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Uターン
継ぎ接ぎラヴァーズ

倫太郎さんたちがこちらへ来ないうちに、母さんが帰ってきた。俺を見ると安心したらしく、親父のように飛びついたりはしなかったがゆっくりとハグをした。
「おかえり。遅かったな?」
「ごめんなさい……」
思わずそう言うと、おでこを小突かれた。
「ばあか、死んだと思ってたんだ。生きてるだけで儲けもんってね……」
同じ血のにおいがする。少しずつか、感覚が強くなって来たような……。皮膚の下の血のにおいまで嗅ぎつけるようになった。遠くで飛ぶコバエの羽音も聞こえる。
まさかこうして母さんとハグをする日がくるなんて思わなかった。なんだかクールで人との関わりが嫌いそうだけど、話を聞くにそうじゃないみたい。
「しかしまた、派手にやられたもんだな。手足はすぐに見つかるだろうか」
すっかりピンクの皮膚が覆った傷口、デジャヴ。思い出して顔に血が登ってゆく。恥ずかしいっ、親には絶対に知られたくないな。
「ねえ、ならぼくが死のうか」
「そりゃあ、いい考え」
ああ、なんて会話だろう。誰が止めることもなく母さんは親父の胸を串刺しにした。ぼたぼたと血が落ちる。目を見開き、涙を流していた。白い髪は赤黒い血の色に染まっていく。
「え……」
どこからか白い蛾が飛んで来て、鱗粉を飛び散らかしている。それはだんだんと人の身体をつくりだした。……知っているとはいえ、やっぱりびっくりしちゃうや。
足元には親父の死体、そして俺の前に立つのは生きている親父だ。こんな芸当はかなりの魔力を体に溜め込んでいないとできないだろうと思う。親父は体力もないし筋力もないんで戦いには向かないけれど、こういった様々な特殊能力がある。母さんの極めて身体能力が高く、能力自体はシンプルなものもは正反対だ。
「体系はよく似てるし、親子だしよく馴染むだろう。後で倫太郎にくっつけてもらえな」
「ああっ、もー、ここでやんないでよ。掃除するのぼくなんだからね?」
「すまんすまん」
テレビでは見られない表情だ。ちょっと柔らかい表情で新鮮な気分。親父は自分の死体を引きずってどこかへ行ってしまった。
「治ったら、魔界へ行くか? ここでは死んだことになってるんだ、墓もある。今更他人として生きることもできないし、皆で一緒に向こうで暮すってのは、どうだ」
なんだか少しカタコトで照れているのがバレバレだ。自分の子どもと暮らしたくない親はたくさんいるのだろうが、母さんは違ったみたい。答えはもちろんイエス、行きますだ。でもこれまでの俺の理由は魔界へ行ってみたいというだけだったんだけど。
本来俺がいるべき場所はここじゃあないんだ。わかってる。普通に学校に通って友達つくって喧嘩してなんてワンパターンな生活はこりごり。世界は受け入れても世間は受け入れてくれないのだ。奇異の目、奇異の目を。そしてその目にそぐわない何もできやしないこの体。
「治ったら……、稽古をつけてください。俺も戦いたい、やられっぱなしは、嫌なので」
その言葉を待っていたかのようだった。わっと大声を出して、ふうっと息を吐く。
「ああ、もちろんだとも。お前は強くなるぞ。なんせ私とアッシュの息子だ」
小さな子どもにするようにぐしゃぐしゃと頭を撫で回した。ちくちくハリネズミのような黒い髪の毛が母さんの手に刺さるかと思った、それほど緊張していた。
セオドアのことを聞こうとすると、倫太郎さんたちがこちらにやってきて、ドアが閉じる。
「すみません」
「構わない。あなたがベルベット?」
倫太郎さんの後ろからやってきたベルベットさんに母さんは声をかけた。にっこり微笑んで握手に応じる。
「エエ、ベルベット・メアリー・ブラックモアよ。チャコくんのお母様ね」
「グレイ・ブロウズ。世話になる」
同じ黒髪で長身の女性だけどよっぽど違う。どちらもオーラがあるけれど。
「倫太郎……、天界に行ってくれないか。もちろん、事情はわかっているんだが……」
唇を噛んで震えていた。倫太郎さんは天使なのに? 過去になにがあったんだろう……。
「……どうしてですか?」
「セオドアが離れたんだ、戦いの準備は十分できてる。文書を持っていってほしい。悪魔だと切り捨てられるかもしれない。それで戦争なんてしている場合じゃない」
「そうですね……。あれを……、なんとかしないと……。みんなが……」
