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Uターン
懺悔の赤

エレベーターに近い部屋。やっぱりメモがある。強くノックすると、白い肌に黒髪の美人、ベルベットさん。
「あら? どうしたの、ひどい怪我だわ。こっちに来て横になって御覧なさい」
にこっと笑って部屋に誘う。奥にはユーリスがいて、ギロとこちらを強く睨みつけていた。
「あの、俺よりひどいのがいて。そっちをまず、見てくれませんか?」
「そうなの。いいわよ、道具を持ってくれる? 兄さん!」
あからさまにイライラしたユーリスが奥からジュラルミンケースを持って部屋から出てくる。ベルベットさんたちと共に、マナの元に向かった。

「まあ……」
それもそうだ、はらわたは飛び散りむき出しの肋骨は砕けたりヒビが入っている。生きているのがおかしいレベルだが、なんとか魔力で命を繋ぎ止めているらしい。
「おい、こいつは僕の兄貴の子どもだ」
ユーリスがマナを覗き込んで。確かに、言われてみれば肉食獣のようなきりりとした勇猛そうな顔つきは似ているか。
「家はどうなってるんだ。兄貴の子どもが後継ぎなわけない……」
ティシュトリヤさんがぽかんとした目でこちらを見ている……。
「あの……」
「なに?」
ユーリスはあんまり相手をしたくないようだった、めんどうそうに。
「……ユーリス様、ですか?」
「ああそうさ。僕はユーリスだけど。で、お前は兄貴の子どもの知り合い?」
「ティシュトリヤと申します。マナ様の従者です」
「ふーん」
「私、信じられないのです。そんな、死んだ者が生き返るなんて……」
「べつにお前が信じても信じなくてもどっちでもいいよ。お前が知っても何にもならないんだから。わかったらピーピーわめいてないで、こいつの手でも握ってやれば」
「! は、はい……」
二人が会話している間にベルベットさんは一通りマナの状態を把握したようだ。
「内臓の破壊がひどいわね。ないものもある。手持ちにあるものじゃだめね。傷だけ消毒して包帯で巻いておくしかできないわ。病気なら私の専門なんだけど。早いとこ倫太郎さんに頼まないと死ぬでしょうね」
「……そうですか。どうも」
てきぱきと腹や腕に包帯を巻きつける。あまりの出血量に包帯はすぐ赤くなった。倫太郎さんを呼びに向こうへ戻ろうとすると、ベルベットさんに止められる。
「どこへいくの?」
「え、り、倫太郎さんを連れてきます」
「ユーリスに任せるといいわ。あなたも怪我をしているじゃない?」
「俺はは、大丈夫ですから」
「だめだめ。見せて」
ユーリスと名前を出した瞬間、その本人はだいぶ嫌そうな、苦虫を噛み潰したような。しかし逆らえないらしくて、ユーリスは扉から出て行ってしまう。
断りきれなくて、俺はおとなしく服をめくりあげた。
「……ほんと。信じられないわ、どんどん再生が進んでる……」
「ほら、だから……」
「消毒と包帯は巻かせてくれないかしら? 変なもの入ってこないから、再生がはやくなるわよ。それにね、血の臭いが苦手なのよ。ふさぎたいの」
「……そうですか。それなら……」
すぐに腹を白い包帯が覆う。なんか、かゆいな……。仕方ないけど。服を下ろして一息つくと、じっとベルベットさんは俺の目を見つめていた。向こうへ行きたいけど、ベルベットさんの視線からは逃れられない。
「あの……」
「安静にしておきなさいよ。また何かあるかもしれないから。ユーリスと、兄さんに任せておけば大丈夫だし、アイヴィーちゃんのこともきっと大丈夫だわ」
読まれた。この人となら俺が声出さなくても会話できるなあ。
「でも、不安なので、自分の目ではやく無事を確認したいです」
らしくない、にかっと笑って、また俺の瞳を覗く。なんだか体の内側がもぞもぞして居づらくて変な気分になる。
「ヒトが死ぬ時……、近いうちに死ぬことになった時、死相が出るのよ。においもするの。死のにおい……。セオドアのにおいを嗅いだことがある? いやなにおいがするでしょう? あれの、もっとずっと薄いものなんだけどね。さっきチラッとみた時、アイヴィーちゃんはなんにもなかったから死なないわ」
「そ、そうなんですか」
「この天使の子もまだ死なないわよ。そういう未来がもう決まっているようだから。だからチャコくんは安心してていいの……」
マナのちぎれそうな手を、必死でティシュトリヤさんは握っている。自分の魔力をマナに送り込んで、なんとか無理やり命を繋ぎ止めているようだった。俺も手伝おうとするが、ベルベットさんに止められる。
「だめよ。悪魔の魔力を送り込んだら死なないにしても、……傷はひどくうずくでしょうね」
「あの、どうしても、向こうに行っちゃいけませんか? 何もせずじっとしてるだけっていうのは、ちょっと、落ち着かなくて」
「じゃあ私が話し相手になってあげるから、そこのソファーにでも横になりなさいよ」
……だめみたい。まあでもベルベットさんは信頼できる人物だ。いう事を聞いておこう。言われた通りにソファーにかけた。
「素直ね。いい子」
ジュラルミンケースから針を取り出し、しゃがむベルベットさん。
「なにをするんですか?」
「手を縫ってあげようと思って。さすがに皮一枚で繋がったぶらぶら状態じゃあ、使えないわ」
ティシュトリヤさんが見てる前で鼻歌まじりにのんびりとちくちくやりだしたベルベットさん、まるで破れたぬいぐるみの修理をするみたいだった。
今回もろくに何もできなかった。なんだか、……ううん。確実な気持ち、悔しいな。
「チャコくん」
「へ、な、なんですか」
「あなたね、死相が出てる」
「え」
なに、それって俺が死ぬってこと?
