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Uターン
チョコレートとピアノ線

血のにおい。

表情も言葉もないので、怒らせないようにできるだけ大人しくしていた。人とするんならまだいいじゃないか、と思う。皮膚と皮膚が当たって軽やかな音が出るが、軽やかな気分とは言えない。
散々この数日間、起きている時はずうっと同じようなことをされたんだ、行為自体に慣れてきたがが。プログラムされたみたいにキメラどもは、俺の感じる所ばかり擦ってくる。
もう全身から体液を吹き出していてぐちゃぐちゃだ。脳みそを直接犯されているみたいに快感がガンガン伝わってきておかしくなりそうだった。
雨も降り出してそこらじゅうがさらににおってくる。たちこめる悪臭にまた吐き気をもよおすが、吐き出せるものはもうなにもない。時間がだいぶたったと思うが、キメラどもが何度腹の中に精を吐き出してもやめようとしなかった。誰かに強制されているようにも見えた。四匹のキメラが俺を囲っているが、一匹はそう、そーゆーことになってるんだけど。残りの三匹は俺の体を叩いたり腹を踏みつけたりといったことばかりしていた。
さすがにキメラといえども、長い間雨に打たれて震える体に何度も何度も腰を打ち付け、体が赤く腫れ上がったりそれとは逆に青い痣ができるまで殴られるとこたえる。助けを呼ぶ声はとっくの昔に出なくなっていた。
いや……、助けを呼べても、呼ばなかった。こんな、ぼろぼろで男としてあり得ない姿、知らない人相手でも見せられるものか。いつになるのか、それがあることすらわからないけれど、キメラどもが飽きてここから去るまで丸まって耐えるしかない。今回はほんとに。
何が悔しいって、キメラは俺の体を知り尽くしたみたいにうまくやるんで触っていないのに『出してしまった』こと。きっと雨に流れていったかと思うが、男にーーいや、オスに対して俺はそういう感情を持つようになったのか?
たっちゃうもんは仕方ないし、出ちゃうもんは仕方ないけど、本来は俺が上に乗って女性とすることであって……、そんな、無理やりで俺がされるなんていつ思っただろうか。きっとちょっとおかしくなっただけ……、そう、セオドアがきっと俺になにかしたんだ。そうだ。そうに違いない。仕方ない。
「ぁ、あ、あぅ、ふ、っあ、あ、……」
突然キメラの動きが止まり、キメラの体は溶けて崩れていく。……蛾が飛んでる。三匹、白い蛾だ。……助けだ!
思ったとおり、影の中から真っ白い手が伸びてきた。
「近くでみたらひでぇな、こりゃあ?」
白くてふわふわの雲みたいな髪は、雨でぺったり張り付いていた。アイヴィーだ。
溶けているキメラの残骸を覗き込んだ。まだ完全には溶け切っておらず、形がまだわかる。はっと気づいて足を閉じると、おせーよと悪態をついて笑った。
「どんな状態であれ、生きててよかった。こんなとこに居るのは完全に予想外だったな……」
ああっくそっ、女の子に見られてしまうとは。なんかだいぶドライなのがさらに傷つく。どこからどこまで見ていたんだろう……。
「しかし、これよー」
閉じていた足を開かせられ、悲鳴を上げた。
「……あ、あんまじろじろ見ないで欲しいんだけど……」
「つったって仕方ねえだろ。どうするか……、って抜くしかないよな、これ」
……触ってる。やめてなんて言えるはずもなく、羞恥心で顔が真っ赤だ。
「あ、あ、あの、あのですね」
「自分でできねーだろ、この有様じゃ。このままケツにこれ入れて帰るか?」
「そうじゃなくて。やるならはやく、やってほしいんだけど……」
「それもそうだ」
小さな声だが、なんとか雨に掻き消されず聞こえているようだ。きっとアイヴィーも耳がいいんだろうな。
「だいぶ深いな。根元まで入ってる」
アイヴィーは地面に寝転がった俺の脇のしたに手を入れ、座らせた。腹の中に出されたものが動く感触がして、気持ちが悪い。
「よっと……」
「ぁ、あっ、ま、待って……」
「待ってたってよ、結構お前重いんだって……。ずっと持ち上げてんのはちょいときついぞ」
ヒビの入ったであろう腕で出せる力を振り絞り、必死でアイヴィーにしがみついた。すこしたるんだシャツに噛みつき、なんとか声を出さないようにする。
「っ……」
「ふー、抜けたな」
すぐそばに俺を座らせ、アイヴィーも隣にしゃがんだ。緊張でどうにかなっちゃいそうだった。はあはあとイヌみたいに呼吸しなければ空気は吸えない。
「あ、あり……、がと」
「どーいたしましてぇ」
あー、だらだら流れ出る感触。こいつどんだけ出しやがったんだ……。恥ずかしい……。お互いに何も話さず、沈黙だけが流れている。
「雨、はやくやまねえかな。二人で影ん中入るのはしんどいから飛んで帰りたいんだけど、この雨じゃあ火の勢いが弱くなって二人じゃ飛べない」
なんかアイヴィーの雰囲気が違う。よそよそしくて、……うーん。なんて言えばいいのか……。わからないけれど、とにかく違った。
