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Uターン
竜人は牙を折る

人間が魔法を使えるようになるには、悪魔や天使の体液をある程度以上の量を体に取り入れなければならない。
それからまたいろいろ小細工したりすることもあるんだけど、ただ単に魔法を使えるようになるならそれで十分だ。
体液といっても、様々なものがあるが本当になんでも構わない。汗でも涙でも、尿やよだれでも。
そこそこの量を簡単にとることができ、魔力も多く含まれる『血』が最も好まれる。注射器があれば直接飲まなくともそのまま自分の体に注入してしまえばいいからだ。
しくみとしては、悪魔や天使の体液に含まれた魔力つきの遺伝子、データが人間の体にちょっとした書き込みをくわえていく。その結果練習しなくとも、俺たちまでとはいかないが少し身体能力は上がり、魔力の吸収と生成、放出が可能になる。その場合ほとんどが体液を受け取った悪魔や天使と似た髪色に変わったり顔つきが少し悪魔や天使に似たりする。
……が、例外はあるらしくて、もともと魔法の才があったり身内が異能者だと、血の持ち主の異能者に似る部分もあるらしいが殆どの場合は自分の家系の能力に目覚める、のがほとんどだ。あまりに持ち合わせた隠れ魔力が大きく、少し魔法で小突いたくらいで自分のあるべき力を使うことができる。
……なのでこんなにする必要はないのだ、実は。勿論精液や女性器からの分泌液でも異能者にはなれるし、なった後の魔力の馴染み具合は血より優秀だ。ただ大変だし、こういったことを滅多に天使はせず、そもそもあの人らは基本的に天使以外を見下しているので、人を魔女や魔人にするのはペットとして飼うくらいにしか使わないのではないか。
だからつまりほとんどの魔女や魔人は悪魔に体液をもらうか、小さな小さな子どものころに気づかないうちにそれを体験している。
悪魔と交わると魔女になる、ってのは……、きっとすこし昔に悪魔と恋をした女性が居たのだろう。そこから彼女は魔女になり、その言い伝えはかなり正確に広がり、今に至る。
魔女になる方法、と言えばもっぱらそれだ。アンナさんは昔の新聞記事でも見つけたのだろうか。

太ももの内側が痙攣している。涙が止まらない。だって痛いし怖いし、きもちいし、頭の中がぐちゃぐちゃだ。ガンガンと痛むおでこを押さえたいが、手は拘束されている。これを引きちぎることは不可能ではないが、そんな体力は今の俺にはなかった。
「ねえ、ブロウズくん。足を少し緩めてくれない」
「い、いやっ! いやですっ」
「そんなに気に入ってくれたのは嬉しいけど……」
ぐりぐり押し付けられて頭がちかちか、手足が硬直する。
「私も気持ちよくなりたいのよ」
ごつん、と腹の中で音がしたような気がする。その瞬間全身に鳥肌が立って、今までとは違う強い硬直と痙攣が起きた。女の子みたいに高い声で叫んで、足でアンナさんを強く絡め取る。
「あら、こっちだけしか触ってないのに。妹さんにえらく体いじられたのねえ。一度お話ししてみたい」
その時、強い振動がこのホテルを襲った。地震じゃない! 大きな化け物の咆哮だということは、意識が飛んで行きそうで曖昧でもよくわかった。
風をはたき落とすような音も聞こえ、それはどんどん近づいてくる。完全にスイッチが切れ、手錠を引きちぎり強く息を吐いて傷を直した。腹は深いがほかはそうでもない、すぐに治る。アンナさんに窓から離れるよう指示し、俺は窓の前で構え、化身の用意をする。その時の衝撃で、窓が割られたり壁が飛んできた場合も弾き飛ばすことができる。
