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Uターン
羽虫の氾濫

俺の怪我が一通り治ると、母さんはアイヴィーと親父のほうへ戻って行った。竜たちは複雑に絡み合い噛みつきあって、腐敗する紫の血を流していた。
ライラの毒のウロコを投げ込んでみるが、やはりいまいち効果は見えない。しかし金色の竜の舌に当たった時はそこそこ効いたらしく、暴れまわって舌を噛み切った。その様子を聞いたライラは複雑な表情で……、それもそうだ、ライラにとって倫太郎さんは親のようなものだし、兄弟のように仲がよくて、師弟関係であるみたいに慕っていたし、恋人同士みたいにいつもそばにいたのだ。人生のほとんどを共に過ごしただろう相手に毒を盛るのは苦しくて当たり前。
母さんからの指令通り、俺とライラは毒をまきながら飛び回り、アイちゃんと共にあまり動かないようにけん制していた。レッドフィールド兄妹の兄ユーリスは、母さんと共にアイヴィーと親父を竜から守っているらしい。あまりに対象が大きく呪いがすぐに解けてしまうので、連続してかける必要があるそうだ。身動きのできないふたりを、母さんとユーリスは化身して守っている、……さっきチラっと見たんだ。
母さんは勿論、ユーリスも聞くところによるとかなりの凄腕で、兄のジャスティンを差し置いてレッドフィールド家次期頭首になる予定だったのだとか。セオドア直属の部下数人はいつもひとりふたりレッドフィールド家から出ているそうだが、史上最年少で試験を合格し、母さんが若い頃はセオドアと共に行動していたらしい。
勿論レッドフィールド家の歴史上でも1、2を争うほどの実力の持ち主だったそうだが、まだ精神が育ち切っていない子どもであることと傲慢で勝気な性格のせいもあり、同僚やレッドフィールド家と同じような沢山の勇者を出している名門家からの評判はよくなかった。……が、セオドアの一番のお気に入りでもあり、彼はセオドアのそばから離れるのを好かなかったそうだ。
……そしてグロリア・レッドフィールド。父はレッドフィールド卿、母はその実の娘で『戦乙女』とも呼ばれた、ソフィア・レッドフィールド。美貌と強さ、そして勇気を持った素晴らしい女性だったと聞く。ユーリスの妹、そしてグロリアの姉であり母にあたるのだが、それが信じられないほどに人当たりはよく快活で、レッドフィールドらしくない、よその子なのではと噂されていたらしい。性格はずいぶん違っても戦ではレッドフィールド家らしい、素晴らしい活躍をしていたそうだ。
『贄の戦い』を終えたころ、レッドフィールド家は長兄のジャスティン、それから次期頭首だった次男のユーリスを亡くしており、残ったのは娘のソフィアだけだった。家を存続させるために婿養子をとるか新しく子をもうけるかしなければならない。レッドフィールド家は代々男が頭首をつとめていたため、レッドフィールド卿は子を作ることにした。しかしレッドフィールド夫人は子を作れる体ではなく、病床に伏せっていた。そこでレッドフィールド卿は恐ろしい計画を打ち立てたのである……。
実の娘ソフィアを贄の戦いで死んだことにし、城に閉じ込めると、レッドフィールド卿は夜な夜なソフィアと性交渉を行ったのである。悪魔も同じなのだが、天使は女側が『妊娠しよう』と思わなければ子を作ることができない。天使や悪魔は力が強く、自動的に力で何事も決めるようになった。そこで男よりは力の劣ることが多い女性側が望まない妊娠をして苦しまないように、ずいぶん昔にそういった仕掛けがなされたそうだ。
しかしレッドフィールド卿はソフィアを気が狂うまで追い詰める拷問や暴行を毎日毎日行い、完全に心の折れたソフィアは妊娠を許可してしまったのである。……そこで生まれたのがグロリアで、レッドフィールド卿はさぞかし残念だったろう。
