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Uターン
憂うつサンデー食べに行こう

怖がりな癖にこんなこと言わなきゃよかった。人間と暮らしてる時の感覚で言っちゃうと、うん、だめだ。
暴れないようにしとけって誰かが言って、持ってこられたのは手錠と足枷だ。当たり前のように金属っぽいし、こっちにあるものなんだから俺がちょっとくらい引っ張っても壊れないんだろう。何されんだろ、怪我なら痛いけどすぐ治るし、……。
腹に重い一撃を食らって、一瞬呼吸が止まる。目を見開き口を開け呼吸をしようとするが、うまくできない。無理矢理立たされ、頭を何度も壁に打ち付けられた。これくらいじゃどうってことないけど、酸素が足りないのか頭がぼんやりするや……。
「おい、やっときたか」
なんだろう、だれかがきたみたいだ。うまくみえないし、シルエットだけじゃわからない。
「おとなしくしといてやったぞ。あんたも物好きだな。もっと綺麗なのにすればいいのに。まあ、こっちはこっちで金も貰えるし弱み握れるしいいんだけど」
たってるだけでせいいっぱいだ。どうやら血が出たらしくて、血のにおいがする。
「ほら、『お辞儀』しろよ。これからお前の御主人様になる人だぞ。妹より可愛がってくれるさ」
はあ? なんのことやら? 入ってきたのは大きな体をした男の人らしい。ぼうっと見上げていると、誰かが俺の頭を無理矢理押さえて体を前に倒そうとするが、立ってるだけでせいいっぱいだったんで倒れてしまう。
手も足も拘束されてるんでうまく立てなくて、顔だけ上げた。芋虫みたいにもぞもぞするしかないんだけどそうしてると思い出して涙が出そう。というか、出てる。
「やっとわかったか。泣くほどうれしいってよ」
首を必死で横に振って、やだってそれだけ。笑い声。シャッターの音。
「っ、やめてよ、お願い。殴られてもいいし靴をなめてもいいから……」
くそ、だから服がどうたらとか言ってたわけ。もう完全にネガティブスイッチはいっちゃって、だめだ。もうおしまいだ。泣いてるだけしかもう、できない。
「じゃあ妹にかわりを頼もうかな」
「それは……」
「だろ? はいじゃあ、好きにやってくれ。さっさと終わったら連れてっていいからさ」
アイヴィーをだされちゃ、なんにもできない。視界がだんだん開けてきて、目の前に俺より一回りほど年上の、体格のいい男の人。
「それつけてたらやりにくいだろ。優しいぼっちゃんは、妹のためなら誰でも相手してくれるさ」
男に渡されたのは鍵で、足枷だけが外される。逃げられる。逃げたい。怖い。震えがとまんない。アイヴィーのしわざなら、なんて彼女はひどいことをするのだろう。確信は持てないので疑うだけだけど。
男にのしかかられて、さっきはいたばかりの冷たい服と下着を剥がれるとそこに手が伸びる。嫌で、顔なんて見たくなくてずっと顔をそらしていた。
「ぬれてるぞ」
だってそれは仕方のないことで、さっきあんなことがあったんだって弁解するのが無駄なことくらいわかってる。
「うっそ」
「マジ?」
「うわぁ。あり得ねえよ。そんなもんなの?」
唇噛んで、震えるしかない。
ぴたりと男のそれが触れて背筋が凍った。
「すぐに入る」
「じゃあ、入ったら、体と顔こっち向けて」
そのまま止めることなく、ゆっくり肉の塊が差し込まれて震える。軽く抱きかかえられて、扉側に俺がくる形になった。いつのまにかビデオカメラを持っている。四つんばいの形になって、ひどく恥ずかしかった。
「いいか、ちゃんということきけよ。逆らうな。余計なことしたら、わかってるだろうな」
うなだれていた頭を髪の毛掴まれて無理矢理上げる。
「頭下げんな」
俺と同じくらいの男は少し下がってカメラをいじると、女の子の一人が近くに来てしゃがんでにっこり笑う。
それが合図みたいで、男が動きはじめて声をあげて震えた。
「お名前教えて?」
子どもに言うみたいに、優しい口調で、しゃがんだ女の子が俺に問う。
「ち、チャコ……」
小さな声だったけど、女の子はマイクを持っていたからあまり問題ないようだった。カメラは二台あって、もう一人の男はカメラを持ってウロウロと歩き回っている。
「フルネームで、言えるかな?」
がつがつと腰を振られて、どんどん体温が上がって行くのをかんじる。どうやらおとなしく素直に女の子の質問に答えていけばいいようなのだけど、とにかく嫌で恥ずかしくて、泣いてる俺には難しいことだ。口を長く開けたら声が漏れるだろうから、必死で口を食いしばっていたいのに。
「……っ、……」
思わず顔を伏せると、女の子にまた髪の毛を掴まれる。
黙ってるとぐちゃぐちゃという音と肉と肉がぶつかる音と男の声が嫌でも耳に入って、それはそれで嫌だった。
「フルネームは?」
「あ"、あ"、あ"、まっ、て! やめろっ! あ"うっ!」
男は俺がびくびく飛び上がる場所を見つけたらしく、集中して突かれて足や腕に力が入らなくなってきた。質問どころじゃない、またフラッシュバックだ。痙攣して目を見開いて、はあはあとイヌみたいに呼吸する。
「ひ、ひゃこーる、ぐれい、ぶろうず」
怒らせないよう、やっと名前を出す。
