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Uターン
正義の剣

炎や建物の影に隠れて、慎重に進んでいく。空がいくつもの翼に覆われている。空からはいけないな……。どっちにしろ、そんな恐ろしいことしたくないけど。
「進めーーッ!」
「ビルを制圧しろッ!」
そ、そういえばアイヴィーは大丈夫かな。あのうちに置き去りだし。きっと母さん、倫太郎さん、親父の誰かがフォローを入れてくれていると思うけれど……。
背後から叫び声が聞こえてくる。あの二人のものではない。
あ、熱いな。炎の勢いが強くなって来た。この様子だと、きっと先で戦っているだろう悪魔たちに無事合流できそうだ。
……なんて、そう簡単にぜんぶうまくいくわけなくて。
「マナ様。お下がりください」
「オレも戦うぞ。戦うべきだ」
「しかし、この場所は気温が高くなっております。消耗してはいけません。今回の指揮は私にお任せください」
天使どもの会話が聞こえてくる。ずっと高い上空に、二人。
「母様が悲しまれる。どうしてもだめか?」
「はい。マナ様はここでお待ち下さい。私は前線にゆきます」
「お前は死んではいけない。一人、聖女を連れていけ。盾にでもするといい」
「……こんな、私のために。だめです」
「これは命令だ。連れていけ。でないと、オレは前線に行くぞ」
「わかりました。では、必ず、ここでお待ち下さい」
「生きて戻れ」
「はい」
そうだよなあ。天使だって俺らと同じだ。みんな仲間がいて、友達や恋人、家族がいる。俺には詳しいことはわからないけれど、魔法を使うってことではおなじだ。
悪魔と天使って、仲良くなれないのかなあ。……って、天使に痛い目合わされてない(例外があるけど)から、そんなこと、考えられるのかな。
……あ、あれ。あんなに暑かったのに……。急に辺りが寒い。炎が、凍っている。
「死に損ないのドブネズミを見つけたぞ。これくらい処理をしても、文句は言われまい?」
「……げ……」
マナ・ヴォジュノヴィック。透き通った氷のような水色の髪の男。に、逃げなきゃ。あの二人のところに。俺じゃかなわない。
「あの時は邪魔が入ったが、こんどこそ、このマナ・ヴォジュノヴィックが地獄に叩き落としてやるぜッ!」
周りにあった炎もなし、氷も溶けてしまった。影が、ない! 逃げられない。……走らなきゃ、走って、生きなきゃ。
素早くターンするが、間に合わない。行く手を阻まれる。
戦うのは無理だ。俺の炎の温度は低すぎる。
「死ぬ覚悟はできたか」
「……きみは、仲間に待ってろって言われたんだろ?」
「? なぜ知っている」
「バレたら怒られちゃうよ。約束はまもんなきゃ」
「なぜ知っていると聞いている!」
……じ、時間稼ぎしかできない。そこまで離れていないから、じきに二人も来るだろう。
「ねえ、このバッジって見覚えない?」
「……お前のようなドブネズミが? 適当な死体から剥ぎ取ってきたんだろうが!」
「考えてもみろよ。俺はグレイ・ブロウズの息子だぜ。あの、倫太郎さんもついてる。じきに俺を迎えにきてくれる。あの人の言うように、下がっていたほうがいいよ。俺を殺しちゃったら、天使という天使を母さんや倫太郎さんが皆殺しにしちゃうかも」
「……そんな子供らしい脅しに乗るようなマヌケに見えたか?」
ちょっと、マナは困っているようだった。どうすればいいか考えてる。俺も考えなくっちゃ。じりじりにらみ合う。
「マナ様! マナ様!」
大きな影が頭上を舞う。さっきの天使だ! や、やばいぞ。二人なら絶対に殺される。
「なぜ戻ってきた」
「心配だったのです。前線は弟に任せました。戻って正解でした。お下がりください、この悪魔は私が」
「……やめとけ。一度退く。兵をまとめろ」
「了解しました。ここは私がひきつけておきましょう。マナ様は下がって指示をお願いします」
「わかった。そのドブネズミは、ドブネズミといえども、いい血統の持ち主らしい。気を抜かぬよう」
そう言い、マナは俺に背を向けた。ガラ空きだけど、俺の攻撃はマナには通用しない。

