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Uターン
円満家族

「チャーコ」
起きたのがバレたみたいだった。自分の手を見ると、白くて五つにわかれて、うん、元通りだ。
まだ少し痺れるけど、特に問題はない。眠い目をこすって起き上がると、親父がいた。
「どう、調子は」
「そこそこ」
「ご飯食べにいかない?」
「もう少し後でがいい」
そういえば、昨日もあまり食べられなかった。くしゃくしゃの髪を手で簡単に整え、ゆっくり立ち上がると勢いよく扉が開く。
「ああ! よかった」
そこに居たのは母さんで、……なんというか、いつもと違う雰囲気だった。俺に何か用があるのかと思えば、そうではなくて親父にらしい。
「おまえを探し回ったんだぞ」
「あれ? どうしたの、なにかいい事あった?」
「いい事どころじゃねえ、今日はパーティだ! 全部終わるんだよ!」
わざとらしくまばたき。
「……なんだかよくわからないけれど……、パーティには賛成。久しぶりじゃない、本当に。倫太郎くんのごはんは美味しいから、ウン、楽しみだよ」
「そうだ、チャコとアイヴィーも連れていこう。どうせ、あいつはライラと離れられないだろ」
「叔父馬鹿に『アンクル・コンプレックス』の組み合わせだからねえ」
「仲良しで悪い事はない」
「そうだけど」
ぼうっと母さんと親父のほうを見ていた俺に気づいたらしく、母さんは俺の頭をくしゃくしゃ撫でる。
「話は聞いたぞ、リンチを返り討ちにしたんだって?」
「……あれは偶然で……」
「偶然でもなんでも、事実は事実だ。私が思うに、おまえの問題は自信がないところなのだと思う。自信があれば、世界が変わるぞ!」
笑いながら、……こんな母さん初めて見たかも。ムッとしてクールで、いつも周りに気をはっている。もちろん、そうあらねばならないのは知っている。いつ天使が攻めてくるかわからないし、母さんの部屋は『地雷』をするために薄い窓ガラスのみで囲われている。ただの天使じゃ数でどうにかなるほどの力の差がある、ってこと。でも突然の不意打ちに備えねばならない、ずっとそのような生活をしてきたんだ。
「まあまあ、チャコはちょっと自信ないって、ぼくもそう思う時あったけど、なかなかそれも難しいことだよね。まだ若いんだから……、グレイちゃんと同じを求めるのはいけないことだよ」
「……久しぶりに聞いたな、ちゃんづけ」
「確かに、こうやって……、家族だけで話すのも久しぶりかあ。本当は『妻』とか『奥さん』とか言いたくないんだよ。だってそれだと他と一緒じゃない?」
「私はもう、ちゃん呼びするような歳じゃないぞ。おばさんだ」
「ぼくのことおじさんだと思う?」
「そうだな、昔よりずいぶん落ち着いたが、……おじさんだと思ったことはあんまり、ない」
「それと同じだよ」
思わず口がゆるんでにたりとすると、ベッドに座っていた俺に母さんが飛びかかってきた。
「うわ!」
「おい、いつどこで襲われるかわからないんだぞ!」
はっとして、母さんの目を見る。赤と言うには黒い、体をまわりきって黒くなった血のような。ぞわりと鳥肌が立って、吐き気が襲いかかる。喉に飛び出る寸前で抑えたけれど、……。
「グレイちゃんグレイちゃん、離れてあげて」
ぞっとした。母さんの目つきはアイヴィーとよく似てる。のしかかられると、嫌でも思いだすんだ。
「どうした?」
「チャコ、こういうの好きじゃないんだ。気持ち悪くなっちゃうみたい」
「そうか。それは悪かった」
一瞬で背中がびっしょりだった。目と目の間を押さえて犬のように呼吸する。
「すまない。おまえのことを知らないばかりに。大丈夫か?」
「大丈夫です、ちょっと気分が悪くなって、……車酔いみたいなもんです」
親父、親父はこうして秘密にしてくれてるのはありがたい。母さんがこの事を知ったら怒り狂うどころじゃないかも。母さんのことはいまいちよくわからないが、『一族の恥』とかなんとか言って殺されるってこともあり得るかもしれない……、ってのは言い過ぎか。
