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Uターン
黒の朝、白の夜

シェルターを出ると、異様な光景が広がっていた。建物の倒壊とそのせいで舞い上がる大量のほこりや砂は予想できていたのだが、大量の死体の中で、竜と戦い続ける若い男と女。
……死体の顔を見ると、どれも皆、俺やアイヴィーとそっくりだったのだ。釣り上がった赤い目、泣きぼくろ、太い眉。ざっと顔を見ただけでも、ほとんどの死体がこの特徴を持っており、黒髪か白髪だ。白髪の男もいるし、黒髪の女もいる。皆果敢に飛びかかるが、容赦無く振り落とされ踏みつぶされ切り裂かれてゆく。
「これは……」
ぞっとした。アイヴィーと顔を見合わせる。どう見てもこの若い男女たちは、俺やアイヴィーと同じ遺伝子を持っているとしか思えなかったからだ。
いきなり足を掴まれ飛び上がると、死体だと思っていた白髪の男が顔を上げる。
「……きみ、きみも母さんと父さんの子供……、なのかい? 僕は、もう、だめみたいだ……。きみに託すよ、どうか、違う僕らの罪を……、贖って、それだけが僕と、それから彼と彼女らの願いだ」
足を掴む手を握ると、少し嬉しそうな顔をした。この男には下半身が無く、もう死にゆく定めにある。もう助からない。余った魔力を振り絞り、俺たちを激励してから死のうとしている。
「……ねえ、きみはどこから来たんだ?」
「……わからないよ。きみもわからないだろ? 僕たちはこのためだけに生まれたんだから」
「どういうこと?」
「あれをなんとかできるのは、影の悪魔だけ」
緑の竜と金の竜にまとわりつく、小蝿のような影。ヒョウやオオカミ、ライオン、それから蛾や蝶に化身している者もいるが、大きさは全く足りていない。簡単にはたき落とされてゆく。
アイヴィーも、瀕死状態にある黒髪の女と何か話していた。親父も、母さんも。
この状況をどう表現すればいい? 何も言えない。ライラと繋いでいた手に、思わず力が入る。
「どうしたの?」
「なんでもないよ」
「大丈夫だよ……、怖くない」
見えないことのほうが、よっぽど怖いだろうに。ライラは慣れているから……。
「ライラ? ライラじゃないか。よかった、生きていたんだ。僕だよ。チャコだ……。死ぬ間際に親友に会えて……、嬉しいな」
ライラの手を『チャコ』と名乗る倒れた男に伸ばしてやると、男も手を伸ばして抱きしめた。ライラは表情を変えぬまま、明後日の方向を見つめている。
竜をこいつらが引きつけているおかげで、そこまで街は崩れていなかった。こいつらは何者? そして俺やアイヴィーの本名と同じ名前と同じ姿……。
これはアイヴィーと同じ、そして向こうで出会った、河川敷の悪魔と同じだ。きっとあいつも本名は『チャコ』だ。前に考えたことがあるのだが……、まさか当たっているなんて。
これらは俺と違った人生を送った、俺だ。
どれが本物の『チャコ・ブロウズ』なんてもの、ない。全員が母さんと親父から生まれ、それぞれの人生を歩んできた。俺とアイヴィーも、その一員なのだ。あのセオドアを殺すために、どこからかここへやってきてくれた。俺の過ちを贖うために!