レッドフィールド卿とソフィア・レッドフィールドという強い血を継いだグロリアは短い寿命と弱い体、そして強い魔力を手に入れた。幼いながらも次の男児が生まれるまでの繋ぎとして仕方なく世に出て、レッドフィールドの墓にすら入ることを許されなかったジャスティンと、たった一代でセオドア直属の部下に成り上がったガブリエラ・ゴスの子どもマナ・ヴォジュノヴィックという邪魔者を捕まえると、時期の指導者になるべく天界に君臨した。グロリアはまだ幼いため、すべての意思はレッドフィールド卿にある。……実際はそこに倫太郎さんことアルフレッド・クリスティがその座を譲られたのだが……、レッドフィールド家は倫太郎さんのバックに回り、様々な援助をする代わりに自分の意見を政治に取り込むようグロリアを使い告げ口をしていたらしい。
今では再びソフィアを孕ませ、グロリアにはまだ10にも満たない幼い弟のユリウスがいるそうだ。……なんというか、ユーリスに対しての未練がたらたらな命名だと思う。
しかしユリウスが無事育ったとしても寿命は短く、大きくなり子供を作る年齢までになると死んでしまうだろう。近親姦で産まれた子どもは強い魔力を持つ代わりに短い寿命と弱い体、そして障害を持つ場合がある。グロリアに障害があるのかは知らないけれど、兄妹の間に産まれたライラは視力がとても弱い。その障害を遺伝してしまう可能性もある……。
グロリアがマナ、そしてユーリスを連れて帰ってきた時、レッドフィールド卿はさぞ喜んだだろう。ユーリスはもちろんまがいの無い、自分の優秀な息子。そしてマナはレッドフィールド家を追い出されたジャスティンの子どもとはいえ、その体には確実に優秀なレッドフィールドの血が混ざっている。
きっともう、レッドフィールド卿はどこからか女を用意してユーリスかマナにその女をあてがったのだろう。そうなればユリウスはなんのために……、グロリアが死に、ユーリスかマナの子どもが大きくなるまでの繋ぎとしてしか、存在意義がない。
だからこそグロリアはこの場に居る。代わりが沢山居るから、余計に子どもが居れば邪魔になるだけなのだ。きっとレッドフィールド卿は自分の娘と作った子どもグロリアを、この戦で捨てるつもりなのだろう。グロリアは幼いし、体が弱いので妊娠ができない。ただ、金を食い潰す邪魔な虫でしかないのだ。マナを追い出すという役目を果たした、もう何にも使えないごみくずでしか、ないのだ。


母さんとユーリスは化身して、無防備なアイヴィーと親父を守っていた。母さんが強く吼える……、俺を呼んでいる。ライラを連れ、母さんの元へ急いだ。

そこには化身を解いた母さん、ユーリス、アイヴィーに親父……、そしてグロリアと、その後ろにはたくさんの兵士。今になって兵士なんて、役に立つのか……? そう思ったが、すぐにその考えを撤回した。誰も化身していない、つまり身を守る必要がない。
暴れていた緑の竜はすっかりおとなしくなり、金色の竜……、倫太郎さんも何故かこちらに攻撃しようとせず、少し離れていく。そこを味方のセオドア、そしてレヴィンが追っていった。……さっきと同じ状態になった。
緑の竜はぶるぶる震えて悲痛な泣き声をあげながら、地に這いつくばっている。
「これは……」
母さんはやれやれといった様子で、息を吐いた。
「うまくいったようだ」
グロリアが連れてきた兵士の中に、一人やたらと運動に向かなさそうな格好の男がいた。背はひょろりと高く、真っ白い毛は癖がついている。少し小さめの眠たそうな目は血の色が透けていて、病的なほど肌は白く、手足は妙に長くて、手の指は枯れ枝のようにかりかりで片手でへし折れそうなほど。飄々とした雰囲気で、俺と目が合うと、にっと笑った。
「やあ、君があのグレイ・キンケードの息子?」
「そうですけど。あなたは?」
「ぼくはアシュレイ・アシュダウン。会えて嬉しいよ」
「……? 俺はチャコール・グレイ・ブロウズです。チャコで構いません」
……におい的に、この人は天使らしい。しかし妙に親父に似ている。親父よりはすこし不細工で、男っぽい感じだけど。
