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Uターン
彼女はニコチン依存

雨が止んだあと苦労して空を飛び(俺が吐きまくったせい)、新しいベルベットさんの隠れ家にたどり着いた。……女の子にお姫様抱っこしてもらう経験なんて滅多にできないな、……うーん。複雑な気持ちだけど、まあいいや。
倫太郎さんやライラは出かけているらしくて、家にはベルベットさんしか居なかった。数分なら落ち着いて集中すれば影を吹き出して足のように体を支えることができるので、なんとか一人で風呂と着替えは済ませた。手は吹き出せても細かい作業はできない。
手足については、倫太郎さんを頼ればきっと治してくれるから心配なかった。しばらく不便なだけだ。
ベルベットさんに食事をもらったけれど、少ししか食べることができなかった。腹は減っていたのだが、たくさん食べると気持ち悪くなってしまったから。でも食事を食べられるという事自体が嬉しかった。自由を感じられたから。
ベルベットさんは意味深な表示で俺を見ていた。そうか、ベルベットさんは全部わかってるんだもんな。どんな顔をすればいいだろうと鏡と睨めっこをはじめると、ベルベットさんは吹き出す。
「おもしろい子」
……そうかな? 俺よか、アイヴィーやライラのほうが見てておもしろいと思うけど。それを言うと、あの子らはおもしろすぎるのよねと言った。気持ちは分からなくはないけどさ。
そういえばライラの姿が見えない。倫太郎さんと出かけているのだろう。すごく気持ちが落ち着いて……、すごく安らぐようだった。幸せを噛み締めていた。
暖かい部屋ですやすやと睡眠を貪っていると、いきなり身体が締め付けられて目が覚めた。
「チャコ!」
お、親父! ふわふわの白髪が首に顔にこすりつけられる。
「夢じゃないんだ……、ほんとに。嘘だって信じられなかったけど」
涙が出そうになる。懐かしい、耳に打ち付けるのはかすれて乾いたハスキーボイス。
「偵察に行く途中、なーんかヘンな臭いがしたから見てみたら、コイツだったってワケ」
「ありがとうね、ありがとう」
親父がアイヴィーの手を握り、ブンブンと縦に振る。どことなくかあのアイヴィーが嬉しそうに応じている。
奥の扉から倫太郎さんがやってきて、……後ろからライラは、ついてこない。あいつをこっちで一人にするのはまずいんじゃないだろうか。住み慣れた町ならまだしも、何にもわからない所で目が見えないのに置き去りなんて……。

