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Uターン
欲望のカレイドスコープ

アンナさんは何度も俺に謝ったけど、俺はべつに怒ってなかった。だって怒る理由なんてないもんね。
さっきのカップルについて事情を話し、すぐに俺とアンナさんの二人は自由になる。あのカップルは担当者がパトカーに乗せていってから姿を見てないし、これからも見ることはないだろうし、きっと見ても思い出さない。

二人で車に戻ったけど、約束の時間にはまだ少し早かった。
「……本当に、ありがとね」
「いえいえ。当然のことをしたまでですよ」
助手席に乗り、シートベルトを閉めた。アンナさんはじっと足元を見て、黙ってしまう。
「あ、あの。どうしました? 何かまずいことを……」
「……一人で考えててもどうにもならないし……、聞くけど……」
なんなんだろ……、俺、ほんとなんかしたかな? こちらを見ないまま、アンナさんは深刻な顔つきをしていた。
「昨日さ、ブロウズくんが白髪の子と一緒に居るのをみたんだけど」
……白髪? そりゃアイヴィーに違いない。……でも、昨日? 昨日は珍しく買い物に行ったけど、その頃アンナさんはNDのデスクにいたはずだ。アイヴィーと一緒にいるのを見たなんて。NDが調査にでも出たのかな?
「あれは僕の妹ですよ。全然似てないように見えますけど……、目の釣り上がり具合とか色とか、あとほら……、泣きぼくろ、爪の形とか、微妙なとこ似てるんです」
「妹!?」
驚くのも無理ないよね、ほんと、全然似てないし。
「はい。皆びっくりしますけど。二卵性の双子なんです」
双子じゃないけど歳は一緒で親も一緒だし、双子のようなもんだ。アンナさんは目を見開き、口を半開きにしてかなり驚いている……。
「男の子じゃないの?」
「あはは、結構男顔してるけど、女ですよ」
「……」
アイヴィーはどっからどう見ても、女だと思うけどな。昨日はたしかホットパンツで胸も普通レベルにはあるだろうし、たとえ少々男前な顔つきでも、アイヴィーを男と間違えるなんでね。
「その……、元男だったとか、そういうのでもないのよね?」
「? アンナさん……、どういうことですか? どうしてそんなことを……?」
それを言って気づいてしまった……、きっとアンナさんは仕事が終わったころにあの小さな川のあたりに居て、俺とアイヴィーの、その……、昨日のあれを見たんだ。それがわかると急に体と顔が熱くなって、その代わりに背筋は震えて冷たい汗が背中を流れた。
「ごめんね、私……、見ちゃいけないもの見ちゃったみたい」
ああ、そうとも。とびきりダメなやつ。心臓の鼓動がどんどん速くなる。
「その、ワケありで」
「わかるわ、それくらい」
「たまにああしてやらないと、ダメなんです。その、僕は兄だから、妹の世話をみなくちゃいけなくて、……あ、あの……」
苦しい言い訳。言ってみればほとんどあれはレイプで、俺は仕方なしだった。それがわからないほどアンナさんは鈍感ではない。
「いつも妹さんとあんなことを?」
「え、あ、ああ。はい。最近はあまり、してなかったんですけど」
どことなくアンナさんの顔つきが変わった気がした。どうしよう、あれがバレるなんて俺はもう中央署に顔を出せないよ。俺が妹に組み伏せられて失神するまで離してもらえないなんて、俺は何度か雑誌に出たことがあるし、テレビに出たことだってある。こんなネタがあればすぐに使われるだろう……。
「へえ、どうやるの?」
「あ、あ、あの……」
「教えてくれる?」
「だめですよ……、そんなこと」
おそるおそる、再びアンナさんの顔を見つめると、そこには他人がいた。他人のような、アンナさんが。いつも朗らかで明るく優しいアンナさんが、こんなにも欲望を丸出しにした顔をするなんて。
だめだ、逃げよう。シートベルトを握ると、アンナさんの手が俺の手と重なる。
「ごはんは?」
