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Uターン
失神日和

結局あの後よくわからないまま失神して、気づいたら自室のベッドに横たわっていた。しんどい……、頭がぼーっとして、体に力がはいらない。ベッドからおりて時計を見ると、もうお昼も近かった。急いで携帯を開き、アンナさんのメールを確認する。
……夕方の5時、駅の噴水の前。服装はラフなので
いいって……、俺のラフっていうとジャージになるし、よそ行き用を着ていったほうがいいよね。
部屋から出てシャワーに行こうとすると、廊下で親父に見つかってしまった。
「あ、大丈夫? 睡眠不足だったんだって? ちゃんと寝なきゃダメだよー」
「そうなんだ」
「ごはんは? たべる?」
「ちょっとでいい」
アイヴィーの奴、うまいこと言いやがって。シャワーしようと服に手をかけると、今度は脱衣所に母さんが。ご飯が終わったのか、歯磨きをしている。
「んー。んんんん」
「え? なに?」
歯ブラシをくわえたままなので、何を言ってるかさっぱりだった。またよくわからないことを言うと、母さんは歯ブラシをくわえてどこかに行ってしまう。……なんだか狂うなぁ。

いつものようにシャワーをすませて居間に入ると、安らぎの場だった我が家のソファーが、銃やらナイフやらに占領されていた。こんなにたくさんほんとに使うのかなあ……。
で、もう一つ。アイヴィーがNDの制服を着ているってこと。NDの制服は見かけこそ普通の警察官だけど、着る者にあわせて色んな工夫がしてある。鎧や戦闘服なんかを着るよりも、うまく伸び縮みしたり燃えにくい素材だったりするほうがいい。どうせ、異能者相手なら鎧なんて役に立たないし。
だから昨日制服を取りに行ったんだけど、アイヴィーはNDでもなんでもない。
「どうよ。似合う?」
可愛らしい印象のアイヴィーに厳格なデザインの制服はあまり似合わなかった。ズボンが長いしね……。異能班ではなく、異能者のサポートをする普通の人間の着るものの、女性用はスカートだからよく似合うと思うんだけど、これからガチで戦いへいくってのにスカートなんてはいていくわけにはいかない。
「うん。……でも、なんで?」
機能が同じなら、べつに制服である必要はないはずだ。
「一年前のおまえのデータをベースに、サイズをちょっと小さくして昨日頼んどいたんだが、今届いた」
は、はあ、そうですか。そこじゃないんだけどな。母さんも自分のぶん(俺の下っ端用デザインでなく、母さんのはちょっと豪華なやつ)を持っている。
「私のも見てくれは少し派手だが、性能はおまえらとそう変わらん」
「天使たちも皆これを着るわけ?」
「いーや。数人ならまだしも何百人単位でデータ計測からデザインにサイズ合わせなんてしてられん。あいつらは昔のしきたりを大事にするんで、軽めの鎧じゃないか。私らはこれだ、遠くからでも目立つだろう」
ふうん。まあ、俺はいつもの着ていけばいいだけだし。
「作戦にも関係してくる。天使たちはあくまで補助やおとりだ。メインは私ら影の悪魔で、再び奴を影の中に閉じ込める。三人もいれば誰か一人はなんとかするだろう。……が、その三人の中で一番に動いてもらいたいのがおまえだ」
「お、おれ? 母さんは?」
「もっと若けりゃ、私が動くんだが。この三人で一番機動力と単純な力があり、最もセオドアに近づきやすいのはおまえだからだ。私は恨みをかっているだろうし、アイヴィーとおまえは奴の『お気に入り』だ、油断を誘えるかもしれん。が、アイヴィーは補助向きだしな」
……セオドアと戦うって、直接かち合うんじゃなけりゃ平気だと思って、割り切ったけど。俺があいつをとっ捕まえて、閉じ込める? そりゃあ、出したのは俺だもの、この状態にある全ての原因はセオドアで、そのセオドアをこの世に解き放ったのが俺だし、理にはかなってると思うけど。
「で、こういう服を着た奴を守ってくれって天使たちに言っておくんだ。雑兵など気にせず、私らは敵将の首だけを狙う」
「それってさ、つまり……、天使たちを肉壁にするんだ」
「そうだ」
失敗は許されない。俺がしくじれば、その壁になった天使たちの死が、今までの生が無駄になる。価値のないものへと。
「あんまり、深く考えんなって。自信もてよ。おまえはAランク悪魔なんだぞ」
アイヴィーにぽんと背中を叩かれる、あのおまじない。それでも心臓の鼓動は高まって、不安に呼吸器は押しつぶされそうだった。
「どうしてきみはさ、そんなに落ち着いていられるんだ」
「……そうだな。失敗したら最悪死ぬわけじゃん? 家族全員で同じとこで死ぬのも悪かねーと思ってよ。天使がどうたらって、それは倫太郎さんが倫太郎さんで集めたんだから、べつに気に病まなくてもおせっかいだと思っとけばいいんだって」
「おせっかいでも命だ」
「じゃーおまえがあれを出したせいで、あれが殺した人の数を考えてみるんだな。そんなこと言えないだろ。それにみんな死ぬって決まったわけじゃあねえ。そんなことあいつらの前で言ってみろ、本当に失礼だぞ」
思わず黙ってしまう。そうだ。そうだと知っている。渦巻く色んな思考の中、それだけはそうなのだと俺は知っている。
女々しいとは思うけど、でもそれだけで俺の思いや感情がどうにかなるわけではなかった。きみたちは数日の間に何度も死に、犯されたことがあるかい? 手足を切られた抵抗できない状態でキメラにレイプされ、それを好きな女の子に見られたことが? たくさんの人間たちの前で裸で立たされ、そこらじゅうを触られたことが?
この経験が今までの俺という人間を崩壊させたのは間違いなかった。なんだかアンニュイでけだるく、世界から恐怖というフィルタを通して情報が届いているようだった。気も弱くなったし、背中を丸めてじっとして、女みたいな自分を責め続けた。そうしてないとどうにかなりそうだったからだ。
なんとか隠し続けても一度スイッチが入れば子どもみたいに泣きわめくし、それがバレるのが恐ろしくて友達もあまり作ることができない。職場で一度錯乱した時はどうしようかと思った、優しく流してくれたけど、本当は皆どう思っているのだろう。腹の中がずんと重くなって、居るらしい虫が暴れているように感じられた。
人に触れることさえ怖くて、アイヴィーでさえ時々触れるのを躊躇する。俺が指一本触れることで虫がうつるんじゃないかとか、あのセオドアみたいに殺してしまったり無理やり犯してしまったりするのではないかという自分への恐怖が常に絡みついている。だから俺は未だにアイヴィーを女の子として抱けない、もちろんそれで子どもができてしまう可能性があるし、今の状態が『その行為』をするのであれば、一番いいだろうけど。

