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Uターン
螺旋と知った顔

「セオドアが話したいと言っている」
グレイさんの言葉に俺は頭を抱えた。一体どういうこと? 向こうの世界にセオドアはいるし、危険を侵してまでこちらに戻って(俺が向こうにいるとはバレていないなんてことは絶対にない)俺にコンタクトを取ろうなんて……。
アッシュさんが俺に伝言して、再びブロウズ夫妻と俺は話をする機会をつくったわけだが、そこにはセオドアもいた。あの、俺の記憶に一番焼き付いている姿だった。緑色の髪を少し伸ばし、両頬に縫いあとがある。目は真っ赤で女性的でもあり男性的でもあって、あの、両親を亡くした俺の世話をしてくれた優しい、『テディくん』だった。
「……やあ、久しぶり。いつぶりかな……」
なぜかひどく疲れた様子で、魔法臭を消している。これはセオドアしかできない芸当だ。疑うはずもない。
「戦争はなしになったよ」
グレイさんもぐったりとしており、テーブルには乱暴に潰されたコーラの缶がいくつもある。
「……え? 戦の準備をしていたんじゃあないですか?」
「その相手はな、どうやら私らじゃないらしい」
「ほかに戦う相手はいますか?」
「人間さ」
「ばかな! 人間が何をしたというんです? 確かに彼らは愚かかもしれませんが、いくつも迷っているとはいえ、確実にいいほうへいいほうへと歩いている!」
黙っていたセオドアが口を開いた。
「クリス。おまえは文明の終わりを考えたことがあるか? 文明の終わりは災害や疫病でもたらされるものじゃない。人間の……、頭によってね」
「そんなくだらない話をしにわざわざ?」
「最後まで聞いてやってくれないか」
興奮して立ち上がった俺を、グレイさんがなだめる。頭が痛くなってきたぞ……。
「身体が戻ってきたとはいえ、僕の身体はまだ不完全だ。安定しないんだよ。だから詳しく見たいんだ……、未来を」
「……今のところ、どんな未来が?」
「人間どもの兵器によっておまえが死ぬ。そしてその兵器の残骸は大地に影響を及ぼし続け、億という単位でこの世から生物がいなくなる」
まさか、きっとセオドアの言う兵器というのはきっと核のことだ。あれはグレイさんが全世界に呼びかけて規制しているはず。異能者にとって人間が驚異になりうる原因、それがこの兵器だ。
「……では後でやりましょう。どうしてここに彼が?」
「私にはよくわからないんだ。私の息子を殺してないというし……、しかも私の子どもは女だと言うんで記憶障害かと思ったんだが、どうやらそうでもないらしい」
……グレイさんの、娘! なるほど確かに、アイヴィー……、アイちゃんが存在できているのなら、セオドアももう一人いてもおかしくはない。でもならばどうして敵対していたはずが、こんなマネを?