「すいません、いいです。ごめんなさい」
「せっかく予約したのに……」
そういうのには弱いけど、これ以上ここに居るなんてことはできそうにない。
「このことはどうか、誰にも……」
「いいけど、でも、今日これから一緒に居てくれるならね」
べつにお金を請求されてるわけじゃないし、今日はそのつもりだったし、まあそれくらいならと了承した。
まだ胸は狂った時計のように激しく鼓動を続けている。

アンナさんは俺なんて一生無縁なんじゃないかってくらいの、煌びやかなホテルに車を入れる。車を降りると、ホテルマンがやってきた。
「裏から入れてくれる? ほら、この子こんなでしょ」
も、もっときちっとした服なんてスーツと制服しか持ってないしそんなの着ていくのもね? ホテルマンは了承し、駐車場の奥のエレベータに乗せてくれた。雰囲気薄暗いけれど、装飾はきれいで小さなシャンデリア風の照明、エレベータのボタンには金色の……、なんだろ? パネルみたいなものがついていて、お花が彫られている。
案内された部屋はとにかく広くって、大きなベッド、大きな窓、大きなテーブルと椅子、チェスト、テレビ、シャワールームだってジャグジーつき。黒と金を中心に取り揃えられた家具の統一感は目に優しい。いきなりこんな所を用意できるなんて……、アンナさんって何者なんだろう?
俺がはしゃぎまわっていると、急に扉が開いてさっきとは違うホテルマンが紅茶やケーキを置いて出ていった。アンナさんに呼ばれて、とても大きなテーブルなのにすみっこで二人くっついて座る。
「甘いの好きでしょ」
「何で知ってるんですか?」
「いつもおやつ持ってきてるから」
「ああ、いつも妹がつくってくれるんです」
小さなタッパーに、アイヴィーはぎゅうぎゅうにして手作りのお菓子をつめてくれる。これで午後はもたせてると言っても過言ではない。
「ブロウズくん、不器用だもんね」
「そうですね。妹が来てくれてからお昼ご飯が本当に楽しみで……、帰ってからの晩ご飯も楽しみです」
気づいたらアイヴィーのことばかり考えて、アイヴィーのことばかり話してしまう。どれだけアイヴィーが好きなんだって話。
「いくつだっけ? ブロウズくん」
「えーと、21です」
「まだ子どもと同じようなものじゃない」
いつだろう、年齢言っても驚かれなくなったのは。少し前までみっつもよっつも下に見られてたのに。
早々にケーキを食べ終わると、アンナさんはクリームのついた指を俺に突き出してくる。
「あの」
「甘いの好きでしょ? あげる」
あげると言われましても……。きょとんと顔をみつめると、
指はぐいと目の前に。
「口開けて」
言われたとおりにすると、口の中に指がはいってくる。舌の上にクリームをなすりつけるだけで終わると思ったが、指はひっこまない。背中をのけぞらせて指から逃げるが、アンナさんの指はついてくる。
「……」
よだれが溢れて、舌に押し付けられたクリームがとろけてく。アンナさんの指が俺の唾液に濡れていく。
「クリームの味わかる? わかんないよね? 口閉じて?」
戸惑いながら口を閉じると、アンナさんは満足そうな顔をした。甘いにおいが口に広がる。
「あ、あんなひゃん」
「なあに?」
「もういいでひゅ」
「私がまだなの。吸って?」
よだれをすするように。しばらく吸ったりなめたりしてると、満足したのか俺の口から指を引き抜いた。すっかり指はよだれでドロドロで、皮膚はゆるくなりマニキュアは剥げている。
今じゃ人間のように暮らしているけど、一昔前は悪魔も肉食動物のように他の生き物の肉を食らい血を飲んで暮らしていたそうだ。もちろん腐った肉も多かったらしく胃袋や胃液はかなり丈夫で性能がいいらしく、ちょっとでも触れれば肌の弱い人は溶かしてしまうのだ。
「す、すみません。指が……」
「いいの。こんなの、すぐ剥げちゃうし」
アンナさんがなにしたいのか、全くわからない。自分の指をぺろりと舐めると、俺の手を握った。
