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Uターン
Tのブレク・ファスト 3

霧の中にそびえ立つ巨大な時計塔。ジェーンの話を聞くと、この時計塔は街のシンボルでとても皆大事にしているらしい。時計塔のいちばん上には部屋があり、貴族たちはよくこの時計塔でパーティーを開くのだとか。警備は厳重だが入り込んだ者が数人おり、男女ふたりのカップルで最上階のバルコニーに立つと結ばれるそうだ。
庶民の女の子たちお気に入りのおまじない、あこがれ。地上の警備が厳重でも、空は誰もいるはずない。バルコニーにやさしくおろし、僕は手すりに腰を下ろす。
「現実なのかしら」
「現実じゃなかったら、僕は人間だったよ」
「やだ、あなた人間よ。立派な人間よ」
太陽の光が霧と雲を抜けて刺してくる。鳥が歌い風は囁き木々は踊る。
ここからなら、よくサーカスの残骸が見えた。それを見つめていると、ジェーンもそちらを見る。
「見たかったわ、サーカス。きっとあなたのショーは素敵だったでしょうね」
僕はその言葉を無視して、サーカスをまだ見ていた。
「おうちに帰るの、楽しみね」
「君って考えてるんだか、考えてないんだかわからないね。さっきうまいこと嘘ついたと思ったら。そんなこといってさ」
「?」
「ふつうのさ、人間が、サーカスにいるわけないじゃないか。みんな訳ありで、弱みを握られてるかあそこでしか生きていけなかったりさ、狂人もいる。ほんとは病院に閉じ込められてなきゃならない」
「だからおうちに帰るの楽しみなんじゃないの?」
「だって僕、貴族だった。なんで僕があんな所にいたんだろうね。そんな僕を今更迎えにくるなんて、なにかあるとしか思えないよ……」
「帰りたいんじゃなかったの?」
「ああ、あの日のうちにね。五年前にね」
だんだんと霧は晴れてきて、街も起き出したようだ。大きなベルの音が鳴り響き、時の経過を伝える。窓は開きカーテンが風に揺れる。
「わかってるくせに……」
ジェーンは涼しい顔で風を受けていた。
「なにが? なにをわかってるの? 私が?」
「また、とぼけて知らないフリするんだ。僕はわかってるからね」
「あなたみたいに卑屈でなよっとした人、はじめてだわ」
「そうだろうね」
目も合わせることもない。
「ここはね、女の子の憧れの場所なの。ここに二人で来たら結ばれるし、一人で来たら何か近いうちにいい事……、とんでもなくいい事が起きるってうわさ。……私あなたと結ばれるとは思えないわ、あなたは素敵だけど、心は素敵じゃないわね」
「僕だって素敵な体で素敵な場所に居たら素敵だったろうさ。……そろそろおりよう。奥から人の気配がした」
背骨を曲げ、腕が伸びる。翼を広げ、太陽の光をめいっぱいに浴びると全身の血が飛び起きたようだった。
首に腕が絡みつくと、ゆっくりと下降していく。
「……怖いわ」
「そりゃ、そうさ。きみは飛べないし乗ってるのが僕だからね」
「飛び上がった時はあんなにも気持ち良かったのに」
「この近くに降りられる場所はある? 人がいない」
「……一番近いのはサーカス跡ね」
……確かにあそこには人がいないし広い、こんな朝、警察がまたやって来て調べ出すのにはまだ時間がかかるだろうし。
すすで汚れたステージ、姉さんのドレスと死体。カラカラの黒い骨。
そっとステージにおりて首を下げるとジェーンは僕の背中から降りた。背骨がしゃんとしてヒトの形に戻っていく。……女の子にはかなりきつい光景だとは思うが、ジェーンは少し驚いただけでそこまで動じたりはしなかった。
「あまりジロジロ見ないほうが」
「 別にこーいうの見慣れてるし大丈夫よ。医者の娘だもの。大きな火事が起きたのよね、確か。あなたは飛べるから逃げられたのね」
……医者ってこんな状態のものも診なきゃいけないのか。そりゃあ、大変だろうなあ。
「貴族がいっぱい来てたのよね? 宝石とかアクセサリーとか落ちてないかしら」
そばにあった姉さんの死体……。顔の皮膚は剥がれて歯はほとんど抜かれているので簡単には特定もできないだろう。ドレスだって引き裂かれてボロボロで、指は数本しか残っていないしふとももの肉は何かに噛みつかれてそのまま引きちぎられたようだった。本物の金のように朝の日差しを受けてキラキラと輝く髪だけは変わっていなかった。昔と。
それに触れようとしたジェーンを僕は思わず突き飛ばし、死体を守るようにしゃがむ。
「な、なに?」
「……あ、あ……。触らないほうがいい……」
「だーいじょうぶよ……。でも、ありがとう。それにしても、酷い死体ね。ほかは焼けてるようだけどこれは違うし……、あからさまに悪意があるもの。それに……、嫌なにおい。男の仕業でしょうね。火事のあとにここで死んだのを男がやってきて好き放題やらかしたってとこかしら」
姉さんの死体を見てるとまたドキドキしてくる。息が荒くなって、顔が火照ってくる。自分の指をなめて、よだれを縫い付けた頬の皮膚に置いた。
「テディ?」
ボロボロの死体の下に手を入れて抱き上げると幸せな気持ちであふれそうだった。これを両親の元へ持って行けばどうなるだろうか。
「持って帰るつもり? 医者でも、魔法使いでもそれはなおせないわよ」
「どこか誰にもわかんないような場所に隠す」
「ふーん。野犬に食われなきゃいいけど……」
「僕のサーカスさ、隠し場所はよくわかってる」
虎の入っていた檻の中。あれはオーナーがいた部屋のテーブル……に、仕込まれていた。暴れないよう薬をうって(虎やライオンのような猛獣のための薬だが、僕もうたれたことがある。全身が痺れて動けなくなり、目を開けて呼吸するくらいしかできなくなった)その上で口を固定するマスクをつけて、テーブルの中に入れるのだ。
オーナーの死体を蹴り飛ばし、姉さんをテーブルの中に入れた。その様子をこっそりついてきたジェーンが眺めている。
オーナーのポケットから鍵をいただいて、野犬に襲われないように檻に鍵をかけた。鍵は僕が大事にもっておく。
「もう仕立屋さんが開くわ。行きましょ」
「……そうだね」


