[携帯モード] [URL送信]

Uターン
ラブ・ポーション・アイスクリーム

ベッドから起き上がって俺のほうを見ている。赤い目だけは俺や母さんと親父にそっくりだった。
「なんか……、変じゃないか?」
たしかに、違和感は俺も感じていた。絶対に出会ったころより違うのだ。血と血が交わらないように頑なに避けようとしていたのが、不思議と今はむしろ……。
「なんだろうな……」
白い手が俺の唇に伸びて、人差し指を押さえた。
「やめろよ。間違いを犯すのはごめんだぜ」
はっと我に返って飛び上がった。床に体を叩きつけられ、頭を打つ。
「おいおい、大丈夫か」
「……う、うん」
ここで頭をうってなかったら、そーいうことになったのか?
ああっ、どうしよ。ホントどうかしてる。頭おかしいんじゃないか。同じ血が流れていると知っているのに。見た目はだいぶ似てないけど、たしかに兄妹(もしくは姉弟)と同じってことなんだから。
そんなの、ただのとんでもない変態だぞ。変態的なことをされてもするなんて、そんなのありえない。
でもどうしてだか、アイヴィーが可愛らしく魅力的に見えるのだから。セオドアに捕まる前は、こんな感情持ったことなかったのに。初恋のアニーに抱く感情よりもかなり強い気持ちだった。どうしたらいいのだろう。この思いの行き場は?
「お、俺っ、下に行くよ。そこで寝たいならそこて寝てていいしっ」
「? なんでだ?」
「い……、いや。なんでもないから。おやすみ……」
「待てよ!」
強く言われて扉を開ける前に立ち止まった。
「なに……?」
「別にでてんかなくていいよ。せっかく帰ってきたんだ、ここで寝たいだろ? それにさ、ちょっと話しようぜ」
これ以上ここにいたら何をしでかすかわからなかった。だって仕方ない……、若いんだからさ。
「ごめん。だめだ。今はだめ」
「じゃ、あたしが下に行く」
素早く部屋から飛び出していって、強く扉を閉めた。……怒ってる? なんで? そんなに話したいことがあったなんて、そんな風には見えなかったけどな。……とにかく、ベッドがあいたのでモヤモヤした気持ちのままそこに座った。
横になって真っ白い天井を見つめた。帰ってきたんだなあ……。手足の力を抜き、目をつむった。……どうしよ、謝りにいっほうがいいかな。そう思って起き上がろうとすると、突然影から何かが飛び出してきた。
「うわっ!」
俺にのしかかり、首をしめる。
「っ、ぁ!」
必死に抵抗して腕を外そうとするが、なかなかどうして相手も力が強い。獣の顔をしていて、白いもやがおおっている。大きな口からは鋭く長い牙とピンク色のてらてら輝く舌。目玉はギョロリとして赤い。こいつが誰だか俺は知っている。
「ぁ、アイヴィー……」
すっごい怒ってる!? 獣に変わるなんて相当だぞ……。最高に怒ったり悲しんだりしても、ある程度ヒトの形をとっている悪魔が獣に変わるなんてそうそうないことだ。俺たちのような成長が終わってもないしまだまだ先があるわけでもなく、力をセーブできているのに。流石に女のコでも、獣になってしまえばヒトの姿じゃ止められない。徐々に押し負けていく。
「……が……ぁ、ぐ……」
だんだん息ができなくなってくる。力も入らない。意識が遠のいていくと同時に、獣の姿が元に戻っていく。
「……だからモテないんじゃあないか」
しまっていた喉に空気が通りはじめる。何がなんだかわからない。
「あたしがそんなにかよわい女に見えるか?」
いたずらに笑ってまた獣の姿に変わった。灰色と表現するには白い狼だ。……俺と違って自由に獣になることができるのか。
「ごめんって……」
ああっ、ほんとわかんない。どーすればいいわけ……。