「ねえブロウズくん……、私のお願いをもうひとつ、聞いてもらってもいいかなぁ?」
「どんなものですか?」
今日のアンナさんはおかしい。いや、これが本物のアンナさん? にっこり笑って、俺の顔にフォークを向ける。
「私を魔女にしてほしいの」
「え?」
魔女? ……も、もちろん知ってる。魔女は魔法を使える人間のこと。寿命は人間よりも長くて、悪魔と比べて体は丈夫ではないけど、基本的に呪いを得意にする傾向がある。呪いが得意な悪魔のことを『魔女』と呼ぶことが多いのはこのためだ。
それなりの、……NDに入れるほどの魔女になるには本人の素質がかなり重要だ。魔力を生まれながらに持ち、強い意思や目的意識がないといけない。そうでないと悪魔の血や遺伝子に耐えきれず狂ったり灼けるような痛みに悶え死ぬしかない。
それに耐えた遺伝子はかならず遺伝され、異能者の身内ならかならずなれるわけではないが、なれる可能性はかなり高まる。遺伝子をもっていても魔力をもっていなければ魔女にはなれないが。
そして問題がまたひとつ浮上した。魔女は悪魔との契約で覚醒するのだが、昔の悪魔は死にかけていたり絶望したり、そういった人間から出る大量の負のオーラを嗅ぎ取った悪趣味な悪魔が近づき、気分次第で契約を行う。
俺は自分が悪魔だなんて一言も言ってないしどの書類にも書いた記憶がない……。悪魔も天使も魔女も魔人も、ぜんぶ一括りにして異能者とよぶのだ。こっちでは。
「できないです……」
「できるはずよ。ブロウズくん、あなた、悪魔なんでしょ。じゃあできるはずよ」
「違いますよ、僕はそんなじゃないです」
アンナさんは鞄から古いノートを取り出した。取り立てて変わったところのない、なんの変哲もない大学ノート。パラパラとめくり、目的のページを見つけたらしくそこを俺に見せてくる。
『グレイ・キンケードというNDはこのへんじゃ一番強いってうわさで、実際に戦いぶりを見てるとそれが過言ではないことがわかった。彼はほかの異能者とは何かが違い、若いのに妙に場慣れをしている』
「彼って書いてるけど、ブロウズくんのお母さんはすごく男前だったから勘違いしたのかしらね。後ろのページには『アッシュ・ブロウズ』っていう、あなたのお母さんと仲良しだった男の人が出てくるの。あなたのお父さんでしょ?」
「そうです、その二人が俺の両親です。でも悪魔なんて証拠は……」
「この日記に、あなたたちが暮らしていた世界に行ったってかいてるの、後ろのほう。みんな知らないわよ、そんな場所があるなんて。……これを書いたのは、私のおじいちゃんの弟で、だいたい100年前よ。その頃にあなたの両親はこちらに来たの、セオドアって奴を殺すために。最後のほうは明らかに筆跡が違って、おじいちゃんの弟にあてたメッセージや、死ぬ前の数日間、それから死んだあとのことについて描かれてる」
ノートを渡され、パラパラとめくってみた。最初は『仕事がうまくいかなかった』『死んだ兄に会いたい』『今日飲んだワインがうまかった』……みたいな、至って普通のもよだったが、俺の母さんがでてきてから一瞬で生きる世界が変わったようだった。
『ヨハネがかばってくれる』『手足が切れても痛くない』『異能者になれた』『ルシファーというおじさんが話をしてくれた』『悪魔』
……このあたりは小さなメモに書かれたものを、ノートに貼り付けてある。とてもじゃないけどノートに日記なんて書いてる場合じゃなかったんだろう。メモページが終わると、……親父がこの日記を書いた人に対してのメッセージ、それからメモページのあとにあったことを書いている。なぜ親父が書いたのか、まあ筆跡でわかるんだけど……、ふつーに、アッシュ・ブロウズって書いてあったから。
「悪魔の子どもは悪魔よね?」
「……」




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