「違う俺のためにも、勝たなくちゃ」
「そうだね……」
もう冷たくなりつつある男から手を離す。ライラに会えた喜びからか、少し嬉しそうな顔つきで。まるで気を失ってるだけ、眠っているだけのようだったけど、ライラも俺も、この男が二度と目を覚まさないと知っていた。

急に背後から大きな叫び声が聞こえる。振り返ると、大きな緑の、鳥の形をした竜だ。首は長く、くちばしは金色で太陽光を受け眩しく輝く。
『あれと正攻法でやりあえるのは僕だけだ。一体ならなんとかなる。どちらか片方を頼むよ』
セオドアだ。……あのセオドアが味方についていても、不安感は強い。ワザとらしく目だつように大きく鳴くと、竜に向かって飛び去って行った。アイちゃんも竜に化身して飛ぼうとするが、俺はひとつ考えがあって引き止める。
『なに?』
「アイちゃん、この人たちを生き返らせることはできない?」
『できなくはない』
「なら……」
『今死んでいるんだ、きっとすぐに死ぬ。魔力だって、無限にあるわけじゃない……』
そっけなく返し、アイちゃんは飛んでいった。それに続くよう、グロリアとユーリス、親父と母さん、アイヴィーも飛び去ってゆく。ライラと手を繋ぎ、俺たちも飛び上がった。

高く飛ぶと、様子がよくわかる。セオドアは金の竜……、倫太郎さんの相手をしていた。……戦いなんて頭のいいものじゃない、考えることすら忘れるほど。ビルの上に倒れ、叫び声をあげている。
海蛇のような竜……、レヴィンがこちらに気づき、近づいてきた。
「よーう! チャコ! 元気だったかよ!?」
「レヴィンこそ!」
「オレはいつだって元気さ! でも今日はちょっと不元気かな!」
変わらずいつものように陽気だ。うねうねと蛇のように空を泳ぐ。
「ちょっとうちのセオドアが押されてるよーだし、オレは向こうに助けにいくよ! しかしな、こいつら……」
「何か知ってるの?」
「まあな。……そうだな、お前が思ってるのでだいたい正解だと思うぜ。うちのセオドアが失敗したんで、遺体を取られているんだ。俺の持ってたやつとか、集められるだけ集めたんだが……殆ど奪われてしまった。用心しろよ」
忠告を受け、レヴィンは飛んで行った。軽く見届けると、また足の炎を強く燃やし、ライラと共にビルをなぎ倒す緑の竜に近づいていった。

たくさんの人数に囲まれてはいるが、竜は目にもくれず叫び暴れている。炎を吐くことはしないようだが、尻尾と鋭い鉤爪でコンクリートを砕き、破片を舞い上がらせた。大きな欠片が頭を直撃し、落ちていく者もいる。ライラに当たらないようにしなければ……、今のところ、緑の竜の近くに居る中で一番攻撃が通ると思われるのはライラの毒だ。
俺や母さん、グロリアやユーリスは物理攻撃に特化しており、同じか少し大きいくらいの相手であれば有利に戦えるが、ここまで大きな相手となると……。恐竜は10メートルも15メートルもあったというが、その二倍はあるのではないか。
そうなると生き物である限り効果が期待できる毒や呪いになり、呪いの得意な親父、毒の強いライラ、毒と機動力があるアイヴィーに頼ることになる。いつも俺たちはこの三人を『あまり戦いが得意でない』『補助向き』と言っていたけど、本当に危機が迫った時、三人に頼るしかない。
「……ライラ、どう? 効きそう?」
「どうかな」
「自信ない?」
「そりゃね……」
髪は短くしてたけど、会わない間にずいぶん長くなったな。背中まで伸びた赤い髪は、まるで背中から血を流しているようだった。
「竜だろう? 皮膚が硬くて、ウロコが刺さらないと思うんだ。狙うなら血か……、口の中や目かな。でも僕の視力じゃダメだね」
「俺がそれをもらって、目を狙ってみようか?」
「指、溶けるよ」
「食らったことないからわからないけど……、ちょっとでも触れたらやばいかな」
「即効性だからね。おすすめはしない」
……よくそんなの身体中にくっつけてられるな。まあ自分の毒で死ぬなんて間抜けすぎるけど。
「ひとつ策がある」
「聞かせて」
「策って、そんな大袈裟なもんじゃないけどさ。アイヴィーやアッシュさんがあれの動きを弱めたら……、僕が口の中に入る」
「……食われに行くって言うのかい?」
「それが一番希望が持てるんじゃないかな」
確かにそうだ……。皮膚が硬く毒でとかせないなら、腹の中に入ればいい。内臓がやわじゃない生き物などそうは居ない。
「ねえ……、こんなの聞くのって馬鹿かもしれないけど。後悔しない?」