扉を開くとガラガラとベルがなる。ジェーンに連れられてやってきた仕立屋さんは、すこし老いた夫婦が営んでいるようだ。
「あらジェーンちゃん。新しいドレスの注文?」
「違うの、この人に」
手招きされて店の中に入ると、やはり夫婦は驚いた。驚かないほうがおかしい……。
「! あらあら、変わったボーイフレンドを連れてきたね」
「うちの……、患者さん。これでもだいぶ良くなったほう。明日には実家に帰ってご両親のところで療養するんだけど、今の治り具合にあった服がなくて」
「明日! ……そりゃ難しいね、ほかの仕事もあるし……」
「そうなの。今日中に欲しいわ。代金はいつもの三倍払います」
「ピッタリ完璧じゃなくていいなら、今ある型紙で作るけれど……?」
「じゃあ、それで。……いいわよねテディ?」
聞いたくせに頷く隙もない。ジェーンに背中を押されて奥の部屋に入った。ジェーンが簡単に僕のために作ったシャツを剥がれ、上半身を裸にされる。
おばさんが僕の体の大きさをはかると、奥から型紙をいくつか持ってきた。
「大きめと小さめどっちがいい? ちょうど間なのよね、お兄さんの体」
「……ええと」
「大きいとだらしないわ、小さいのにして」
……大きめがよかったんだけどなあ。おばさんが返事をして奥に引っ込む。
「一番いい生地使ってほしいの。白でね。首とか袖にフリフリついてるようなやつ」
「フランス風?」
「……よくわかんないけどそれでいいわ!」
「それならちょうど、お兄さんが着れそうなのが余ってるわ。おとといキャンセルが入ったのよ。これ着て……。今のままじゃ着るのは難しいわね……」
僕の目の前にある派手なフリルのついたシャツ。こういうのをサーカスでもよく着たな……。腕の翼を小さくすると、ジェーンはぎょっとした。
「ちょっと! それできるなら言ってよ!」
「……でも一時間くらいしかもたないんだ」
ジェーンに怒られながらおばさんに渡されたシャツを着ると、……ちょっと苦しい。ヒラヒラのフリルがくすぐったいし……。
「よく似合ってる。これいただくわ。腕は……、袖をまくって、マントかガウンでも着せることにする」
「そうねえ。それがいいわよ。リボンはどうする?」
「濃いめの赤がいいわ。下は黒いショース」
あれよあれよと次は脱がされ、ジェーンの指定したものは紙袋に入り僕の手元にやってきた。
「よかった、いいのがあって。ガウンは父さんのがあるから」
店を後にしながら、ぽかんとした表情で歩いている。ジェーンはこの街ではそこそこ有名らしくて、そこらじゅうで呼び止められた。決まってジェーンは、僕のことについて嘘をつきながら歩いた。
「この人? テディっていうの。うちの患者さん。ちょっとびっくりするような格好だけど、これでもだいぶ治ったほうなのよ。明日、一度実家に帰ってご両親のところで療養するの。だからこの街出ていく前にちょっと散歩ってとこ」
僕は軽く会釈するだけだ。
「よくわからない病気でね。鳥人病って言えばいいのかしら、ほんとは全身この緑の毛でまみれてたの。なかなか、美少年でしょ? 目なんてぱっちりして鼻は高いし口は小さくて。美人なのに、もったいないわよね」
……よくもまあ、そんなに嘘ばかりぽんぽんと思いつくものだ。




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