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Uターン
淑女のおやつ

ニルスおじさんが帰ってきて、連れてきたのは意外な人物だった。ゆるくウェーブのかかった美しい黒髪とシンプルな黒いドレスに身を包んだ高いヒールの美女。向こうにいるはずのベルベットさんだ。
入れ替わるように親父がおじさんに話をつけ、アイヴィーのところへ戻っていった。
「こんにちは、チャコくん。なんだか変わったわね」
「そうですか? ……ベルベットさんこそ、どうしてここに?」
「倫太郎さんが、こっちで私に『嘘発見器』になれっていうのよ。どうしても天使のことは信用ならないようね」
「……はあ、そうなんですか」
いまいちよくわからないし、答えになってないよ。ベルベットさんが心を読んだのか、一息ついて。
「あと、向こうで『小指』を持っていると危険だから。チャコくん元気してるかなって。倫太郎さんたちは忙しいようだから。後で話をしにいくつもりだけど、その間の暇つぶしって所ね」
ぱっとニルスさんのほうに目を逃がすと、少し笑って。
「オレ? オレはチャコくんの護衛兼、ベルベットさんの護衛。……話、する? 邪魔ならオレ外に出るよ。大丈夫だあって、聞き耳を立てるよーな意地の悪い真似しないからさ」
「どうせあなたも知ることよ。どっちでもいいわ、護衛さん」
「は、はあ。そうですか」
おじさんは警戒するようにドアの前に立つ。ベッドに座っていた俺の隣にベルベットさんが座った。
顔を覗かれたので見返すと、あの全てを観察されてるみたいな、事実そうなんだけど。その目だった。
「あの……」
「元に戻る方法は、右の奥歯で強く舌を噛むのよ。獣になる方法も」
……奥歯で舌を? やってごらんなさい、弱くでいいわと言われてそうしてみると、真っ白の腕が黒い毛皮に包まれていく。ゆらゆらと影の炎が指先で燃えていた。指はネコみたいにくっついて、細かいことはできそうにない。
「強く噛むと大きい獣になるわよ。今は弱かったんで半分くらいね。左で戻るわ」
左の舌を噛むと、真っ黒だった腕が白くなっていく。
「そんなこともわかるんですか?」
「過去にあったことが関係してくるから。幸い、あなたはお父さんに似て化身をコントロールしやすい体質のようだから、簡単に化身できるみたい。……ねえニルスさん、あなたもでしょう?」
突然話を振られてびっくりしたらしく、声が裏返って。
「……あ、ああ! オレんとこの家はだいたい、そうだな。エリヤは違うみたいだが……」
「ニルスさんは、『首の関節を鳴らす』と、化身するみたいね」
「はあ……、よくご存知で」
すごく戸惑ってるニルスさん、どうやらベルベットさんのことを知らないみたいだ。そりゃあそうか……、見ず知らずの女性にそんなことを知られているなんて。
「あなたの場合、サタンがちょっと手伝ったみたいだけど。サタンと契約すると思ったけど、まだだったんだ」
「一度考えたんですけど、寿命がすごく短くなるんですよね」
「そうね、そうだわ。……あなたより適任を見つけたの。その子なら、きっと50年ぽっちの寿命でも喜んで飛びつくでしょう」
「……それって? 俺かアイヴィーが、一番いいんじゃ? 俺がそのサタンに似てるんだったら、母さんですか?」
「いいえ」
やっぱりベルベットさんの話はよくわからないや。わからないことをきっと楽しんでいるんだろうな。
「影の中に死体がみっつ、あるはずよ」
「……俺のおじいちゃん、黒髪の男の子、赤い髪の男の人」
「そうね。黒髪の男の子……、ユーリス・レッドフィールドの体なら、きっとサタンも居心地がいいと思うわ」
ベルベットさんは、それをさっさと出せと言ってるんだろう。でも、こいつを出すことによってまたセオドアのようなことにならないだろうか。
「大丈夫よ。彼にそんな力はない」
「……母さんに聞いてからにします。……」