「あまりに気持ち悪いなら、医者を呼ぼうか。うちの医者は優秀だからな」
「医者なんているんですか?」
「ああ。めったにないが病気はかかりうるし、精神科なんてのは絶対必要なものだ。怪我なら倫太郎に任せればいいが、あいつは他も優秀なんで大怪我以外には出したくないし。私がこの地位についた時に、何人かを地上に渡らせ医師免許を取らせた」
「へえ……」
「呼ぶか?」
「いえ、もう平気です」
医者もいるしお店も地上と同じようなもの。本当に、喧嘩が過激だって以外は向こうと変わらない生活を送っているんだなあ。電気もあるし、お風呂もある。
「前見た時より、男らしくなったな」
「そうですか?」
「でも少し女らしくも見える」
「つまり、どういうことなんですか」
「人間っぽくなった」
なんだそりゃあ。じゃあ元々俺は人間らしくなかったってことかい。人間らしいってなんなのかさっぱりわからないけどさ……。ふと横を見ると、親父が声をひそめて笑っていた。
「笑うことは、ないだろ」
「だって意味わかんないから」
「そうか? 色んな経験をつんだんだなって意味だぞ」
「ああ、そうなの。だったらそう言えばいいじゃない」
「ごもっともだ」
確かに色んな経験をつんできたよ……。そんなのでちょっと顔つきや雰囲気が変わったりするものかな。なんか最近びくびくおどおどしてて、泣いてばっかりな気がするけど。
「さては女でもできたな」
「え!」
びっくりして飛び上がると、母さんはほくそ笑む。
「いや、いいんだ。言わなくてもな。『その時』になったら顔を見せてくれれば。……しかしなあ、私もそろそろおばあちゃんか」
「気が早いですよ」
苦笑いしながら言うと、いいや! と否定が入る。
「若いんだから、子どもなんてどんどん作ればいいんだ。野球ができる勢いでな。孫は多いほうが私はうれしい。後のことを考えると、本当はあと二人ほど子どもが欲しかったんだが、生憎私が忙しくて。まあ娘が増えたから、心配はすこし減ったが……」
「アイヴィーのことを娘と?」
「ああ。そういうことにしたほうがいいだろうし、私も本当の娘として接したいと思っている。アイヴィーが許すなら」
……アイヴィーは、この世界の人たちを他人だと割り切っていて、俺のことは友達できょうだいだって言ってくれた。きっと親父とも母さんとも、そんな風になれると思う。
「ぼくも、その事は少し考えていたんだ。ぼくの子どもであることは間違いないからね。……正直、かわいくて仕方ないんだよ。あはは……」
親父そっくりの娘なんて美人確定ってもの。しかも自分の娘補正が入れば、かわいいなんてもんじゃないだろう。ただ少々、どころじゃないけど、性格に難ありなところが、美人で性格がいいってのはなかなか居ないんだってことを深く理解できる……。
「いい子だよ。昔のグレイちゃんにそっくり」
「……そりゃあ、おまえ限定での『いい子』じゃないか」
「そうかもね」
親父とはうまくやってるみたい、よかったや。アイヴィー、こっちにうまく馴染めるといいけど。って、それは俺にも言えることか。どうやら100パーセント歓迎されてるってわけじゃないってわかったし。ニルスおじさんの甥っ子のイライジャ……、エリが俺を気に入ってくれたみたいで、よかったけど。アイヴィーはそんな人をもう見つけたかな。エリを紹介してもいいか。
「あの子も、いい男を見つけて子どもをたくさん産んでほしいな。私もアッシュも尻がでかいから、アイヴィーもチャコも尻がでかい」
「ぼくとチャコはあんまり意味ないけど。そうかなぁ……」
自分ではそんなこと考えたことなかったな。親父も自分の尻を気にしている。
「アッシュ、おまえ、ちょっと太ったろう」
「そ、そりゃあもう歳だしね。いつまでもナイスバディを維持するのって難しいんだよ?」
「動けばいい」
「筋肉おばさん」
「なんだと!」
口をとがらせて子どもみたいな挑発に乗りながらも、笑ってる。まだ寝ぼけてるのか、頭がぼんやりしてぼうっとそのやりとりを見ていた。