「うそよ」
「……」
ベルベットさんの嘘とか信じらんないよ。
「そうねチャコくん。あなたはまだ大丈夫みたいだけど、近いうちにあなたの知り合いが死ぬことになりそうよ」
アイヴィーとマナ以外の誰か。そんな、そんなこと言われたって。助けられるものなの?
「……誰なんですか?」
「それは死んでからのお楽しみよ」
「ひどい話です、そんなこと言って、不安を煽るようなことを……」
「だって、誰か死ぬってわかったらあなたどうにか止めようとするでしょ。できないのよ、死ぬって決まってるから止められないの。それで悲しむあなたを見たくないわ。でも、いきなり誰かが死んで悲しむあなたも見たくないの。わかってたら、耐えられるでしょ」
親父? 母さん? 倫太郎さん? ニルスおじさん? ……俺の知り合いなんてそんなに多くない。きっと、俺にとってすごく大切な人が死ぬんだ。そうじゃなかったらベルベットさんはこんなことを言わないだろう。両親、倫太郎さん、この三人の誰か……。
「でもあなたは鼻がいいから、においが強くなって来たらわかるかもしれないわね。……すごく、この世のつくりはわかりやすいわ。より優れているものが生きて、劣ったものが死ぬのよ。でも死ぬってただ悲しいだけのことじゃないわ。生きることこそが苦しみという人もいるの。ようは、なんでも考えかた次第ってことよ」
「自分が死ぬってなら、それでいいと思いますけど。自分ではない誰かが死ぬのは、悲しいし、寂しいです」
これだ。死んだものとは話ができないし触れないし。ベルベットさんはマナの腕を縫い終わったらしくて、ハンカチで手を拭いている。
「そんなもの、いつか忘れるわよ。そういう風にできているんだから。人間って、感情が豊かでしょう。その代わりに忘れられるの、嫌なこと。そうじゃないと、悲しみに押しつぶされてしまうから。せっかく長生きなんだから、もっと長いスパンでものを考えなくちゃ」
「……俺はそんな、ふんぎりつけられないですよ」
「みんなそう思ってるわ。でもみんなできるわ。息をするのとおなじなのよ」
「そうなんですか。俺にはよく、わからないです」
「不思議ね。他の人にはこんな話しないのよ。今まで、こんなに他人に深入りしたことなかったわ。初めて会った時……、ピンときたわ。まあ、女ばっかり連れてこられる所に男がきたからってのもあるんだけどね」
みんな俺によくしてくれるよな。そんな才能あるのかもしれない。ほんとに、今まで人に助けてもらってばっかり。母さんの子どもってのも理由のひとつ、というか大半なんだろうけどさ。
「私ね、占いもできるの。占い師してたことあるのよ。魔法なんて使わないただのカード遊びだけれど」
ジュラルミンケースから出てきたお菓子の箱から、カードが出てくる。古ぼけたタロットカード。
「これはね、私を作った人がくれたものなのよ」
机の上にカードが並べられていく。
「好きなの選んで?」
真ん中より少し左の、一番色あせたカードを選ぶと、にっこりベルベットさんは笑う。
「もう、このカードがなんなのかわかっちゃうわ。『刑死者』」
めくられたカードは確かにそうだった。足を縛られ逆さに吊られた男のカード。なんだかいやだな……。
「そんなに悪いカードじゃないわよ。自己犠牲のカードなの。他人に尽くせってことね。あとは努力とか修業とか……。あなたがこのカードを選んだって、やっぱり占いは当たるのかしらね」
他人に尽くせ、か。……今の俺は助けてもらってばっかだから。うん、なかなか気に入った。
「これ、あげるわ」
突き出されたカードを、まじまじと見つめて。
「大事なものじゃないんですか? それに、カードなんてもらったら、もう占いできなくなります」
「もう占いなんてしないもの。もっと確実なのがあるから。いらないなら、ここで破ってちょうだい」
「……いえ。いただきます」
ベルベットさんはうまいな。人の大事なものを破り捨てられるわけないじゃないか。でも、そうでもしてこのカードを渡したい理由って? 受け取ったカードはびっくりするほど薄くなっていて、かなり使い潰したのがわかる。