「危険だと思ったら、すぐに戻せばいいのよ。ニルスさんもいるから、できるわよ。面白い話が聞けるかもわからないわね」
だめだ、こういうのに、俺弱いんだよな。好奇心をくすぐられるとやってみたくて仕方がないのだ。俺に話しかけてきた、セオドアのそばにあった死体だ。
「変なことになったら、ベルベットさんのせいですよ?」
「うふふ、そうね。私がいる時でないと、彼の本心はきっとわからないわ」
その言葉を背中で聞きつつ、影の中に飛び込む。手探りで死体を探し、持ち上げる。一番軽いもの。地面を蹴り上げ、すぐに部屋に戻った。
「あ……!」
デジャヴ! この男の子は、どこかで見たことがある。どこだったかは思い出せないけど、とにかく見たことがあった。
短くて、艶やかな綺麗な黒髪だ。格好は、特に変わらない普通の若者。ヘッドホンが首にかかっている。
床に死体を寝かせる。死体とは思えないほど綺麗な死体だった。
「兄さん?」
ベルベットさんが呼びかけると、前に俺とアイヴィーで話をした体格のいい男が俺の背後に現れた。サタンだ。ぎょっとしてニルスさんが構えるが、ベルベットさんが首を横に降る。
「大丈夫よ」
サタンがじっと死体を見つめる。
「この子に?」
「そうよ。この子なら簡単に入れるんじゃあないかしら?」
いきなりサタンが消えたかと思うと、死体の目が開く。炎のような、赤い目。
「……」
ゆっくり起き上がり、自分の手を見ている死体。
「こんにちはユーリス。気分はどうかしら」
「……悪くないかな」
立ち上がって、軽いストレッチ。……す、すごいことが起きてる。やっぱりベルベットさんやサタン、レヴィン、……この悪魔たちは、とんでもない力を持ってるんだ。
「悪魔ってーのは趣味が悪いな。僕が断れないことを知って」
背は俺より少し大きいくらいかな。俺は童顔だし、同じ歳くらいに見える。
「よかったわね兄さん、いい器が手に入って。後で私と一緒にグレイさんのところへ行きましょう」
ギロリと睨む赤い瞳は獣のように殺気立っている。びっくりしたけど、……ベルベットさんが怪しげに笑う。
「サタンが入っているから、行動の最終決定権ははサタンにあるわ。だからユーリスは逆らえないわ、態度でしかね」
「反吐が出る」
「でもそれでも生きたいと願ったのはあなたでしょう?」
「何年もあんな所にいて、出られるってなったら誰だって出るに決まっている。泥を舐めたって犬のように扱われたって、あんな真っ暗な所にいるよりはずうっとマシだ」
また俺のほうを見た、ユーリスと呼ばれた男の子。……なんだか、母さんや俺に似てる。俺よりはずっと整った顔だけれど。
「お前か、あの悪魔くんの息子ってーのは?」
「え、え、……っと」
「お前が居なかったら僕は外に出られなかったのか。……なんつか……」
首に手を伸ばされたが、それまでだった。手が震えている。舌打ちをして、俺に背を向けた。
「さあ、自己紹介をしてくれないかしら?」
「……ユーリス・レッドフィールド。レッドフィールド家の跡継ぎだ。セオドア直属の部下。戦争で殺された」
「これから私達の手となり足となり、短い人生を過ごしてちょうだいね」
振り向きものすごい血相で睨むが、やっぱり何もできないらしい。……セオドアの部下? 戦争で殺された……。
「戦争って、『贄の戦い』?」
「そうみたいね」
ってことは、このユーリスとかいう少年はその時代の天使って? 舐め回すようにベルベットさんがユーリスを見ている。煽って煽って煽りまくるつもり? ベルベットさんって結構性格悪いよなあ……。
おじさんが震えた声で口を開く。
「……レッドフィールドね、レッドフィールド……」
「知り合いなの?」
まあ、となんだか言いづらい様子。
「天使でな、むかしっから実力者を多く出してる家だよ。でも、家がなくなるかもしれないな。子どもがみんな戦争で死んじまったんだよ。唯一血を継いだ子はいるんだが、レッドフィールドを名乗れないんだ」
「……兄貴の子ね」
