[携帯モード] [URL送信]

Uターン
記憶の断片

「結婚……、ですか」
いきなり呼び出されて何事かと思えば、しれっとした顔で『結婚する』と言われた。だから俺にどうすればいいのだ、と思わずにいられない。
「式はあげねえよ。とりあえず、一番最初はお前に伝えておこうと思って」
「ぼくはさあー、ぜひぜひ真っ白いドレス着たグレイちゃん見たいんだけどさあー。いらないっていうんだ。説得してくれない」
予想は簡単にできてたし、やっとかと思う。出会った時からいちゃいちゃして、お互いにベタ惚れって感じ。マジックテープみたいに、簡単に引き剥がされることはないだろう。
「式はあげなくても、ドレス着て写真くらいどうですか? いい思い出になりますよ」
その言葉に顔をしかめる。
「オレは式をあげたくないんじゃなく、ドレス着たくねえんだ。あんなもん、オレが着たって似合わないだろ」
「こう……、なんていいますか、ギャップですよギャップ。普段とのギャップがいいんじゃないですか、ああいうものは」
「アッシュもそういうんだが、笑い者にしたいだけだろ。絶対嫌だからな。男の考えることはいまいちわからん」
どっちの気持ちもわからないわけじゃないや。男としてはやっぱり、愛する妻のドレス姿を見たいものだし。グレイさんは普段からボーイッシュレベルではないくらい男っぽく、ドレスなんて着るようなガラじゃない。
「まあ、お二人でよく相談なさってください。お子さんは?」
「まだだよ。でも絶対つくるけどね!」
「結婚前にそーいうことするのはいけないってアッシュが言うんだ」
アッシュさんがそれ言います? あんまりよく知らないけれど、ちょっと漏れた話や言葉の断片、雰囲気であまりよろしくない性生活を送っているわけではないことがわかる。その事を思わず口にすると、『男と女とじゃちがうんだから』と一言。その通りだけど。うーん。
「倫太郎くんは、どうなの?」
「え?」
「彼女は」
「え、えーと。あんまり、そんな暇ないですね」
「事務所作るために資金集めだっけ。大変だねえ、お金なんて、職場で出会いなんてのは……、なさそうだね」
「そうですね。こちらの学校を出ていないですし、NDになるともう事務所のこと忘れそうで、ブルーカラーなんですけど……。あはは、女の子いないです。ほら、俺、飛べるじゃないですか。高層ビルのずうっと上まで何もなくても行けますから、お前は保険がいらないからいいって。最初は『こんな女みたいなの雇って大丈夫か? ゲイのお遊びじゃないんだぞ』って言われたんですけどね」
「その顔見る限り、お仕事楽しんでるんじゃん?」
思わず顔に出てしまったらしい。体力は馬鹿みたいにあるし人間と比べればそりゃあ力もある、おまけに飛べるときたら気に入られるし、お給料もうなぎのぼり。異能者なんて少ないんですぐ話せる友達もできたし、何より終わった後のご飯と酒がおいしい!
「ゲイとかオタク疑惑はまだとけないみたいですけどね」
「こっちはなんでもゲイって言うんだから、気にしなくていいって。どうしても嫌なら髪の毛短くして、態度をもっと! 男らしく! して、その眼鏡やめるとか」
確かに髪の毛切るのはいいかもしれないな。テディくんがいつも切ってくれたんだよな、そういえば……。
「考えてみます」
「さっさと相手見つけないと。おまえの血は優秀なんだから。まあ、おまえの場合はあと80年くらいは余裕ありそうだけどな」
「あはは。焦らずいきますよ」
彼女、かあ。彼女。グレイさんとアッシュさんが結婚するのに、寂しさを覚えていた。天使にもかかわらずこうしてよくしてくれて、それだけで喜ぶべきだってことはわかっているんだけどね。二人が遠いどこかに行ってしまう気がして。
「そうだ、あの子……。サミュエルとサリアの子どもは、結局名前どうしたんですか?」
「ライラにしたよ。サミュエルが、ずっと前から考えていたらしい。女っぽい名前だが、まあ、親父が名前つけたほうがいいだろ」
……あの二人の子どもなら、『ライラ』という名前が特別似合わない感じに育つことはなさそうだけど。そっかあ、甥っ子、かあ。両親がいないあの子、俺も気にかけてあげなくっちゃ。
「問題はこれからだよね。どう育つのか……、そもそも大人になれるのかな」
悲しそうに、空っぽのカップを眺めるアッシュさん。そうだ、あの子から父親を奪ったのは紛れもなく俺たちなのだから。
「親子じゃなく兄妹だからな。血が濃すぎる。もしかしたら覚醒ももたんかもしれん。ルゥおじさんとヒルダさんも、ヒルダさん、ルゥおじさんと同じ血が入ってるからな……。濃い血が凶と出るか吉と出るか」
「今のところ、特に障害なんかは見つかってなくてすごく元気らしいよ」
「それは、よかったです。時間をつくって会いにいきますよ。ヒルデガードさんとお話もしなくちゃいけないですから。……だいぶ、時間かかりそうですけど。ライラくん、男の子でしょ。ヒルデガードさんだけじゃ大変かと思って、俺が引き取りたいと思っていて。事務所があれば、仕事場と家が同じですから。ライラくんに気を配れますし」
「そりゃあ、いい考えだな。オレ達も援助をしよう。困ったことがあればなんでも聞いてくれよ」
うん、仕事にもやる気が出てくるってもんだね。早く生活を安定させてライラくんとこっちで暮らしたい。
「ありがとうございます」
子ども育てるなんてできるかわからないけど、きっと大丈夫。俺だって親が居ないストレスってのは思う存分味わっているつもりだ。だからテディくんの存在はすごくありがたくて、テディくんが居なかったら多分、ころっと死んでいたと思う。俺も、ライラくんの『テディくん』になれたら。
「ちょっと体格よくなった? 頼れる男になってきたんじゃあなーい?」
「そ、そうですか?」
アッシュさんが何故か俺の頬を引っ張りながら。
「前は結構ほっぺ柔らかかったけど、顔も体もシュッとしたね」
「そうだな。大人っぽくなった」
なんだかそう言われると照れちゃってその気になりそう。もう俺も大人、かあ。長かったような短かったような。まじまじと眺める手は、以前より格段にごつごつして傷が増えた。
「すまんな。これだけのためにせっかくの休みを潰してしまったか。後でメシでもおごろう」
「いいえ、体力有り余って困るほどなんですよ。だから普段も、休みの日は走ってます。他にすることもないですから」
「オレも少し前までは体を動かさないと落ち着かなくて仕方なかったな。そんなになら、ひとつ、手合わせでもどうだ」
「いいですね、実践経験皆無なんで……、あんまり、いい相手にならないと思いますけど……」


