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Uターン
胎児に花束を

ゆっくりご飯を食べながらのんびりおしゃべりなんて久しぶりだ。向こうじゃさっさとご飯は食べて移動して、みたいな感じだったし。みんなで食べるご飯はとっても美味しい。いつの間にかエリもご飯に手をつけていた。
「なーあ、どうやったらあんな強くなんの? あの二人、運動関係に限定して言えば、けっこー成績いいのに」
……そんなこと考えたことも無かった。
「わかんないよ。油断してたんじゃない」
「それだけかなぁ? おれも地上行きてーなー。地上行って帰ってきた人ってみーんな強くなってるからさあ」
まあ、確かにNDなら過酷な任務に毎日駆り出される……、らしいし。強くなるってのは間違いじゃないかもしれない。
「エリは戦うのが好きなんだ」
「うん、強くなってたくさん敵を倒すんだ……、さっきなんてドキドキしちゃって。次はもっと倒せるように目標とか決めてね……。戦争終わるころには、勇者って有名になってんの!」
リリィさんと同じような事を言ってる。ここでみんなが憧れることは、戦争で活躍して有名になることであるようだ。一人殺せば犯罪者、十人で凶悪犯、百人は英雄なんてよく言ったもので。
「まだはえーよ、お前らには」
もうお腹いっぱいなのか、一通り食べ終えたおじさんは片手でタバコの箱を転がしている。いかにもタバコを吸いたいですって感じだけど、我慢してるのは俺らがまだ食べているから。
「ガキは生き残ることだけ考えてろ」
「おれもう大人だし」
「はいはいそーかそーか、オレにとっちゃあいつまでたってもケツの青いガキだけど……な」
「すぐにおじさんなんて抜かしちゃって、隠居できるようにしてあげるよ。孤独死しなきゃ、い、い、け、どお」
仲がよさそうでいいなぁ。俺も親父とは仲がいいほうだとは思うけど、これとは違う感じ。さっき暴れたからか、異常に腹がすく。……なんだろ、これ。かたいしあんまりおいしくないけど、まだお腹すいてるし別になんでもいいや。
「うわ! チャコくん!」
急におじさんが声を裏返したので、こっちまでびっくりしちゃった。
「……え!? チャ、チャコ?」
目を白黒させてこちらを見るふたり。? どうしたんだろ。
「おいおいおいおい、腹が減ってるなら言ってくれりゃいいのに。何もそんなもん食わなくたっていいだろ」
「こういうの好きなの?」
ふと手元を見てみると、そこには大きくかじられたフォーク。えっとその、これはつまり、フォークを俺は食べちゃったわけ? そんな……、そんな味しなかったけどな。
しばらくそのフォークを見て、ゆっくりとテーブルの上に置いてまた見た。何度見ても変わらない、ありえないはずのかじられたフォーク。
「え? マジに飲んじゃったわけ?」
飲んじゃったよ。ちゃんと消化できるかな……?
「これは、べつに、なんともないんだ。ぼーっとしちゃって」
「さっきので疲れたんじゃない。もう上がって休んでれば?」
「そうするよ……」
どうかしてる。自分のことなのに、誰か違う人が変なことしてるみたい。二人に連れられて上の部屋……、ホテルみたいになってて、数人部屋なんだけど、に連れて行ってもらった。
だいぶ質素で、ベッドがふたつ並んでいるだけだ。
おじさんとエリはなにかまだやることがあるらしくって部屋を出て行った。ベッドに横になり、目をつむる。
……せっかく持ってきた荷物、どうなったかな。親父とか倫太郎さんが持ってきてくれるといいけど。まあ、いいや。
しかし疲れたな、思えば三度も戦いがあったのか。俺はこっちでやっていけるかな。

一人になると、いろいろ思い返してしまってだめだ。また脂汗がだらだら垂れてきて、体が震える。なんで、もう終わったことだろ。思い出す必要なんてないんだぞ!
俺、女の子だったらよかったのに。アイヴィーみたくきれいで、かわいくって勝ち気で自信がある、元気な女の子だったらよかったのに。
アイヴィーだったらこんなことがあったらどうするだろう。俺が女の子だったら妊娠しちゃうから、何にもしないで見るだけにするかすぐ殺すって言ってたから。
こんな所まで来るはずないし、また捕まえにくるかすらもわからないけれど、でもそんな気がしてすごくなんて言葉じゃ表しきれない。
なんで? こんな目にあうのは俺が母さんの子どもだから? 俺なんてかわいくもカッコ良くもない。目つき悪くて犯罪者みたいな顔。肌はぞっとするくらい白くてまるでゾンビみたいだ。アルビノみたいにピンクっぽい目なのに髪は黒くてアンバランス。見てて不安になる。
涙で視界がかすんでくる。情けない。
セオドアの所にいた天使ミカのようになりたくなけりゃ言うこときけって、ほんとだった。俺、キチガイだ。キチガイになってしまった。ミカはすごいな……。ずっと長い時間あんな所に閉じ込められて、でもまだ俺に優しくしてくれる余裕があるなんて。