「そうそう。ユーリスの兄の……、ジャスティン・レッドフィールド。ジャスティンはレッドフィールドの血を持ってるけど、ずいぶん不出来でさ、死んでからレッドフィールドを追い出されたのさ。墓も無いって聞く。だから子どもも一緒に追い出されたってこと」
ふうん、と他人ごと。
「ババアは子どもつくれないだろーし、どっかで女捕まえてんじゃないの」
「まあ、そうだろうな……。……」
おじさんはやっぱりびっくりしてるみたい。俺以上に。
「……老けたね」
「信じらんねーよ。死体が……動くなんて」
……俺も何回か死んでるけどね。
「そんなこと言われても。まさか僕だって出てこられるとは思わなかったんだ」
俺がじっと見てると、丁寧に説明してくれる。
「ええとな、レッドフィールド家と、オレんとこのファフリー家って似てて。ご先祖が仲良しだったんで、言いつけ守って悪魔と天使に別れた後も結構仲良くしてたわけ。もちろん戦争ん時は敵だけど」
「ファフリー家もレッドフィールド家と同じ、実力者を多く出してる家。悪魔の坊ちゃんは知らなかったようだけど」
そりゃあ、こっちに来たのって最近レベルじゃないもの……。言い訳するのも面倒で、黙ってたけど。
「いいお土産もできたし、グレイさんに会いにいこうかしら」
さっと立ち上がると、ニルスおじさんがドアの前をどく。
「いいわよ。あなたはチャコくんのそばに居てあげて。新しい護衛さんを連れていくから。一番上でしょ?」
「え、ええ……」
ユーリスもベルベットさんと一緒に部屋を出て行った。大きなため息をつき、へなへなと座り込むおじさん。
「……わけわかんねえ……」
「おじさん、大丈夫?」
「あ、ああ……」
おじさんのそばに寄って、一緒にしゃがむと頭を撫でられる。
「あの人、なんなんだ? チャコくんは、知り合いだったようだけど?」
「……う、うーん。なんて説明したらいいのか……」
別の世界の悪魔なんだよ! セオドアの子孫で、ルシファーさんのきょうだいだよ! ……なんて、信じられるか!?
「やっぱよくわかんない人かあ」
「うん」
「……ユーリス、ユーリスな……」
「あの男の子?」
「ああ。本当はオレよりちょい下の生意気なやつ。弟みたいに可愛がったもんだけどね、ちっちゃい頃は。戦争んときにグレイに殺されたんだ」
「母さんが……」
「そうそう。変な気分だったな、最初は行方不明って話だったけど、ユーリスもサマエルもセオドアも、グレイに関わって行方不明だからな。お前が潜ってユーリスが出て来て生き返って、……わかんねえ」
じっとしばらく考えていたけど、考えても無駄だという結論になったらしく、立ち上がった。
「エリヤの所に行くか、メシに誘ってくれんだろ?」
「う、うん!」
「どこにいるかね。志願したかもしれねえな、あのバカは」
ああ、確か希望した人だけ戦場に行ったんだっけ。
「そこまで、時間はかからないと思うが」
外に出てニルスおじさんについていくと、つんの鼻をつく血のにおい。
「お、帰ってきた奴がいるみてーだな」
いくつか椅子やテーブルの並ぶ広間に出ると、ちらほらと武器を持った人や怪我の治療を受けている人がいる。
「あ! おじさんにチャコじゃん!」
怪我の治療を受け終わったのか、腕に包帯を巻いたエリが居た。走って寄ってくるくらいには、元気らしい。
「おいおい、怪我してんじゃねえか」
「ちょっと舐めてたかも。生きて帰れてよかったあホントにー!」
笑いながらせわしなく俺やおじさんの周りをウロウロするエリ。
「……あ、あのさ」
「どったの?」
声をかけると、ぴたりと止まって。
「今日、一緒にごはん食べない?」
「え!?」
「ごはん。母さんが、今日パーティするんだって。倫太郎さんとか、俺の親父とかもいるんだけど」
「いくいくいく!! 行くよ! 超豪華メンバーじゃん! おれなんて行っちゃっていいのかな? てことはごはんも超豪華なんでしょ。うわあー! 楽しみー!」
きゃいきゃい子犬みたいにはしゃぐエリ、こんなに喜んでくれるなら誘ってよかった。