気づいたら床に蹲って、震えながら泣いていた。怖いし、しっかりできない自分に苛立ちを覚え、我慢ができなくなる。
親父が寄り添って、何も言わずにあのおまじないをしてくれる。心臓のリズムはゆっくりで、体に響く正しい波紋は俺を落ち着かせるのにそう時間はかからなかった。
「薬はちゃんと飲んでる? たまにはヒルダさんにみてもらって、今の薬がちゃんと効くか確かめないと」
でもそんな暇ほとんどないもの。
「どんだけ愚図っても、おまえにしかできんことだ。さっさと覚悟きめろよ」
「……はい……」
俺はまともじゃない、キチガイの精神異常者だ。こうやって自分を責め、それなら仕方ないと自分で許さないと俺はこの世界で生きてはいけないだろう。
母さんからの言葉はきつくはあるが、励ましに聞こえた。おまえにしかできない。俺の存在が血ではなく、実力で認められるのは、どんなに嬉しいか。母さんの息子らしく、親父の息子らしく、そして俺らしく。
「明日の夜、私ら三人は出る。天使たちは先行して取り巻きを潰しておく。そこに私らが向かう」
単純明快、実にわかりやすい。
「わかりました……」
「なに、その時になりゃあ大丈夫さ。決しておまえひとりじゃなく、おまえ中心に動くということだ。危なくなったら真っ先に助けが入る。落ち着いてりゃいい」
簡単に母さんは言うけど、それが一番難しいかもしれない。あのセオドアを前にして俺はまともな思考ができるだろうか?

ぼんやり考えて、俺はひとつ大事なことを思い出した。俺の……、あの、その、精子……。昨日あんなことがあったばかりだし、どうしてもそんな気分になれない。
「母さん……、昨日の、ほら……」
「昨日?」
ジェスチャーで小さい瓶を表すと、ああ、と頷いた。
「あれならアイヴィーから受け取ったんで、大丈夫だ」
「え!?」
思わずアイヴィーを見ると、しれっとした顔。なんかもういまいち昨日のことは覚えてないな……。三回くらい終わったのは覚えてるけど、それからは。気を失ってる時じゃあなさそうだし。
……ま、まあ、もうそんなの恥ずかしがるような仲でもないか。終わってるならいいや、あとはもう俺のやることはない。
俺がいつもヘトヘトで帰ってくるんで、気をきかせているのかアイヴィーは休みの日に家事を手伝えと言わなかった。流石に俺だって悪魔だし、ぐっすり眠ることができれば傷や疲労なんてすぐ吹き飛ばせる。すべて任せるのはなんだか悪いし、でも俺はまともに家事のひとつすらできないレベルなので、洗濯ものの取り込みやバスルームの掃除をやっていた。
今日はぐったりしてやる気が起きないし、パスしよう。べつにやらなくてもアイヴィーはやいやいうるさく言わない。

