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Uターン
おひさまマーマレード

靴や服、生活用品と食べ物を持てるだけ(ニルスおじさんが、家から大きなカバンを持ってきてくれた)。
すぐにビルの最上階で、母さんに会う。窓ガラスが割れていて、部屋に天使の死体がいくつも転がっていた。
「ああ、チャコール、無事だったか。お前なら無事で戻ってくると信じていたぞ」
返り血がひどい。黒い服と髪が赤く染まっている。ここまで入ってくるとは。
「母さん」
「何人殺した?」
「え……」
「何人殺したか、聞いている」
ど、どうしよう。母さんのことがよくわからないよ。
「人数があまりに多かったので、逃げてきました。一人も……、殺していません」
「そうか」
残念そうだった。なんで? 母さんは殺さず逃げる方法を教えたのに。使わなかったけど、それでも言われたとおりにしたはずだった。
「あの、期待とか、そういうの、しないでください。俺、だめですから。怖がりだし、根性ないし……」
「根性がない? まさか。200回もぶん殴られておいて」
「あれは……、そーいう勇気がなくて」
「それでも、あれをやり遂げたんなら相当のもんだ。倫太郎に200回なんて、私でも勘弁願いたいね。多少スパルタなほうがいいもんだ。私もアッシュもそうだった。これからも見てもらうといい」
そんなこと言われたって。
「お前の判断は正しかった。リリィとニルスがお前をかばって怪我をするかも、しれなかったしな」
責められてるみたいだった。俺は悪魔じゃあない。今さら、悪魔になれっこない。でもかといって人間でもなくって、俺はどっちにもなじめないものなのだ。
強くなりたいって、そう思ってたけど、現実はゲームじゃない。ゲームじゃ楽しいだけだけど……。部屋に染み付いた血の臭いで吐きそうだった。
「おい。だれかいないか……。さっさと死体を片付けろ」
母さんが呼びかけても、誰も返事をしない。
「おい!……」
しんと静まり返った部屋。
「……そうだな。たまには雑用くらいやるか。手伝ってくれるか?」
「はい……」
言われたとおり、死体をひとつに集める。どの死体も鮮やかなものだった、『見れる』死体だ。血は出ているものの、斬れ味はまさに芸術と言っても差し支えがない。たった一度の傷で死んでいる。
それを雑巾のように投げて、エレベーターに乗せていく。ビルの出口にすべて出すと、一緒に火をつけて燃やした。黒い煙が天に昇っていくのを見つめていると、母さんが手を合わせろと言った。
「お前は、こいつらをただの敵だと思っているのではないだろうな」
「……」
「敵じゃあないぞ。私達とおなじだ。いつか分かり合える。私と倫太郎を見てみろ! まだ天使の友達はいるんだ。死んでしまったけれど……。おまえも、ライラと仲良くなったんだろう?」
「そんなこと、天使と悪魔なんて、考えたことなかったんだ……」
「私はそういう子どもが欲しかったのでな。私の後継ぎなは、そうあらねばならない」
みんな、そうだ。俺はここにいたくない。って、そう言ったら贅沢だって怒られるかもしれないけれど、王様には王様の悩みがあるもので……。
「……ここで、天使がくるのを待つんですか?」
「ああ。戦争とは言うが、これは立派な虐殺さ。向こうのテリトリーに攻め入ることができない」
「どうしてですか?」
「そもそも行けないんだ。悪魔ってのは、そもそも天使だったんだ。ある事件が起きて……、裏切って地上にきたのがいわゆる堕天使、悪魔のはじまり。その時、天使の住むところに戻ってこれないよう閉め出したんだよ。実際に試した」