「僕は……、孤独だった。ずっと一人で時間を貪っていた。ふと、おまえの事を思い出したんだよ。そしておまえの姿を見たくなった。べつのおまえが死にゆくのを見て……、おまえをせめて、救ってやりたいと、そう思ってね」
「あなたが生きているかぎりは……、決して俺は救われない……、でしょう。なにを今更……、親のような……、顔をして……。いいですか……、俺のためになりたいのなら、自らグレイさんの影にはいる事です」
声が震えていた。嘘をつくのは好きじゃない。本当はずっと追いかけていた、父親であり母親でもあったその男の名残を。あの記憶を忘れたりするものか。一人暗い部屋で泣いていた俺に手を差し伸べてくれたことを。そしてグレイさんと共に影に閉じ込めたあの日のことを。
「僕はどうなってもいいんだ。でもせめておまえが、僕の友たちを守ってくれないか」
手を握られる。血が通っているのか不安になる。そしてこの男の人の変わりようも。どうしてだ? 何か企んでいるのではないか。裏切られたとはいえ、肉親を信じられない自分に嫌悪を覚えていた。
「僕が居なくなってから、天界はひどい有様だよ。戦争でほとんどの有力天使が死んだ。サマエルがいなければガブリエラ、そしてレッドフィールド兄弟に任せるつもりだった。王の器ではないが、新しい王が育ち切るまではもたせられるはずだった。でもおまえが……、みんなのリーダーにならなきゃ、みんな不安なんだよ。悪魔にははっきりとしたリーダーがいるからね。しかもルシファーの養子で僕とサマエルを討った実績付きさ。少しこちらの天界の様子を見て、……とても心が痛かった。皆迷っている。道に明かりを灯す者がいないから」
そうこの男は、本性は酷いサイコパスの殺人狂だったが、それをしらない大勢の者からは慕われていたのだから。彼の一声ですべてが動く。敗戦した兵たちに安らぎと慰めを与える統治者がいなければ。
「……それは、できません。俺は嫌われているのですから……、あのルシファーの血を継いでいるのですから。それに今まで天使から逃げるように生きてきました。甥を守るためでもありましたけど……、何より、幼少時の仕打ちと戦争で敵側に居たので、恐ろしかった。誰も受け入れてはくれないでしょう、言葉を聞いたとしてもあの中の上に立つことは、たとえ血が許しても他が許しません」
「今の指導者は酷いものだ。血筋も悪いし、実力も人を惹きつけるカリスマもない。そしてこれからも現れないだろう。君が子どもを作るんでも……、いいんだけどね」
俺は……、あれから性に対しての自信というか、そういうものがなくなっていた。欲が全くといっていいほどないのが助かったことなんだけど。これまで何度か女性とお付き合いしても、その先の結婚までたどり着くことはなかった。
男として、父親として、堂々と立ち家族を守る自信が全くなかった。原因はわかっている。今もその時の夢をよく見る。プライドを粉々にしたくそったれ天使ども。あれの仲間になんてならないし、子ができたとしてもあんな所には連れて行かない。
「甥っ子でもいい」
「ライラはだめだ!」
「そう言うだろうと思ったけどね……、ま、ぜひぜひ僕の遺伝子をのこしてよ。できないなら少しお手伝いしてもいいんだけど」
「結構です……」
このセオドアはアイちゃんの知るセオドアのようだ。なら何が起こってこうなったのか、詳しくしらなきゃな。
「その、ブロウズさんの娘の話を、してもらえます」
ふむ、とセオドアは足を組換えた。グレイさんはメモ帳にひたすら書き込んでおり、アッシュさんはいつの間にかキッチンに引っ込んでいた。
「そうだね……。僕の目的はただ一つだった。僕の本当の体を取り戻すこと。各地に散らばった死体を集めること。それを思い出したのは結構最近のことで……、戦争が終わる寸前だった。死ぬだろうと思ったんで、僕の遺伝子を確実に残すためにおまえを拉致した。……まさか、グレイの娘が引き上げてくれるとは思わなかったけどね」
向こうの世界の流れはこちらとだいたい一緒? どこから大きく違ってくるのだろう。
「それから死体を探して、ついに腕を完成させた。悪魔が僕らを止めようとしたけど僕は殺せなくて、人間どもは兵器をぶっぱなして自滅、最後に残ったおまえ、ライラ、そしてチャコールを始末しようとしたが、おまえがドアーを発動したんだ。……で、ドアーの先の過去で未来を変えようとしたチャコールがタイム・パラドクスを起こした。空間が維持できなくなる前にここに逃げ出してきたってワケ……」
