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Uターン
第六感だけが味方

「おい、まだなんか話してんのか?」
また扉が開いて、そこにはアイヴィー。なんだかスッキリした顔をしている。
「ちょっとね……」
親父がお茶を濁すが、部屋の状況を見てアバウトに理解はしたようだった。
「なあ、あたし、こっち来たことあるし一人で大丈夫だ。だから息子のほうかまってやってくれよ。そんなんじゃろくに戦えねえだろ」
「でもね、ぼくはきみについてなさいって命令だから」
「ふうん。それなら、仕方ないか。で、大丈夫なのか? 坊ちゃんは?」
タンクトップにショートパンツ、首にはタオル。風呂上りらしい、ピンクっぽい白髪はしっとり湿っている。
壁の隅に追い込まれ、縮こまって震えていた俺の髪を引っ張り上げた。強引に顔を上げさせられる。
「どうせ、思い出してビビってたんだろ」
「……」
何も言えないで目を逸らそうとすると、頬をひっぱたかれる。
「しっかりしろよ。そんなんじゃ誰もついてこねえ」
「……あんまりだよ……、こんなの」
なんで俺ばっかこんな目にあうの。なんで、なんで……。
「あったことは、とっとと忘れろよ。思い出しても何の得にもならないぞ」
「忘れられるわけ、ないじゃないか……」
「忘れられなけりゃ、踏ん切りつけろ」
まただらだら涙が出てくる。俺、どうしてこんな風にならなかったんだろう? こうなりたかった。こうでありたかった。
「おれ、おれ……、女に産まれたかった……」
思わず口にだしたその言葉で、アイヴィーも親父も理解したようだった。掴んでいた髪を離して、下唇を噛むアイヴィー。目を見開く親父。
「あれだけじゃあなかったのか」
「あれですんでたら、どれだけよかったか」
親父がアイヴィーを払いのけるようにして、俺に抱きついた。ぼーっとして、力が入らなくって、どうでもよかった。それだけだった。
「もしかしたら、寄生されているかもしれない」
「……え!? ど、どういうこと?」
アイヴィーのつぶやきに親父が飛び上がる。寄生、寄生……? なにが?
「腹の奥にな、虫がついているかもしれない。中で虫が増えて、どんどん増えるんだよ。魔力をもってるんで、多少なりと強くなるんだが。……嫌に落ち着かなくなったり幻覚を見たり、錯乱したりする、呪いの一種」
「ぼく、呪いに関しては詳しいつもりだけど、それは知らないな……」
「そりゃあ、そうさ。セオドアしかできないことなんだから。もしかしたら、倫太郎さんもできるかもしれないけどね」
……腹の奥に、虫。どうやって虫を入れるか心当たりがありすぎる。
「解除する方法はあるの?」
「さあ。セオドアを殺せば、解けるんじゃねえか。まだ確実にそうだとは決まってないけど……、どーやら、だいぶそうなんじゃないかって感じ」
このままで大丈夫なんだろうか……。ずっと黙って、自分の腹を見つめていた。この中で虫は蠢いて、肉を食らい子を作り増えているのか。
「まあ、お前くらいなら死ぬことはないよ。ちょっと幻覚見たりするだけだ、ヒルダさんに薬を貰えばだいぶ収まる」
「アイヴィーちゃん、ずいぶん詳しいけど……」
「あたしもね、死ぬ前に虫持ってたからさ。今は身体も新しくなったのか、いないけど。で、やばいのはな、おまえがセオドアに気に入られちまったってこと」
……ああ、何度も一緒にいろって言ってたっけ。あんなのとずっと一緒なんてごめんこうむる。絶対に嫌だ。
「離れてても奴は、おまえの体を乗っとれるんだ」
「ええっ!?」
「は!?」
そ、それじゃ、セオドアを連れてきてるのと一緒じゃないか。なんてことだ……。
「まあ、次元越えて乗っ取るなんて事はあり得ないと思うぜ……。あたしが知っている例はひとつあって、倫太郎さんの兄貴のサマエルは、きつい幻覚や妄想に襲われ、錯乱することがあったそうだ。あまりおおっぴらにしてはいないが、それを臭わせる日記が大量に残っている」
「ああ……、聞いたことあるよ。自分の腹を切り裂いたんだって?」
親父が頷き、顎に指を当てて考えるしぐさ。
「腹の中に何かいると思ったからだろうな。で、サマエルは生きたままセオドアに体を乗っとられた」
……と、とりあえず、こっちに居るぶんには安心なのかな。幻覚は薬でおさまるのならいいけど。でも、大丈夫だって確信はない。
アイヴィーが冷めた目でこちらを見つめる。かわいそうな、今から屠殺される動物を見るような目だ。
「きみは、きみは、おれに死ねというんだな」
「そうだ」
そりゃ、そうなるよな。そうだよ。ほっといたらセオドアになってしまうかもしれないんだから。今ここで殺して死体ごと虫を燃やしてしまえばいい。
「アイヴィーちゃん……! そんな、他に方法はないの。せっかく、せっかく、戻ってきたのに……」
