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Uターン
ナイトメアメトロポリス

ホームに出てにおいを嗅いでみるが、遠くにみんないったようだ。とにかくアイヴィーを探そうと思って線路を走るが、全く見つからない。母さんも、麟太郎さんもあの女の子もユーリスも。誰もいない、神隠しにでもあったみたいに。
じきにヴィクトリア駅のつぎの駅まで来てしまった。全くにおいがしないわけじゃなくて、かすかには、するんだけど。外に出てみるとやっぱり、きつい魔法臭がした。人々は皆空を見上げて何かを指さしている。
黒いもやを纏った……、獣か。大きな獣と、金色に輝くドラゴンが対峙している。太陽の光を受けてきらきらと神々しく。俺は一瞬でそれの正体が麟太郎さんだとわかった。長い首をうねらせ、長い前足に生えた爪は鋭く、肉食獣の牙のようだった。それに対して後ろ足は小さく頼りない。地に降りることをそもそもほとんどしないのだろう。ビロードみたいな毛並に、絨毯のように広がった厚い翼は飛ぶようなつくりには見えない。
獣とドラゴンはお互いに襲いかかるようなそぶりすらもない、ただ見つめあっているだけだ。……あの獣は、アイヴィーの化身した姿にも俺が化身した姿にも似ている。体の所々から血のように赤い炎を吹き出し、獣だとわかる程度には形を保ってはいるが、顔以外はかなり不安定だ。裂けたのではないかと思うほど大きな口からは赤い舌と炎が見え隠れしている。
「やあ。帰ったんじゃなかったんだ?」
必死で首を上げ、空を見ていた俺に話しかけたのはユーリスだった。
「あんまり遅いから、見てくるようにって」
「ふうん。僕も早く帰りたいんだけどな。残念だけど、長引くよ」
めんどくさそうに。倫太郎さんは何をしているんだろう、さっきから動きが全く見えないぞ。
「早く倫太郎さんに帰ってもらわないと、怪我人が死んでしまうんだ」
「聞く耳持つかな……」
「何をしてるの?」
「女が人質に取られたんだってよ。で、アルフレッドが必死に説得してるってわけ。お前のママはどっかに潜伏して取り戻すタイミング伺ってんのさ。悪魔一匹くらい、殺しても構わないと思うんだけどさあ」
……てことは、アイヴィーか。アイヴィーなら簡単に逃げられそうなもんだけど、何か理由があるのかな。
目を瞑り集中すると、倫太郎さんと(おそらく)黒い獣の声が聞こえてくる。
「……だから、わたしにはお兄ちゃんが居ればそれでいいの。大人達の考えることは難しくてわかんない!」
「落ち着いて、話をしようよ。きみの親御さんたちと……」
「嫌、それは嫌。あの人のこと父親だなんて思いたくない。大っ嫌い!」
「お母様だけでもいい」
「お母様はキチガイなんだから、話ができるわけないでしょ。そもそもわたし、あなたのことも好かないからいうこと聞きたくない」
「でも、マナをきみに渡すわけにはいかないんだ。君とマナはどういう関係?」
「お兄ちゃん。話したことないけど、血が繋がってる兄妹なの。兄妹を突き放すなんて、あなた天使失格よね。もう失格してるけど」
「大人達に言われてこんなことをしているの?」
「そう。お兄ちゃんを捕まえて、わたしのお城の地下で飼うの。わたしがしたいのはそれだけ」
アイヴィーはどこにいるんだ……? 目をこらしてみたが、俺の視力じゃわからない。しかし話はダラダラ長引いて、全く終わりそうにないぞ……。近くまで飛んでみるか?
