[携帯モード] [URL送信]

Uターン
泣いてるふりしてる

「こんにちは」
ドアーをくぐり抜け、ベルベットさんに挨拶する。ゆったりとソファーに座って、紅茶でもいかがと尋ねるが、断った。
大きな窓を開けてぼうっと風を浴びるこの緑髪の男。
「待っていたよ」
いつ見ても変わらない。変わり様がないと言ったほうがいい。俺の顔を見て、嬉しいのかわずかに笑う。
我が物顔でソファーにどかっと座り、向かいに座るよう言われ、その通りにした。魔界に行ったり天界にいったりこっちにきたり、フラフラだ。ご飯を食べる暇もないし、栄養不足かな……。
「子どもらは置いてきたんだ」
「……うん。危険だしね、あの子らを二度と殺しちゃいけない」
ベルベットさんとセオドア……、テディくんだけだから、無理せず砕けた口調を選ぶ。
「自分の子どもは、作らないのかい。きみの血は優秀だし、残しておくといい」
「……まだ、そういうのは、考えられないよ。忙しいし、恋愛なんて相手もいなけりゃ時間もないから」
そうだよなあ、俺の血はこれ以上ないってくらい恵まれてる。その自覚はあるものの、なかなかそういう気分にはなれない。
「クリスなら、自分から喜んで股を開く女なんていくらでも選べるだろうに」
「そうだね、……俺が、ずうっとグレイさんのこと好きだからだと思うよ。最近気づいたんだ、もっと早く気づいてればなんとかなったかもしれないけど、……まあ、きっとグレイさんは、どう転んでもアッシュさんを選ぶだろうなあ。でもきっと、ライラがいる限りは結婚なんて、子どもつくるなんてできそうにないよ」
「あの、サミュエルとサリアの息子だったっけ。あの無愛想で無口な」
「あの子、彼女ならまだ許してくれるようだけど結婚なんてしたら刺されちゃうよ。でもどこかにやるわけにもいかないでしょ、俺はほんとの子どもみたいにライラのことを愛してるし、嫁よりは子どもだ」
「うまく育ったほうだよ、あれは。長生きするんじゃないか」
「うん、してる。でも、そろそろ近いみたいだ。俺が見てない間にひとりで逝ってしまわないかと、心配でしかたがないよ」
「あの血はすごいからね。まずヒルダはルシファーの子孫だし、その子ども二人の子どもだから、もう少しは大丈夫さ」
「そうだと、いいんだけど。俺があの子がいなくなることに耐えられるか……。どうにかもっと生きられる方法を探してるんだけどさ、なかなか」
「血はどうしようもない。サタンでも脅せば、体だけはなんとかなりそうだけど……、精神については、そのライラくん次第だね。つまりまあ、俺のような状態になるわけだけど、他人の、血の繋がらない他人を自分の体に飼うってのは相当なストレスになる。ライラくんが耐えられなきゃ精神錯乱なんてもんじゃない、本当に、狂う」
「それはだめだ、それは完全に俺の独りよがりだよ。ライラの幸せのためには、楽に、せめて生きてる間だけはライラの願いをきいてやって、そばに、……いてやって……」
涙が出てくる。ふだん、こんなこと誰にも言えやしない。久しぶりに吐き出せるのが、嬉しくてたまらない。やっぱりどんなにひどい人でも俺にとってはテディくんは親で友達だ。もう、失いたくない。
「もう、小さいころから泣き虫は治らないな。おじさんになったんだからちょっとは治しなって。あんまりくよくよせず、笑顔で送り出してやりなよ。あいつはこんなにいい叔父を持って世話をしてもらってさっさと先に死ぬなんて、とんだ親不孝もんだ」
「まさか、親孝行だよ。あの子がいたから俺の人生は輝いていたと思う。毎日の成長が嬉しくて、あの、……高校生の時に人間として生きるか異能者として生きるか選べって言ったんだ、そしたら俺と一緒がいいって、その時どれだけ嬉しかったか。俺は過度なストレスを与えてあの子の寿命をいくらか減らしてしまって、……本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだよ……」
「子どもを殺してしまう親もいるんだ、それと比べればずいぶんましさ。それに、クリスと離したほうがいけないと思うけどな。サミュエルもサリアもルシファーも、きっと喜んでるさ。おまえはがんばったよ。僕がほめてやるから」