「いや、別に謝る必要はねー。なんか寂しくってよ。やっぱりあたしはこっちじゃあ他人なわけでさ……。あ、思ったら、不思議じゃないか? あたしはライラや倫太郎さんを知ってる。ちょいと性格違うけど、でもほんのちょっとだし、名前は同じだしな。そしたらさ、お前はあたしじゃないといけないんじゃないか?」
……言われてみればそうだ。どうして俺とアイヴィーは何もかも違うんだろ? でもそんなこと考えたって、どうしようもないしわかるはずもないよな。
「もしかして、おまえ女だったりしてな」
「じゃあアイヴィーが男かもしれないな」
「……そのほうがよかったよ」
苦笑い。首をしめられて冷静になったのか、隣にアイヴィーが座ってもどうとも思わなかった。
「家の様子もソックリでさ、箱に入ってたものも覚えてただろ。でもこの部屋だけ違う……。あたしの小さいころを知ってるのはあのクソッタレ野郎だけだって思うとさ、なんだかやるせないよな……。……ごめんな、こっちこそ、いきなり。誰かに吐き出したかったんだ。それくらい、許してくれるよな……」
「クソッタレ野郎?」
「セオドアさ……」
ああ、二人目の。俺んとこのセオドアも、ずーっと小さいころから影ん中で俺のことを見てたって。夢にもでてきたしな……。

暗い部屋で流れる時間はひどく短い。これからどうなるんだろう? 何もわからないまま、何も知らないまま何かがはじまって終わるのだろうか。
強くなりたい。そう、直接的な強さもだけど、精神的にも。こんなになよなよ悩むだけ悩んで、結局は何もしない。虐げられ、馬鹿にされてばかりだ。俺は自分が優れているわけではないと知っている。でも知っているからこそ、……認めたくない。プライドが高いわけでもないけど、とにかく自信がない。
気づくとアイヴィーとは反対側の隣に、知らない人がいた。でもその人は知らない人じゃなくて、昔からよく知っていたような? たしかにその人とは初めて会うのだけど、不思議な懐かしさがあった。
「お悩みのようだね」
黒くごわごわした質の悪そうな髪の毛、釣りあがった赤い目、泣きぼくろに太い眉。筋肉質でごつごつと岩のような腕をしている、年若い青年だ。
アイヴィーと目をあわせて驚いた。
「すまない。僕は……、君たちの先祖さ」
……っていうと、ベルベットさんやレヴィンと同じ立ち位置の人ってこと。でもそばにいるはずなのに、触れようとしても触れられない。こんなにはっきり目にうつるのに?
「……ってーと、母さんのほうの先祖?」
そう、母さんや俺とそっくりな姿をしている。確か俺は『サタン』の血が強く出ているらしいから、きっとそれだ。
「そうだよ。憤怒のサタン……、って、あんまり僕は怒ったりするほうじゃないんだけれど……」
見た目に似合わず言葉は柔らかく、温厚そうだ。
「いいね。君たち。気に入った。クリスからいい子たちがいるってきいたけど、その通りだったよ」
「なんだあ?」
まぬけな声を出すアイヴィー。ほんと、それ。何のことだろう。
「そうだな、そっちの黒髪の子がいいな……。どう、僕と契約しない?」
「……は、はあ……」
「ああ、名前を名乗らなきゃいけない。僕は『サタン』。レヴィンの弟で、ベルベットとルシファーの兄だよ」
やっぱりそのへんの人か。セオドアがこっちにきたってことで皆動きだしているのかな。しかし……、契約? とりあえず、まあ、名乗られたんだから名乗りかえそうか。
「チャコール・グレイ・ブロウズです」
「あたしはアイヴィー・グレイ・ブロウズ」
「ありがとう、二人とも、いい名前をもらったね。……契約ってたって、構えなくっていいよ。僕は君たちの手助けをしたいのだけど、生憎僕は思念体なんだ……。この世に肉体はもう存在しないってこと。だから手助けをするなら、体を借りたいってこと。一回定着したらなかなか離れられないから。でも完全に乗っ取るわけじゃないからね」