そう思って助走のために走ろうとすると、ユーリスにストップをかけられた。
「あんまり刺激するなって。任せておけよ」
「マナが……」
「マナ? 兄貴の子どもの? ほうっておけよ。あれが生きてても、死んでも変わらないし」
「きみの甥っ子でしょ?」
「そうだけど。別にだからって助ける理由にはならないだろ。それにあのチビはうちのジジイの実子らしいね。なら、あいつに価値なんてない」
悩んでいるのは自分だけじゃない。きっとマナも、俺と同じ、いやそれ以上に悩んでいたんだろうな。
「悪魔どもに助けを求めるなんて、どうかしてるね。僕が言える立場じゃないけど。やる事ないし、コーヒーでも買ってこよっかな……」
ええい、こいつと話したって何にもならない。母さんを探そう。においがしてるし、本格的に隠れているわけじゃない。ちょうど黒い獣の下のあたりに母さんはいた。

じっと空を見つめ、タイミングを探しているらしい。すぐ俺に気づく。
「チャコ! いい所に」
「母さん、何があったの?」
「アイヴィーが人質にとられている。条件はマナと交換なんだが……、あの状態のを連れてくるわけにはいくまい。それにそんなことは倫太郎が許さない」
「早く倫太郎さんを連れてこないと、死んじゃうよ」
「わかっている。私が囮として出るんで、アイヴィーを頼む」
母さんが飛び上がり、大きな黒い獣になる……、ヒョウだ。ヒョウがドラゴンと獣の間に入り、曲刀のような犬歯を食い込ませた。黒い獣は大きく叫び暴れると、ヒョウは消えてしまう。黒い影の塊から、白い髪の少女が降ってきた。華麗に空中で回転し、力強く着地する。……お、俺いらないじゃん。
「ごめんな」
「あ……、ああ。無事でよかったよ」
絡まったふわふわの髪を手櫛で優雅にほぐす。特に目立った怪我なんかは見当たらない。よかった、無事で。
すぐに倫太郎さんや母さんも降りてきた。
「ふう! って、休んでられないんだっけ? 俺はすぐに戻るよ! みなさんは少し観光でもしてくる? なんて。それじゃあ!」
返事を待たずにまた飛び上がる倫太郎さん。あの人も、大変だなあ。しかし観光って言ったって、この人だかり。しかも服は血塗れだし、犯罪者オーラがやばい。
「私も帰るが……、おまえらは、どうする。別に用がないなら、とっとと帰ってこいよ」
アイヴィーと目を合わせる。そのうちに母さんは駅の中に消えてしまった。
「大丈夫?」
「あたしとしてはお前のが心配なんだけど」
「あ、ああ。服が怪我してるんだ。体は怪我してない」
怪我もそんなに痛まない。お腹が焼けるみたいに熱いんだけど、それがたぶん、治ってる証拠だろう。
「観光ってもな、できねーよな、これじゃ。帰ろうぜ」
「そうだね。俺は帰る。アイヴィーは、お土産でも買ってきたら?」
「ん、なに、お前なんかほしいわけ?」
「特に何か欲しいわけじゃないけど。せっかく来たんだし、何か見て回りたかったね」
……ひとつ、違和感を感じていた。あんなことがあったのに、人々は平然と日常生活に戻っている。そっか、こっちは異能者が居るのが当たり前で、異能者はヒーローなんだ。そりゃ血塗れのシャツを着ている俺は目立つけど、ただそれだけ。
「どうした?」
アイヴィーに問われて、はっとする。
「いやさ。向こうとは随分違うなって思って」
「? 向こう? そうか? べつに、そこまで変わらないように思うが」
「何と勘違いしてんのか、わかんないけどさ。その……、向こうじゃ、俺たち異能者は化け物だって言われたんだよ」
「そりゃあ、そうだろうな。そもそもこっちだってそうだったんだぜ。ルシファー……、おじさんがちゃんとする前は。あんまり地上に行くやつって多くなかったんだけど、UMAや超能力者が悪魔だったり、魔女や魔人だったりすることは珍しいことじゃない」
魔女と魔人、か。悪魔ではないし天使でもない、魔法を使える人間のこと。もちろん悪魔と天使には劣るが凄腕の魔法使いは、それに匹敵する力を持つものも居るという。
