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Uターン
Tのブレク・ファスト 4

嫌になるくらいモノトーンな空の下。

ジェーンの手によって小綺麗におめかしされ、新品の服はやたらとこそばゆい。赤いリボンタイをしめると、よく似合っていると持て囃された。ガウンを借りてそれに包まれるとなんだかあったくて、服に染み付いたにおいはなかなかとれない。鏡を見るとなかなかの美青年。腕を隠してるだけでこんなに印象が違うとは。ただの、ちょっと顔に大きな縫いあとがある金髪の男、だ。ふつうの。
「なあーに、ずっと鏡みてんの。女の子みたいよ」
「翼隠して衣装着る時くらいしか鏡見なかったから、なんか、新鮮で」
「ほら! もう時間よ! 向こうに馬車が来てるんだから、早く靴はいてっ! 父さんもー!」
馬の蹄が跳ねる音はうちの前に止まる。近所の人は何事かと窓を開けたり、立ち止まったり。ばたばたと三人家から飛び出し、……懐かしい顔に出くわした。
「こんにちは。いつもお世話になっております。公爵と公爵夫人がお待ちです」
うちの家で働いていた執事だ。じっと視線を向けるが、動揺する様子はない。おじさんと僕が馬車に乗り込み、ジェーンも乗ろうとすると執事に止められる。
「……お嬢さまはご遠慮願いたく……」
「え? な、なんでですか?」
「すみません」
執事は頭を軽く下げると、馬車に戻って行く。
「留守番しとけ」
「ちょっとぉー!」
走り出す馬車、おじさんの笑い声。

「こうして見ると、やっぱり顔立ちとか、雰囲気は貴族って感じだな」
そうだろうか? よくわからない。馬車に揺られながら。
「何はともあれ、うちに帰れることになってよかった」
「……僕、不安なんです。なに言われるか、なにされるか。だって相手は親のくせに子ども捨てるような奴ですよ。もちろん……、虐待をうけたわけではないし、とても優しい両親でしたが、ある日突然サーカスにいた時はひどくショックでした」
「なにか、わけがあるんだろう。そうじゃなけりゃあ保護したいなんて言うもんか。私は以前……、公爵と夫人にお会いことがあるが、悪い人には見えなかったよ」
「……そうだと、いいんですけど」

馬車が止まり、城の前に。五年ぶりにうちに帰って来たのか、なにも変わっていない。大きくてよく手入れされた庭でよく飛び回ったものだった。猫もまだたくさんいる。……泣きそうなくらい、とにかく、うれしかった。なんだかんだいって。
庭を抜けて門の前に、二人の男女。遠くからでもそれが僕の親だとわかった。城の中で待っているんじゃなかったのか……!
母さんのほうは口を押さえ、涙目に。父さんも嬉しそうに笑っていた。二人とも、少し老けた以外はなにも変わっていない。
「テディ……」
「セオドア。私たちの……、よく無事で……」
何を言えばいい? 恨み言のひとつやふたつもぶつければいい? この一言で何もかもぶち壊しだ。無事でいられないような場所にぶちこんだのはどこの誰だって?
「……やっぱり、僕、いい」
「なんでだ……」
こそこそとおじさんと話す。
「さめたんだ」
「……とりあえず、話くらいは聞いたらどうだ」
「同情してしまいそう」
借りたガウンを脱ぎ、おじさんに預けた。翼を開く。ぎょっとする両親の姿。軽く助走して飛び上がり、ふたりの頭上を飛び回ってみせた。……気持ち悪い風だ、湿っている。
ふたりの目の前に降りたつと、びっくりしたのか少し下がる。ジッと見つめて、鋭い鉤爪がついた腕を伸ばした。
「ただいま、父さん」
父さんの目を見ながら。手を差し出したままでいると、そっと父さんは僕の手に触れた。猛獣に触れるかのように。
「まだ、……飛べたんだな。いやむしろ、前より自由に飛んでいる」
「……ただいま」
「お、おかえり……」
母さんのほうを向くと、びくりと飛び上がる。
「母さんも、ただいま」
「おかえりなさい。……本当はね、嘘なんじゃないかって。サーカスの事件のことも聞いていたし、……。でも空を自由に飛ぶ子なんて、うちの子しか居ないもの。さぁ、中に入りましょ」
そう言われて自分の部屋に連れていかれる。あの日から変わっていない……、なにも。埃ひとつない、丁寧に掃除された部屋。これが以前は当たり前だったのだ。いちいち必要なのかと聞きたくなるような金の飾りが家具についていたり、目に痛い派手なじゅうたん。
「……先生と話をしてくるから、少しここで待っていて」
……先生っていうのはおじさんだ。おじさんは医者だから。いきなり一人にされる。そっと耳を立てて、皆が離れた所をそっと後ろからついて行った。お客さんが来た時に話をするための部屋……、近くにはメイドがいる。息を静かに吐いて、右足を踏み出すとまるで時を越えたように動ける。
息をひそめ、目をつむって聞き耳を立てた。
「……この度は、どうも」
「いいえ、当然のことをしたまでです。……あの子が例の子だとは」
「私達は、 ……あの子に申し訳なくて、……」
「人間だとは思えない。何なんですか、あれは」
「紛れもない、私達の息子です。生まれた時は何の変哲もない小さな赤ん坊でした。むしろ体が弱いくらいで。4つを過ぎた頃から段々体にウロコが浮かび上がって奇妙な羽毛がはえてきて、猫を殺すようになったんです」
「爪は曲がって、まるで鳥のようで。……格好だけじゃなく、飛ぶときた。どの医者に見せてもだめだし、医者を殺そうともする。もう人間ではなく、ただの獣だった」
「……はあ。それでサーカスに?」
「ええ。……殺すのは……、あまりにかわいそうで。先生からのお手紙からあの子がかなり落ち着いたように感じられましたので。それに……、私達にはまだ後継ぎがいないのですが……」
「あの様子じゃ、無理だろうな。……先生、資金等、必要なものはすべて用意する。息子を調べてくれないだろうか。何なのか? なぜあの姿で産まれたのか? 人間の姿にすることはできないのか……。……先生も、気になりません? 先生は腕の立つ解剖医だとも聞きますが。だから一般人を診ないんでしょう……」
「あなたたちは私に息子さんの腹を開けと、そうおっしゃるんですね?」
「……次の子がヒトの形をして生まれるとは限りませんもの」
「そうですね、……まず、これだけ用意していただけますか」
「すぐに用意させる。西の塔をひとつお貸しする。道具や環境は整えてあるはずだが、足りないものがあればすぐに伝えてくれ。しばらくはその西の塔に住み込みでやっていただく」
「娘を連れてきても? あれでも彼女は私の優秀な助手で」
「……そうでしたの、それは、悪いことをしました。迎えを行かせます」
……ちょっとでも信じた僕の気持ちまでも踏みにじる、いやそれでもありのままの僕を認めてヒトとして暮らせるまで。