「何度も、あの子と一緒に死のうかと考えたよ。きっとそれがライラは怖くないし、嬉しいと思って。グレイさんに相談したことがあるんだけれど、あの人は、俺を必死で止めると言ってくれた。そんなことをしたら、私はお前を絶対に許さないぞって、お前が居なけりゃ私は今生きていないんだぞって」
「僕を止めたのはクリスさ。悪魔全員の命を救ったんだ、地上の人間だって、おまえに助けられてる。本当の救世主はおまえなんだよ。グレイはきっとそれをわかってるんだろう。おまえは悪魔でないから今の位置にいるだけなのさ、おまえが先に死んだら、グレイのプライドが傷つく」
「……つらいよ。とても。俺だけじゃないって、つらいのは俺だけじゃないって、わかっているんだけど。つらいと感じることじゃないと、自分を守れない気がして、やめられない」
「別に悪いことじゃないさ。今みたいに泣いて、悲劇のヒロインになることも必要だって。僕らのような知的生命体は、忘れることを知っている。それってとてもすごいことだよ。感情が豊かだから、全部悲しんでると潰れちゃうから、忘れるようにできてる。いつか、忘れるよ。忘れたくなくても、そうできてる」
「俺はいつも、教えられて、支えられてばかりだ。頼られても頼れるような立派な人格じゃないから……」
「そうだね、おまえはそういうタイプじゃないよ。支えられて、上に立つタイプだ。でも、みんなそうなりたいんだよ。なりたくて、なれるもんじゃないんだ。少しは自信持てばいいのに。……で、今日はここでめそめそするために来たのかい?」
「……ごめん。ちがうよ」
俺たちの話なんて興味ないみたいに、のんびり紅茶をすすりながら本を読むベルベットさんのほうに視線をやる。
「あら。やっぱり紅茶、いれる?」
「いえ。ベルベットさん、あなたを、魔界に連れていきたくて」
「それは構わないけれど、どうして?」
「向こうのほうが、安全ですから。それにきっと、あなたのような人は、天使たちも興味を示すと思うんです。話をして、何かわかればと思って」
「セオドアの監視はもういいのかしら?」
「テディくんは俺の親友です。疑う必要はないです。俺は彼を強く信頼しています」
「そう。なら、何も言わないわ。この部屋はセオドアにあげる。好きに使ってちょうだい。向こう三年ぶんの家賃、光熱費が金庫にあるわ。そんなに長くならないだろうけど。レヴィンに会うことがあったら、もうワインとチーズは持っていけないと伝えておいて」
そう言うと、ベルベットさんは俺の開けたドアの前に立つ。
「エスコートしていただける? 向こうに行くのは初めてなのよ」
「はい」
ベルベットさんの手をとる。健康的に白く美しい手。綺麗な人だ、といつも見るたび思う。
「お金はきっと、ほとんど使わないよ。あの例の地下本部に最近潜入してるんだけどね、どうやらビンゴだ。何度も行って嗅ぎ回ったけれど、天使が居たよ。本格的に潜入することにする。僕は魔法臭が消せるし大丈夫、ギリギリまで近づいてみよう」
ほんっと、敵に回すと恐ろしいけど味方だと嫌になるくらい頼れるなあ。
「僕も僕でがんばるよ。しばらく連絡もとれなくなる時は、メモを残しておくから。……そうだね、明後日のお昼ごろ、ここにまた来てくれる?」
「わかったよ」
「出来るだけはやく決着つけて、向こうに集中したいでしょ。さっさと、でも慎重にやってしまおう。向こうは僕一人だけだけど、こっちは僕とおまえが居るんだから、奇襲すれば負ける要素なんてないさ……」
……そうだ、俺は自分の死ぬ未来を見ている。セオドアと一対一で対峙し、崩れ落ちる金色の竜を。……未来は、いろんな選択肢で変わる。あの時一番起こりうる未来は、今までの選択によって少しは変わるだろうか。
「お互い、がんばろう。レヴィンくんに会いにいけば、きっと彼は協力してくれるよ。きっと今も聞いているはずだから」
ずっと、お守りのようにレヴィンから貰ったウロコを持っている。不思議と、これを見たら一人じゃない気がして勇気をもらえた。大丈夫、まだ俺は頑張れるよね?