「……倫太郎は、いつ嫁をつくるんだろうな」
「前に人間の女の人と付き合ってたみたいだけどね。そう考えたら、倫太郎くんは人間と付き合ったら何度も何度も死に別れしちゃうから、やっぱり悪魔か天使がいいんだろうけど」
「あいつと同じ歳で連れ子が居ないっていったら、リリィ・モンゴメリくらいか」
「リリィはダメだよ。絶対ダメ、あうはずない! あんないかれた女、男が見つかるほうがおかしいんだ」
親父とリリィさんとの間に何があったんだろう? まあ、二人の相性は最悪ってくらいあいそうにないけど。
「まあ、もう忘れてやれって昔のことは。そういや、ニルスも再婚はどうするんだろうな。ファフリーの血はイライジャが居るからなんとかなるけど、やっぱりファフリーの名前は残さなきゃな。でもニルスもリリィも倫太郎も……、ここまできたら結婚しないんだろうな……。結婚しなくとも、三人ともいい血だから子どもを残してくれるとありがたいんだが」
「ニルスはね……、相当奥さんが好きだったから。難しいんじゃない、事実もう何年も気持ちが切り替えられてないし。そろそろあのファフリーのばあさんに呪いのひとつやふたつ、かけられてもおかしくないね」
「そのほうがいいのかもわからんな」
「倫太郎くんにしても、ルゥおじさんの子どもの血は多いほうがいいだろうし、師匠がとやかく言ってそうだけれど。まあライラくんがいるから、まだましなだけかなあ」
「だが、……ライラはな。ライラが今すぐ子どもを作らないことには。ライラの血は濃すぎるし、子どもにも影響がでるだろうし、……。やっぱり倫太郎が子ども作らないと」
「ルゥおじさんもねえ、子ども作れ作れって言ってたのに77おじさんだから……』とか言ってつくんなかったから、そういう家系なのかもね。どうせサミュエルとサリアだって、他に子どもいないでしょ」
「さあな。向こうのことはさっぱりわからない。ただ隠し子はあり得ないだろう……、マナがあそこにいるんだから。まああの二人の子なら、まだ覚醒がすんでないってのもあり得ない話じゃないが。倫太郎にすり寄ってきたのを見ると、ないな。居たとしても虚弱体質だとか、気がふれてるとか、そんなだろう。彼らはライラにあまり興味がないらしいし」
「……そうだ、大事なこと。天使と悪魔で子どもって作れるのかな?」
「できるんじゃないか。そもそも悪魔ってのは天使だし、呪いもないし。違いは翼の有無だけど……、あれは魔法だろ。あれが使いやすいように遺伝子操作が行われてるんじゃなかったかな、確か。だから真っ白い翼の悪魔なんてのが産まれるかもわからない」
「夢のある話だねえ。ちょっと前まではそんなのあり得なかったのに。倫太郎くんのおかげだね」
「……そうだな。倫太郎に悪魔の女をあてがえば、天使と悪魔の架け橋になるかもしれないな。紹介してみるか」
「倫太郎くんならすぐ相手が見つかるよ。かっこいいし、清潔感あるし家事が得意だし、嫌味のひとつも言わなくて控えめで。ほんと、あんな優良物件、ぼくが女なら放っとかないのに」
「……おまえみたいな押せ押せいい加減女があいつにはしっくりくるのかもしれないな。おまえを女にしたようなやつが倫太郎と結婚してうまくやるのが簡単に想像できる。子どももすぐできるだろうし」
「んもおー、グレイちゃんたら。昔の話はよしてよ。もう足洗ったんだからさあ」
「誰もしてないぞ。おまえがしたいだけだろ」
「ばれた? あの時きちんと体とか肌に気を使ってたからすべすべだしナイスバディを維持してんだよお。 おじさんだし自重はするけど、多少は若い服装できて嬉しいな。ぼくは地毛が白髪だから、やっぱあとちょっとしてまた老けたら一気におじさん超えておじいちゃんみたくなるんだろうなあ。やだなぁ」
「ようわからん。しかしまあ、なんでおまえに惚れたんだろうな、私は」
「ぼくはグレイちゃんが男でも女でも、すごい好みだったけどね。多分自分にないもの持ってる人好きになるようにできてるんだよ、世の中ってやつは」
「確かにそうすれば弱い所が減るのだから、頷ける話だ」