「なにが」
「ここで死んで」
「僕はもう明日明後日くらいに死ぬらしいからね。よく23まで持ったよ。せっかくまた会えたのに、映画もお茶も行けなくて残念だ」
「……俺はきっとライラを犠牲にしたら後悔する」
「じゃあ一緒に死ぬ? そこまでする価値、僕にある?」
胸が痛い。俺は死にたくないし、ライラにも誰にも死んでほしくない。この状況で甘えたことを言っているとわかっていても……、友達を死なせたくはない。
「一緒には死ねないよ。ライラは死なせないから。だからすぐ諦めるのはよして、何か方法を探そう」
「……」

竜が吠えると地は震え、羽ばたくと竜巻が起きる。着地すると地割れが起きて、大きく悲痛な叫び声は鼓膜を切り裂こうとする。……わけもなく暴れているわけじゃない……、自我は薄れていても、何か目的や感情があるはず。俺にはそう見えて仕方なかったし、そう思わなければどうしようもないと認めるしか……、なかったのだと思う。
近づくにつれ強い風が吹き荒れ、一度地面に降りた。ビルはもうほとんどが瓦礫へ変わり、その瓦礫も風で吹き飛んでゆく。さっきよりかなり激しく暴れまわっていて、近づいていた者も地面に降りて必死で爪を立て堪えていた。たくさんの死体が転がり、バラバラになった四肢や血が空中を踊るように飛び回る。中には毒のある血もあり、服や肌が飛び散った血に触れ、しゅうしゅうと音を立てながら溶けていった。
そんな中、金色の小さな竜……、アイちゃんだけが空に留まり、セオドアの攻撃を目に見えないほどの瞬間移動で避け続けている。
「……これじゃ、近づくことすらできない!」
「あの竜がなんとかしてくれるか、セオドアが疲れるのを待つしかないね……、僕らにはどうしようもない」
死体に埋れ、大量の死臭を嗅いで吐きそうになるが堪えた。ここで吐いたら吐いたものが全部顔にかかってしまう。
どうしたものかと思っていると、いきなり強い風邪はとまり、頭上に死体が降ってくる。一体何があったのだろう、竜のほうを見ると、竜もこちらを、このおれとライラのいるただ一点を見つめていた。
「……!」
目があっている。恐ろしくて動けない。ライラはよくわからないらしく、俺に捕まって身を寄せる。
「ぁ……」
食われる。そう思った。体は震えて涙が出てくる。さっきだって昨日だってそうだけど、この竜が俺を慰み者にするだけで済むならどれだけいいか。
「チャコ? 風が止んだ。飛ぼう」
「……」
動けない、涙目で喉をふるわせているしかできない。こんなおおきいのに……、勝てるわけないじゃないか……。こいつにとっちゃ俺たちは羽虫か何かってもんだろう。蝿は人間に勝てるか? 勝てたとしても病気を移すくらいしか方法が浮かばない。
ゆっくりと近づいてきて、ライラも異常を感じたみたいだ。俺を抱いて飛び上がるが、どこにどう動いていいのかいまいちわからないらしく、そこからは動けない。竜は鳥のような頭を伸ばし、何故か愛おしそうに、俺たちを見るのだ。見るだけだった。ずっと近づいても食うことはなかったし、落ち着いた様子で鋭い鉤爪のついた翼の先でそっと、触れるか触れないかの位置におくだけだ。触れば怪我をするかもしれない、と心配しているのだろうか。……この至近距離、そして無風状態。しっかり狙えば目に毒が刺さりそうだ。
でも……、この様子を見ると、それが惜しくなる。セオドアは俺たちを傷つけぬようとしている。それが何故なのか、何のためにそうしているのかはわからないが、力だけでどうにかしようとするのは間違いだと思わざるをえなかった。
「……て、テディ、聞こえる?」
ライラに抱きつく腕を一歩、セオドアの鉤爪に持って行き、軽く触ってみた。あだ名で読んだのは、……そう、いつだったか、『もうあだ名で呼ぶ人がいないから、できればテディと読んで欲しい』と言っていたから。
「話をするつもり?」
「……できるかわからないけど、俺たちに対して敵意はないみたいだから」
ライラはいつだって無表情で、感情を露わにすることはほとんどない。今俺はすっごく怖いけど、ライラはどうだろう……。
「テディ、俺はきみと話がしたいんだ」
返事なのかなんなのか、ぐるぐると喉を鳴らした。
「だから、あのさ……、それじゃちょっと怖いから、もう少し小さくなって欲しいんだけど」
大きな口を開けると、ナイフのような鋭い歯がいくつも並んでいる。どことなく鉄臭い。何をするんだろうと様子を見ていると、いきなり体が吹き飛び、地面に叩きつけられる前になんとか体制を整えて足を燃やしホバリング、ゆっくりと着地した。