そんな、それって、当たり前かもしれないけど……。勝つ見込みが全然ないじゃないか。
「勝てるんですか?」
「私は勝つよ。前だって勝った」
確かにそうだけど、妙に不安だった。と、いうか、怖かった。元は同じなら、戻れないわけない。そんなこと子どものいうことだってわかっているのに。
「戻ろう。外に居ては危険だ。そろそろ皆戻るだろうて。お前のぶんの部屋を用意してある」
大きく燃え上がる死体を背に、ビルに戻った。ビルはあの母さんの居た最上階にしか、戦った形跡がない。あそこの守りが妙にやわいのは、『地雷』をするためだろう。母さんほどの人なら、並の天使くらい一人で殺せるってこと。
母さんの姿はすでになくて、ビルのロビーにはニルスおじさんがいた。
「よう。お母さんとおしゃべりしたのかい?」
「はい」
「なあ、その、敬語やめろよ。くすぐったい。ほんとはオレのが敬語使わなきゃいけないんだぜ」
「? どうして?」
大きく笑って、背中を叩かれる。
「部隊長さん、しっかりしてくれよ!」
あ、ああ、そうだったか。このバッジ……。俺はこのバッジに似合うような男ではないと思うけど、こんな風に、俺のことを認めてくれる人が居るのなら、俺は……。
「俺、大丈夫かな。何にも知らないし、何にもできないよ」
「なんのためにオレが居ると思ってるんだよ。これからできるようになればいいんだ。ガキは、大人を頼るもんだ」
ただでさえぐしゃぐしゃの髪をさらにかき乱すように。
「そんな奴がリーダーなんて、不安を感じない?」
「そうだな。そう思う奴もいるかもしれないけど、オレやリリィは気にしないぞ。できる奴はどんな職場でもできるもんだ」
「そっか」
ちょっと安心した。頭ごなしに褒めるより、こんな風に言ってくれるほうがいいや。ちょっと、がんばってみようかな。なんて単純だけど、いいよね。
「……な、敬語やめてくれたな」
「だって、やめろって言ったじゃない」
「いや、まさか、やめてくれるとは思わなかったからさあ」
「嫌だったら、やめるけど。って、ま、……そんなわけないよね」
「おう。こんなとこでおしゃべりもなんだ、なんか食いに行こう」

ロビーの隣には食堂があって、たくさんの人がおしゃべりしたり食事をとったり、中にはカードで遊んでいる者、何やら悲しんでいる者……、とにかく、いろいろ。
「チャコくん、好き嫌いある?」
「苦いもの以外なら、なんでも食べる」
「あはは。もうあれは持ってこないから。ま……、あることには、あるけど?」
「い、いいっ!」
「はいはい。じゃあ、そこで待っててくれな」
ニルスおじさんが席を立つ。それを待っていたかのように、リリィさんがこちらにやってきた。
「いまからごはん?」
「はい」
「あたし、今終わった所なの。一緒に食べられなくって、残念だわ……」
仕草はわざとらしいけど、本当にそう思ってるらしかった。
「今から、何か用ですか?」
「ええ。古い友達を探そうと思って。まず、死んでないか調べなきゃ。あいつのことだから、うまいことやってると思うけどね」
そう言って、ロビーのほうを指差す。
「もう少ししたらね、ロビーに紙が貼り出されるの。外の遺体の身元が判明した順番からね。あと、最近死んだ人……。みんな集まるなんて、戦争の時くらいしかないからねー」
確かに、ここに来たことのなかった俺でさえ来てるんだ、ほとんどの悪魔が集まっているんだろうなあ。
「あ、そーだ。さっき、お父さんが来てたわよ。白い髪で、お父さんとそっくりな女の子といっしょ。妹?」