よくわかんない話ばっかりで、聞いててもおもしろくないや。またうとうとして、腹が減ったらしくぐるぐると音が鳴ると、また親父が笑う。
「ごめんね、チャコ。こうしてこんな話するの久しぶりで。お腹すいたでしょう」
「もうだいぶお昼もすぎているな」
壁にかけてある時計は、2時もまわって30分。こっちはいつも暗くて時間の感覚がおかしくなりそうだ。
「我慢できない程度じゃないなら、あと3時間と半、待ってくれ」
「? パーティ? ほんとにやるんだ。冗談だと思ってた」
「やるぞ! 今から地下の貯蔵庫に行って酒でもくすねてこようと思ってな」
「また無駄に騒がせるようなことしようとする」
親父が苦笑いしながら、母さんはすごく楽しそうだった。本当はこういうこと大好きな人なんだろうな。
「待つよ」
お腹は減ったけれど、今すぐ食べなきゃ死ぬってレベルじゃないや。
「ん、そう。わかったよ。楽しみだね。アイヴィーちゃんにも伝えておくよ」
「そうだな。もっと話がしたいが、続きは後にしよう。私は貯蔵庫に行くよ。6時になったら、私の部屋に来てくれ。人を誘っても構わないが……、あまり多くなりすぎないようにな」
親父とのおしゃべりを十分楽しんだらしく、満足気に母さんは部屋を出て行った。ふうっと息を吐く。
「どうしたの?」
「やっぱりまだなんか、緊張しちゃって」
「仕方ないよ。ずっと、知らなかったんだもんね。無理せずやれば、いつかちゃんと親子としておしゃべりできるようになるからさ」
親父はできた親父だと思う。父親ってやっぱり厳しくて怖いってのが世間的なイメージなのだろうけど、うちの親父は違うから。母親を知らずに育ったんでそれを気遣ってかわからないけれど、いつだって優しくて安心する。悩んでいても無理やりに聞いたりしないし、怒鳴り散らしたりしないし。でも決して甘いわけじゃなくって、ちゃんと納得する理由でわがままを抑え込むっていうか……。うん。俺にはもったいないくらいのいい親父。
「誰か連れて行きたい人はいる?」
「う、うーん。全然知らない人ばかりだから。知ってる人はニルスおじさんとエリと、リリィさんだけだし」
「じゃあ、その3人でいいじゃない。エリってのは、エリヤ……、ニルスの甥っ子のイライジャでしょ?」
縦に首を振ると、そっかあとにこやかに。
「じゃあ、お父さんが誘っておくよ。ニルスが帰ってきたらアイヴィーちゃんのところへ戻ろうかな。毒は抜けた?」
手先のしびれはいつの間にかなくなっている。ぼんやりとして眠くてだるいのも毒のせいだったのかな。
「わりと」
「よかった。……ふう、また太っちゃうな。ほどほどにしたいけど、ニルスやリリィが居るなら飲まされるだろうなあ」
「昔からの友達なんだっけ」
親父らの若い時の話とか、すごく興味ある。母さんは男顔負けの腕っぷしと勇気のある人だったとか、親父は優れた外見を使って恨みを買いまくる生き方をしてたとか。
「そうだよ! 楽しかったね、若い頃は。今も楽しいけど、また別の楽しさがあった。あの頃のぼくは、お母さんとくっついてることは予想できてたけどこんな事になってこんなかわいい息子ができるなんて思ってなかったよ」
「そんなに昔から仲良しだったんだ?」
「寝るのも一緒でお風呂も一緒だった。ただぼくがちょっと大人になったら、ルゥおじさんにやめさせられたけど」
「そりゃあ、ねえ」
「一緒に寝るのはおじさんの監視付きならオッケーになったんだけど。おかげでチャコくらいの歳まで三人同じ部屋で寝てたね」
なんか、予想以上に仲良しすぎて気味が悪いや。
「奥さん以前に、友達なんだ。大親友。お互いを尊敬しあって信頼してるから、絶対心から疑わないし裏切らないし、ピンチなら全力で助けるよ。友達なら、当然でしょ?」
デジャヴ。アイヴィーも、友達できょうだいだって。それでとどまれるなら、いいけど。お互いにその気はあまりないようだった。




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