ベッドの中で丸まって震えていると、ドアが開いた。誰が来たのか確認するのも億劫だった。
「チャコー? 寝てるの?」
親父だ! 嬉しくってベッドから飛び出ると、親父は笑っていた。
「なんだ、起きてるんじゃない。荷物持って来たから、置いておくね」
「わ、ありがとう!」
紛れもなく、俺の鞄だ。よかった!
「思ったより元気で安心したよ。て、ちょっとおー」
思わず抱きついちゃって、親父の匂いをかいだ。懐かしい匂いがする。うれしい! 何よりも、こういう時に来てくれたのが。
「どったの? 目真っ赤になってる」
「え、ーと」
言いたくないや。言葉にするのも嫌だ。それに、せっかくアイヴィーが隠してくれてるんだ……。
「いきなりあんなことがあって、びっくりして。みんな大丈夫かなぁって」
「お父さんはそう簡単には死なないよ。話したい時が来たら話すといいから。お父さんはいつでも聞いてあげるからね。……お母さんは、忙しくなるみたいだし」
親父のほうが話しやすいからそんなに気にしないよ。
「倫太郎くんも、天界行ったりこっちにきたり地上行ったり忙しいみたい」
そりゃあ、そうだろうなぁ。きっと話をしに行ってるのだろう。戦いを避けられるのならば避けたほうがいい。理由なんて後付けできるものしかないのだろう、一方的な殺戮には。
「まあ……、お父さんもアイヴィーちゃんのこと頼まれたんだけど……。これそうな時は、会いにくるよ。ニルスやエリヤと仲良くね」
「え……」
突き放されたみたいな、そんな感じ。実際、そうなるのは仕方ないことだけど……。俺って結構ファザコン? なんか……、男のファザコンってちょっと気持ち悪いな。
「あんまり会えない?」
「どうかな。わからない。でもアイヴィーちゃん、手のかかるような子じゃないからさ。そこまで寂しがらなくたって」
今まで『他のお父さんよりも若い』くらいしか考えてなかったけど、親父はすごい美形だな。背は低めだけど目なんか大きくてまつ毛もばさばさで、化粧してないのに女の人みたいだ。歳を考えろって思っていたけど、そうする必要はあまりない。
「どうしたのずっとこっち見て」
「なんでもない!」
なんだか急に恥ずかしくなって親父から飛んで離れた。なんか、子どもみたいなこと言ったりしたり。アイヴィーに取られ内容って、無意識にやっていたんだ。
「今日、変だね。何かあった? なんか……、なんだろ……」
「ほんとうに、なんでもないから。うん。大丈夫」
「そうだ。なんかカワイイんだ。ちっちゃいころに戻ったみたいで……、そう、いつもカワイイんだけど、さらに」
「カワイイって……、何いってんのさ」
「自分の子どもはカワイイもんだよ。まあね……、その補正がなくっともチャコは十分カワイイけど」
ああっ、歯が浮きそう。昔の親父はずいぶん、その整った容姿を使って遊び歩いていたというけど。これでひっかからない人間がいるか!? と、思う。簡単な言葉でも飾り付けるものがなくったって、十分なんだ。
「だからね、気をつけなよ」
「? 何に?」
「ニルスやエリヤは大丈夫だけど、お父さんみたいな変態さんが多いからさー、向こうが男でも女でも気をつけなってこと」
その言葉を耳打ちされた瞬間、頭から血が抜けたような感覚がして、ふらりと床に倒れた。目は乾くくらい見開いて、手足の先が震えてくる。あああ、やだ、やだ!
「チャコ!」
がくがく震える四肢をなんとか動かして親父から離れようともがいていたが、簡単に捕まってしまう。
「どうしたの!?」
腰が抜けて、立ち上がることもできない。目の前に現れた大きな大きな赤い目が怖くて、そう、あの時のセオドアと一緒だった。
「ぁああっ、ぁう、あ、ぁ、ああああ」
泣きながら首を必死に横に振るだけじゃ誰もわかってくれない。我ながらなんて姿だろうと思う。これじゃ赤ん坊とまるで変わらない。
「チャコ……!?」
「う、うあ、ああああ」
壁にまで追い込まれて、縮こまって震えた。ちゃんと大丈夫だって親父だってわかってても、怖くて仕方なかった。脳みその奥のほうに全部刷り込まれてて、フィルムみたいに目の前に現れていた。頭を抱えて背中を丸くして、何も見ないでいることしかできない。
「チャコ……、何があったの。お父さんに話して」
「……ぅ、っう……」
「チャコ」
責めたてるハスキーボイスが怖かった。ゆっくり呼吸して、少しずつ顔をあげる。相変わらず虫みたいにぎょろぎょろして大きな目にのぞかれて怖いけど、さっきよりは……。
「……」
「大丈夫? 何か飲む?」
首を横に振る。不安そうな顔をしてるけど、やっぱり重なる。どうしたらいいんだ……、この有様じゃ、……。もし戦いになった時にこうなってしまったらすぐ殺されてしまうな……。さっきのもあって、服が汗でびっしょりだ。
涙を腕で拭いて、鼻をすする。腹の中にずんと鉛があるみたいにきつく張っていて、痛いのがすごく嫌だ。まだ腹の中にあるのだろう。
「落ち着いた?」
「……うん」
「ごめんね」
「親父はなにも悪くない」
「ううん。お父さんが悪い。ごめんね、びっくりしたよね」
わかってくれたのか、無理に触れることをしなかった。少し離れて、手をひっこめた。
「ねえ、向こうに帰りたいよ。いきなりこんなところに連れてこられて、ぜんぜんわかんない。向こうに帰って、前みたいに学校へ行きたい」
「だめなんだ……。向こうでチャコは、死んでるんだから。ニュースにも取り上げられている。顔写真が全国に流れているんだよ。死んだ人間は……、生き返っちゃ、いけないんだよ」
「親父や母さんは、俺が死んだままであってほしかった?」
答えなんてわかっているのに。
「そんなはずない。ずっと、チャコの顔を見るまで、毎日かかさず祈ってた。チャコをかえしてって……。どうして生き返ったのかわからないけれど、でもそんなの知らなくたっていいよ」



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