「みなさんご存知、グレイ・ブロウズの息子のチャコールくんでーす! 本物ですよー! 息子さんを今から娘さんにしちゃいまあす!」
その瞬間何かが切れたみたいだった、すべての感覚が一旦消えて真っ白になって、喉をならすと心地よくグルルとなる。
腕は自由に動くし乗っかられていたはずなのに誰もいない。と、いうか、みんな異様なくらい小さくそして部屋が狭い。
いろんな感覚が増えた気がする。よくものは見えるし聞こえるし、におう。みんながぎょっとした様子でみるんで、そばにいた女の子に顔を近づけるとこの世の地獄をみたような顔をするんだ、俺ってそんなに不細工なのかやっぱり。悲しいな。
ゆっくり左腕を上げると、異様なほど、黒い。なめらかで艶やかな黒。それはまるで動物のもので、というかそのものだった。
「え!?」
アイヴィーの狼みたいになっちゃったってことだとすぐに理解した。俺やアイヴィーは動物により近いんで、感情がたかぶったりするとこうなってしまう。アイヴィーや親父は結構自分の意思で変わるらしいけど、俺はそうでもない……。むしろ記憶にある中でははじめてだ。
こりゃいいや、気が大きくなって強く吠えるとみんな怯えている。カメラを踏みつけ、うん、これでもう安心だ。
……戻るのってどうしたらいいんだろう。……まあ、そのうち戻るかなぁ。余裕でのんびり伏せってうとうとする。こりゃいいや、気持ちもいいし気分もいい。
「チャコくん!」
扉がまたあいて、そこにはニルスおじさんと親父。嬉しくて飛びつこうとすると、おじさんは親父を抱いて後ろに飛び避けた。
「チャコ? チャコなの?」
そうともさ、答えようとしたが、この姿は人間の言葉を話すように舌ができていない。アイヴィーがやっていたのはテレパシーで、……血縁関係があったり長く一緒に居たりするならばできるから、親父になら通じるかな。
『そうだよ。どうしたの?』
おじさんが構えているのを、親父が止める。
「やめて、チャコだよ」
「気がふれてるんじゃないだろうな。おまえの毒を貸せよ」
「大丈夫、チャコは冷静だって。ただ、いきなり扉が開いたんでびっくりしただけ」
大きく首を縦に振ると、ニルスおじさんは構えるのをやめた。部屋に二人が入ってくると、元居た男たちや女の子はすくみ上がる。今の俺より、おじさんや親父が恐ろしいらしい……、当たり前か。
「おや、お前は……」
昨日喧嘩した男の子に、おじさんは気づいたようだ。
「なるほど、チャコが気に入らないんでリンチしてたらこうなったってことか……」
「あ、あ、あの、……」
引き攣り笑いしながら、男の子は声を絞り出す。
「安心しろって、取って食いやしないさ。しかし、近ごろの教育はどうなってるんだ? オレらの頃は、集団リンチなんて恥ずべき行為だと嫌ってなるくらい刷り込まれたんだがな。血を誇れと。こんなのが多くなると、本当、この先心配だな。一応、勤務外だが保護者と上に報告入れておくぞ」
『……ねえ、勤務外ってどういうこと?』
俺が親父に問うと、せいいっぱい背伸びして俺の頬を撫でた。
「ニルスはね、こっちの警察みたいなものでね、お母さん直属の部下なわけ。それはそうと、怪我はない?」
『へええ、そうなんだ。怪我は……、大きなのはないよ。ほっといたら治るものばっか』
「よかったよかった」
あのへらへらした感じのおじさんが、ねえ。まあ普段はそうだけど、今とか、しっかりしなきゃいけない所でしっかりしているし、意外にお似合いかも。
おじさんが誰かと電話してるうちに親父は部屋に戻ろうと言った。戻りたいのはやまやまだけど、戻り方がわからない。戻らないと、扉を抜けることができない。
「……戻れないの!?」
『いや、戻れるとは思うんだけど、どうやったら戻れるのかわからなくて』
「人間の自分をイメージしてごらんよ。落ち着いて」
なかなか難しいことを仰る。人間の自分……? いつも鏡とか見てるはずなんだけどな。
『うーん……』
「人によってなる方法と戻る方法は違うからなあ。普通は自分でなんとなくわかってるんだけど。まあ戻れないってことは全然ないよ、どんな場合でも化身ってのはある程度体力がないとできないから、毒を使えばすぐに戻るとは思う。でも、結構な時間が経ってるから、これからいくらでもこうなってしまう可能性は考えられるし、自分で戻る方法をはやく見つけておかなきゃね……。なったきっかけの逆のことするとか」
バカにされたんだよな、女の子にするって。じゃあうーん、俺は立派な男だって自信持ったら戻るの? それってなんか逆のような。一応そう考えてみるけど、体はぴくりともしない。
『だめだあ』
「息子に毒盛るのって気がひけるんだけど、仕方ないね。弱いのでたぶん大丈夫だと思うから、二時間くらい寝たら抜けるよ」
『うん……』
親父の指が蛾になって、俺の頭の近くをくるくる回る。うとうとして頭を地につけた。
「どう?」
『急にだるくなって、ねむい』
「即効性だからね。寝ていいよ」
気持ち良くてぐるぐる喉をならすと、すぐに夢の中。




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あきゅろす。
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