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Uターン
ラプンツェルのまねごと

鉄の柱の奥に、父の姿が見える。たくさん管が繋がれて、僕は椅子に座ってただそれを見ていた。
……僕は城の中に監禁されているわけだけど、これは僕の同意のもとなので監禁というのかなんなのか……。

何のために、って、そりゃあ僕が人間に戻るためだった。僕だって戻りたいし僕がなんなのか? どうしてこんな姿に生まれたのか? ……僕だけでなく、おじさん……、セドリックおじさんの好奇心も刺激したようだった。僕は牢の中で失った時間を取り戻すように本を読みおじさんと話をして勉強し、自分の力を理解してきたし、僕は僕のために、僕を調べるためにおじさんの言うとおりに道具を改良したりわざわざ自分の腹を切り開いた時に大きな鏡を置いてもらって自分の目で自分の体を見てみたり……、とにかく、なんでもした。
……どうやら僕は突然変異した人間らしい……。とにかく何らかの理由で僕が腹の中にいる時に鳥やトカゲなどの遺伝子が入り込んで……、ありえない話だけど、そうじゃなければ僕はこうして生まれたとは思えないのだとか。
身体能力、傷の回復力などは人間はおろか野生動物以上で、それはもはや生き物を超えていた。七日ほど水の中でずっと過ごしても普段どおり、一ヶ月の断食、水をとらなくても生きていけた。
ただ疲れや不快感は感じており、食べ物や睡眠によってエネルギーをいくらかは得ていることは間違いなくて、それ以外のどこからきているかわからないエネルギーについては当然ながらわからなかった。僕自身も、自分がどうやって動いているのかわからない……。
糞尿の排出が異様なほど少なく、胃や腸は金属や宝石を飲み込んでも問題なく消化することができた。竜の姿に変わり火を吐く時は、腹の中から炎を出しているわけではなく、口の中に油を分泌する器官があるらしく、油の酸化で発火しているらしい。……しかしそれを自分の意思で引き起こすことができるのはなぜなのか、わからない……。火を吐こうと思えばもう出ているのだから。
それに、僕の翼は人間一人を飛ばすにはとても小さく、そして筋肉量的にも不可能だった。……何故かって、僕は浮いているのだ。羽ばたくことなく浮かび上がり、空中で一回転したりとどまったりすることができる。……羽ばたく必要があるのは、空中でさらに上昇する時くらいだ。
とにかく、僕はなぜ現実に存在し、こんなことができているのかわからない生き物であるというのはよく理解できた。知れば知るほど、わからなくなってくる。僕は何なのか? 僕は生きているのか?……。
ただ、人間と変わりのないこともある。まず、知能は普通の人間並み。喜怒哀楽の感情があり、言葉を話して他者と細かいコミュニケーションをしたり、勉学に励んだりできる。絵画や文学、音楽といった芸術を楽しんだり、作り出したり。
それから、人間とつくることが可能なのかはわからないが……、生殖機能もとりあえずは、人間とだいたい同じらしい、ということ。
人間の男性と同じかたち、同じ動きをして、そういった欲は(僕にはそこまで必要でない)食欲や睡眠欲よりもずっと強いものであるのだとか。
塔に閉じ込められた最初の二週間はきつい拘束と、途中から目隠しをされ、全く身動きができない状態だった……、いや、できたとしても少しでも拘束を取ろうともがけば首や胸、腕に大きな刃が当たり、激しく動けば上から刃が落ちてくる仕組みになっていた。
体を何度も切り開かれたり切り刻まれたりしている今ではそんなもの怖くも何ともないが……。当時の僕は自分の体の限界や耐久性を知らなかったのだから、実際にそうでなくても精神的には死の危険に晒されており、恐怖で無闇に拘束をとろうと動くのは不可能だった。
そのため性欲処理などできるはずもなく、二週間経った日にはなんと意識をほとんど失い高熱を出し、腫れたように勃起したそれに気づくまでかなりの時間を要した。……処理をしてもらったそうだが、僕はその時のことを全く覚えていなくて、どんな様子だったか聞くのはあまりにも恐ろしすぎた。ジェーンはそれをひどく面白がってからかってくるのがなんというか、モラルがないっていうか……。
……でも僕は自分では処理のしようがなくて、……興奮すると羽毛や手の鉤爪を出してしまい、落ち着くまでもどらない。そんな手でデリケートな場所を触るわけにはいかなくて、僕は人に頼らざるを得なかった。恥ずかしいけれど、……仕方ない。オーナーはよく僕と寝たり、僕を物好きな貴族と夜を共にさせたけど、あれは決してただの意味のない悪どい欲望や金稼ぎのためだけ(勿論含まれていたとは思うが)ではなく、たぶん、僕の体のこともあったのだろう。そう考えるとなんだか複雑だった。生まれながらの淫乱だって言われているようなモンだ……。

