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Uターン
息を吸うように嘘をつく

お互い警戒し、話し合いの場は地上が選ばれた。たくさんの護衛を連れ、人の近寄らない、すっかり物がなくなった森の中のヒルダさんの城。もうヒルダさんはここに戻るつもりはないようだ、大切にしていた大きな水槽も、俺とライラで手伝って向こうのヒルダさんの館へと移動した。
天使側はマナ・ヴォジュノヴィック、部下のティシュトリヤ。悪魔側は俺とベルベットさん。
なぜかマナはグレイさんに絶対会いたがらない。いつも俺となら話すと言うんで、マナと会うのはいつも俺だ。ティシュトリヤはいつも通り大人しく、特に会話に割って入ろうなどとは思っていないだろう。
「……で、会わせたいというのはその方か」
「どうも、マナ様。ベルベット・メアリー・ブラックモア、原初の悪魔、怠惰のベルフェゴールと申します」
その名前を聞いた瞬間、マナの眉がぴくりと動いた。
「原初の悪魔? もしかして、アスモデウスの妹か」
「ええ、兄をご存知のようで」
「勿論だとも。知らない天使はいない。贄の戦い以前、神とは彼のことだった。もっとも、誰かさんが殺してしまったが」
そう、そのアスモデウスを殺したのはまさに俺だった。贄の戦い終了後、しばらくして覚醒を終えたばかりの俺が。その後戦いが起きたが、あまり長くなることはなく終わった。アスモデウスを殺したことにより天使に触れられない、悪魔に触れられない呪いが消え去ったのである。
「あなたは、この世界と天使が生まれた理由をご存知?」
「いいや。説明していただけるか」
「ええ。まず、最初の世界。正史とよぶけれど、最初は正史しかなかったの。今はその正史を元にして、いくつもの世界があるわ。ここはその一つ。正史で、人間の奇形としてセオドアは産まれたのよ。セオドアを元にして私やアスモデウス、ルシファーたち原初の悪魔が産まれて、原初の悪魔を元に産まれたのがあなたたち。あなたたちはセオドアを守るため、もしくは殺すために産まれ、この世界はセオドアを閉じ込めるために産まれたの」
「ならあなたは、セオドアを殺すかここに戻したいわけだ」
特に驚いた様子を見せない。
「そうよ」
「しかしアスモデウスを殺したせいで正史とこの世界が繋がってしまっている。閉じ込めることはできない。殺してしまいたい」
「そうよ。あれを放っておけば、災害に変わるわ。三日でひとつの世界を灰だけの世界に変えてしまう。この世界へもやってくるでしょう。あなたたちの事など忘れて、殺しまくるわよ」
「あなたの言葉は信用に値するし、信じよう。しかし手を組んで共闘することはできない。オレ達はセオドアを狂おしいほどに信じ、愛している。その手にかかるほど幸せなことはないのだ。それが運命ならば、抗うことはしない。受け入れよう。しかし、アルフレッドが今までのセオドアの代わりに天使の上に立つのなら、オレ達はセオドアに牙を向けても構わない」
全員の視線が俺の元に集まる。ティシュトリヤまでも、何か願うように俺を見るのだ。
「天使と悪魔を統合し、そのトップにアルフレッドが立つのなら、オレ達は大人しく従う。誰も文句は言わないだろう。本来は、おまえが一番上に立つべき男なのだから。オレ達は強者の血こそ正義と信じている。おまえのためならこの体を盾にし、この体を剣にしよう」
「アルフレッド様、お願いします。皆、あなたを待っているのです。毎日が不安なのです。マナ様は素晴らしい方ですが、よく思わない人たちもたくさんいるのです。マナ様が、私たちがいるべきはあなたの下だと信じております。どうかか、どうか……」
ティシュトリヤは椅子を離れ、床に頭をこすりつける。マナがよせと言ったが、ティシュトリヤはやめようとしない。俺も思わずやめてください、と言う。
「アルフレッドの心が頭を地につけ靴をなめれば揺らぐのなら、オレもしようか。体を許せと言うならそうしよう。死ねと言うなら、オレもティシュトリヤも喜んで自ら命をたつぞ。おまえの仲間の前で服を脱いだってかまわない。だがそれでも動かないのなら、無駄だな」
「何もしなくてかまいません。面倒なことは私がすべて引き受けます。欲しいものは必ず用意しましょう。ただ上に立ち、優しい言葉をおかけください。そうすれば、私達は赤子のように安心して毎晩眠ることができるのです」