「ないことはないぜ。セオドアのとこに居るだろうガキを使って、殺して燃やし、骨にしたあと生き返せばいい。あたしはそれで虫がとれた。でも、いつセオドアになるかわからないしあのガキを連れてくるのは難しいだろうから……」
「でも、でも、無理なわけじゃないんでしょう?」
「やるんなら、こいつの手足をまた切って地下にでも閉じ込めておくくらいしないといけないぜ。失敗するかセオドアを殺せなかったらこいつは一生芋虫だ。セオドアを影に閉じ込めるだけじゃ、奴は生きてるからな。殺さないと、いけないんだからな」
親父が急に立ち上がりアイヴィーの肩を掴んだ。背丈は少し親父のほうが大きい。同じ、ふわふわの白髪。よく似てる。
「お父さん、師匠のとこに行く。呪いは得意なんだ、ぼくも師匠も。きっと解除できるから、チャコに手を出さないで」
それだけ言うと、振り返らず走って部屋を出て行った。しばらくぽかんと扉を見つめると、アイヴィーはベッドに腰をおろす。
「どうなるかな」
「……えらく、他人事だ」
「そりゃな。他人だよ、あたしとおまえは」
なんか、アイヴィーが冷たい。こわい。
「なんか変わったね」
「また、防衛起きてんのかもな。あぶなかったろ」
「そうだね」
他人だと言ったあとに、血が繋がってなければ起きないことを口にする矛盾。指摘する元気はない。
「なんで女になりたいわけ?」
「……だって、恥ずかしいよ。俺、男なんだよ。なのにさ、……」
「じゃああたしにレイプされたらどうなるんだ?」
「わかんないよ。わかんないけどすっごく恥ずかしいと思う。前、助けられた時、情けなくて泣きそうだった」
「女々しいなあ」
「きみが男らしすぎるんだ」
そう返すと急にアイヴィーが笑い出す。
「なあ、あたしらの親ってさ、親父が女みたいで母さんが男みたいだろ。だからさ、こうなるってのは必然だったのかもな」
……アイヴィーのほうも、そうだったんだ。ほんと、何度も思うけど、アイヴィーは倫太郎さんやライラを知っていたみたいなのに、どうして二人は別の人間なんだろう。何もかもが違いすぎる。
それを言うと、あたしも考えたんだけど、と自分の考えをまとめながら。
「多分だけどさ、あたしらができる直前に、世界が二つになったんだ。ライラはあたしらより年上だから、別れる前には産まれてる」
「どうしてなんだろう」
「さあ。知らね。あの、レヴィンとかベルベットさんに聞いたら知ってるかもしれないな」
セオドアを閉じ込めるために、この世界はあるらしい。アイヴィーの世界は、失敗作だったのかな。途中で気づいて、コピーを作った。そしたら、この世界の親父や母さん、倫太郎さんにライラ、ニルスおじさんリリィさん……、みんなコピーってこと? ほんとの親父たちは、アイヴィーの世界と一緒に死んでしまった?
嫌なことに、気づいてしまった。あの、河川敷に居た黒髪の、母さんによく似た悪魔。俺がまだ生きてたころに、夢でみた黒髪の悪魔。
何度も失敗して何度もコピーされた世界は、母さんと親父の子どもを量産するためなのかもしれない。影の悪魔が、一番確実に、閉じ込められるのだから。母さんが閉じ込めたはずが、いつの間にかその子どもが出しているんで、償いの意味もあるのだろう。
もしかして、これまでに何人も何人も母さんと親父の子どもが産まれて、そしてセオドアに犯され死んでいったのかもしれない。……こんな……、こんなひどいことってない。
あの悪魔も、アイヴィーのように何らかの形で助かってここにきたか、アイちゃんが呼んだか。記憶を改ざんされているようだったし、……助けたいな。俺と血が繋がってるのは違いなかった。
「俺さ、閉じ込めてたほうがいいよ」
「そんなすぐじゃなくたって、あいつは、今の体がやばくなってからじゃないと移動しないぜ。あいつの体、色んな奴から継ぎ接ぎしてるから、満足いくまで時間かかるんだ。そんな体を出てくのは命の危険を感じた時だけ。ま、いつかは、殺すか閉じ込めるかしなくちゃいけないだろうけど」
なんだか、すごく疲れちゃったよ。ベッドに這い上がってうつぶせになる。しばらくそうして、ちょっとアイヴィーのほうを見上げた。綺麗な顔をしてる。
ずっとそうしてると、アイヴィーは手を伸ばしてきた。頬をぐいっと引っ張る。
「やわらけー。肌、綺麗になったんじゃないか?」
「わからないよ」
「あたしなんか最近手入れできなくて、ほら、ここにニキビが」
たしかにアイヴィーの頬には、いくつかにきびができていた。真っ白い雪みたいな肌に、ぷっくりピンク色の。
嫌に落ち着いていた、なんでなのかさっぱりわからなかったけど、錯乱するよりぜんぜんいい。




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