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Uターン
コットン・スパイダーのソテー 2

「母さん……」
さっき見えていたビルの一番上。ここにくる途中には普通にお店や娯楽施設があって、ほとんど地上と変わらなかった。
倫太郎さんに連れられて、その、……『みんなと会う』ことになった。
「チャコ。その様子じゃ、バッジをもらったな。よかった。さすが私の息子だ」
「はい……」
つけるかどうか迷っていることを、言えなかった。母さんの胸には、あのバッジがついている。
「お前は21番隊の隊長だ。倫太郎も21番隊に配属する。アイヴィーとライラも見てやってくれ。頼んだぞ」
「はい。また任せてくださって、嬉しいです」
「私は夫と同じくらい倫太郎を信頼しているからな。安心して子どもを任せられるよ」
……それだったら、倫太郎さんを隊長にしたほうがいいんじゃないのかな。
「どうして倫太郎さんじゃないんですか」
「天使が隊長になると、またごちゃごちゃ言う奴が出るからな。お前のほうが適してる」
「でも、俺、強くないし……」
「隊長が少し弱いほうが、守らなくてはならないんでみんな必死でやるのさ。そのほうがいいんだよ」
「……」
手の中で、バッジは汗に濡れていた。母さんが入ってくれと声をかけると、少しなよっとした細身の男の人がやってきた。うっすらヒゲがはえてて、髪の毛は黒くてちりちりして、垂れ目であんまりやる気のなさそうな人。
「やあ。あんたがグレイの息子さん?」
「は、はい……」
「やだなあ。取って食いやしないよ。オレはニルス・ファフリー。よろしくな。こう見えても、結構いいとこの産まれなんだぜ」
へらへら笑って、とんとんと俺の肩を叩く。
「ニルスを副隊長にして、常についてもらう」
「仲良くしような、ぼっちゃん」
なんかとっつきにくそうな人だな……。戸惑いつつも、名乗ってきたんだから、こっちも名乗らないとな。
「チャコール・グレイ・ブロウズです」
「知ってるよ。しっかし、見た目はだいぶ似てんのに、物腰はどっちにも似てないなぁ〜。まともな教育受けられてよかったなぁ〜!」
常についてもらうって、ほんとに常に、なのかな。うわっ、どうしよ。こういうタイプって、なんというか、はっきり言っちゃうと苦手。
「なあ、息子さん借りてくぜ。こっち、始めてなんだろ? いろいろ見せてやんなきゃな」
「是非そうしてくれ」
母さんと倫太郎さんがにこやかに手を振って、……え? この人とお散歩? そんな、犬じゃないんだから……、と思ううちにあっという間に連れられ、ビルの外。