……予想通り、すぐそばに金色の竜が現れた。化身をするが、その竜はこちらに対して敵意はないらしい。
『お願い、すぐに来て』
『誰だ?』
『もう忘れちゃったかもしれない。あたしアイ。前は……、助けようとしてくれて、嬉しかった。あたしのせいであんな目にあって……、本当にごめんなさい』
……あ、アイちゃん? そういえばこの竜は、ショッピングモールに居た竜だ。
アンナさんにはこの会話は聞こえていないので、俺たちが睨み合っているように見えるだろう。化身を解き、そそくさと脱ぎ捨てた服を着ながら。べたべたして気持ち悪いけど、シャワーなんて浴びてる暇はない。
「すみませんアンナさん、呼ばれてるので行きます」
「え、……え?」
「魔女になりたいなら僕の血をなめるといいですよでも、僕はその後の面倒見れません。なめて二時間後に、自分の全身縛って鍵つきの部屋に閉じ込めてもらってください! では!」
「ブロウズくん! ちょっと!」
振り返ることはしない。アイちゃんがここに来たなんて相当のことがあったはずだ。窓を開けて、竜に飛び乗る。爪を食い込ませてしがみつくと、アイちゃんは一言ほえて、羽ばたきをはじめた。

「……何があったんだい?」
『向こうの軍が壊滅した。じきに奴らがこっちに来る……!』
「ごめん、一から説明して」
『……天使軍が先行してるのは、きっと知ってるとおもうけど。いきなりセオドアとぶつかって、倫太郎さんが相手して……、あんまり魔力が強いんで、お互いに影響が出た。自我を失って、ふたりとも敵も味方も無く破壊と殺戮を繰り返してる。向こうはもう、ふたりによって瓦礫の星だ。全世界をそれに変えてこっちにくるまで、そう時間はかからない』
俺は雷にうたれたようなひどいショックを受けた。……倫太郎さん!? 倫太郎さんがセオドアと暴れてるって? そんな……、そんなばかな。倫太郎さんはそんな事をしないし、セオドアなんかに負けない。我を失うほどの戦いがあったって、そんな、そんなこと……。
『! ちゃんと捕まって、何か来る!!」
太陽が一層強く輝いたかと思うと、けたたましい竜と鳥の声。ジェット機のように羽ばたくことをせず空中を滑空するのは、巨大な緑の竜だ。竜と呼ぶには鳥に近すぎるか。緑の羽毛があたりに飛び散る。
それを追う金色の……、アイちゃんにそっくりな竜。倫太郎さんだ! セオドアに噛み付こうとするが、セオドアに追いつけない。
そして最後にやって来たのは、見たことのない海蛇のような竜だった。虹色のウロコは離れていても輝きを確認できる。山羊の角のような曲がった角がおでこについていて、髪の毛のように頭から首、背を通る体毛は美しいブロンドだ。手は短く、そして後ろ足はアザラシかアシカを思い出させる形になっている。空を海かのように泳ぎ回り、セオドアだと思われる緑の竜と、倫太郎さんが化けた金色の竜に向かって吠えたてる。周りの雲はどんどん黒くなっていた。
「……最後のは?」
『レヴィン。あれとセオドアがいてくれたから、時間がかせげてあなたを迎えに行けた』
なんだか懐かしい名前ばかりだ。レヴィンは向こうの世界にいた原初の悪魔、レヴィアタン。セオドアは……、そう、ふたりいるのだ。その片方。
『皆、地下シェルターにいるはず。行こう』
三匹の竜は暴れまわり、アイちゃんには全く気づかない……、結構そばを通ったはずなのに。アイちゃんと倫太郎さんのサイズを比べればアイちゃんはとても小さかった、五分の一程度だろうか?