「失礼なことすんなよ」
「あ、おじさんもくんの? やった! おれ一人じゃ不安すぎてなんも食べらんない!!」
「ああそーう……」
おじさん苦笑い。絶対うそ、この様子だとおじさんがいなくてもエリは大暴れしそう。
「……チャコ?」
ふいに名前を呼ばれて振り向くと、そこには。
「ライラ!」
倫太郎さんに連れられて、ライラがやってきた。何故だか帽子をかぶって眼鏡をしてる。久しぶりだなあ、元気そうでよかった。
「チャコくん。ライラが、君に会いたがってて。時間まで、ちょっと預かっておいてくれない。……頼めます、ニルスさん?」
「……あ、ああ……」
「それじゃ!」
忙しいみたい、倫太郎さんはすぐにライラを置いてどこかに行ってしまった。
「……わーお。生ではじめて見た」
エリがじっと倫太郎さんの背中を見ていたけど、すぐに関心はライラにうつったみたい。
「ライラっての? お前も見ない顔だな。倫太郎さんの……、息子かなんか?」
「きみだれ?」
「あ、ああ。おれはイライジャ」
握手のために手を伸ばすけど、ライラはやっぱり気づかない。ライラの手をエリのとこに持ってってやると、エリは不思議な顔をしながら、とりあえず握手。
「ごめんよ、僕、目が見えなくって。ありがとねチャコ」
「で、ライラは倫太郎さんの子ども?」
「秘密」
「?」
またライラの周りをぐるぐるするエリ。
「ふーん……。まあべつに秘密にしたいなら詮索しないけどお」
「チャコ、きみの部屋に行きたい」
「無視? ちょっとちょっと、こんなに興味ビンビンなのにさあ」
エリが騒ぐけど、ライラはいつものペースで。
「チャコの部屋はどこ?」
「なあー、おれも相手してくれよ!」
「エリヤ黙っとけ」
おじさんに強く言われて、エリがしゅんとなるが、すぐに復活する。
「なあ、部屋戻って時間までくっちゃべってるだけ? 何時に行けばいいの?」
「6時だけど……」
俺がライラとエリの間に入ると、ライラはちょっと安心したようだった。
「じゃあ時間あるじゃん。二人とも地上から来たんだろ?」
「そうだよ」
ライラは会話に混ざる様子はなく、俺の後ろでぼんやりと話を聞いている。
「じゃあさ、お決まりの奴を体験してないってわけ? もったいない、実にもったいないね」
「エリヤ……」
おじさんが止めようとするが、エリは止まらない。
「化け物を見に行かない?」
「化け物?」
「浄水場に化け物が出るんだ! 覚醒が終わった悪魔は、浄水場に腕だめしにいくのさ。みんなしてるし、おれもやったぜ。何回やっつけても化け物は復活するんだよ。水の化け物でね、こっちから仕掛けると攻撃してくんだけど、絶対殺さず気を失わせるだけのへんな化け物」
「おい、グレイさんの息子と倫太郎さんからの預かりもんだぞ。こんないらんことで怪我させたらどーすんだ」
こそこそ話だけど、余裕で俺に聞こえてる。
「来ないんだ? みんなやってるんだ、グレイさんの息子のチャコと、……倫太郎さんの息子疑惑のライラなら簡単にやっつけられんじゃないの?」
「エリヤ!」
怒鳴って止めようとするけど、エリの挑発にライラが腹を立てたらしい。
「……僕、行くよ」
「そうこなくちゃ! で、チャコは? くるよね?」
「え、えと……」
来いって感じのライラとエリ、止めてくれるのを願うニルスおじさん。
「ライラくんを助けてあげないといけないんじゃなーい? 目が見えないんだろ?」
「僕はチャコが居なくても平気」
嘘ばっか、一人じゃここまでくるのも難しいくせに。
「……行くよ、でも俺はストッパーだからね」
ほっといたら喧嘩はじめそうな雰囲気だ、俺が行かなきゃ。
「ねえ、ちょっと散歩行くだけじゃん。心配する必要ないさ、おれが居るんなら変なのは寄ってこないよ」
「……近くまで行くからな、なんかあったらすぐ来い」
「へいへーい」




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