「それじゃあ……」
テディくんに背を向け、ベルベットさんの横につく。あのテディくんはまさに俺の理想すぎて、怖くなるくらいだった。あの人が本当に狂人のような言葉をならべ人々を熱狂、そして震え上がらせたのだろうか。抜け殻のように、いきいきしてヒトを殺したテディくんの面影はなく、本当の友達や親のように優しいのが、少し物足りない。
結局俺は、殺人鬼のテディくんを恐怖しながらも愛していたのだろう。危険な魅力があって、そのおかげで人たちはテディくんに群がったのかもしれない。それと比べれば、いまのテディくんはまるで聖人だ。
もちろん俺が心を完全に許せる数少ない人だし、失いたくない。でも、どんどん衰えて死ぬ老人を見ているようで、そりゃあ俺の親なのだし、俺だっておじさんと形容されるほどの歳なのだ、テディくんだって見た目は老いなくとも気持ちは老いるかもしれない。子どもがいれば、人は変わるというし。
「どうしたの、うすらぼんやりして。後悔しているのかしら」
ベルベットさんの声にはっとした。魔界に続く扉の前で。
「いえ……」
「私に隠し事はできないわよ。あなたの心を、読んじゃおうかしら」
「? それって、俺の気持ちが全部わかるんですか?」
「そうね、わかるわ。心のずっと奥底の、誰にも見せない乱暴な本心も、私は見ようと思えば、見えるわよ」
「……じゃあ、教えてください。俺の本当の気持ちを」
「構わないけれど、自分の本心は一番自分を傷つけるわ。でもそれを受け入れて行動すれば、すごく楽になるかもしれないわね。でも大抵はできなくて、悩むだけよ。悩みの種がただでさえ多いのに、あなた、耐えられる?」
息を飲んだ。自分の、一番素直な気持ち。好奇心に負けてしまう。
「教えてください。俺、自分に向き合わないといけないと思います。俺には潰れそうになっても、立たせてくれる人が居ます。俺が立たないと、生きられない子が居ます」
そう、と小さく答える。手を離して、ベルベットさんの白くて長い指が喉にに触れ、つつと滑って胸に。目を離してはだめよと言われて、ジッとベルベットさんの瞳にうつる自分を見つめた。
「あなた、力を持て余してるわ。全部壊して、自分の欲しいものを手に入れたいと思ってる。不可能じゃないから、なおさらよ。今まで控えめに生き過ぎた反動かしら、あなたの本心はすごくわがまま。ああしちゃおうかな、こうしちゃおうか、なんて悪いこと考えるけど、なんとか理性が勝ってるわね。でも、心が弱っているせいか今にも弾けそうよ。もしかしたら、本当の敵は、あなたかもしれないわ」
「それは、俺が独裁者のようになってしまうということでしょうか?」
「独裁者じゃ生ぬるいわよ。あなた、その気になったら全部殺して全部壊すわ。そうね、ゲームの魔王、……でも微妙ね。災害よ。あなた、災害なのよ。敵味方関係なく殺すから」
そ、そんな。災害? ……でもそんな気持ちがあることを知っておけば、止められるかもしれない。自制がきくかも。
「聞かなければよかったって、思ったわね。私も言わなければよかったと思ってる。これに懲りたら、もう私に心を読んで教えてなんて言わないこと、自分の未来をのぞかないことよ。人の気持ちがわからないから、未来もわからないから、人生って楽しいんだから」
その忠告を胸に強く刻みつけ、足を踏み出す。




[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!