「あ、あ、そうなんだ。俺のが、弟みたいな感じなんだけど……」
親父とアイヴィーは無事か、よかった。アイヴィーを置いて来ちゃったから心配だったけれど。
「アッシュの隠し子かと思っちゃったわよ! アッシュもグレイも、息子が産まれたって報告はして後継ぎの件は安心させといて、娘もこさえてたのねえ。確かに、あの子すごく性格キツそうだった。ねえねえ、名前はなんていうの?」
「アイヴィー……」
「アイヴィーちゃん。チャコールとアイヴィーか……、変わった名前つけるわね、あのふたり。子供に『木炭』と『蔦』って。なにか由来あるのかしら……。ま、いいわ。アイヴィーちゃんによろしくね」
にこにこ笑って手を振りあい、リリィさんと別れた。まだこのあたりに親父とアイヴィーはいるかな?……。簡単に辺りを見回してみたけど、白髪頭の二人組は見当たらなかった。ニルスおじさんもなかなか帰ってこないし。
しかし、色んな人が居るなぁ。俺と同い年くらいの子もたくさんいる。みんな強そうだ。きりっと凛々しい目をしてて、俺なんかすぐ張り倒されそうだ。
ぼんやりと楽しそうにカードで遊ぶ子たちをぼんやり眺めてると、向こうも気づいたようだ。
「あり? お前、見ない顔だ」
黒髪を少し伸ばして、柔らかそうなふわふわのゴムで髪をまとめた男の子が近寄ってきた。それに連れられ、二人が後を追ってくる。
「マジ。どこ出身?」
「なあ、こいつって噂の……」
「うわっ。そー言われりゃそっくりだなあ、おい!」
テーブルを囲まれてびっくりしていると、最初に気づいた黒髪男の子が謝った。
「うわっ! ごめん。びっくりするよな。お前、グレイさんの息子だろ?」
「え、あ……、うん」
びっくりしちゃってなんとか小さな声だけど絞り出すと、後から来た二人が笑った。
「なんだあ、こいつ。おどおどしちゃって」
「弱そー。ほんとにグレイさんの息子か?」
「おいおい、やめとけったら。そういうフリをしてるんだろ? 能ある鷹はナントヤラって」
苦笑いするしかない。向こうじゃこういうガラの悪いヤツに絡まれることあんまりなかったし。あっても簡単に逃げられたから……。ここじゃ逃げるスペースないし、……どうしたもんかな……。
「ならさー、ホントに能あるか試してみるのって、どう」
「いいね。オレらが勝ったら、後継者はオレらだな!」
「やめろっつってんだろ。暴れたりねーのか? どうしてもやるっつんならよ、お前ら二人でかかってきな。おれと……、グレイさんの息子で相手してやる。な?」
な? ってそんな! いつの間にか、さっきのカフェの時みたくギャラリーが集まってきてるし……。空気的に喧嘩しなきゃいけないじゃないか。
「え、えっと。あの、俺……。人を待ってて」
「あ? 逃げようってのか?」
ウソはついてないけど、……やっぱムリだな。ギャラリーたちが机を動かし、大きく開けた場所を作った。……ど、どうしよう。さっきの天使よりかは、強くなさそうだけどさ……。
「なあ! おれ、イライジャ。かたっくるしいから、エリって呼んでくれていい。お前なんての?」
「俺……、チャコール。チャコでいいよ」
「よーし! チャコ! おれ達なら余裕だ、そうだろ?」
いかにも、って感じの不良ふたり。どうしたもんかな……。とりあえず、影の銃を握る。
エリ(で、いいよね)が構えて、軽く挑発すると、二人がかかってきた。ここじゃ狭くて銃は役に立たない。こいつはフェイクに使う。こっちにかかってきた一人に銃を向け、燃やしていた足で顎を蹴り上げた。よしっ、当たった!
