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Uターン
コットン・スパイダーのソテー

一旦、アイヴィーの眠っている家に戻って水を飲んだ。アイヴィーはまだ眠っている。特にうなされていたり、汗をかいていたりはしていなかった。ただ横になっているだけだ。
倫太郎さんも戻り、一休みしている。
「……もう歳かな……。だんだん体が重くなってくるよ」
あれだけ動いて歳なんて、全盛期はどんなだったんだろう。椅子に座ってぼうっとしていると、小さなバッジを渡された。
「なに?」
「ごほうび」
バッジを拾う。コートにつくボタンくらいの少し大きめもので、白い十字の真ん中にキラキラ光る赤い宝石のようなものが埋め込まれている。それを竜が抱くような絵が描かれてあった。
「グレイさんから。さっきの、最後までやりきれたらあげてくれって」
特に変わった所の無いバッジだ。裏返してみても、いろいろ触ってみても、仕掛けなんかは見つからない。
「それはね……、部隊長のバッジだよ。悪魔が戦う時にね、リーダーの人がつける」
「? なんでこんなものを?」
「そりゃあ、チャコくんを部隊長にって」
「俺、さっきここにきたばかりなのに……?」
いきなり……? 母さんは俺をどうしようと思っているんだろうか。
「でも、なる資格はあると思うけどな。とにかく……、血筋がいいから。血にはある程度実力はついてくるからね。チャコくんはグレイさんの息子なんだからさ、誰も文句言わないよ。いずれきみはグレイさんのあとを継ぐことになるだろうから、このチャンスにってことじゃない? こんなことってしょっちゅうないし」
今更悪魔として生きろっていうのか。そりゃあもちろん興味もあったけど、元の生活だって手放したくはない。あんまり友達はいないけれど、あの空気にすっかり慣れてしまったのに。
「あとで、グレイさんに会いにいこうか。きっとそれをもっていけば喜ぶよ」
「……どうしても受け取らなきゃ、いけないかな?」
「悩んでるの?」
「だって俺、強くないしさ。なんにも知らないから。いいのかなって」
「誰も気にしないよ。みんなチャコくんに会いたがってるし……、みんなグレイさんが好きだからね」
どうしても、今受け取る気にならない。なんたって怖すぎる。きっとみんな期待しすぎているんだ。俺はろくな人間ではない。誰に好かれることもなく、嫌われることもないが、興味が無いということは『嫌い』よりも下位だ。魅力がまるでない。
「……もらったから、持っておくよ。でも、つけるのは少し待ってほしいんだ」
「それは別に、構わないよ。みんなに会ってから決めたらいい」
「倫太郎さんは天使なのに悪魔の知り合いが多いんだね」
「むしろ、天使の知り合いがほとんどいないな。こっちのほうが落ち着くんだ」
怖かった。母さんはいいように俺を使おうとしている気がして。もう大人も近いこの時に、こんなことをするなんて。今まで顔を合わせたこと、ほとんどないのに。
「みんないい人だよ。天使の俺も、仲間だって言ってくれるからね」
そりゃ、あれだけ強かったらなぁ。……そういや、倫太郎さんの親ってセオドアなんだっけ。それにしちゃ全く似てないけど。ライラと倫太郎さんは似てるから、血縁関係があるんだってわかる。そういえば、ライラはどうしているんだろう。
「ライラもここにきてるの?」
「来てると思うよ。ちょっと怪我をしてね、ライラのおばあさんの所に連れていったんだ。おばあさんは悪魔だから、そろそろ移動が終わったころじゃないかな」
ライラも天使だし、……でも倫太郎さんの甥っ子だからきっと大丈夫か。
「悩んだんだけど、今はこっち側に居るのが安全だと思って……」
「?」
「あ、ああ……。一応、ライラの保護者は俺ってことになってるからね、ライラもそのほうが安心するだろうから」
やっぱり、たくさんのことを大人たちは隠してる。都合が悪いことばかりで、不自然でもそのまま突っ切るしかないのか。でもそれをつついてえぐるほどの勇気はない……。
「チャコくんも、俺のことそのくらいに思ってくれていいからね。むしろ頼ってほしいかな」
「うん」
「聞きたいことがあったらなんでも聞いてよ」
……聞けないこと、わかってる? ああ、だめだだめだ。どんどんマイナス思考で、ネガティブで。
「? どうかした?」
「いや……」
「この年ごろは、みんな不安だよ。俺だってチャコくんくらいの時は毎日悩んでたさ。なんせ、この年になっても覚醒が起きなくってさ。だから弱くていっつもグレイさんたちに助けてもらってて、なんて情けないんだろって」
「全然、そうは思えないけど」
「そうかな? ま、チャコくんにも言えることなんだけど、いい血を持ってたら、血だけで判断されがちだ。それに悩んだこともあったな。でもそれってこっちじゃ当たり前なんだよ。たとえばお金持ちとか貧乏みたいな具合でね、そんな感覚なわけ」
「血だけで、って……。血以外を見てくれないってこと?」
「そう。人であるかぎりは、強い個性があるけど、血にかき消されちゃうんだ、それが」
確かに、俺は母さんの子どもだからな。母さんはすごい人らしいから、俺と会うのを楽しみにしてるって人はきっとそうなんだろうと思う。母さんに似た、すごい優秀な子どもをさぞ期待しているだろう。
「でもね、それってわがままなんだ。俺たちはお金持ちなんだから、そのお金に見合った統治をしないといけないし、自信と力でみんなを安心させて、悪いやつを倒さなくちゃいけないんだよ。それがヤダってのは……、みんなから言わせると、わがままなんだ。王さまとおんなじようなもんだね」
「産まれた瞬間、生き方が決まってる……」
「うん。みんな、王様はいいなって思うでしょ? みんなからちやほやされて、持ち上げられて、豪華なごはんを食べて綺麗なベッドで眠るって、……そんなおおげさな話じゃないけどね。でもそれは、その資格があるからだよね。みんなを一つにまとめるって大変なことだ。だから豪華な暮らしをしていい。豪華な暮らしを、単純な強さに置き換えてほしいんだけど」
俺はその資格があるんだから、豪華な暮らしの変わりに……、って。そんなの、今いきなり言われても、わからないよ。こっちのルールだってなんにも知らないのに。
「だから王様みたく堂々として、自信もっていいよ。王様として安心するのは、やっぱり堂々として自信もった王様だし……。グレイさんも、ほんとは今の地位を継ぐ血じゃなくて、とっても不安がってた。そりゃあ、いい血を持ってるのは間違いなかったけどね」
「母さんが?」
「うん。血筋的には、俺が跡継ぎになるのかな。一人、居たんだけどね。死んじゃったんだ。俺は天使だし……、で、養子だったグレイさんって話になったんだけど。もちろん反発する人も居たけど、今じゃみんな認めてるよ。……本当に、すごい。あの人は。若いころからずっと思ってた」
……一度、若いころの両親に会ってみたかったな。倫太郎さんがこんなにも褒めちぎるなんて、相当すごかったんだろうなあ……。あと、女にも見えたとかいう親父とか(確かに親父はちょっとオカマっぽいけど、女に見えるなんてことはない)。あと弱かったという倫太郎さんの少年時代。
どんなことがあって、どんな生き方をして今があるんだろう。その青春時代に、きっと子どもが侵入することは許されない。




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