「後ででいい」
「ありがとうございます……」
大人たちは何かを隠しているようだ。親父は母さんに聞けと言ったけど、母さんはきっと話してくれないだろう。そして俺たちを戦わせることもおそらくない。
「……アイヴィー・グレイ・ブロウズ」
握手をしたが、母さんは無言だった。そしてしばらくその白い手を握りしめてありがとうと言った。その瞬間にアイヴィーの体が崩れ、床に座り込む。母さんはそれを追いかけるようにしゃがんでハンカチで顔を拭いてやった。……アイヴィーは、泣いている。
「美人が台無しだぞ。私に似なくてよかった」
様々な思いが交差してる。一番はアイヴィーだろうな……。アイヴィー……、助けられてからアイヴィーのことばかり考えている。最初はお互い嫌いあってたけどそれが血のせいだと知ったし、それからアイヴィーも少しにマイルドになってきたような。
会ったばかりのころが嘘みたいに、どうしてか一緒に居たらリラックスできてた。なんというか……、好き。好きなんだけど、恋人とかそういうのじゃなくって、家族のような。血筋的にはそうなんだけど、ずっと一緒にいたみたいだ。
「私は一旦向こうへ戻る。向こうに居ないと心配でならん……」
それだけ言うと、母さんは影の中に消えてしまった。まるで台風だ。なんともいえないしんみりした空気と、床に落ちている親父の死体はなんだかシュールで、どうしたらいいのかわからない。
赤く腫らした目を拭った倫太郎さんは親父の死体の前に立った。
「なるほどね、親子だし背丈も同じくらいだ。考えたなぁ……。……アイちゃん、手伝ってくれない」
アイヴィーが呼ばれてゆらゆら立ち上がった。倫太郎さんの指示どおりに死体の手足を切断すると、じっと俺のほうを見ている。
「?」
「……いや、これでもう、赤ちゃんみたく抱っこできなくなるなと思って……、な?」
「ああそう……」
首元に噛みつかれ、血を吸われる。ふらっとしかけたが、まだ大丈夫。血をしつこく舐めとった倫太郎さんがそのまま切断した腕や足をくっつけて断面をなでると、すぐにくっついた。強く痛みが走るが我慢できないほどじゃない。
すぐに神経や骨や筋肉が繋がっていく。くっつけて三分もすれば、まるで最初から自分のもののような気分だ。肌の色は多少違うが、じきに同じように馴染んでくるらしい。
「ありがとう」
「立って、歩いてごらん」
言われた通りにソファーから立ち上がり、右足を踏み出し左足もそれを追いかける。……やったぞ! 全然不自由ない。手も細かく動くし、ほんとに、元通りって言ってもいいくらいだ。
「よしよし、調子いいみたい。なんか具合悪くなったら言ってね」
「うん」
ああっ、うれしい。そのまま親父に抱きついて、背中に手を回してずっとにおいをかいでいた。この世で一番好きで落ち着くにおいがする。
「チャコ? チャコー? お父さん、部屋片付けなきゃ」
そうだ死体の処理ってどうするんだろう。親父から離れて見ていると、両手の小指が崩れて蛾になった。死体の上を蛾が飛ぶと鱗粉が飛んで、死体がドロドロ溶けていく。すぐに骨も肉も全部溶けてサラサラの液体に変わってしまった。厚めのタオルでそれを拭き取って消臭剤をまき、タオルを捨てる。わずか五分ほどで死体は完全に消えてしまった。
においに関してはまだ消臭剤の奥に生臭い血のにおいが見え隠れしてはいるが、親父や倫太郎さん、ベルベットさんはもう血のにおいを感じてはいないだろう。

それから俺とアイヴィーを残して、大人たちは話があるからと家を出て行ってしまった。もう時間も遅いし、子供は寝ておけってことなんだろうな……。
久しぶりに自分の部屋を見てこようかと部屋を出ると、アイヴィーに止められた。
「うちの中……、見てもいいか?」
そうか……。そこまでうちの中は変わってないんだろう。いいよと言うと、慣れたように部屋を回り始めた。後ろからついて、うちの中をうろつく。
「懐かしい……、懐かしい。たしかな、ここに親父の……」
クロゼットの奥のほうにあった小さな段ボールを開けると、なんだかいかがわしいものたち……。ま、親父は大の女好き(男もいけるとかなんとか)だったそうだから、一人で耐えるためには必要だったのだ……。てゆか、これ、俺は知らなかった。
「……なんか……、わりと使ってる?」
「さーね。こっちにはゴムがあってな、ローションもあるんだぜ」
「よく見つけたね……」
