良グループのリーダー的な存在だし……。強い者に擦り寄るのは賢い生き方だ。
「悪いようにはしないさ」
「……じゃあ、週に4回練習に出ればいいかい? あとの日はベースの練習をさせてよ。それなら構わないよ」
「よっしゃ! 助かったよ。じゃあ月曜の放課後から着替えてグラウンドに来てくれ。大会の場所と時間はその時に話すからさ!」
引き戸を勢いよくとじて飛び出していくイライジャを力なく手を振って見送った。アイヴィーは満足気に椅子に腰掛け足を組み、ベースを抱えた俺を見下ろす。
「水泳で二位になったんで、結構有名なんだってば、おまえ」
「……噂なんて、教室じゃあほとんどヘッドホンつけてるから気づかなかったな」
「音楽の才能まるでねーのに、よく続けられるよな。運動のほうがよっぽどうまくいくし気持ちいいのに」
「好きだからね」
何て言われたってやめないって決めてるんだ。バイト代をこつこつ貯めて買ったお気に入りの赤いベースを埃だらけにしたくないから。
「ふーん。ま、いいけどさ。……あ」
また部室の扉が開く。ベースを触っていた手を止めると。……げ、俺の苦手な(そしてアイヴィーも苦手な)セオドア先生が立っていた。
「ブロウズ兄妹は、課題を出さずに何をしているの?」
部屋にずんずんと入ってきて、椅子に座ったアイヴィーに微笑みかけ、床に座っていた俺に顔を近づけ、鼻を指で押した。
「たしか先週の水曜が締め切りで、その締め切りも結構伸ばし伸ばしにしてるよね。だってあれ、春の課題だよ? 僕だってしつこくは言いたくないけれど、ここまでほっとかれちゃあ成績を下げちゃわないと他のちゃんとやってる子、遅れてもきちんと出した子と同じなんて、ねえ……」
「……あー、その、結構進めたんだけど、最後のほうがちょーっとわかんなくってえ」
「じゃあどうして聞きにこないの? ほとんど終わってるのなら出しちゃっていいよ。僕がマルつけしたげるから、出して?」
……アイヴィーが課題やってるのなんて見たことないぞ。アイヴィーは先生と顔をあわせず、苦笑いしている。
「えっと、今日は国語ないじゃん。だから持ってきてない。月曜日持ってくるからさ、それでいいよな?」
うわ、今日徹夜でもして終わらせるつもりだな、あいつは。……僕もそうして、アイヴィーと手分けして課題をやろうかな……。
「そう。じゃあアイヴィーは月曜提出ね。いい? 手帳に書くよ?」
ポケットから手帳を取り出し、メモする先生。ださなかったらまたこうして放課後にここまで来てお説教だろうな……。
「で、チャコは?」
「あっ、えっと……」
「今日国語あったよね?」
「……」
ちくしょう!
「わからない? ならこれから先生時間つくってあるから、教えてあげるよ。一緒にやろうか?」
「……そんなにすぐ終わる量だとは……」
「僕と一緒なら大丈夫だよ。あの課題、進級条件に入ってるんだよね。進級してもらわないとほら、親御さんがうるさいでしょ? 今の時代。グレイさんもアッシュ先生もそんな人じゃないけど、平等にね」
荷物をまとめるように言われ、ベースをケースに入れる。……ヤダなあ。セオドア先生とマンツーマンで課題……。確かに先生は男前だし、ここまでしてくれるなんて優しい先生だと思う。事実、女の子からの人気は一番だし、先生たちからも受けはよかった。さっぱりした性格のアイヴィーや、俺の母さんはあまり好かないみたいだけど。
なんだか、一緒に居たら息が詰まるっていうか、……それを知ってなのか、課題が上がってなかろうがテストが悪かろうがそんなこと関係なく、ちゃんとしていても俺たち兄妹にかまってくるのだ。なぜか。
「じゃ、あたしは課題しに帰る!」
「うん。暗いし誰かと一緒に帰りなよ。気をつけて」
アイヴィーが逃げるように去っていく。俺もリュックをしょうと、先生も立ち上がった。
「視聴覚室をとってあるんだ。ほとんど誰も来ないし、勉強に集中できるよ」
部室を出て、先生の後ろについていく。
「アッシュ先生に了解得てるからね、課題終わるまで帰さなくたっていいって」
「ええっ!?」
親父、こういうの適当だからなぁ……。覚えてなくてもあとから構わない構わないなんて言うだろうし、母さんも課題終わってなかったら家に入れてくれなさそうだ。