床に座り込んだまま、ぼんやりしてた。何度も言うけど昨日のせいで本当に体がだるく、気分がよくない。シャワーをすれば大概のことは水に流れていくんだけど、こればかりはどうにもならなかった。
そのうち皆も自分のやるべきことに戻って行く。アイヴィーは制服を脱いで家事にもどり、親父は何やらどこかと連絡、母さんも同じく電話をしながら武器のチェックをしていた。
気分はスッキリしないし、やることもないしはやめに家を出ようとよそ行きの服に着替える。よそ行きなんて言っても豪華なものじゃなく、ジャージやスウェットよりはいくらかマシってだけの、ジーンズとシャツ。
着替えて廊下に出ると、食器を洗って居たアイヴィーがぴょこりと顔を出した。
「どこ行く?」
「上司と、ちょっと」
「めしは」
「今日はいらないよ」
「わかった、日付け変わる前には帰れよ」
「了解」
あまり立地のよくないアパートだけど、俺たちにはそこまで苦じゃなかった、移動がすぐにすむしね。でも飛ぶのはよして、今日は地べたを這い回ることにする、曇っていて、あまり気持ちよくなさそうだし。

犬の散歩をしているおばさんに挨拶したらなぜかロリポップキャンディをもらって、それをくわえつつのんびりと街に向かった。アパートの近くは寂れて活気のない小さな店しかないし、周りは林だらけだけど、のんびり歩いて一時間もすれば、ビルが立ち並ぶ大都会なのがなんだか不思議な感じ。
天気はよくないけど家族連れやカップル、友達どうしで遊びにきた人で賑わっていた。
特に行きたいところもなく、気の向くままに歩き、止まり、曲がった。大の男がロリポップキャンディをくわえながら同じようなところをぐるぐる彷徨っているのはなかなか不気味な光景だが、それに気づく人もいない。
そろそろこのあたりに飽きてきたんでもう少し中心部のショッピングモールがあるあたりにやってくると、なんだか変な雰囲気。人たちが心配そうにある一点を見ている。
そこには小綺麗な、上品でいまから大人のデートにいくような格好をした女性と、なんだか怖そうなカップルがいる。何か言い争いをしてるみたい。
近くには車が止めてあって、……どっちの車にも特別目だった傷やへこみなんかはないけど……。目を細めて見てても、よくわからなかった。個人のいざこざにあまり突っ込みたくはないけど、なんだかヒートアップして危なそう。カバンから警察手帳を出し、今にも殴りかかりそうなカップルの男のほうに早歩きで向かった。
「すいません、すいません、落ち着いて。僕、こーいう者なんですけど」
急に割り込んできた俺を睨むカップル。キャンディを持ちながら警察手帳を突き出してきた俺を、ごみでも見るみたいに。
「なんだ? お前。ガキの遊びならよそでやれよ」
「警察です。落ち着いて……、事故ですか?」
普段こういうことないし、そもそもNDの異能班は喧嘩の仲裁なんてすることを想定してないからどうすればいいかわからないけど……。
ぐいと顔を近づけて、鼻と鼻がくっつくくらいまで。ブルドッグみたいな顔をさらに険しくする。
「ガキの遊びならよそでやれって言ってるだろ」
……アルコールのにおい。サッサと担当のとこに連絡したほうがいいな、殴られる前だし仲裁すりゃいいやって思ってたけど、どうやら飲酒運転でのトラブルみたい。こんな昼間っから酒なんて……。
「あ……、ブロウズくん?」
喧嘩相手の女性が声をかけてくる……、びっくりしてはっとすると、ずいぶん普段とは雰囲気が違うけど、間違いなくアンナさんだった。そっちに気をとられていると、鈍い痛みが頬を走る。
ごはん食べてないしすごくだるいし、いつもならよけられそうだったけど直撃してしまった。
「おまえ、この女の連れか?」
仕方ないな。このまま暴れて他の人を傷つけても困る。男を睨むと、また拳が振り上げられた。ちゃんと目で見て、受け止める。足で払うと簡単によろけ、そのまま飛びかかって取り押さえた。……や、やりすぎたかな。普段ここまでしても構わない相手ばっかりだし、加減がわからないや。周りの空気が凍ってる。
「あ、アンナさん……、連絡お願いできます?」
「ごめんなさい! 私も警官なのに頭真っ白んなっちゃって……! 連絡するわ」
慌てた様子でハンドバッグから携帯を取り出すアンナさん。
男はかなり大柄だし、アンナさんだってそこまで小柄ではないけど、こんな巨漢に睨まれればいくら警官でも軍隊でも、女性なんだもの。仕方ない。
うろたえているカップルの片割れ……、女性のほうを口で『大丈夫ですよ、落ち着いて、お話伺いたいんで……、少し待ってもらっていいですか。担当の者がすぐ来ますから』なんてなだめた。
そのうちにアンナさんの呼んだ人たちが来て、カップルを乗せていった。俺とアンナさんも関わっているんで、アンナさんの車に乗って中央署に向かう。……せっかくの休みなのに、職場に行くなんてねと二人で笑った。




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