もうこれ以上話を聞いていても意味がないと思って自分の部屋に帰る途中、僕が小さなころから働いていた侍女を見つけた。幼い僕の細かい周りの世話をしてくれていたのだが、そのころと違ってやたらと背中が小さく見える。白髪もまじって皺もふえて。
「坊ちゃん、……よく、よく、戻られました」
「久しぶり。会えて嬉しいな」
「私もです」
……よく見れば、彼女の足元に何かいるな。よく覗いてみると、小さな女の子。綺麗なブロンドで、つり目の可愛らしい子。
「君の子?」
「……いえ、奥様と旦那さまの……」
へえ、一人またこさえたけど女だったのか。母さんはそろそろ子供を作るには厳しい年頃だし、焦っているだろうな。
しゃがんで女の子と目線をあわせると、びっくりしたのか少し体が飛び上がる。
「やあ、僕、テディ。君は名前なんていうの?」
「……マリー」
「そっか、いいね、似合う名前。こわがんなくていいよ、僕べつになんにもしないし」
「これ本物?」
小さなマリーが指したのは、やっぱり翼や爪だ。
「そうだよ。触る?」
恐る恐る手を伸ばして僕の腕を覆って垂れ下がる緑の翼に触れた。ふわふわで暖かいこれには、寒い冬場は大いに感謝はしたものだ。翼を大きく伸ばして丸々と、全裸で雪の降る街に放り出されてもなんとか寒さに耐えることができた。
「わぁ……」
ちょっとくすぐったいな。なかなかお気に召したらしい。
「鳥さん?」
「そうだよ」
「飛ぶの?」
「うん」
「すごーい……」
「マリーも、もう少ししたらこんな風になるかもね。僕がこうなったのはマリーと同じくらいの時だった。ほら、肘のところに僕と同じ毛が」
「うそ!」
「……あ、僕のがついただけみたい」
肘についていた羽毛をつまんで見せると、むっとした顔。
「いいなぁ。あたしも、はね欲しい」
「そのうち生えるよ、そのうちね……」
立ち上がってふっと息を吐いた。侍女と、侍女のハンナと目があう。
「坊ちゃん……、あまり、そういうことは」
「どうかな。僕の妹なんでしょ? 可能性がないとはいえないよね」
「奥様はそれをひどく恐れていらっしゃいますから……」
「そっか。じゃあやめよう。僕は自分の部屋に戻るよ。何か飲み物持ってきてもらえない? なんでもいい。マリーは僕が見てるから」
「はい」
軽くお辞儀して、ハンナは廊下を歩いていく。マリーを連れて僕は自分の部屋に戻った。本棚の本はまだ子供向けのものばかりだ。マリーも喜ぶだろう。
「おいで、僕が本を読んであげる」
まだ小さな子ども、疑うことなく喜んでついてくる。本棚のところまでやってくると、マリーは目を輝かせた。どうやらはじめて見る本だらけのようだ。
その中から、可愛らしいキツネの描かれた本を選び僕に渡してくる。受け取ってベッドに座ると、横に怖がる様子もなく座った。
「あのさマリー……、本を読む前に聞きたいことがあるんだけど」
「なあに?」
マイナスの感情は一切ない、無垢な目。
「僕のこと怖くない?」
「……最初はこわかった」
「そう。お父さんとお母さんは優しい?」
「うん。大好き」
「……ごめんね、変なこと聞いて。本読もうか……」
薄い表紙に手を乗せる。
僕は、この小さな女の子からどんな言葉が欲しかったのだろうか?




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あきゅろす。
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