視聴覚室は本当に誰も居ない。少し後ろの席に腰掛け、机の上に教科書とノート、それから課題プリントを広げた。隣に先生が座った。
「105ページからの文書を読んで、この問題を解くんだよ。できるね?」
「……はい」
パラパラとページをめくり、105ページ。……結構長いや。読むのに時間がかかりそう……。どうやらいじめ問題の記事らしい。いじめは子ども同士ではなく、子どもと親、子どもと先生との間にも起こりえる……。いじめは犯罪で、命を奪うことにもなりかねない。いじめを止めるには周りの人間が告発するか本人がいじめられたと言うしかないけど、本人は言いづらく周りの人間はいじめに加担する。暴力だけではなく、性的なもの、精神的なものに及び、被害者の体も心も破壊尽くして自殺という終わりを迎えることも珍しいことではない。
「……先生、あの、ずっと見られてると緊張するんですけど」
「言い訳しないで、ちゃっちゃとやっちゃお。読んだ? じゃあ105の17行目の『新たな問題』のはどんなこと?」
「ええと……」
勉強は苦手だ、国語はさらに。音楽や絵を描くことは好きだし、体を動かすことだって好きだけど……、勉強はいままでろくにやってないからな……。
「大人も加担すること」
「そう。できるじゃない。じゃあ次行こうか……、『真摯』の意味。どこにあるかわかる?106の線Bだよ」
……周りの文を読んでもよくわからない……。よく聞く言い回しだけど、ちゃんと意味はわからないや。ニュアンスはだいたい、……わかるんだけど。
まごまごしてると、先生は察したらしく。
「いいんだよ。真摯は、真面目に、真剣にってことね。書いて……」
そんな調子でさくさく進めていって、……全然一人でやるより早い! アイヴィーのやつ、今頃一人で苦しんでるんだろうな。……だけど量が量だから、最終下校時間の8時を過ぎてもまだ3分の1ほど残ってしまっていた。
その間、先生の視線が気になっていた。髪の毛の一本一本から足の指まで見られてるような感覚で、なかなか落ち着かなくってずっと緊張しっぱなしだった。そんな時に視聴覚室の扉が急に開いて飛び上がると、先生はくすくす笑う。
赤毛の男子生徒……、小さなころから家族ぐるみで付き合ってきた、倫太郎おじさんのところのライラだった。
「先生。探しました。これ、今日の分です」
紙の束を先生に渡すと、ライラはこっちを見る。
「補習?」
「そんな感じ」
ライラは俺と違って勉強ができる。数学部の部長をやっていたし、……特別なクラスにいるし。よく勉強を教わってもらい、俺たち兄妹はなんとか赤点を回避できていた。
大学受験するみたいだけど、おじさんの話によれば結構遊んでいても受かるレベルにもうあるらしい。……天才ってやつなんだろうなあ、これが。倫太郎おじさんだっていい大学出てるし、血筋もあるのかも。
「そう。頑張って。今日泊まりに行こうと思ってたんだけどな。残念」
にこっと笑って部屋を出て行く。……ライラもライラで男前なんだよな。でも彼女が居たって話は二年ほどきかないし、出来たとしても俺のうちにばっかり泊まりにきてて、お昼だってよく一緒に食べるんで、その彼女にすごい嫉妬されたことがある……。
そのことは先生たちの間でも結構うわさになっているらしくって。
「そういえばさ、ライラとチャコってどういう仲なの?」
「え……、普通の友達ですけど」
「ふうん。そうなの? アッシュ先生の話とか、生徒の話を聞いてたらそうは思えなくてね。いいよいいよ、不純異性交遊は禁止だけど不純『同性』行為は禁止してないから……。なんてね、うそ、冗談。僕がそんなこと言ったって秘密だよ? 怒られちゃうから、内緒にしてね」
まあ、確かにふつうの友達にしては仲がよすぎる気がする。小さいころからずっと一緒に遊んできたし、アイヴィーと同じ……いや、それ以上に楽な相手だ。
「まあ、僕は不純異性交遊も同性交遊も好きにしたらいいと思うけれど。若いんだしね。あ、ちゃんと赤ちゃんできないようにね。そういう決まりを作ったおじさんおばさんなんて、14とか15とかでやってたと思うよ。だから今の子ってすごく健全なんだから。僕らぐらいのが一番荒れてるかなぁ……」
「そうなんですか?」
「うん。なんてゆーか……、誰と誰がやってないか探すのが難しいくらい。僕のことはあんまり……、探らないでね? これでも結構親御さんにも生徒にも評判いいんだよ。……そろそろ荷物まとめて、残りはよそでやろうか」
「あ、はい」
言われるままに教科書とプリントをまとめ、カバンの中。真っ暗な廊下を歩く。
「ごはん、なに食べたい?」
「いただけるんですか?」
「僕に付き合ってくれたしね、お礼。断られて無理矢理でも帰っちゃうかと思った。あんまり僕のこと好きじゃないみたいだし」
「ええと……」
「急に言われてもわからないか、ごめん。嫌いなものとか苦手なものある?」
「特には」
「よかった。じゃあ外で待っててくれる? 荷物持ってくるから」
……親公認ってなると断りづらいにきまってる! ……帰れるのいつかなぁ。
しばらく校門の前で立っていると、上品な車が俺の前で止まった。中に先生がいて、笑って手を振っている。助手席に乗り込むと、車の芳香剤のにおいが鼻をついた。甘い香り。
「アイヴィーは課題持ってくると思う?」
「さあ……。今必死でやっているか、開き直って諦めてるか」
「様子見てこようかな。進みがイマイチなようだったら二人でやろうか。どうせ持って来ないだろうと思って、月曜はあの子のために時間とっておいたんだけど、……まとめられるならまとめたほうがいいもんね」
車で10分もしないうちに、俺のうち。一階の電気がついてるし、きっと親父はもう帰ってるんだろうな。母さんは一ヶ月に一度帰ってくればいいほうだ。インターホンを押すと親父が出てきて、すぐにアイヴィーが玄関に引きずられてくる。……うわ、嫌そうな顔。後ろの座席に押し込まれると、舌を突き出してゲロを吐く真似。
親父が俺たちに向かって『課題終わるまで帰ってこなくたっていいからね!』……明日には帰れるといいけど。