さっぱりわからないぞ。どうやらこいつは俺の体に入りたいらしいってことは、わかる。でも特に悪さをしようなんて思えないしな。
「もう少し詳しくお願いします」
「そうだね……。知ってるかい? 人間の脳にはリミッターがかかっていて、本当の力の2割程度しか体を動かせないようになってるんだ。リミッターがはずれかかった状態ってのが、危ない時、ピンチの時にいつもの何倍もの力が出るってやつ。リミッターを完全にはずしちゃうと、肉体の損傷に体が追いつかなくなって大怪我をする。でもそれは人間の場合……」
アイヴィーは微妙な顔で話を聞いていた。俺がいいと指名されたからか、あんまり真面目に話を聞く気にならないらしい。
「悪魔の場合は、常時6割から3割程度かな。それに加えて魔法の力やセンスも加わるよね。どうして人間よりも使える力が多いかというと、再生能力が高いから。身体能力が高いということは、単純に怪我をなおす力が強いってこと。君たち、怪我の治りの早さにびっくりしたことあるんじゃないかな。骨が折れたり腹に大穴を開けられても、人間どころか普通の悪魔と比べてもずっと治りが早いはずさ。僕と契約してもらえれば、再生力をもっと高めてあげるし……、最高で六割って言ったけど、慣れれは常時八割にまでできるよ。意識を入れ替えて痛みを変わって受けたり、疲れた時に変わりに動くこともできる」
つまり単純に楽して強くなれるってこと? そりゃあやるっきゃない。地味に努力してきた人たちからはバッシングをうけるかもしれないけど、いい血筋とこの出会いに感謝、だ!
「します!」
「待てよ。こんなうますぎる話はあるか? 絶対にやべーデメリットがあるぞ……」
たしかに、メリットしかないな。でもご先祖さまが守護霊みたいな感じでついてくれるってだけだろ? そういうモンじゃないかなあ?
「ないわけではないね……」
そう答えたご先祖さまに、アイヴィーはしてやったりと嬉しそうな顔。
「なんですか?」
「心臓の鼓動がはやくなるんだ。リミッター解除すると。生き物の心臓がうつ回数ってのはだいたい決まっていてね、人間の場合は食べ物や生活水準、精神病に進化した医療と、伸ばしたり短くしたりする要因が多すぎるんでアテにならないんだけどね。たとえばネズミなんかの小動物は一分間に何回も何回も心臓が動くんだ。逆に大きな動物は鼓動がとてもゆっくりになる……。鼓動がはやくなるってことは、単純に寿命を減らすってことかな」
これは、アイヴィーに感謝しなくっちゃいけない。危うく騙されそうになった。さっさと俺を殺して、残った体を乗っ取ろうという考えだったに違いない。
「どれくらい減るんですか?」
「使い方によるよ。しょっちゅう使えばネズミ並みの寿命になるし、ちゃんとセーブすれば……、きみならあと50年ほどだろうか」
「おい、だいぶ減るぞ……。あと50年なんて、あたしら60とか70生きてるし200年手前の親父や母さんでさえ言うほど老いてない」
……でも、力が手にはいるんだろ? 誰にも負けない力が。そこまで長生きしたいとも思わない。でもあと50ぽっち……。人間ならまあ普通より少し短いくらいだが、これだと親より先にまた死ぬことになる。そうとわかっていて何も感じず生きていけるだろうか。
「考えさせてよ」
「そう。君の同意がないとできないから……、そこは安心していいからね」
ため息。きっとみんな反対するだろうな。そうだ……、いざって時にお願いしよう。またセオドアに捕まって殺されそうになった時とか。
「アイヴィーはどう?」
「……あたし!? そりゃ、したいけど……。こいつがいいんじゃなかったのか」