モールの中心あたりにある公園。きらきら輝く摩天楼が目にまぶしい。夜にも関わらず人はたくさん居て、お酒を飲んだりホットドッグを食べたりデートしたり、……。これから喧嘩おっぱじめようなんて人は、俺たちくらいしかいないけど。
「殺すつもりでこい」
「言われなくとも!」
「二人とも、がんばれー」
やる気のなさそうなアッシュさんの掛け声。雰囲気を察したのか、周りの人たちが集まってきて一気にギャラリーができた。
今は夜だし、明かりが周りにたくさんあるのでグレイさんがかなりやりやすい環境にある。軽くステップして殴ろうとすると、グレイさんが消える。周りの歓声のせいで、風の音があまり聞こえないな……。
すぐに真上に飛び上がり、影から追ってきたグレイさんを迎え撃つ。蹴りを足でなんとか受け止めたけれど、その衝撃で浮遊魔法が揺らぎ、落ちてしまう。素早く受け身を取ろうとするけど、それにつけこんでグレイさんが突っ込んできた。腕が大きな斧に変わっていて、……あれで切られたらひとたまりもないぞ!
俺が着地すると同時にぶった斬るつもりだ。しっかりと両足で着地し、二本の腕を迫りくる刃に向かわせる。金のウロコで覆われた硬くて鎧みたいに変化した腕は、グレイさんの腕を完璧に受け止めた。
「やるな!」
すぐに斧を銃に変え、撃った衝撃を利用して後ろに下がる。
「それ、全身できんのか?」
「できなくはないです」
まだ全てを覆い尽くすほどじゃないけど、手と足だけなら完全鎧状態にすることができる。
やってみせると、グレイさんは感心したように腰に手を当てた。爪が鋭く伸びて、一本一本がナイフのよう。鎧のようにならなくとも体の鱗が増え、いつもよりは硬くなっている。この姿だとなかなか素早く動きづらいんで、ずっとこうしているのは好きじゃない。足はすぐ元に戻しておく。
グレイさんの銃撃をものともせず、腕で顔を覆って弾き飛ばす。グレイさんも下がるのでなかなか距離をつめられないな……。どうしようか、考えたその時強い衝撃が走って、勢いよく地面に倒れた。
すぐそばにグレイさんがしゃがんでいる。
「腹がガラ空きだぜ、坊ちゃん。まだやるか?」
「……いえ。参りました」
「単純な強さじゃもうかなわないな。経験の差というか」
グレイさんに手を貸してもらい、立ち上がった。一気に汗が噴き出す。いい運動になったな。ギャラリーたちがざわざわとおしゃべりしながら散っていく。
「誰かに稽古でもつけてもらうといいさ。……ルゥおじさん、死んじまったからなあ。オレ、おじさんにずっと教わったんだよ」
「どうりで」
「誰がいいかな。ファフリーのじいさんばあさんなんかいいと思うんだが……、天使相手となると、どうかな。やっぱり、ヒルダさんがちょうどいいんじゃないか。一応どっちともに連絡は入れてみるけれど。NDなら、逃げても練習相手が追いかけてくるんだがな……」
「……頭ごなしに否定せず、少し考えてみますよ」
「それがいい」




[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!