「そうだな。錬金術には魔人がかかわってるとか聞いたし、『地獄の辞典』のコラン・ド・プランシーや……、クトゥルフ神話にも本物の悪魔が人間にちょっかいかけたらしい。猟奇殺人の犯人だったりすることもある。ま、その場合バレたら悪魔なり天使なり、捕まえて死刑さ。天使のほうはしらねーけど、こっちの場合は鎖で繋がれて、町中を全裸で歩くんだ。それから毒で弱らせて首をまっぷたつだな。女の場合は……、男でもまあ、あるんだけど。皆の前で犯す時もあるが、まあこれは賛成がないとやらないな。性犯罪の場合は絶対だ」
「くわしいんだね?」
「まあな。こういうの、調べんの好きなんだ。死刑は実際に見たことがある。リアムっていうあたしらとそう変わらない年の男で、ファフリーの分家の息子だ。女みたいに綺麗な顔をした奴だったんだが、地上への道を任せていた奴を金やらなんやらで言いなりにして、地上でやりたい放題していたんだ。こっちでどうなってるかは知らねー。別に仲がよかったわけじゃなし、気にならないが……」
黙ってアイヴィーの話を聞いていると、軽くすまんとアイヴィーは謝った。普段からこうなら可愛げあるのに。
「通貨がドルなら、あたしがシャツかなんか買ってくるんだけど」
あ、確かに。ロンドンだから違うよな……。帰りたくない気持ちをおさえつつ、とぼとぼ歩くしかないのか。戻りたくないなぁ。
「ねえ、いつか二人で来たいな」
真っ暗なトンネルを行きながら。
「そうだな」
そっけない返し。少し寂しい。
「アイヴィー。あのさ……、俺、アイヴィーのことがすきだ」
「ああ、知っているけど? あたしもおまえのことが好きだ」
なんだかとんでもないくらいの温度差を感じるのって俺だけ?
「! そうだ。ここでしたいな」
アイヴィーが後ろから俺を捕まえて、ぺたぺたと体を触る。
「だめだって……」
上半身は構わないけど、ズボンのほうに手がいったときは流石に払いのけた。
「なんで」
「帰ろう」
電車が走り去って行く。
「チャコ……」
耳を噛んでも首をなめても、絶対やだ! アイヴィーはおかしいよ。女の子なのに。
「よくない」
「どこが」
「俺たち、兄妹だ」
「そうだな」
今度は俺のほうに防衛がきているのかな。体が冷たくなってくる。かいた汗が背中を流れて行く。
「別に、子どもができるわけじゃあるまいし」
「道徳的じゃないよ……」
そう漏らすと、アイヴィーは何がおかしいのか笑った。絡みついていた腕を離して、俺のそばにつくと手を握る。
「ぼっちゃんは、こういうのをお望みか?」
価値観の違いってやつ? 俺が間違いなのか?
「かわってるよ、おまえ」
「そうなのかなあ」
「ふつーさ、かわいい女と一緒に居るって時点で、喜ぶんじゃないのか。おまえの年頃は」
「かわいいって自分で言います?」
真っ暗でも、記憶の中で十分だった。真っ白でふわふわの髪ときつくつり上がった赤い目はウサギのようで、適度に筋肉のついた四肢は長く力強い。人形と間違えるほどに整った顔つきに、それに組み合わさった最悪の言葉遣いと勝気な性格は、きっとコアな人達のストライクなのだろう。それでその、俺も、そうなんだけど。でもそれは愛するというよりは尊敬であって……。
「親父に似てるからな、あたしは。だからこそ、舐められないようにしねーと。男になりたかったが、女として生まれた以上は仕方ねえ。男にはかなわないけど女の一番になってやるんだ。母さんはあたしの憧れで、目標なんだ」
心意気は一人前、すべてはそこからって。すごいな、アイヴィーだって家族も友達もすべて失い、そのストレスは軽いものではなかったはずだ。それでも強く目標を持ってここでやっていくという強い意思がある。本当にすごいし、……憧れる。握る手は熱い。
「俺が女でも、きっと、俺はアイヴィーのことを好きになっていたと思う。そういうんで好きじゃないんだ。もっと、本質的な……」
「べつに、そんな予防線はらなくてもかまわねーよ。仕方ねえじゃん。睡眠欲食欲性欲がたくさんないと、健康に生きられないからな。あたしの考えからすると、こっちのライラはそろそろ死ぬかな」
「……本当に、そうだから。それだけわかってほしくて。どんなに嫌味言っても嫌がらせしても、……好きなんだ」
「おまえは、ばかだ」
そう思うよ、俺も。





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