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Uターン
姫と野獣

「テディ! テディ、落ち着いてね?」
……頭が焼けたのかと思うほど痛い! 体が熱い! ぎゅうぎゅうに縛り付けられ、ギロチン台にかけられている。保険のためだろう。体を何度も切り刻まれたとはいえ、首が飛べばただではすまないはずだ。
体を強く拘束され、破ろうとしてもうまく力が入らない。
「どうしたのかしら。予定より二日も早いわ」
「獣化も激しい……。体に力が入って薬が打てないな」
「……悪くなるばっかりね。ねえ、私、一度外に出してあげるべきだと思うの。太陽の光を浴びて、だって鳥って飛ぶものじゃない?」
「だとしても早く落ち着かせないとレイラ様が来ちまうぞ」
息ができない。おかしくなりそうだ、もうおかしいのか。
「テディ? 聞こえる? 私がわかる?」
返事をしたいのに言葉がでない。
「……声に反応してるな」
「ねえ、落ち着いて深呼吸するの。体の力を抜いて。薬を打つわ」
……寒い。熱い? 暑い? なんなんだろう、この感覚は。痛い? 気持ちいい? 楽になりたい。
「あ、落ち着いてきたわ。薬、……」
「よし。ジェーンは次の薬の用意を……」
「わかったわ」
……なんだか気分がよくない。吐き気がひどい。また絶食期間だからか、胃液しか吐けない。なぜか涙も出てくる。汗で体がじっとりする。
「セオドア? 口はきけるか?」
「……はい」
「拘束をといても大丈夫か?」
「はい」
体を拭いてもらい、顔を洗う。酷い顔だ。くまが濃い。髪もぼさぼさで、肌は薄汚れた布のような色だ。綺麗だった金色の髪も、まるで濁った泥水を思わせる。
「気分はどうだ?」
「最悪です」
「だろうな。処理をすませよう」
「……いいです。そろそろお客さんが来るんでしょう」
「なら一応もう一回拘束させてもらっていいか? 今はどうなるかわからない」
「わかりました」
拘束を再びしてもらい、壁に備え付けられた椅子に座る。拷問用の椅子だ。そもそもこの塔は僕のおじいさんがそういう趣味を隠れてもっていたらしくって、そのためだけに建てられたものらしい……。
孫がこの椅子に座るなんて、あの世のおじいさんはどう思っているのだろう?
「少しジェーンの様子を見てくる。何かあったら言ってくれ」
部屋を後にしたおじさん。僕はもう部屋の外に気配を感じていた。……妙なにおいがする。いままで嗅いだことがないにおいだ。
ゆっくりと扉が開いて、長身の女性が入ってきた。上品なブルードレスを着て、赤い髪を長く伸ばしている。きつい吊り目で、気が強そうだ。お付きなのか、騎士をふたり連れてきて。
牢の中にいる僕を舐めるように眺めると、騎士を部屋から追い払い、牢の前にある質素な椅子に腰をかけた。豪華なドレスにはあまりにも似合わない。
「……あの、レイラさんですか?」
「ええ。お会いできて嬉しいです、セオドア様」
「よしてください、そんな呼び方」
「ではどうお呼びすれば?」
「……セオドアか、テディで」
「ではテディとお呼びさせていただいても?」
「はい」
やっぱり目を合わせるのはつらい。ちらちらと様子を伺う。レイラさんはジェーンと違って落ち着いた様子で、戸惑う僕の姿を見て微笑んでいる。
「思った通りの方で、安心しました」
ど、どういうこと? 僕を人と目を合わせることもままならない臆病者だって思ってたの?
「……その、僕と、どうして会いたいと思ったんですか?」
「私も、同じような病気に悩まされているのです。今はヒトと変わらない姿をしていますが、このドレスの下は魚や爬虫類のように醜い鱗が体を埋め尽くしているのですよ。私は23になりますが、……このおかげで嫁にも行けず、城の地下室に閉じ込められて辛い毎日を過ごしていました。その時に、あなたの……、テディの噂を耳にしました。緑の翼を広げて飛び回る者が居るのだと」
そんな、そんな風には見えないのに。……僕と同じようなヒトが他にも、しかもこの国の貴族に居るなんて思わなかったな。
「それに、あなたを治療するために医者が住み込みで働いていることも。私もその治療を受けたい、というのもここへ来た理由の一つです」
「……治療を受けても、悪くなるばかりです。さきほどまで発作を起こしていました。治るものじゃないんでしょう……」
「それでも、私は希望を持たずにはいられませんでした。私は人間になりたいのです……。せめて、お母様お父様と同じテーブルで食事がしたかった……」
……僕はこの人の気持ちが痛いほどわかる。両親から厄介者扱いされ、閉じ込められて孤独に毎日を過ごす。日の光も、風を浴びることすらも許されない。
「……ごめんなさい、こんな格好で」
「今更ですね。仕方ないです、発作なんでしょう?」
