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Uターン
Tのブレク・ファスト

その日僕は、行く当てもなくフラフラしていた……。

体を隠すマントは絶対に離せない。だって血のにおいと醜い体が晒されてしまうから。……僕、どうなってしまったんだろう。頬に触れると、大好きな姉さんを感じられた。額、それから眉、頬を通って顎まで伸びる大きな縫い目。姉さんの皮膚を縫い付けたものだ。もちろんこれを隠すために大きなマントをかぶっている。
こんなことになるなんて思わなかったし、とにかく体が言うことを聞かなかった。後悔、それから様々な方向への憎しみでどうにかなってしまいそうなくらい。なんで、どうしてこんな醜い姿に産んだりしたんだ。醜い姿だとわかっているなら、さっさと殺してくれればよかったのに。サーカスなんかに売り渡して化け物として見世物にされるなんて……。
小さいころは城に閉じ込められて生きたし、大きくなればサーカスで服も着せられずガラスの箱に入れられて生きてきた。
翼を開いて空を飛ぶと客がお金をくれたし、鋭い鉤爪でヒツジやブタの喉を掻き切って血を飲むと歓声がわいた。鳥とトカゲ、それから人間の混じったような姿をした僕は『ドラゴンの少年』と呼ばれ、貴族たちはこぞって僕を見にサーカスにやってきた。
サーカスが終わった後は特別料金で貴族の中の貴族が僕を近くで見にやってくる。ガラスの箱に入れられて全身を舐めるように見られたり、金属でできた丈夫な拘束具で僕を押さえつけ、客に触らせたり、サーカスを敷地を散歩に連れていかれたりした。でもこれはまだいいほうで、僕の顔がいいばかりにたまに物好きの男が僕を高値で一晩買うこともよくあった。目の前で大金がオーナーに渡されるたびに僕は震え、知らない男の腕の中で泣いていたのをよく覚えている。
オーナーは僕が口答えをするたびに殴ったり蹴ったりするし、言うことをきかなかったらタバコを僕の舌に押し付けたりした。客の入りが悪い時は僕に八つ当たりしたり、ご飯を抜かれたりすることもしょっちゅうだった。でもどんなに腹を立てても僕の顔にはひとつだって傷をつけなかった。オーナーは僕の顔が金になることを知っていたし、僕を躾けるためにそういった行為に走ることも多かった。そしてその躾は実に効果的で、僕のプライドは簡単に粉々になってしまったのだった。
最初は軽いものだったのだが15を過ぎたころに脱走を試みて失敗し、ひどく怒らせた時がはじめてだったか。妙な薬をたくさん飲まされ、きつく拘束されてショーの時以外は張り型を突っ込まれたまま一週間過ごしたのがそうだった。ショーの時もぼうっとしてうまく立てずに助走がうまくいかず、飛んでも不恰好な死にかけの虫のようになってしまい、それもまた怒らせてしまった。客をとるようになったのもそれからだった……。

でも、これからはもうこんなことはない。僕は自由だ! ……しかしそれは醜く奇妙な姿をした僕が生きるために支払った代償だったと知る。生きられる程度には食べさせてもらったし水はほとんどいつでも手に入ったし、貴族のうちに招かれた時は豪華なごちそうを……、昔食べていたようなものを食べられる時もあった。その時はオーナーは優しいし美味しいケーキやスコーン、大好きな紅茶もいただけた。
僕はずっと閉じ込められて生きてきた。街に出ることはほとんどなく、そして一人で歩くこともほとんどない。お金がないとごはんを食べられない……。でも、オーナーの死体から咄嗟に奪ったお金はもうすでに尽きてしまった。僕がお金を稼げる方法なんて、あとは前みたいに物好きな客をとるしかないのに。……このまま飢え死にしてしまうのかな。せっかく逃げ出したのに……、ぜんぶ、ころして、なかったことにしたのに。
もう歩けなくて、ずるずると路地裏に座り込んだ。空は灰色で……、また雨が降ってきそう。濡れたらさむいし、寒いとしんどいから嫌だ。屋根のある所は僕なんかが入ったら追い出されちゃうし……。
これから、どうしよう。ため息まじり。左の方……大きな通りのほうから視線を感じて、誰だろうかと僕も見返した。買い物帰りらしい、17、8ほどの女の子がこちらをぽかんと見つめている。……まずい、ばれたか? 逃げ出そうと素早く立ち上がると、女の子が走って僕の目の前に立つ。黒髪で背は高く、活発そうな女の子。深くかぶっていたマントを無理やり引き剥がすと、大きな声で驚いた。
「まあ! やっぱりなんてひどい縫い方なの! こんなじゃ化膿するわよ、うちへいらっしゃい!」
手を掴まれて無理やり引っ張られ、大きめの家に連れていかれた。そこはこの子の家らしく、荷物を放り投げると『父さん!』と叫んだ。しばらくすると奥からゆらゆらと白衣を着た初老の男が眠そうに目を擦りながらやってくる。
嫌な感じがして少し後ろに下がると、女の子は強く腕を掴んでくる。
「またなんかよくわからんもんを拾ってきたな。うちは動物病院じゃねんだぞ」
「次は人だからっ。このほっぺ……、放っておいたら膿んじゃうわよ」
「あーほんと、こりゃ素人の仕事だなあ。火傷でもしたのかい、坊ちゃん。縫い直してやるよ。おいで」
女の子が僕を押して奥の部屋に連れて行く……、奥の部屋には簡素なベッドがひとつあって、大きなランプが上に置かれていた。近くのカゴにまとめて入っているのは銀色のハサミやナイフ……。こ、殺される!?
完全にビビって動けなくなった僕をベッドに押し込むと、……ああ、あれならわかる。注射……、注射をうたれて僕は……。