扉の奥には見慣れたテーブルがある。イスがある。ちょっと青っぽい緑のカーテン。思わず手を伸ばしてしまう。ああ、そうともさ、俺のいる場所はあそこしかない。
「セオドアがきてる」
嘘だろうと言おうとしたが、自分の目を疑った。ソファーに、緑髪の男がいる。姿は違ったが間違いなくそいつだった。……なんで、どうして!?
アイヴィーもびくりと飛び上がって警戒している。
「大丈夫、グレイさんからの預かり物だから。悪いことはしないよ」
親父もそのことを知っているらしかった。どうやら倫太郎さんは俺たちにセオドアと会わせたいらしい。名前を聞いただけでも眩暈がする。
親父が俺のそばについて、アイヴィーも壁に背をつける。スラリと伸びた長い足は簡単にこちらの世界に入ってきた。
緑色の髪では隠れきれない、両頬の大きな痛々しい傷跡。使い古して継ぎ接ぎしたテディベアを思い出すような傷だった。
「チャコ」
セオドアが俺の名前を呼ぶが、……いいや、俺に用があるんじゃあない。アイヴィーだ。
アイヴィーは影の銃を手にして、セオドアへ向けた。
「お前にこんなものが効かないと分かっているし、こんなことをするために来たんじゃあないとは分かってはいるが、あたしの本能がこうさせるんだ。悪いな」
その目は完全に怒りを訴えていた。セオドアは全くひるまない。さっきとは完全に違う姿だった。声も違うし、顔の骨格もあからさまに違う。さっきは少し若かったのが、今は二十代の後半ほどに見えるか。セオドアが他人の皮をかぶることは知っているから特に驚かなかった。
「少なくとも、これでこちらにセオドアが二人いる事になったよ」
「なんだって?」
倫太郎さんの言葉にアイヴィーが噛み付いた。俺は意味がよくわからなかった。あんな奴が二人居たら……。とりあえずかなりヤバイぞ。それだけはわかる。
「冷静に考えれば、この事をアイちゃんと会った時に考えるべきだった。アイちゃんはセオドアから逃げてきたのだから、俺たちが知っているセオドアとアイちゃんが知っているセオドア、二人いなくちゃいけない」
それでようやくわかった……、でもどうしてそのセオドアがここにいるんだろう。
「単刀直入に言うとね……、僕もそのセオドアを殺すのによしてほしいってだけなんだけど」
「ふざけやがって! あんた、ホントにこいつを信じようって言うのか?」
俺もアイヴィーの立場ならそう言うだろう。詳しくは知らないけれど、少なくとも親と友人を殺されているのだから。……でも、倫太郎さんの気持ちもわからなくはないわけ。倫太郎さんにとっては、どんなに他人から悪人だと言われてもセオドアは実父なのだから。信じたい、一緒に居たいという気持ち。
「今の俺じゃあこの戦いは厳しいと思うんだ。実際、俺の不注意のせいでライラは失明したし、チャコくんは、……。だからさ……、アイちゃんはどうしたい? チャコくんらと向こうへ行くかい? きみの面倒はアッシュさんが見てくれるそうだよ」
「あたしはセオドアを殺すまで戦いを降りない。だってあんたに頼まれたんだぜ。『べつの倫太郎さん』や『べつのあたし』『べつのライラ』が幸せになれるからって。きっとあんたらのことなんだと思う。手が無くなっても足が千切れても、目が見えなくなっても、絶対に絶対に諦めるものかよ」
……そっか、ライラはきっと向こうに戻ったんだな。
「そいつと一緒にやるってんなら、あたしは出てくよ。最初は一人でやるつもりだったんだからな」
そう、不思議と、こんな感情が芽生えるなんて思わなかったんだけど、アイヴィーをひとりにしたくないと思った。きっと母さんもこんな女性で、そんな母さんを親父は尊敬し、そして好きになったのだと思う。
「なら僕が一人で動こうか? それがいるんなら情報交換で嘘をつきようがないからね」
指の先には、ベルベットさん。いつも余裕を持った表情のベルベットさんが、今日は焦っている。
「……そうね、あなたは本気でそう思っているわ。私の前では嘘をつけない。裏切ろうとも思ってない」
「それがいいよ。そうしよう。なら僕は、もうおいとまするさ。どこかいい隠れ家を探さないといけないんでね」
そう言うとベランダに出て、大きな緑色の翼を持った鳥とも蜥蜴とも言えないものに変わると、風に乗って消えて行った。
構えていた銃を下ろし、アイヴィーはへなへなと空気の無くなったボールみたいに床にへたり込んだ。
「大丈夫?」
そう声をかけると、アイヴィーは『あたしの心配してないでてめえの心配してろよな』と笑って返す。ごもっとも。
「ごめんね、アイちゃん。でもね、きっとあのセオドアも殺すさ」
駆け寄った倫太郎さんは、なんだかいつもより老けて見えた。
「あんたはさ、こんな卑怯なまねしちゃいけない人だよ。信じたいんだろ、あいつを? なら信じればいいさ。あたしの勝手なんだから……、たしかにさ、あいつは許せないけど、あいつをもし殺したら家族のあんたが悲しむだろ。そんな……、あいつみたいなマネ、あたしにはできっこないって思った」
不器用に笑いながら、でもその顔はなによりも綺麗に見える。
「死人の仇なんて優先しなくたっていい。生きてるあんたの気持ちを一番優先すべきだ。でもよ、あたしの気持ちもわかっちゃあ、くれねえか……?」
倫太郎さんが震えだして、眼鏡を外した。涙に濡れた目には濃い隈が浮かび上がっている。アイヴィーも少し痩せているようだった。
「……ダメだ、一番、おれが、泣いちゃあいけないってのに……」
「誰が泣いちゃいけねーって言ったんだ? 泣きたきゃ泣けばいんだよ。な?」
「ごめん……」
二人の様子を見ていた親父が、とんとんと俺の肩を叩く。
「倫太郎くんから、さっきだいたいの話は聞いた。たしかにあの子、昔のお母さんにソックリだよ」
「……なんていうかさ、なんでまたこういうことになったの?」
「うーん、お父さんにもなかなか難しくてね。ちゃんとわかってないんだ。もう少ししたらお母さんも帰ってくるだろーし、お母さんが一番わかってるからね。とりあえず、うちへ帰ろうか」
……帰る! ぼんやりと返事すると、親父が俺を抱き上げてあの懐かしい我が家へ。すぐにソファーに座らせてもらった。
「ねえ、倫太郎くん、アイヴィーちゃん、ベルベットさん……、落ち着いたらきっとこっちへおいでね?」
親父の言葉に返事したのは女性陣だけで、倫太郎さんは鼻を啜っている。
なんか、実感湧かないな。あの日から変わったのはクリスマスの飾りが無くなった事、あとは家族写真の隣に最近の俺の写真が置いてあることくらいか。
……いいや、まだある。母さんは俺が死んでからこの家によく帰っているらしい。脱ぎっぱなしのコートや、チョコレートのゴミやコーラの空き缶がある。親父は甘い物を好かないし、家に母さんのにおいが染み付いていた。
「……ねえ、弟か妹はできそう?」
「え? も、もう! 何いってんのさ、馬鹿!」
女かよって突っ込みたかったけどやめておいた。夫婦仲がいいのはいいことだ。




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あきゅろす。
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