「で、そっちはルシファーの孫の……、ライラ?」
ぱっとライラのほうを見てみると、瓦礫ばかりの何もない場所を見つめている。あんまり見えてないくせにそんなフリして、聞こうという意思すら見えない。……ライラったら、もうすっかり大人なのに子どもみたいだ。
「え、えっと、疲れてるみたいで。ライラであってます」
「なら仕方ないね。なんだかすごく豪華じゃない、こんな所にぼくが居てもいいのかな?」
その言葉に、グロリアは目に見えてイライラしている。
「ちゃんと働いていたら、もっと早くに会えたけれど?」
「だってあんなでっかいの2匹なんて聞いてないしねー。勝てるわけないよ、ぼく、死にたくないし。約束通り、ぼくらを一人残らず守ってくれるんだろう?」
「なら早くあれの化身を解いてくれる?」
アシュダウンが指を鳴らすと、一人の兵が気まずそうに前に出てきた。茶色の髪には金髪がまじっていて、少し小柄な男の子。まるでペットみたいにその子の頭を撫でまして、男の子は迷惑そうに顔をしかめた。
昔とはずいぶん顔つきも変わったし背も伸びたのできっと気づかないだろうけど、俺はこの子を知っていた。男の子って年齢ではないことも。
「それ、セオドアのとこにいた?」
「気に入ったんで、こいつだけ連れて帰ったんだ。殺さなくてよかったよね」
男の子は黙って、俯いたままだ。
「ミカ? おまえ、自分の立場分かってるか? おまえは反逆罪で処刑が決まってるけど、あれに術をかければぼくが保護してやるっていうんだ。ぐずぐずしてるなよ。磔の呪いだってずっと持つわけじゃないんだぞ」
……ミカがセオドアに手を出すことは難しいだろう。何年もの間地下に閉じ込められ、その体に奴への忠誠、そして恐怖を刻み込まれている。少しの間だけど、同じ目にあった俺だからこそ言える。お仕置きと言って何度も何度も殺されているのにも関わらず、地下から出たくないと言っていた。逆らわないんじゃない……、逆らえない。俺でさえ苦しいのに。
「あんたたちにかけることもできる」
「少しでも妙な真似をしてみろ、八つ裂きにするぞ」
……そんな細っこい体で? なんて言えないし。母さんがやめろやめろと言いながら割り込んでくる。
「一体何をするっていうんだ? ちゃんと説明しろ」
ごもっともだ、……でも俺にはだいたい検討がつく、一度かけられている。
「セオドアを子どもにするの、いくらあいつでも子どもなら殺すのなんてわけないし」
「そんなこと、できるのか?」
「できるって見せたいけど、やらないから困ってるの」
「あーそうかい」
グロリアの受け答えに母さんは呆れるが、今のところそれに賭けるしか無い……。毒で攻撃して暴れ始めたら磔の呪いが解けてしまうかもしれないし。
「そもそも可能なのか? あの体に子ども時代があるのか?」
「さあ? まあサイズを小さくすることはできるでしょうよ」
ふたりの背中を尻目に、ミカは前に出る。
じっとセオドアを見つめたかと思うと、セオドアはどんどんと小さくなっていった。動こうとするが、体は岩のように重く硬く、動けない。
皆そうであるらしく、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てていた。
「くそっ、ミカめ!」
「誰か、動けないか!」
「呪いの解除を! 頼む!」
ミカは颯爽と空を飛ぶ。
「そこで石みたいに粉々になっちゃえばいいのさ!」
セオドアの元に飛んで行くミカを見ていると、親父が声をかけてくる。
「チャコ、お父さんとチャコは似てるし、そこまで複雑な呪いじゃないからチャコだけは今すぐ解けるよ。だから……、頼んだ!」
親父が聞いたことのない言葉をつぶやくと、俺の体は風のように軽くなる。言われたとおり、ミカの元へとダッシュした。……ミカは、俺のことを覚えているだろうか?





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