「ええ。もっとちゃんとした場所を用意できればよかったんですが」
「ここがいいです。ここは、落ち着きます。落ち着く空気とにおいです」
「に、においますか? すみません……」
「そういう意味じゃないですよ」
「そうですか? 僕は男だし、におうときはとてもにおいます。汗は拭きましたが、まだにおっているかもしれません。ごめんなさい……」
レイラさんは何がおかしいのか吹き出して、口を手で押さえた。
「謝ってばかり、何もそんな必要ありませんよ?」
「……ごめんなさい」
「私、そんなに怖いですか?」
「怖くないかと聞かれれば嘘になります。僕は自分を知り、わからないということを知りました。あなたは僕と同じだと言います。調べても話をしてもわからない人を怖がらないヒトはいません」
「あなたは、私のことも自分のことをヒトと言うんですね。私は言えませんでした。私の自分が何なのか? どうしてこの姿に産まれ、神はなぜ私にこのような枷をはめたのか、……。考えれば考えるほどに、私はヒトでない気がしてきて。自分をヒトと形容するのが恐ろしくなってきたのです。そうやって許すことを周りが許さなかったので」
「……この世に神なんていませんよ。神がいるなら、僕のような生き物を作り出すはずありませんから。僕は小さいころから無神論者なんです。内緒ですけど……」
僕はなんだか怖くなってきた。同じような人間の違う意見を聞くのが怖かった。これまで僕はこの世で一人ぼっちだと思っていて、誰も僕の気持ちがわかるはずがないと思い、自分の話を最低限しかしないようにして、自分の考えも閉じ込めた。なるべく話さず、僕は他人の言葉によって自分の意見を傷つけずに生きていなくちゃ自分を守れそうになかった。
同じだと聞かされて話をしても、同じ意見を持っているわけじゃない、同じ人生を送ってきたわけじゃない。自分と分かり合えるのは、僕しかいないのだから。
「あなたは、僕が怖くないですか?」
「……私も、本当は会うのが怖かったですよ。受け入れて話さえもしてもらえなかったらどうしたらいいだろうって、馬車のなかで何度も考えました。今も少し怖いです。……だって、あなたの姿は私よりもずっと人間離れしているから」
「僕が化け物に見えますか? 僕が悪魔に見えますか?」
「はい。見えます。でも私は、その上で話をしたいと思っています」
「僕にはあなたが化け物にも悪魔にも見えません。人間に見えます」
そう言い放つと、レイラさんはドレスの裾を持ち上げた。その中から現れた足は赤く変色していて、確かに言ったように、鱗で埋め尽くされている。よく見れば爪も鋭く尖り、てかてかと皮膚は艶やかに輝いていた。
「……綺麗ですね、足」
「そんなこと言ってくれたの、私以外だとはじめてです」
裾から手を離し、足を隠す。
「これで信じていただけました? ……私の体、長く触れていると、変色して指が腐ってしまうんですよ。なぜか、……生き物や植物だけ。病気というよりは、呪いと言ったほうがよいかもしれませんね。……魔法が、使えればいいのにって思います」
その言葉を聞いた瞬間、耳元で何かがざわめいた。
「……?」
周りを見ても、レイラさんしか居ない。ジェーンやおじさんの声かと思ったけれど、声は高くて子どものようだった。その声をレイラさんも聞いたらしく、きょろきょろしている。
「いま、なにか……」
息を吸う、においをかぐ。なにかがいる。
死の声、死の呼び声。ざわめく空気、視界に入り込む何か。
「あなたたち、静かになさい」
レイラさんが扉の向こうに出て行ったらしい騎士たちに声をかけるが、子どもの声は止まらない。聞こえるというよりは、直接鼓膜に打ち付けている、頭の中に聞こえてきているようだった。
「なに……!?」
呼吸のリズムにあわせている。不気味だ、誰? 誰だ? でもずっと一緒に居たような、懐かしい感覚。

(ねえ、ねえ、声をきかせて)
(ぼくたちずっといっしょだった)
(あなたは知らないけれど、きっとわたしのなかまなのね)
(わたしたちずっといっしょだった)
(運命なんだ。ぼくたちは出会うべきで、決まっていたから)
(運命なのね。わたしたちは触れ合うべきなの。心で、体で、慰めて)
(ぼくたちずっとつらかった。彼にも気づいてもらえなくて)
(わたしたちずっと悲しかった。彼女は知らんぷりしていたのかも)
(もうさみしくないかな?)
(ひとりじゃないわ)
(ぜんぶ分かり合える必要なんてないよ)
(あなたはあなたでわたしはわたし)
(優しく黙って話を聞くだけでいい)
(少しの時間を共有するだけでいい)
(違う場所の傷を舐め合うのが幸せ)
(同じ空間で息をしているだけで幸せ)

空気は重くて濁っていた。





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