「はじめて彼氏できた時になー、教えてもらった」
そのまま沈黙が続いて。
「あれ? あれーっ? チャコくんたら、チェリーどころか女もつくったことがない?」
バカにしたように口を抑え、噴き出すのを我慢しているようだがすぐに堪えられず笑い出した。あーそう、彼女いたことないから、こーいうもんの在り処を知らないわけね。なるほどなるほど。
「悪いかよ」
「やー、悪くない悪くない。それで……、童貞クン……、ふふふ……」
「運命の人に出会わなかった……、それだけだよ」
「あーそうともそうとも。素敵な女の子との出会いがなかったわけね。……しかしなー、親父の悪いとこと母さんの悪いとこ寄せ集めてできてるよな、ほんと。もうちょい背が高くて目つきよけりゃあモテたろうにさ。あ、でも……、子どもっぽいのが原因かもなぁ。まだ15くらいに見える。あと数年もすりゃあ、背が伸びていくらかマシになる、か、も」
いっつも同じこと言われるなぁ。俺の顔ってそんなにヒドイ? 背が低いのはわかってるけど。洗面所に行ってじっと顔を見てみる。
黒目が小さく、たしかに柔らかい印象は与えないな。悪そうだ。さらにつり上がっていて眉が太く、いかにもって感じ。でも幼く見える……。自分の顔をじっくり見るのなんて久しぶりだな。こんな顔してたっけ? 様子を見にきたアイヴィーも鏡にうつった。
「ん? あたしの言ったこと気にしてんの?」
人形みたいにくりくりした大きな目に、ぶわふわの白い髪。唇はうすいピンクで柔らかくて甘そうだ。親父にそっくり。
「べつに……」
同じ親から生まれてここまで違うものか。まあ、持って生まれたものだ。今さら変えられるわけじゃないし、諦めるしか……。
黙ってまた居間に戻って、ソファーに横になった。こうしてよく映画を見たな。お酒飲んで、軽く酔って、それで映画の内容忘れちゃって……。そこまで時間はたってないのに、なにもかもがひどく懐かしい。
「なー、ごめんって。なー?」
いままでのアイヴィーじゃない。うちに来てテンション上がってるのかな。
「怒ってないよ……」
「そりゃあー、あんな言われたら怒るよな。許してくれよ」
「怒ってないから、許すから。……なんかめんどうなんだけど……」
「めんどう? なにが?」
「そのテンションっていうかさ。そんなに嬉しい?」
「嬉しいさ! 一年ぶりに帰ってきたんだ」
「ふうん……」
ほんとはこんな風に明るい女の子なのかもしれないな。むすっとして無愛想で乱暴ってイメージだったけど、こうにこにこ笑って元気にしてると可愛げあるし、きっとモテただろう。俺もけっこー不機嫌にしてばかりだからちょっとは笑ってみようかな……。
「ね、部屋見ていい」
「へ?」
俺のほうを指さす。ああ、俺の部屋が見たいってことか。構わないと言って、アイヴィーの後ろからついていった。……そういや、自分の部屋ってどうなってんだろ。もう片付けて物置にでもなってるだろうか、と扉を開けると、その光景に泣きたくなった。
あの日から、全部そのまんまだ。さすがに生活感はないが、部屋のどこにも目立つ汚れやホコリは見当たらない。机の上のもの、ベッドに置いてあった本やゲーム機の場所さえ変わってない。
本棚には俺が集めていた漫画が詰まっている。……驚いたことに、俺が知らない巻……最新巻も入っていて、CDの場所には最近出たけどお金がなくて買うのをやめたアルバムが新しくいくつかはいっている。
クロゼットには新しいコートやジーンズがあるし、俺のコレクションのスニーカーやヘッドホンもふたつみっつ増えていた。
親父か母さんがいつか俺が帰ってきた時喜ぶだろうと買っておいたのだろう。それが自分が死ぬまで帰ってこなかったり、俺が俺であることを忘れてしまうだろうと知っていても。きっとそうしないと……、気持ちがもたなかったんじゃないか。帰ってくると思っていないと、やりきれなかったんじゃないか。
「べつに、おもしろそーなもんがあるわけでもなさそうか」
くんくん犬のように少し嗅ぎ回り、それに飽きるとアイヴィーは俺のベッドに飛び込んだ。ベッドはすっかり夏仕様になっている。触るとふかふかで、太陽とほのかな石鹸のにおいがした。
「でもやっぱ、あたしのうちだ……」
少し隠れていたけど、その時の笑顔のなんとかわいらしいことか!




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