「あの……、ごめん」
「? 別にお前は悪くねえだろ」
「いや……。なんてゆーかさ……、ごめん。気を使わせてる」
「そう? あたしは別にそうでもない。あたしだってな、こういう時にどういう態度でいればいいかはわかってる。なんたってあたしは生き残りだ。あいつがどういうことが好きとか、嫌ってほど見たんだからな。……だから、まー……。あたしは女だから難しいかもしれないけど、こういう時どうしたらいいかもわかるし、頼ってくれていい」
……前居た場所で、アイヴィーはどんな目にあったんだろうか。聞けるわけがない。
「ありがとう……」
これしか言えないや、もう。……もう安全だ。誰に殴られることも足を開かせられることもないんだ。嬉しい。雨が止んだらみんなに会える。倫太郎さんとライラ……。
安心感でおもわず涙が出てきた。雨にまじってわからないが、しゃくりあげて泣く俺に、アイヴィーは気づいたようだ。
「おいおい、大丈夫か?」
「違う……、んだ。嬉しくってさ……」
「ならいいけど。……そうだ。倫太郎さんや親父さんに知られたくないだろ、これ?」
「? どういうこと?」
「処理してやるっつってんだよ、バーカ」
なんかいつもの調子に戻ってきたぞ。こういう事を可愛らしい表情で言ってくれればそりゃあ可愛く見えるんだけど……。アイヴィーは言葉遣いや仕草があまり女の子らしくない。とは言っても足を開いて座るわけではないし、下品なわけではないんだ。それで親父に似たお人形さんみたいな顔つきなのに、もったいないなあとよく思う。しばらくそんな事を考えて、……とにかく、その言葉の意味がよくわからなかった。
「処理?」
「あーもーいい! あたしが気になるだけだからさ! 勝手にやる!」
アイヴィーが俺の言葉を遮るように叫び、勢いよく立ち上がって俺と向かい合うように座った。壁にもたれていた俺をゆっくりと寝かせ、足を持ち上げる。
「え? ちょ、ちょっと? 何すんのさ?」
「……うわぁ。予想をはるかにこえるわ、これ。よくこんなにやったもんだなほんと……」
「おいっ、やめろよ!」
指がそこに触れて怒鳴ると、アイヴィーも怒鳴り返す。
「お前なあ! これほっといたらくせーし、あたしの髪とか体にについたらどうしてくれんの? 指だけなら許すってんだ、大人しくしとけよ!」
ずいっと目の前に出されたのは、アイヴィーの指だ。べったりと白い液体がついていて、それはひどく臭う。それが何なのかはよく知ってる。
「……お願いします……」
「痛かったら言えよ」
アイヴィーの細っこい指が入ってくる。こそばゆい。アイヴィーが慣れた様子なのが気になって仕方がない。アイヴィーもこんな目にあったことがあるのか、それともアイヴィーの仲間がこんな目にあったのか……。
何度も出入りして、中を探るように動かされる指に腰が震える。体が火照ってくるのを感じる。残った腕で口を押さえつけて再び声を出さないように歯を食いしばった。
「なんつーか……、表現するなら、『大惨事』だな」
「ぁ、感想とか……、いいから……」
「へーへー」
指の先がしつこくキメラに擦られた場所に触れて飛び上がった。声も裏返って、アイヴィーが心配したみたいに顔を覗き込む。
「どした? 痛かったか?」
「ち、違うけど……。そこはあんまさわんないで欲しい……」
「へ? どこ? ここ?」
「ぁ、あ」
「つってもなー、ここ、すげーあんだけど」
「……じゃ、あ……、いいよ……」
「あのなぁ、お前がよくってもあたしがよくねーの。鼻がいいってのお前もわかんだろ? さっさと中でこびりつく前に出しとかねーと、結構な間臭うんだよこれ」
はーっと息を吐いて。
「あたしの友達にすげービッチがいてさ、そいつ常にくせーの。それでもみんななはわからないからモテんだよなぁ。羨ましいことで」
文句言ったって止まらないようなので、黙って耐えることにする。仕方ない……。今まででこれが一番きついかもしれない。突然目の前が暗くなって、全身の力が抜けた。ただ針を刺すような感覚だったのがだんだん体中に回ってきて、息が荒くなる。太腿や腰ががくがく痙攣してきたところで、アイヴィーは指を抜いた。
「なんかヤバそうだしこんなもんにしとくよ」
「ふ、っ、は、あ、ありがと……」
「しっかし、やまねーなぁ……」
大きく息を吐いて、頭を押さえた。もう腕の骨は治っているらしかった。家に帰りたい……、親父に、母さんに、倫太郎さんに会いたい。
CDショップのおじさん、アイス屋の可愛い店員、あの憎たらしいエドワードにすら会いたい。きっとエドワードは邪魔者の俺が死んでせいせいしたろうな。
ゆっくりと雨は弱くなり雲は裂け、光が差してくる。




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あきゅろす。
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