「なにしてやがる!」
「あ、アイヴィー!?」
吹き飛ばしたのはセオドアでなくアイヴィーだった。しゃがんだ俺に手を貸す。
「ぼーっとして、もう少しで食われるところだったぞ」
「話をしようと思ってたんだ」
「はぁ!?」
ライラもゆっくり地面に降りてきた。
「僕らに敵意はないらしいよ、チャコによるとね」
「まさか……」
きょろきょろと竜は俺たちを探し、見つけるとまたじっとして、翼を伸ばして俺たちを囲う。アイヴィーは脱出したが、俺とライラは動かなかった。
「ほらね!」
「取って食うかわからんぞ!」
大丈夫……、優しい目をしてる。
「お願いテディ、化身を解いてよ。アイヴィーも怯えてる」
言葉はわかってるのかな? 相変わらずくるくる喉を鳴らしているだけだ。
「きみも怖いかもしれないけど……、俺たちもっと怖いんだ。落ち着いてくれて嬉しいよ、だからさ、大丈夫だから、なんにもしやしないから」
「流石にそれはねーだろ」
「アイヴィーは黙っててって!」
自分でもないとは想うけどさ! 竜は首をかしげて、……。じっと見てるだけだ。
「もしかして戻れないの?」
そう言うと、ゆっくりと頷く。
「そっかぁ、だから暴れてたんだ?」
化身すると思考力が落ち、本能に抗う力が弱くなる。一度興奮してしまうと、なかなか満足するまで自分が戻れると思った方法で戻れない。俺たち普通の悪魔はすぐに満足するが、セオドアや倫太郎さんのようなたくさんの魔力を持つのなら、そうではないのだろう。
「おい! おまえらさっさと出ろ!」
「大丈夫だって……」
「そうじゃねえ! その化け物と一緒に死にてえか!」
セオドアの手の壁からライラを連れて脱出すると、金色の竜が大きな口を開けていた。大きな口はセオドアの首に噛みつき、そのまま白い炎を吐き出す。セオドアが暴れまわると、金色の竜は口を離し飛び上がった。そこにアイちゃんがやってきて、牽制するようにセオドアへ炎を浴びせている。
「倫太郎さん!」
「おじさん!?」
気が狂ったって言ってたのに!
「おい! 油断するな!」
倫太郎さんの尻尾が振り回され、直撃して地面に強くぶつかった。
「! チャコ! チャコ、どこ?!」
ライラを空に置きっ放しにしてしまった! 目が不自由なのに、あれじゃ動きようがない。こんどは金色の竜が口を開け、セオドアではなくライラを狙っていた。……そんな、甥っ子を食うなんて倫太郎さんがするはずない! 助けなきゃって思っても、腹が皮一枚でやっと繋がっている状態だ……、再生すれば数分で動けそうだが……、そんな余裕はない。
「ライラ!」
どこからか、母さんが飛んできてライラを抱き、俺の元に降りた。負傷した俺、それからライラを守るためだろう……。
「どうなってるのさ……!?」
「わからん……、急にこっちに飛んできて、セオドアに噛み付いた。どうしたのかと思えば次はライラか……。アッシュやアイヴィーの毒の効きもイマイチだった。どうしたものかな」
後ろから倫太郎さんの相手をしていたはずのもうひとりのセオドア、それからレヴィンが追いかけ、倫太郎さんに襲いかかる。
……俺たちがなんとかできるってレベルを超えてる……。四匹の巨大な顎、長い首が絡み合う。
「酷い地響き。シェルターは大丈夫なんですか?」
「……わからん……。しかし外に出ても奴らのおもちゃになるだけだぞ」
「どっちにしろ見殺しにしないといけなさそうですね。人間たちに構っていたらこっちが殺されて、やりたい放題されますから」
「……どうしたらいいかわかれば人間たちも助けられると思うが……。とにかくここで引き止めることができているだけ、ありがたいと思おう」
ライラと母さんの、冷たい会話。
「ねえ、テディは化身が解けなくて困ってるようだった」
そう強く言うが、母さんはいまいち信用できないらしく。
「演技かもしれん。あれはずる賢いぞ」
「そんな目じゃなかった……、本当だと思う」
「本当でも嘘でも、どうすることもできないな」
……それもそうだ……。
「あれでも、アイヴィーとアッシュの呪いが効いてて、飛べなくなっている。ふたりじゃこれが精一杯だ。そろそろ助けが来る、それまで持ちこたえるか……」
「助け? 来るの?」
「『卑怯者』どもが来る」





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