すぐにアイちゃんは地上に降りて、化身を解いた。150センチほどの、小柄な少女。金色の髪の毛をツインテールにし、それをまた分けて、合計よっつの髪の毛の束が揺れている。
何も言わず走るので追いかけると、コンクリートでできた小さな小屋。周りを見てみると人は一人もいない。乱立しているコンクリート小屋を見ると、シェルターはかなり大きいかかなりたくさんの量があることがわかった。
……この小屋、なんなんだろうとは思ってたけど、シェルターだったのか……。その中のひとつにアイちゃんは駆け込み、俺もそれに続く。

シェルターの中には本当にたくさんの人が居た。でも、街の人が全員入るのには少ない、体育館サイズだ。アンナさんは大丈夫かな。
「ねえ、アイちゃん。俺だけ連れてきたけど……」
「あの辺りに居た人は、もうアナウンスが入って近くのシェルターにいるはず。心配しなくていい」
「そ、そっか」
人を掻き分け、ずんずん奥に進むアイちゃんを必死で追いかけた。ずっと奥には扉があり、そこに入っていく。
「無事か、チャコ!」
母さんの声! 振り向き、母さんを抱きしめた。親父もアイヴィーもいる! 皆とハグをし、周りを見てみる。
赤毛で細身の男がこちらに体を向けて居た。ちゃちな作りの机に乗せていた手に触れ、名前を呼ぶ。
「ライラ?」
「……覚えててくれたんだ、チャコ。よかった。ずいぶん大きくなったんだってね」
ライラは昔とあまり変わらなかったが、なんだか少し痩せてみえた。目は濁り、もうほとんど見えていないのだろう。家族にしたようにハグして、匂いをかぐ。……なんだか不思議なにおい。
その向かいにはくせのある黒髪を伸ばした妖艶な美女、ベルベットさん。にこにこ笑って、手を降ってる。
「見ないうちに、男らしくなったわね。三年前がうそみたいよ」
「久しぶりです! ベルベットさんは本当に変わらず綺麗ですね」
「あら、口説いてるの?」
「まさか!」
奥にはティシュトリヤ、ユーリス・レッドフィールド、グロリア・レッドフィールド。皆勢ぞろいだ。……マナ・ヴォジュノヴィックの姿はない。
そして一番奥には、セオドア……。
「……さあ、チャコも来たことだし、確認の意味もこめてもう一度現状を整理するわ」
心を読めるベルベットさんは、その場にいる全員の顔を見る。過去や考えがわかれば、今何が起きているのか? どうすればいいのか? それを導き出すのは簡単だろう。ベルベットさんが何も知らなくとも、ベルベットさんが説明するのが一番早い。
「少し前、向こうのセオドアの作り上げた新興宗教に潜入して幹部にまで上り詰めたこちらのセオドアが暗殺を試みたけれど、失敗してしまったわ。でも、アイちゃんをこちらに連れてくることには成功した。……あれの生活にはアイちゃんが必要だったから、取り返すために必死だったのね。見事に壊滅したわ……。倫太郎と戦ううちに強い魔力がぶつかり続けた影響で制御ができなくなって、……アイちゃんが開けた穴を広げて今の状況にあるんだけど」
「……完全に、予想外だ。あれを殺すのなら核でもミサイルでもありゃあなんとかなるんだが……」
「核? ミサイル? それって?」
母さんの発言に問いかけをすると、皆が困ったように顔を見合わせる。……みんな知っているのか?