歓声が上がり、そして持ち上がった相手をジャンプして追った。天井すれすれまで飛んで、斧に変えた両腕を下ろして急降下。
「うあああっ!!」
なあんだ、言うほどじゃない! 一撃も貰わなかった。返り血をぬぐい、うつ伏せに倒れた服の襟を持ち上げる。抵抗はない。細かくぶるぶる震えて、四肢をだらんと垂らしただけ。
「あの……、俺……」
エリとエリに向かった男の子、そしてギャラリーだけでなく食堂にいた人たち、みんなが。黙って俺を見ていた。
「……えっと……」
「やっぱすげえや! お前!!」
エリが抱きつき、そのまま三人で床に倒れこむ。
ギャラリーたちも騒ぎだし、俺のまわりに集まってくる。
「ねえ、あの人、治さなきゃ……」
「もう誰かが連れてったよ。さっすが、グレイさんの息子だあ。予想とは全然違ったけど、実力はマジもんだぜ!」
なんだか照れ臭いや。なんだ、俺だってちょっとくらいはやれるんだ。

「おい、見たか? ありゃあー、魔界の未来は明るいぞ」
「あんなちっちゃくて弱そうなのに、すごいわねえ。やっぱりあの親あってこの子ありって感じ?」
「うっし、350ドルも儲けちゃった。あのガキ二人に賭けたヤツ、グレイさんとこ謝りいけよお」
「エリートだよ。生まれ持ってのさ。勝ち組だ、羨ましいこと」
「名前聞いた? 私仲良くなりたいな。でね……、いずれはお嫁さんになって、グレイさんみたく地上で暮らすの」
「なあーに、バカなこと言ってんのよ。あんたなんてブス相手にするわけないでしょお」
「そうよねー。……ってアンタ今私の事ブスって言ったでしょ。言っとくけどねえ、告白された数私のほうが多いから」
「半分おっさんじゃん」
「おじさまよ! お、じ、さ、ま!」

そのうち騒ぎも収まって、テーブルも元の配置に戻された。色んな人に話しかけられたけれど、照れちゃってあんまり話すことができなかった。ニルスおじさんがかえってくると、嬉しそうにニヤつきながら拳で頭をグリグリしてきた。
「おまえーっ! 見てたぞー! なかなかやるじゃねーか!」
「いたいいたいいたい」
たくさんの料理を運ばせてきたおじさん。普通の人よりたくさん食べるとは思うけど、さすがにこれは……。六人前くらいある! しかも肉類ばっかだ。
元のテーブルに戻っていたエリが、またこっちを見て何か気づいたようにこちらに。
「あー、ニルスおじさんじゃん!」
「げ……、エリヤ……」
ご機嫌だったニルスおじさんが、エリの顔を見て一気にテンションが下がっている。
「二人でこれだけ食うの? おれさあー、小遣い少なくってさあー、満足にご飯も食べらんないの。かわいそうだろ? 可愛い可愛い甥っ子のためにご飯、わけてくれない」
「てめーにやるメシはねえぞ。どっかいけ、しっし」
「おじさんひどーい!」
女の子みたいにわざと高い声を出すが、おじさんは相手にする気はないようで。
「食い残しが出たらくれてやるよ」
「こんなによくできた甥っ子に、残飯くれてやる気? ひどいなあ」
「もらえるだけマシと思えよ」
椅子を持ってきたエリにおじさんが怒鳴ると、座るだけと言ったけど……、絶対違うなと思った。
並べて見てみると、確かに細身の体型とか軽い感じが似ている。
「チャコくん……、ごめんな」
「構わないよ。エリは、知り合いだから」
そう言いながら、目の前に置かれたスープにスプーンをつけると、エリがまた飛びついてくる。
「わっ!」
「ありがとうチャコ! でも知り合いじゃなくて友達になりたい!」
「え、えーと……」
「おい離れろ馬鹿」
……エリとニルスおじさん、何があったんだろう。エリは懐いてるけどおじさんは。
「なんだか、仲がいいのか悪いのか、わからないんだけど……」
「おじさんとおれ超仲良しだし。お小遣いとか超くれるし」
イライラしながらフライドチキンをかじるおじさん。
「やってねえ」
「くれたじゃん」
「あれはな? 賭けに負けたから払ったんだぞ。本当に負けたと思ったから払ったんだぞ。イカサマして勝ったぶんさっさと返せ」
「勝ちは勝ち。おじさんいつも言ってんじゃん?」
「オレは正々堂々やって勝ってんの。お前とは違うの」
「そんなの知らないしー。そうだ、何番隊になったの? おれ戦争はじめてだからちょーやばい。なんもわかんねーの」
なんだ、エリも俺と同じだ。こっちで、同年代の知り合いができてよかったな。
「オレもチャコくんも、21だ」
「うっそ! マジ? おれもなんだけど。運命の赤い糸って感じ!」
「げ……」
また、賑やかになるなあ……。




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