僕がサーカスを燃やして姉さんを殺した時からもう数年は経っていて、ジェーンはすっかり大人の女性になったし、マリーはもう来年で10になるそうだ。ジェーンはまだしも、マリーとはあれから会えていない。勿論、会わせてくれるはずもない。父さんや、おじさんとジェーンの話を聞く所によると、父さんに似てきたそうだ。……僕は母さん似だし、そこまで兄妹は似てないかな。……姉さんも父さん似だった。
「セオドア」
「……こんばんは。ずいぶん今日は、早いですね」
本を読んでいた僕を父さんはしばらく見つめていて、やっと声をかけてきた。
「どうだ、調子は」
「そこそこです」
「そうかあ。マリーが風邪をひいたらしくて」
「なら僕のとこじゃなくマリーの所へ行った方がいいのでは……」
「今先生に診せてる。かわりに……、お前の見張りを頼まれたんだ、ハハ」
「僕もう悪いことしませんよ」
「そういうのじゃないって……」
牢の中は牢らしくなく、本棚や机、椅子が置いてあって実に部屋らしい。僕は一日のほとんどをここで過ごす。話し相手はほとんどジェーンとおじさんで、父さんや母さんは本当にたまにしか顔を見せない。
「先生から話はよく聞いている。いろんなことがわかってきたそうじゃないか」
「わからないってことがわかっただけですけど」
「それでも、なにもわからなかったわけじゃない……。いい方向にいい方向に進んでる」
「……男の子はできました?」
「必要ない。お前がいるから」
「それなら僕が、父さんが死なないうちにお嫁さんをもらって子ども作る方が早そうですね。もっとも、そんな物好きな女性この世にいるかどうか……。腹に子ども抱えて逃げ出すんじゃかないませんから」
今は上半身が裸で、……処理予定日が近づき、自分の力で翼や鉤爪をたたむことができないからだ。体にはいくつもの切り開かれたあと、そしてそれを縫い付けたあとが残っている。僕の体はまるで汚いボロきれだった。
「もう実はその話は進んでいてね。相手はサフォーク伯の娘の……」
「あなた、僕に、人間の生活をさせようっていうんですか?」
「そりゃあ。だってお前は人間だろう?」
「まさか……。調べるほど自分がいかに人間離れした化け物であるか理解できるんですよ。それに……、現に、僕は人間らしい扱いを受けていますかね。こんな所で、もう何年も外の空気を吸っていないのに。わかってるくせに。こんな薄暗い塔の奥に閉じ込めて。その娘を孕ませれば僕の役目は終わりなんでしょう。そんなくだらないことに付き合わせるなんて、僕の苦しみを共有させ、しかも同じ苦しみを持つかもしれない子を孕ませるなんて。……そもそも、僕なんて愛してくれないでしょうし」
「お前が化け物だからじゃない。お前を人間に戻すために先生が頑張ってくれているのに、お前がそんな態度じゃ戻れるわけがない。ここに入れているのは他の人間を驚かせたり、好き勝手飛ばないためだ。許してくれ……」
「そりゃあ、もちろん、わかっていますけど。でも僕が戻ってすぐの時は化け物だと思っていましたよね。でなければ自分の息子をギロチン付きの寝台に寝かせたりしませんものね。……ああ、いいんです。このことについては何度も話し合いましたし。でも、実の親に化け物扱いされるような男なんです、僕は。僕を知らない、若い女性が僕を見れば悪魔だと思うかもしれませんね」
……そういえばジェーンは、僕のことを緑色のださい翼を持った天使だと形容した。天の使い……か。なんだか皮肉だな。
「サフォーク伯の娘レイラは、お前の姿を知っている。その上で会うと、了承を得ている」
「……向こうがそう言っているのなら、会ってもいいですけど。僕、知らない人に悪魔とか化け物って罵られるのは嫌ですよ。本物を見て言っているわけじゃないんですから」
「いい子だよ。心の優しい」
「そんな人が僕と一緒に居られますかね。僕はネガティブだし、怖がりで、人と目をあわせて話せません」
「……お前がこうなってしまったのは私の責任だ……。……実はな、レイラはずいぶんお前を気に入っていてな。明日にはうちに到着するようだ」
「話が早いですね」
「それくらいの気持ちということだ」
……僕のことを気に入ってすっ飛んでくるって、どんな人なんだろう。きっとずいぶん変わり者なんだろうな。明日、……明日か。心の準備ができてない。知らない人と会うのはこわい。
「まあ、そこまで緊張しなくてもいいさ。レイラはしばらくこの城に滞在する予定だし……」
「……僕、その子が来たら飛んでもいいですか?」
「どうして?」
「もう三年は飛んでないんです。飛べなくなったらそれは良くなってるって証拠ですし、飛べたら、……その子が本当に僕を受け入れてくれるか確かめたくて」
「城の周りだけだぞ」
「ありがとうございます。楽しみです。外に出たくて……」

霧の街の空はまだ黒い。




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あきゅろす。
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