カードに描かれた男は、逆さにすると片足で滑稽にダンスをしているようにも見えた。吊られているくせに、涼しげな顔をして。
「自分の大事なものって、好きな人にあげたいの。処女みたいに」
その言葉にびっくりしてベルベットさんを見ると、なんだか、満足してるみたいだった。
「あんまり深く考えなくていいわよ。ただ気に入っただけよ。私の好きってそんなものなの。人はいいし素直だし、あなたは自分が思っているよりずっといい子で、とても人から好かれやすいと思うわ。才能よね。そろそろ、あなたが恩を返してもいいころよ」
手元のカードもそう言っている。……ベルベットさん、ベルベットさんには隠し事なんて意味ないし。ライラのおばあちゃんが言ってたこと。ティシュトリヤさんはマナに必死だし、きっと話を聞いてもわからないだろうし。
「あの、ベルベットさん。俺、あることですごく悩んでいて」
「ええ。知っているわ」
「……すごく、情けないなって。すごく、惨めで……。俺、男なのに。女の子みたいだって……、言われます。自分でもそうなんじゃないかって」
「どうして? 女の子みたいだと嫌?」
「そうじゃないんです。いっそのこと女だったらどれだけ楽かって、思うこともよくあります。男じゃないんじゃないかって思うくらいで。一人になるとそんなことばかり考えて……」
うまく言葉にできないけど、きっとベルベットさんなら読み取ってくれるだろう。
「私に相談してくれてうれしいわ。結構、信頼されてるのね。……そうねえ、焦らないで、ゆっくり克服しましょ。辛くなったら楽しいことをするの。いっそのこと、女の子になってみるのもいいかもしれないわね。お化粧して、ドレスを着るのよ」
「え……」
「私に期待していた? 私からは何にも対処法なんかは出てこないわよ。一発で治るものじゃないし、私が治すんじゃないもの。あなたが治すんだから。そんな人には優しく肯定してあげて、お話を聞いてあげるのが一番だって知っている。辛かったし、怖かったし、悔しかったのね。プライドもずたずたになったでしょう。このままうじうじ悩んで足踏みしてる時間がもったいないとか、さっさと忘れろなんて私は言わないわ。だって、なかなか忘れられないから悩みなんですものね。甘えればいいのよ、泣いたらいいし、暴れればいいのよ。私はぜんぶ受け入れるわ。そんな人があなたには必要だと思うのよ。どうしたらいいかわからなくなったら、一緒に考えてあげる」
「……他の人たちに知られてしまったから……、怖くて。じきに両親の耳にも入るだろうし」
「あなたの周りの人はいい人ばかりだから、そうはならないでしょうけど。でも信じられないわよね」
「このまま、こっちでやっていける気がしません。ここは怖い場所です……」
「素直に、助けてって言えるならいいんだけど。弱いことじゃないし、いけないことでも、情けないことでもないのに。でも気持ちはよくわかるわ。はやく一人で生きたい、大人になりたいのかしら。大人でもみんな他人に頼って生きているのに。一人でいることが、えらいことじゃないのよ」
「こわいんです。自分が今までの自分でなくなっていくようで。つい、びくびくしてしまって。理想の母さんの息子と、俺はかけ離れているから。背だって低いし、顔も目つきが悪くて、それなのにおどおどしてるし。アイヴィーは気が強くてかわいくて背も高くて綺麗で、今更どうにもならないってわかってても、本当にうらやましい」
「あら、チャコくんだって、アイヴィーちゃんにない素敵な所がたくさんあるわよ。素直でいい子だってほめたの、さっき言ったのに忘れてしまった? 背は低くても、スタイルが特別悪いわけじゃないじゃない。童顔だから、それ相応って感じだけどね。もしかしたら、ちょっとしたら伸び始めるかもしれないわよ」
「そうですかね……」
「それは、私にもわからないわ。……結構話し込んだわね。ユーリスがまだなんて、きっと何かあったに違いないわ。ねえチャコくん、少し見てきてくれる?」

死神は、まだ遠い。




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