こんなに言われて心を動かさない者がいるだろうか? 失いたくないけれど、二人のセオドアどちらとも殺さねばならないのだ。
「……わかりました。グレイさんと相談も、しません。あの人ならわたしの選択が正しいとわかってくれますから。わたしは、あなた達の上に立ちます。顔をあげてください」
ティシュトリヤに手を貸すが、ティシュトリヤは俺の手を触れようとはしなかった。すぐにマナと共にひざまずく。
「あなたのためなら、この身など惜しくありませぬ。私はあなたに忠誠を誓いましょう。決して裏切ることはなく、最期まであなたと共に」
マナでさえ口調が変わる。マナとティシュトリヤ、胸に手を当て、目をつむった。神を見れば死ぬというが、まるでそれであった。
「ぜひ、我らの兵に姿をお見せになってください。彼らもこの日を心待ちにしておりました」
「……今はよしておきます。グレイさんに報告しなくてはいけないし、わたしの甥も連れてきますから。でもきっと、わたしの事を皆に知らせてください。そうすれば、今日から皆安心できるのでしょう」
「言われなくとも。あなたとあなたの甥のために部屋を用意します。どうかできるだけ早く、こちらにおいでになってください」
「ええ。わたしもそうしたいと思っています」
……そうか、いつか夢みた、天使と悪魔の統合が、できるんだ。できないと思ってたけど。俺の、グレイさんの夢が叶う! それをどうして、批難できようか!
「……話を聞くところによると、アスモデウスが死んだせいで、やっぱり
扉が開いたのね」
「扉とは、なんなのでしょうか?」
アスモデウスを殺したのは、完全な勝利を手にするためだった。実質的な贄の戦いの終わりはアスモデウスの死亡だった。
「正史でセオドアが産まれたといったでしょ、正史とこの世界を繋ぐ扉よ。それをあかないようにしてた私の兄のアスモデウスが死んだのだから、扉が開く可能性のほうが高いわね。扉を使えばどんなヒトでも、魔法が使えなくても犬でも猫でも正史とこの場所を行き来できる」
「アスモデウスの居た場所は神聖だかなんだかで、セオドアやセオドアの弟子のサマエルくらいしか、アスモデウスが生きていた時は入れなかったんで、オレは見た事がない。死んでからも、オレは入ったことがない。……が、その扉を使えば援護に行けるか。向こうの状況を知るため、何人か『草』をすぐに送ろう。ティシュトリヤ」
……俺がアスモデウスを殺さなければ、セオドアは出ていかなかっただろうか。俺が一人で殺せた、彼は全く抵抗をせず命乞いもせず、ただ泣いて。彼はとてもセオドアを愛していたことを知っていたし、セオドアは彼を狂おしいほどに愛していた。
ティシュトリヤが頷くと、お辞儀をして背を向ける。
「まず五人、送ってくれ。おまえが信頼する人物を五人。一人は女をまぜろ」
「了解しました、では、私はこれで……」
部屋から出ていき、マナはふうっと息を吐く。
「……やっと、やっと、この日が……」
……俺がさっさとこうしていれば扉のことも把握できていたし、こんな無駄な争いもなかったのだ。俺の子どもみたいなわがままのせいでたくさんの命と時間が無駄になった。……昔も同じことで悩んだのに、また俺は……。
「苦労をかけたと思う。……みんながわたしを受け入れてくれるのなら、わたしは……、きみたちの生活が戻るよう、無駄な争いがなくなるよう、全力で働きかけるつもりだ」
天界に行った時はマナやティシュトリヤと話すだけなんで、くわしくどんな状態なのかわからないが、『ひどい』ってのは知っている。
とにかく不満爆発寸前なのだ。悪魔狩りによってなんとかもっていると言っていい。もしくは、内部の虐め、暴行によって。発展途上国のスラム街とでも表現すればいいだろうか、女や子ども老人、弱いものは虐げられ、凍える夜を震えて過ごさねばならない。大人はマナという若者を支持したもののセオドアの夢から覚めることができずマナに過度な期待をし、落胆してストレスをためる。
そもそもマナはこのような地位にくるべき血筋ではないのだ。グレイさんと同じだがマナは戦争を知らず、若すぎる。
母親のガブリエラ・ゴスは一代でセオドア直属の部下になったほどの実力者だし、レッドフィールド家は名門中の名門だが、セオドア直属の部下になれてもセオドアにはなれない。
……兄さん。兄さんが生きていたら。
