[携帯モード] [URL送信]

Uターン
コットン・スパイダーのソテー 3

時間がひどく長く感じる。カップはすでにすべてからっぽなのに、長引くおしゃべり。俺の分のベノムティーはおじさんにとられてしまった。べつに構わないけれど。
「へえ、じゃあみんな部隊同じじゃない。戦いはいつかしらね。はやく『天使狩り』したいわ」
「相変わらずだなあ。だからモテねんだぞ」
「うるっさいわね〜。別にあたしはそういうの、いいから。戦って戦って、いつかあたしの家から指導者が出るようにするのよ」
「そのためにはあなたが子ども産まなきゃいけませんけど?」
「種なんて、テキトーによさげな血筋の男からかっさらってくるわ。グレイみたく、エリートを育ててやるわよ」
「あー、そう」
黙ってコップの底を見つめていた。居づらいなぁ。そういえば、親父もこっちにいるんだっけ。どこにいるんだろう?
「ねーえ、チャコールくん。こっちに来たばっかなんでしょ。どう?」
「どう? ……って?」
「向こうと比べて、何か違うとこあるの? あたし、向こうに行ったことないの」
「……あんまり、変わらないです」
「やだ、かわいい。ほんと、あの二人が羨ましいわね……」
「昔はこんなことになるなんて、想像したことなかったな。同じクラスで、成績なんてあいつら二人、ボッロボロだったのになぁ。つくづく、人生って環境と運だなって思うよ。オレだって人並みの努力はしてきたつもりだけど、グレイはルシファーさん、アッシュはヒルダ様についてもらってたもんな」
大きなため息をついて、憂鬱な表情。
「努力しなくちゃ殴られる環境だものね。……でも、もしあたしが二人についてもらって、あの二人のように努力したとしても……、あんなふうにセオドアやサマエルたちを殺せたかって考えると、……。できないと思うわ」
「そうだな。オレたちにできるのは若い世代にバトンをつなぐこと。……オレ、この戦争が終わったら地上に行こうかな。またNDで働いて、金貯めて、どこか田舎でのんびり老後を暮らしたいよ」
「あら、戦いは嫌い?」
「嫌いでもないし、好きでもない」
「どうして?」
「……たぶん、単純に、性格の問題かな」
「ふーん……」
……まてよ。この二人、さっき、戦争って言った。みんなぼやかしていたけど、これで確実だな。……まあ、ほとんど確定していたようなものだけど。
「戦争はいつからですか?」
尋ねると、二人ともにっこり笑う。
「そうだな、いつなのか、ってのはまだはっきりしてない。宣戦布告があるなんて思えないし。ただ、何人かの天使が偵察に来ているようだ。進軍経路と戦力を確認しているらしいぜ。痕跡があったんだと。だからもうすぐ……、戦えない子どもや老人、大怪我人はもう三日も前に疎開をはじめたよ」
「ほんと、天使って卑怯よね。あのエセ堕天使も好きじゃないの。あれのおかげでたくさんの人が死んだのに、あたし達にすり寄ってくるなんて」
「……でも、倫太郎くんがいないと天使達とまともに交渉ができないよ。それに、とても大きな戦力になるし」
「交渉すべき今回、失敗したではないの。あんな能無しども、皆殺しにしてしまえばいいのよ。今回の戦いで、一人でも多く数を減らしてしまいたいわ」
「それはいくらなんでも暴論だよ。彼らだって好きでやっている者ばかりじゃない。やる気があるのはいいけど、今回は倫太郎くんと同じ部隊だからな」
「セオドアを殺したってのに、今更何の用なんでしょうね? 新しい指導者でも現れたのかしら。でも、あれ以上に強烈なのは絶対こないわよ。あの発酵男……、顔を思い浮かべるだけでむかむかしてくるわ」
「あれはなあ……。オレ、姿を見たことしかないんだけどさ。一気に気持ち悪くなったよ。何年前だったかな……、だいぶ前だけど、今でも鮮明に思い出せる。そっか、もう、あれ、いないのか……」
「腕がなるわね。チャコールくんも、がんばりましょうね。あたし達でたくさん殺して、英雄になるのよ。歴史に名を残すの。……考えてみれば、21番隊にあたしやニルス、倫太郎がいるのって、そういうことだったのねえ」
いつのまにかお茶のおかわりがテーブルに山積みだ。熱いおしゃべりに頭がくらくらしそう。
名前が呼ばれたのに気がついた。リリィさんのほうを見ていると、うすらぼんやりとして。
「ああん。あたしもはやく子どもが欲しいわ」
「……戦いが終わったら、オレと一緒に、……」
え? 俺がいるのにプロポーズ? なんていうか、図太いなあ……。と思っていたけれど、『思わず声に出ちゃった』みたいだった。それに気づいたのか、おじさんは口を閉じる。
「なに?」
「……」
「はっきり言いなさいよ。だいたい予想はついているけど、ちゃんと言葉で聞くまで、無視するわよ」
「……ああーっ! もう!」
机を叩き、カップが浮く。
「戦いが、終わったら、地上へ行こう。オレと一緒に、次の、次の指導者を育てよう。オレと、……きみの血で」
「はいはい、いいわよ。ニルスの血なら文句ないわ。一度、地上に行ってみたかったし。一石二鳥よね。楽しみが増えたわ」
「……」
俺絶対邪魔だよな。トイレいくふりして、そのへん散歩してこようかな。席を立とうとすると、やっぱり二人に止められて。
「ん? どこいくの?」
「だいぶ長居したし、飽きたんだろう。出ようか。そうだな、さっき賭けに勝ったし……、何か欲しいものがあったら買ってあげるよ」
「あたしもお買い物ついてっていい? そうだ、服を買ってあげる。戦いに備えないとね。いい靴も必要だわ」
……靴。シューズ。こっちの靴って、向こうと変わらないのかな。あんまりスニーカー持っていけなかったし、換えが何足か欲しいなあ。
「あはは、顔がゆるんでるわよ。靴くらいいくらでも買ってあげるわ。可愛い子こそ、いいものを身につけていないと」
「あ、ありがとうございます!」