「あーっ、なんか、弟ができた気分だ。あ、オレのことはおじさんって呼んでくれていいぜ」
「は、はい……」
「ちょっとぶらぶらしに行こうか。あ、なんか食いたいもんとか、ある?」
「え、特には……」
「まあな、いきなり聞かれても困るよな。いいよいいよ、気にしなくて」
しぶしぶ、ニルスおじさん(で、いいのかな)の後ろをついていった。大きな通りにはカフェや服屋さん、本屋さん……。ほんとに色々あって、向こうと全然変わらない。
「どっか気になるとこあったら教えてな」
「わ、わかりました」
「硬いね〜。ほんと、あの親から産まれてきたとは思えないよ。あ、オレ、アッシュと同級生なんだよ」
「そうなんですか」
「すごくてなー、若いころのあいつ。若気の至りって奴なんだろうけど。あ、聞きたくない?」
「え、えっと……、あの……」
「ああっ! ごめんな。やめとくわ」
むしろ、聞きたかったけどな……。ま、いいや。
すれ違う人、すれ違う人、みんな悪魔なのか。魔法臭がたくさんありすぎて気分が悪い。こんなに一度の魔法臭をかいだことがないんで、吐き気がしてきた。
「このへんは、ちょっとおじさんおばさん向けだからな。もっと奥言ったら、若者向けのもんがある……。って……、どした?」
「え?」
「だいぶ顔色悪いな。大丈夫か? ちょっと座ってなんか飲んで、休もう」
「ああ……、ちょっと、においに酔っちゃって」
近くのカフェに入り、腰を下ろした。お店の中は少しましだ。あんまり混んでいなくて、とても静か。
「何飲む?」
「おなじのでいいです……」
「そっか。じゃ、お姉さん! ベノムティーふたつ!」
注文すると、すぐにカップがふたつ運ばれてきた。大きめのマグカップに、なみなみと……、なにやら怪しい液体が。
「始めてだろ、こっちくんの。これ、昔っからあるこっちの……、紅茶みたいなもん。うまいよ」
スプーンで少しまぜてみると、……なんか、骨が入ってるし、他にも怪しげなモノが入っている。
「奥のほうすくってみ」
「……? う、うわっ!!」
目玉だ! なんのものか全然わかんないけど、とにかく目玉が入ってる。
「それ多分……、コウモリの目玉。店によって目玉の種類が違うんだよ。オレはネコのが一番好きなんだけど、コウモリもそこそこ好きだな」
げえ……。こんなの飲むなんて頭おかしいだろ……。そう思ってあたりを見回すと、他の客ほとんどがこれを飲んでいる。
「……すごいですね」
「オレはなー、産まれた時からここ住んでるからなぁ。あんまり不思議に思わなかったけど、向こうにしばらく住んでヤバさがわかったよ。戻ったばっかの頃飲めなかったし」
嫌だけど、頼んでもらったんだからちょっと飲まないと……。少しすするが、……にがい。紅茶なんかじゃない、ブラックコーヒーにヘドロをまぜた何か。なんかトロトロしてるし……。
「無理して飲まなくていいよ。体験ってだけな。他の頼む?」
「……お、お願いします……」
ってことでカフェラテを頼んでもらった。念のため目玉や骨が入ってないか見ていると、笑われてしまう。
「?」
「はは、なんでもない。気にしなくていいから」
目玉も骨もなかったし、味も普通だった。やっぱり、ちょっと苦い気はしたけど。さっきよりはだいぶまし。
「子どもって、いいな。やっぱり」
「あ、お子さんまだですか」
「いや。いたんだけどな。亡くしてしまって。今じゃ孤独に生きてるよ」
「それは……」
「いいんだ、いいんだ。もうだいぶ前のことだからさ。もう吹っ切れたし。そういや、娘が……、生きてたらチャコくんと同じくらいだなーって、思い出してね。たぶん……、生きてたらこう、チャコくんの世話に選ばれなかったと思う」
「……」
「ああ、ごめん。暗い話して。どう、気分は。だいぶ、よくなったように見えるけど」
「……あ、よくなりました。あんまりたくさんの魔法臭を嗅いだことがないので。少し酔ってしまって」
……な、なんか、周りから見て変じゃないかな。おじさんと男子高校生って、なんというか……、普通じゃない犯罪のにおいがするんだけど。
「じゃあ、出るのやめとこう。もうちょい休んで、……戻るのもなんだしな。……でも、かと言って他になにかって、思いつかないな……」
腕を組み、わざとらしく考えるニルスおじさん。俺は早く帰りたいよ……。
「ま、いいか。そん時の気分で決めよう」
「そうですね……」
そう返事した瞬間、カフェの入口のほうから大きな音が聞こえた。ガラスが割れた音だ。びっくりしてそちらを見ると、若い男性と女性が向かいあい、……なんというか、今にも喧嘩が始まりそうって感じ。
「お、なんだなんだ?」
おじさんもそちらをのぞき込むようにした。体の大きな男の人と、小柄で可愛らしい印象をもたせる女性だ。喧嘩なんて、結果が見えてるのに……。
奥のテーブルに居たおじさんが話しかけてきた。
「どっちが勝つと思う?」
「……そうだなあ。ふつーに考えれば男のほうだけど、ありゃ『ブチ切れ』リリィだからな。リリィに30ドル」
「じゃ、俺は男に35ドル」
ええっ、そんな、絶対男のほうが勝つでしょ。身長が二倍ってくらいありそうだし、体重は三倍よりもっとあるかもしれない。
「チャコくんはどう思う?」
「どう思う、って……。止めなくていいんですか? やられちゃいますよ」
「ん? どっちが?」
「女の人です!」
「チャコくんはそっちか〜」
ええっ……?! ついにはカフェの客ならまだしも、マスターやウェイトレスまで集まって賭けに参加する始末。
俺じゃ助けにはならないだろうけど、あんな小柄な女性が殴られたりするのなんてだめだ。間に入ろうと立ち上がると、おじさんに服をひっぱられて止められる。
「どこ行くの? トイレ?」
「違いますよ。止めないと……」
「だめだめ。これ、決闘なんだから。邪魔したら怒られるよ〜。邪魔さえしなきゃ賭けてもいいって、ね」
「そんな……、怪我どころじゃすまないですよ」
「自己責任さ。まあまあ、見てなって」
押さえられ、椅子に戻る。睨み合っていた男女が動き出した。男のほうが殴りかかるが、女は体が小さいのをいいことにさくさくとよけていく。
女が着地したところに小さな黒いもや(なんなんだろう)ができて、男を取り囲んだ。指をならすとそのもやから一斉に雷が放たれ、一瞬のうちに黒焦げになってしまう。
しばらくは男は立って女に飛びかかったが、女が軽く蹴飛ばしただけで地に伏せってしまった。
「……」
無言で見ていた俺に、『ほら見てみろ』なんて言いたげな顔でおじさんが見ていた。
どうやら周りの話によると男もそこそこ強かったらしく、若いので賭けでは男のほうが人気だったという。つまり、おじさんは大勝ちだ。
「ええと……、よし、325ドル」
「だいぶ勝ちましたね」
「今日は金持ち居たからな〜」
テーブルの上にお金を広げていると、さっきの小柄な女性がこちらにやってきた。ふわふわとしたボブの薄紫の髪で、きついつり目が目立っている。
「趣味悪いわよね。あたしが勝ったんだから、3分の1くらいわけてくれてもよくなぁ〜い?」
「なんでだよ」
おじさんと知り合いなのかあ……。様子見てると、女性もこちらに気づいた。
「やだ、あんた、どうしたのこんな子ども……。もしかして……、つ、通報するわよ……?」
「ちっげーよ! グレイの息子さん。しばらく面倒みることんなって」
「えっ? この子が? ……なんか、予想してたよりおぼこいっていうか……、かわいいんだけど」
「通報するぞ? ……オレもさー、もっと筋肉ムッキムキのごっついの想像してたんだ。だってあのグレイの息子だぜ。あれを男にしたようなのだと思ってたんだけど、よーく考えたらアッシュの息子でもあるんだから、まあ、うまいこと雑種ができたなって」
「確かにそうね……。ねえ、あたしリリィ・モンゴメリ。お名前教えて?」
いきなり声をかけられて、びっくり。しばらく頭ん中が真っ白になって、やっと名前を吐き出した。
「え! ……ぇ、ええっと……。チャコール・グレイ・ブロウズ」
「かわい〜。ほっぺとか超柔らかいし。あ、ここ座っていい?」
顔をもみくちゃにされ、何も抵抗はできず……。やっぱ、魔界って変な人が多いんだなあ……。疲れる。



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