「核とかミサイルってのは、人間の作った兵器だよ。ちょうど……、100年前にあったんだ。街のひとつやふたつ、一瞬で吹き飛ばす威力がある」
親父の説明は分かり易かった。その、100年前の兵器を探し出してぶっ放せばこの件は解決ってこと? ベルベットさんはやっぱり首を横に振る。
「チャコくん、どうして100年前の兵器があれば……、なんて話が出るのか、理解できる?」
「……いいや……」
「100年前と比べて、現在の科学や技術は進化するどころか、退化しているからよ。このシェルターだって、きっとすぐにだめになる。この部屋は特別で……、核が落ちてもここだけは無事よ。……ずいぶん昔に、作らせたものだけど」
「じゃあ、向こうに居た人たちは? どうなるんですか?」
「わからないわ。あのシェルターはシェルターなんて名前だけのただの地下室よ。それこそ食べ物や設備は整っているけど、あの化け物たちが暴れ出したらきっともたないわ」
……どうして俺たちだけがこの部屋にいるのか、この状況を打開できるのは俺たちしかいないからだ。教室ひとつぶんの広さくらいしかないこの部屋にはあの人たち全員は入らない。それは仕方ないし、だからこそ早く動かねばならない。
「異能者がこちらで生きやすくするため、私が悪魔や天使を全滅させかねない兵器は取り上げ、技術の規制を行った。そのため、ヒトは危険な仕事を異能者に任せ、そして差別や人身売買、『狩り』の対象になりかねない異能者をヒーロー扱いにできる社会を仕立てた……。いつの日か地上で悪魔も天使も人間も魔女も魔人も、生きられる世界を作りたいとおじさんの願いを叶えたかった。完璧だった……、途中までは」
珍しく、母さんは悩んでいるようだ。母さんが兵器を取り上げなければ倒せたかもしれないが、人間に力があれば俺たちは俺たちは異様な力と見た目のために差別され力の搾取をされるだろう、今も実際そうなのだが、それはとても不名誉で不当な形で。
「……あれを影の中に入れられますかね?」
「人間の形態に戻すことができれば、できると思うわよ」
化身状態から人間に戻すのなら、かなり強いダメージを与えるか、『戻る方法』をこちらがやるしかない。俺なら舌を噛めば戻るが、違う人間が化身している俺の舌を噛めばもどるってこと。
……しかし化身ってのは本当にわかりにくい仕草のことが多いし、それを解き明かしてひきこおすのはとても難しい。
こんな所でぐだぐだ喋ってるのは嫌いだ、早くしなけりゃシェルターは壊れてしまうんだし。出て行くと宣言する前に、母さんが強く。
「……天使軍は壊滅だ、戦えるものはほぼおらん。悪魔たちは素早く動けずすぐに死ぬだけだ。援軍も物資の援助もない。この部屋に居る12人でなんとしてでも奴を殺すなり閉じ込めるなりする。戦えない者、戦いが苦手な者を除けば10人だ。打開策としては、ライラとアイヴィーとアッシュの毒だ。アイヴィーは空中移動が得意だが、ライラとアッシュはそうじゃないんで私、チャコ、グロリア、ユーリスでサポートする。化け物とはいえ生き物だ、なんとかなる。アイとセオドアは化身して気を引く」
……簡単で単純で、毒が通用するかもわからないが、今この人数であれに立ち向かおうとするなら、これくらいしか策がないのだ。……ライラはあんなに倫太郎さんを慕っていたのに、大丈夫だろうか。予想通り、やっぱりうつむいている。自分が叔父をどれだけ愛していても、文句は言えないしこの手が頼られ必要とされているのなら、世界の危機を救うために自らの毒で愛する叔父を殺さねばならない。
竜が一匹ならまだ希望はあったかもしれないが、もう一匹……。倫太郎さんを殺したくはないのは俺だってそうだ。何度も助けられたしいろんなことを教えてもらった。優しくて、稽古の時は厳しかったけど……、忙しくて倒れそうなくせにいつだって言えば時間を作って俺の話を聞いてくれた。
ここにいる殆どは、倫太郎さんに世話になったり友達だったりした者だ。
母さんや親父は親友だし、俺やアイヴィーにとっては師匠だ。ライラにとっては親であり、セオドアにとっては息子。グロリアやユーリス、ティシュトリヤにとっては上司で、アイちゃんは……、そう、俺は一目見てわかっていた。間違い無く倫太郎さんと血縁関係にある。
「……こんな日が来ると薄々予想はしていたけどね……」
親父の小さなつぶやきは、よく響いた。





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