カフェでの支払いはニルスおじさんが(もちろんといった感じで)すべて行った。外のたくさんの魔法臭にも慣れてきた。相変わらず辺りは暗くて、今が朝なのか昼なのか夜なのかもわからない。だいぶ時間もたっているはずなのに。
なんだか、この二人はいい夫婦になりそうだな。俺はべつに母さんの跡を継ごうと思わない。継げないと思う。もしそんなことになってしまったら、きっとこの二人の子どもに譲ろう。すごい子どもになるんだろうなあ。この俺なんて比べられないくらい。
……そもそも、この戦いを俺は生きて終わらせることができるだろうか。

「……天使だーッ! 天使が攻めてきたぞ!」
「殺せ! 殺せ!」
「向こうだーッ!」
「囲め! 逃げたぞ! 逃がすな! 殺せ!」
「撤退しろ! 防衛ラインまで撤退だ!」

ど、どういうことだ? さっきまで普通の街だったのが、あちこち焼け落ちている。たくさんの死体が落ちていて、血の海だ。ぜんぜん実感わかない。これが、戦い……。
カフェのマスターやウェイトレスが天使と戦いながらどこかへ向かっている。母さんたちが居たビルの方向。
「……いきなりだな。リリィ、チャコくんを連れて先行しろ」
「了解。無理するんじゃないわよ。チャコくんを送り届けたらすぐ、戻ってくるわ」
「ありがとう」
……どうしよう。貴重な戦いの機会だ。ここで暮らすのは嫌だけど、強くなりたい。
「あの、俺、戦います」
「いけない。最前線だ」
ニルスおじさんに止められるが、どうしても、戦いの空気を吸っておきたい。持っていたバッジを、母さんがつけていた場所と同じ場所に。
「そ、それは……」
「俺は21番隊の、隊長です。お願いします。無理だと思ったら、すぐに逃げます。あたりがたくさん燃えていて、たくさん影があります。影の悪魔ですから、逃げるのは得意です」
目を丸くしたリリィさん、嬉しそうに俺を見つめている。
「上官命令だ。逆らうわけにはいかないな」
「そ、そうね。……作戦を考えましょう……」
周りの様子を伺う。悪魔たちはどんどん撤退している。天使の頭数を減らしつつ、母さんたちの所へ戻る。戻るってことは変わらないけど、違うのは俺も天使の頭数を減らすのに参加するということだ。
「俺が前に出て、偵察しつつ安全な道を確保します」
「そうね、あたしもニルスも、機動力はそこまで大きくないわ。チャコールくんが影の悪魔ってことは、グレイと同じような感じということでいいかしら」
ニルスおじさんは納得できないようだった。
「……危険だ。チャコくんは俺たちふたりについて、援護をしてもらったほうがいい」
「でもそれでは、全滅の危険があるわ。彼だって若くてもあの二人の子どもよ。一人で逃げるくらいわけないでしょう。三人生きて、なおかつ天使の数を減らせる。どうせ、もう手遅れだわ、どんどん天使がくる……。ゆっくり戦っていては、体力を消耗しきってしまって、逃げるどころじゃない……」
「……では、俺は行きます。なにかあれば、戻ります」
ゆっくりと右足を踏み出す。血の臭い、死の臭い。




[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!