残った天使……、白髪の女の天使が残る。俺やマナより一回り年上で、ニルスおじさんリリィさんよりも年下だ。
「我が名はティシュトリヤ。正き者の剣、護る盾」
……こ、こいつとなら、なんとかなるかな。自分の腕から漏れる影を銃に変えて握ると、向こうも剣を抜く。中世の騎士のような格好をしていて、まるでおとぎ話から飛び出してきたのではと思うほどのリアルさだった。
剣と銃じゃリーチが違いすぎるので普通なら勝負にならないが、一気に間合いを詰める方法が豊富なため安心しきれない。足の火炎放射器、左腕に剣を用意しておく。逃げられないが、剣は近くないと攻撃しにくいのでこれでいい。受け身にまわろう。
予想どおり、女が突撃してきた。銃で翼を狙う。いくつか穴があいたが、致命傷にはなっていない。女が振るう腕に合わせて左腕を出し、剣を受け止めた。足の火炎放射器を作動させ、大きく、冷たい炎が天使を吹き飛ばす。
こ、こいつあんまり強くないぞ。勝てる!
……いや、そんなに甘い話はない。炎を切り裂き、一気に視界へ。刃先が俺の皮膚をひっかいて、血が飛んだ。
「っ!」
なんとか数歩下がり、おおきな怪我は避けた。続けて振るわれる剣も、ギリギリでかわす。腕を大きな斧に変え、重さを利用してしゃがんだ。足を払う。足をすくわれた女は飛ぼうとするが、間に合わずに腰を打ちつけた。すかさず馬乗りになるが、女も剣を俺の首に当てる。
「……」
「……」
有利なのは俺だが、負けが近いのも俺だ。女はすぐにでも俺を殺せるが、俺は女の首に触れてすらない。
『天使たちに告げる。今すぐこの場を捨て、撤退せよ。今すぐこの場を捨て、撤退せよ!」
直接聞こえているわけではない。若い女の声が、頭に響く。遠くからたくさんの羽音が聞こえ、暗い道にさらに暗い影を作った。
誰かに殴られ、女から引きずりおろされる。すぐに起き上がって周りを見たけれど、もう、天使の姿はひとつも見えなかった。
「チャコくん」
リリィさんと、ニルスおじさん。どちらも怪我をした様子はなく、元気そうだ。
「大丈夫だった? 怪我は、……ないようね」
「はい」
「それにしてもびっくりしたわ。いきなり襲って、いきなり帰って……」
「被害は、どれくらいだろうかな」
おじさんに手を貸してもらい、立ち上がって服についた埃やすすを払った。
「もう買い物どころじゃないわね」
あーあ、残念だな。わかりやすく落ち込むと、リリィさんがまた今度買い物に行きましょうって。いつになるかな。
とりあえずビルに行こうということになった。道にいくつも死体がある。慣れない死臭にまたくらくらしていた。鼻がきくって便利だけど、こういうところは不便だ。
「チャコくーん! チャコくん!」
ビルのほうから天使が飛んできて、行く手を阻むように着地した。
「ああ、よかった。チャコくん……、無事で」
倫太郎さん。忙しくててんてこ舞いといった様子で、いつもの落ち着きがない。
「ありがとうございます、ニルスさん、リリィさん。あちらにまだ、人は……?」
「オレたちで、最後だよ」
「そうですか。ビルに戻ってください、次の襲撃に備えましょう。物資はある程度ありますが、街にたくさん残っているので、必要なものは持って行って構わないとのことです。戻ったら、すぐにグレイさんに会ってくださいね」
返事を待たずに、倫太郎さんは飛んでいってしまった。
「やっぱり、好きじゃないわ。どうしてグレイは、そばに置いてるのかしら。不倫?」
「……馬鹿! チャコくんが……」
「あ! ごめんごめん。忘れてちょうだい。……許可もあるし、ブツをいただきましょうか」
「言い方な……」




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あきゅろす。
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