「チャコールのほうが僕に似ていたから。それに、女の子だもの。でも流れる血は同じだし、きみも影の悪魔だから、一応って。条件が一応あるんだけどね、それに引っかかる可能性もあったし」
「なんだあ、そりゃあ?」
「うーん……、今まで恋人がいたことは?」
うわあ、なんてタイムリーな。思わず頭を抱えてため息をついた。
「あたしはあるけど」
「俺はない」
「アイヴィーはたぶんだめだね……、チャコールなら確実かな」
俺の予想によると、そーいうこととかキスとかの話だ。それなら……、思い出したくはないけど経験あるんだよな。ああ、なんだか体が震えてる。吐き気がひどく、冷や汗が出る。ちくしょう、フラッシュバックだ。嫌でも思い出してしまう。何が一番悔しいって、それだけで勃ってしまうこと。
「チャコ? どうした?」
「気分を悪くしてしまったかな。すまない……」
返事できない。グッタリベッドから床に転げ落ちて、自分の腕に噛み付いて体を震わせた。涙が止まらないし今の姿はみっともないだろうしやめたいけど、そう思ってやめられるもんじゃない。
よだれが止まらない。あっという間に噛み付いた服はどろどろになる。ふとももが痙攣する。ああ、やだ、やだ。嫌なのに、どうして?
「……なあ、今日は帰ってくれないか。ゆっくり休ませたい。いろんなことがあったんだ」
「わかったよ。何があっても僕は君たちの味方だから……、じゃあね」
一人の気配が消えたことはわかった。アイヴィーが俺の腕を掴み、背中を軽く、心臓の鼓動のリズムで赤ちゃんにするように叩いた。
「大丈夫、大丈夫だぞ。もう自分のうちに帰ってきたんだから」
わかってる、頭ではわかってるのに体がまったく言うことをきかない。噛み付いていない片手で股を必死に抑えつけたが、元通りにはなかなかなりそうになかった。痛みでなんとかまだ持っているが、これが弱まればまた痴態を晒しかねない。
怒ったネコのようにフーフーと声をあげながら必死で噛みつく。どんどん犬歯が皮膚にめりこみ、血が口の中に流れだした。
「薬でも盛られたか」
覚えがある。視界が歪み、何か……、何かが見える。なんだろう? 隅っこにちょろちょろうっとうしい虫がいる。あんまりうっとうしいんで殺そうとするがうまく触れない。距離感が全くわからない。
「おいっ、落ち着けよ。落ち着けってば……」
目に入ってこようとする。顔を掻き毟るがうまくとれない。震えた手ではこびりついた虫をとることができない。
「……な、なあっ。虫を……、とってくれ」
「はあ?」
いきなり吐き気に襲われ、勢いよく胃液をフローリングに落とす。何がなんだか、次の瞬間自分がどうなるか全くわからなくて恐ろしい。ひどい臭いがするが、もうそんなこと気にしてる場合じゃない。
「おいっ、大丈夫か?! おい、おいったら!」
耳元で大きく叫ばれ、震えた体がやっと止まった。涙や吐瀉物にまみれ、よろよろ立ち上がる。
「……? チャコ?」
なんだかびっくりするくらい気分は晴れやかだけど、まだ視界に虫がチラついていた。
「虫をとってほしい」
「さっきから虫、虫ってさ……。一体なんのことだ? 外から虫を捕ってくればいいのか?」
その虫の場所をまだ震える手で示すが、アイヴィーは眉を潜めた。そしてわかったみたいな顔をして、申し訳なさそうに。
「なあ。今日はやっぱり疲れてるんだ、すぐに休んだ方がいい。疲れてんのにびっくりさせてごめん。あたしが部屋片付けとくからさ、シャワー浴びて寝ろよ」
シャワーすれば虫もとれるか。逆らう理由なんてないし、頷いて風呂場に向かう。




[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!