はっと目を覚ますと、別の部屋のベッドにいた。マントはなく、裸だった。目の前にはさっきの初老の男、それから女の子がいた。
「おお、おはよう。あんまり怖がるんで可哀想かとおもってな。ほっぺ……、触ってみ」
……た、確かに。前よりはいびつな感じじゃない。痛く無いし……。
「ねえあなた、ずいぶん変な格好してるわね。でも作りものじゃないんでしょ? これ……」
腕から生えた翼や大きな指の爪、腕や足先を覆う緑色の体毛はニセモノじゃなく、僕のものだ。そうだと答えると、二人は驚いたように顔を見合わせた。
「口きけたのね!」
「ただの噂だと思って馬鹿にしていたが……、やっぱりサーカスのドラゴン男か? これが……」
「なに、それ?」
「魔女が人間の子どもとトカゲと鳥をくっつけたとかいう奴な。もっともそんなの私は信じていないが。しかしなにがどうなってこうなったのか……。わからない」
「ねえ生まれは? 名前は?」
ベッドから飛び上がって毛布をかぶり、三角に座って縮こまった。顔だけ出して、様子を伺う。
「ごめんなさい、言いたくないなら言わなくたって……」
「セオドア・ロックウェル……。ずっとロンドンで居たけど……、難しいことはよくわからない……」
なんとかひりだした声は、二人をまた驚かせたようだった。
「……なんてこった! ロックウェル家の行方不明になったとか死んだとかいう坊ちゃんか! かわいそうに……、よく生きた。思えばあの公爵と公爵夫人によく似ている……」
……死んだことになっているのか、僕は……? お家に戻りたい。母さん、父さんに会いたい。サーカスはもうないし、僕にはいく宛がない……。
「僕、家に帰りたい……」
「そうだろうとも。すぐに手紙を書こう……」
初老の男が勢いよく部屋の外に飛び出すと、女の子がそばにやってきた。……なんだか、姉さんに似てるかも……。髪の色は違うけど、ぱっちりした目とかちょっと太めの眉とか……。
「よかったわね。お家に帰れるわよ。父さんね、ああ見えてけっこー貴族へのパイプあるから大丈夫……。ちょっとした縁があってね。あなたにうった注射も貴族のために特別に作ったものなのよ。……お返事が来るまではうちに居るといいわ」
「……僕のこと怖くない?」
「どうして? あなた、別に私を取って食べちゃうわけじゃないんでしょ? それにそんなにびくびくしちゃって、どうやって怖がればいいのよ」
「……僕の手こんなだし……、空だって飛ぶよ。緑色ってサイテーだし、毛まみれだし、動物の血だって飲むし……」
「空飛べるの!? 後で見せてくれない!? へえ、飾りかと思ったけど、ホントに飛べるんだ。すごいわ……、そんな人間がいるなんて。まるで天使ね……」
天使、そんなこと思いつくことなかった。僕は……、天使! でも、僕が知ってる天使はこんな爪はないし毛まみれじゃないし、緑じゃない。
「私緑って結構好きよ。葉っぱの色、髪の色は金色だから、黄色い花みたい。私黄色い花って結構好きよ。それにね、私動物の血は飲まないけど……、肉は食べるし同じようなものでしょ。その爪だって、いつでもナイフ持ってるみたいで便利そうだわ」
「本当にそう思う?」
「ええ。だからね、お顔見せてくれない? 私、あなたのお顔を見ながら話がしたいの」
恐る恐る毛布を握りしめていた腕の力を抜くと、女の子はゆっくりと頭に乗っていた毛布を落とした。億から鏡を持ってきて、僕の前に。……しばらく、自分の顔だけなんて見てなかったな。……こんな顔していたっけ。なんだか……、ずいぶん……、大人びた。サーカスに居た時は自分の顔なんてよく見る時間なかったし、そんなことしようとさえ思わなかったし。
「うーん、やっぱり、隠すのはもったいないわ、その顔。傷も父さんのおかげでかなりましになったし。……そうだ、服……。父さんのじゃ流石に大きいわよね。……でも、その腕と足を通さなきゃいけないから大きくないといけないし……。と、なると上半身は翼のせいで着られないわね。ねえ、これまで服はどうしてきたの?」
「……」
部屋にかけてあったマントを指差すと、女の子は笑う。
「やーねー、あれは服じゃないわ。冗談言えるほど元気になっちゃった? ……そうだわ、いい事思いついた。待ってて……」