兄として意識したのはたった一瞬だったけれど、兄さんは俺を弟として愛してくれたのは事実だ。そして姉さんもきっと……。大きく育ったライラをみんなに見せてあげられたらな。
今度こそ大人になる時だ。ずっと俺は、覚醒を終えた時に大人になったと思っていた。ベルベットさんが本当の俺はすごくわがままで、セオドアを災害と表現したように俺も災害になる可能性があるって。そのわがままが、自分でそう思わないうちに漏れていたんだと思う。
マナの手を握る。氷みたいに冷たくて生きてないみたいだった。まだ、マナもティシュトリヤもライラと同じくらいの子どもだ。すべてをこんな子ども達に押し付けるなんて、どうかしている。俺がこの子らを解放してやるのだ。
マナがぎょっとして俺を見る。
「あ、あの……」
「ごめんなさい。わたしは、子どもでした。あなたよりも、ずっと。謝るだけで許されると思っていない。これからの行いでなんとか、償うつもりだ。きみやティシュトリヤの青春という大事な時間を奪ってしまって……、本当に……、申し訳ない」
「そんな……、やめてください。嬉しいんです。やっと、皆から、認めてもらえる」
きりりとした勇ましい顔が、どんどん子どもらしい顔になっていく。なんだ、こんな顔できるんじゃないか。
「マナ、きみの親は亡くなったそうだが」
「……はい。母とは、幼い頃別れました。死亡確認はされていないそうで、母の友人のジャンヌが居るので、どこかで生きているのだと思います。面倒なので、死んだことにしていますけど。父は戦争で死にました。勇敢にもルシファーに戦いを挑み、そして散ったそうです。育て親のおばさんとは、長く会えていません」
友人のジャンヌ、はて誰だろうと考えると、きらきら輝く光の結晶がヒトの形をとる。少し小柄だが、鎧と盾、そして剣を手にした勇敢そうな女戦士。たしかガブリエラが啓示をしたとかいう女の子で、ジャンヌ・ダルクといった。百年戦争で活躍した聖処女ジャンヌは、死してなおガブリエラに忠誠を誓い、そしてその子どもであるマナを守っている。
「早くお母さまに会えるといいね、それまでは、わたしのことを頼ってくれてかまわない。もちろん、会えた後も」
「……その言葉だけで、充分です。ありがとうございます」
「近いうちに、わたしとグレイさんときみとで話をしよう。ここで」
「それは、このマナでなければいけないでしょうか?」
「他に代役がいるかい。今まできみの民を守ったのはきみ以外いないのに」
「……そんな。あなたも知っているでしょう。力が足りないあまりに、上に立つものの魅力が足りないばかりに、皆に苦労をかけました。守るばかりか、壊してさえいる」
「でもそれは、誰かがやらなきゃいけなかったことなんだ。本来なら、わたしが。わたしのかわりをしてくれた……、きみには何より、根性という才能がある。……どうしても、グレイさんと会えないかな?」
「その……、冷静に話ができるか不安なのです。一度気がふれて、グレイ・キンケードの息子を襲った時に、姿を一度だけ、見ました。彼女は同じ生き物とは思えないほど冷たい目をしていて、母親とは思えないほどに……、血に飢えた獣のようだったのです。その謝罪をせねばならないことは十分承知しているのですが、何せ父と母のこともありますから。……怖くて」
「彼女は母である以前に強い戦士なのさ、ずっとそばにいたわたしにはよくわかる。ティシュトリヤが居ると安心するなら、連れてくるといい。怖いだろうけど、グレイさんはきみを見てすぐ襲いかかるような分別のない人じゃない。あの人だって今の状況をなんとかしたいと思っている。もちろん彼女もきみと同じだから、仲間が襲われれば戦わなくちゃいけないけど、……、できることならそうしたくないと思っているよ。ルシファーさんの願いだったんだ」
「あなたがそこまで信用するのなら、素晴らしい方なのでしょうね。このマナにとって、そのような人物になるかはわかりませんが……。会う価値のある人物である、そして会わなければならない人物なのは理解できます。ティシュトリヤなしで、話をしたいです。日時の設定は、お願いしてもよろしいですか」
「ああ、もちろんさ。きみとグレイさんは、きっといい関係になれるよ」
「そう願っています」






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