「なんで先生のうちに泊りがけで課題やんなきゃいけないわけ?」
「きみがさっさと課題やらないからだよ。家帰ってもやってないなんて思わなかったなー」
「だって土日あるじゃん」
「先生はきみが土日に必死にやっても終わらない量だと思いました」
「あたし先生のこと好きじゃないんだよね」
「知ってる。知ってて誘ったんだよ。嫌な思いすれば次の課題はちゃんとやってくれるかな? って思って」
「最悪」
「僕は最高。やっと課題が出るんだからね」
先生のうちは高そうなマンションで、20代の男の人が住めるような家じゃなかった。先生はお金持ちなんだろう……。
一番上とは言わないけれど、上のほうの角の部屋だった。通された部屋には大きな窓がついていて、この街の夜景を一望できる。ぶーぶー文句たれていたアイヴィーも流石にこれには大はしゃぎで、荷物を放り投げてベランダに飛び出していた。
「座って座って、飲み物は……、今は水しかないや。まぁ構わないよね。あとはワインしかないからさ。とりあえず二人で進めておきなよ。僕ごはん作るから。終わったら見たげるから、ちゃんとやるんだよ」

またテーブルに勉強道具を広げ、問題とにらめっこ。……アイヴィーは、ちょっとはやってるみたいだ。
「なあ、この問12わかる? あたしここで詰まって放っちゃったんだよね」
「それは113ページの、ここからここまで」
「さんきゅ」
「あのさ。これってどういうことかな?」
「んー……。ウィリアムはダリアが裏切ったことじゃなくて、ラリーと仲良くしたことが許せなかったんだろ?」
「あ、ああ……」

午後10時を過ぎ、11時に差し掛かるころには俺たちは地獄の中にいた。




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