女の子が持ってきたのは裁縫道具と大きめの服だった。シャツを僕の前に広げ、脇の下をハサミで切ってゆく。シャツがただの一枚の布きれになると、裁縫道具の中から青いリボンを取り出した。それをひとつ、ふたつ、みっつに切ると、さっき切ったばかりのシャツに縫い付けていく。右の脇の下、そして左の脇の下にも。
布切れ状態のシャツを僕にかぶせて首を通し、サイドのリボンを結んでくれた。
「ほら、ちょっと不恰好だけど着てないよりはましでしょ? 下も……、父さんのをヒモか何かで縛れば大丈夫でしょ。足はそんなに形変わらないみたいだし」
大きなズボンと下着を投げつけてきて、顔で受け止める。その様子を見つめていた女の子はあっと大きな声をあげた。
「その手……、破れちゃわないかしら。一人で着られる?」
まじまじと自分の手を目の前に置いた。ウロコと緑の体毛で埋れていて、指は内側に曲がり指先には鋭い爪がついている。血がこびりつき、少しだけ鉄のにおいが漂っていた。
「無理そうね。……あ! 気にしないでいいわ、私だって医者の娘で助手やってるもの。別に見慣れてるし。……嫁に行く前の女がこんなこと言うのってどうかと思うけど……、事実なんだから仕方ないわよね」
「……大丈夫だよ、これくらい」
おそるおそる布を掴むと、女の子は笑った。
「私が大丈夫でもあなたがよくないわよね、ごめんなさい。ズボンはけたら呼んでちょうだい、ヒモで縛ってあげるから。流石にそれはできないでしょ?」
そう言うと部屋を出て行ってしまう。まあね、下ははいてることよくあったし(じゃないと貴族のうちにお呼ばれした時一緒にご飯なんて食べられない)それくらいは自分でやらなきゃ。
さっと下着とズボンに足を入れ、すぐに女の子を呼んだ。
「ね、ねえ……」
「あら? もう?」
女の子が戻ってきて、さっきの青いリボンを取り出した。
「……リボンじゃ心許ないわ、やっぱり」
奥からまた持ってきたのは、皮のベルトだった。それを僕の腰に巻きつけると、ぴたりととめる。
「苦しくない?」
「うん……」
「でもこれ、用を足すのに困るわ。いちいちそのたびに呼ばれちゃ私だって行けない時あるし……」
その言葉を聞いて爪をうまくつかってベルトをはずし、またつけてやると女の子は驚いた。
「こう見えて結構器用なのね」
「必要なことは……、だいたい一人でできるよ」
「そう。これ、かえしておくわ」
皮のベルトと一緒にもってきたらしい、かなり大きめの、これまた皮の手袋。分厚くてちょっとやそっとじゃ破れない。僕がほかの人や衣装、飾りを傷つけぬようにあのオーナーがわざ僕と材料の皮を持って作ってもらったものだ。手首がわの先には太めのひもがついていて、握りやすいよう特別に色を塗った木の飾りがついてあるんだけど、それを引っ張るときゅっとよく締まる。
いつものように手袋をはめてひもを引っ張った。これをしないと僕自身の顔や体だって傷つける可能性があったから、オーナーはこれをほとんどずっと付けっ放しにしていた。流石にずっとだと蒸れるし気持ち悪くなるし臭くなるから、夜にひとりで寝る時は外していたけれど。
「なんだか獣臭かったから、干しておいたのよ」
「……ありがとう……」
「明日にでも服を作ってもらいにいきましょ。ないと、困るだろうし。あ、いいのよ、そうは見えないだろうけど結構お金あるし……、それにね、弟ができたみたいで。うち、母さんが五年前に死んでから父さんと二人きりだし、たとえ数日間でもひとり増えて賑やかになるのは嬉しいもの」
足を地面におろして立ち上がると、女の子はぎょっとした。
「……私のほうが妹かもしれないわね。結構背が高いんだ」
パサついた髪の毛を整え、注射のせいかふらつく足を懸命に地へ縫い付ける。にこにこ見上げてくる女の子を怖がらせてみたくて一瞬ぎろりと睨みつけてみると、すぐに怯えたような顔になった。手を縮こませ、唇を噛んでいる。
「怖くない?」
「……い、今のは、ちょっと、怖かった。そんな顔だって、できるのね……」
「僕とおなじような奴、この世の何処かにいるとは思うけどたぶん……、僕みたいな奴はいないと思うんだ」
「どういうこと……?」
「わからない……」
自分でも、なにがなんだか。
「そろそろ晩ご飯のしたくしなくちゃ。あなたもおなかすいてるでしょ? ちょっと手伝ってもらえる? ただ待ってるだけじゃ居づらいわよね?」





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