「その空間はもう、ない?」
「ない」
「……」
タイム・パラドクスを起こすなとしつこく言われたが、なるほど、これが事実ならば、そう言われてもおかしくはない。そして違う自分はそれを破ってしまったのか……。
「……もういいです。未来を……、見るんですか」
「ああ、おまえが死ぬ時間を」
自分が死ぬ瞬間ほど見たくないものがあるだろうか。未来はまだ変えられる可能性があるものの、この時点で一番可能性が高いものが見える。それほどのことを一人二人が動いたところで変えられるとは思わない。
セオドアが俺の胸に手を当て、ふうっと息を吐く。それにあわせて目を閉じ俺も息を吐いた。目を開けると、セオドアと俺の間にドアが現れる。自分が死ぬ所を思い浮かべて作ったドアだ……。
グレイさんもこちらにやってきて、ドアをゆっくりと開ける。

広がる灰色の空と同じ色のビルたち。崩れたもの、二つに折れたもの。様々なものがあるが、まともに建っているものはなかった。
その空に浮かぶのは竜だ。紛れもない。金色のつややかな体毛とウロコがわずかに差す光に当てられきらきらと光っている。それに退治するのは、緑色の竜だった。竜と呼ぶには鳥に近すぎる。ふわふわと浮かぶような羽に覆われて、金色の竜に敵意を向けていた。
間には沢山の飛行機が飛び交い、地に這うのはいくつもの戦車。どちらを狙っているのかわからないが、おそらく俺を狙っているのだろう……。
金色の竜が大きく吠え、緑色の竜に飛びかかった。緑色の竜もそれに対抗するように飛び上がり、二匹とも爪で切り裂き牙で貫き、屈強な顎で相手を噛み砕く。それに巻き込まれた戦車や飛行機が潰れて燃えあがった。この世のものとは思えない。……そして、気になったのは、瓦礫の中に見える広告や看板の写真を見るとどうやらここに住んでいるのはアジア人であるらしい。
そうだ、ここはきっと1999年の日本。今まで俺たちがいたあの世界。
あの金色の竜は俺で、緑色の竜はセオドア……。どちらも正気を失い、本当の獣のように暴れまわっている。この戦いに知性などかけらも存在しない。
ただの力比べなら体の大きな金色の竜が有利だ。すぐに緑色の竜を押さえつけ、勝ち誇ったように吠える。地面をえぐりとり尻尾を振り回した。
そして、飛行機や戦車が取り囲み、爆弾をそこに放った。戦車は吹き飛び瓦礫は粉みじん。そこら中が燃え上がって、大きな影だけがそこに残っていた。なんとか四つん這いで立っていた竜もすぐにそこに崩れ、下敷きになった竜がやっとの事で抜け出すと、もう一発の爆弾が襲った。

「これはいつだい?」
「1999年……、1999年の7月。何日かは、わかりません」
「なあ、あれはあんまりだろ?」
1999年の7月といったら、あのノストラダムスの大予言の月だ。あっちで俺はセオドアと戦って死ぬのか。ほかのみんなはどうなるのだろう。この未来を変えるためにはどうしたらいいのか、それとも変えないほうがいいのか。あのセオドアが死んでいるのなら……。
「そして、あれは僕じゃない。僕の未来……、わかる限りは、また影の中だ」
「ならあれは……、別の?」
「違いない。僕は彼を殺したい。この僕よりずっと不完全だ。僕がいる限り生きる価値はない、あれを残して死ねるものか」
……理由がどうあれ、こちらに敵意がない、そして俺たちの敵と戦う意思があるのならぜひとも戦ってもらいたい。
セオドアが……、テディくんが仲間になるのなら勝てる! 小さな頃からずっとそばにいて実際に敵として向かい合って、この恐ろしさを十分に味わったつもりだ。
また裏切られるんじゃないかという不安がないわけじゃない。ハイリスクハイリターンということか。
とにかく今の俺には自信がなかった。ライラやチャコくんの件で……、グレイさんのようにはなれないと思った。グレイさんは女性にもかかわらず俺や愛する夫を健康な体で生還させている。言葉に出すと簡単かもしれないが、実際やるとなれば難しい。今まで、自分の身だけを守る生き方しかしていなかったんだから。



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あきゅろす。
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