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Uターン
それでも僕は泥を見る

この数日間ですっかり筋肉が落ちたような気がする。確かに今まではほぼ毎日飛んだり跳ねたりと動き回っていたからな。そうしないとストレスが溜まってしかたないのだから。
こうしてずっと横になっているなんて、きっと赤ん坊の頃ぶりだぞ。
あの部屋で再びミカと一緒に罰を受け、気がつくとまた自分の部屋にいた。鉄格子の外に豪華な椅子があり、そこに深く腰掛けて本を読んでいる。
「おはよう?」
目を覚ましたのに気づいたのか、椅子から立ち上がった。それが誰なのか、目を覚ました瞬間から俺は気づいている。
「……」
「ずいぶんあれと仲がいいね。きみはお菓子が好きなのか。きみの母親もそうだった」
怒っているらしかった。いつもより言葉が冷たく、鋭く尖った氷が突き刺さり皮膚を切り裂いていくようだった。
「金も食べ物も酒も女もいらないなんて、聖人みたいな子」
そういうわけじゃない。手にはいるなら欲しいが手に入れ方が問題だ。人からもらうんじゃあ、それを全て手に入れた後に手に入る権力が手に入らない。ただの飼われた犬じゃないか。
「そういうとこ、嫌い」
嫌い。
「いつもこうだ。僕は僕が愛した者に裏切られる運命らしい。素直に愛しても歪んだ愛を向けても誰もわかっちゃくれない。僕はどうしたらいい……」
ゆっくりと体を持ち上げた。ミカにもらったお菓子がだんだんと体に回って来た。たくさんの暴行を受けて傷も増えたが、起きた時の気分がひどくいい。
「お菓子のおかげで元気だね」
ポケットから取り出したのは、ひとかけらのチョコレート。
「欲しいかい?」
俺はこの状況での砂糖の甘さを知っているが、声が出ない。
「……! ……!」
なぜだ!? 全くだ。全く出ない。少し出たかと思えば掠れて言葉にならない。
「そうか、いらないか。イヌに……、チョコレートは毒だものな」
チョコレートなんてどうでもいい! 声が出ないことがもんだ。首輪か? 首輪のせいか、そうとしか思えない! もう限界だ。イヌとまで呼ばれておとなしく黙って虐げられるだけなんて我慢できるものか! 外からの助けを待つってそれだけしかしないのはあまりにも! あまりにも情けない!
ゆらりと立ち上がり、思い切り憎しみをこめた目で睨みつけた。
「イヌが……、立っちゃあ、いけないじゃないか?」
鉄格子に繋がれていた鎖をぐいと引っ張る。鉄格子に顔をぶつける寸前で両手で掴み、衝撃を和らげた。
「身長164センチ、体重は60キロ。ちょいと重いが、筋肉やその太い足をみりゃあそれくらいあるってわかる。甘いものが好きで一番好きなのはキャドバリーのチョコレート。趣味は音楽鑑賞と運動と……、スニーカー集めだったかな? 一番の宝物はエア・ジョーダン」
なんだ? それがどうしたっていうのさ? そんなことで俺は怖がったり怯んだりしない。
「僕は君が産まれた時からずうっと一緒にいるのさ。君のすべてを知ってる。親に秘密にしてることも、精通の歳だって知ってる」
首輪を掴んで引きちぎろうとするが、魔力が遮断されているのでうまく力が入らない。
「無駄だよ! それ……、僕でテストしてるんだ。人間の技術力はすごいな、金と少しの魔力さえあればどんどん不思議なものを作っていく。僕らが月へ行こうとしても無理だが、人たちはもう何十年も昔に月へ行っている」
いまのでピンときた! こんなちゃっちい首輪ひとつで、人間の技術とセオドアの魔力があるとはいえ異能者を抑え込めるはずなどあるはずがない。
こいつは抑え込んでるんじゃあない……。異能者の近くには魔法臭がするように、魔力を異能者は纏っている。体の中の魔力は食べ物などのエネルギーから作られる。だからセオドアは俺に断固として食べ物を与えなかった。しかし今は! 親は食べ物を『食べた』! これは食べ物から作られるエネルギーではなく、外に漏れ出した魔力や、他の者が漏らしている魔力を対象が吸い取るのを防ぐだけのものだ。
そしてここにくる前からろくにものを食べていなかった俺はすぐにエネルギーが尽き、尽きるまでは足を切られたり拘束されていたというわけ。そしてその効果を見せつけるかのように、ミカにもつけて目の前で実演したのだ。ミカもあの首輪の正体に気づいているのかわからないが、セオドアは間違いなくそのためにあの実演をした。
俺の魔法臭で追っ手を防ぐためだろうと思う。そのため、倫太郎さんやライラ、アイヴィーは助けにくることが難しい。その間に俺を屈伏させ、倫太郎さんはまだしも、まだ危険の残る俺の母さんなんかを始末しようとしていたのだろう。
これのせいで魔法が使えないなんてことはない! わずかながら腹の中に力を感じる。なんでも抗ってみろ! 抵抗しないなんて、なんて馬鹿なことをしていたんだろう。
「……!!」
首輪が砕け散り、大きく後ろに吹き飛んだ。頭を打ったが、痛がってる場合じゃない。はやくここから逃げなければ! 手ごろな影を探すしか……。
「っ!」
ないっ! 飛び込める影はセオドアの影しかない。このまましゃがんだまま足から影を吹き出し、飛び込むしかない。腕を斧に変え、突進。鉄格子にぶつかる瞬間に切り払い、俺が滑り込めるスペースをつくった。もう少し! もう少し!
もう少しで影に触れられる、その時勢いよく床に体を投げ捨てた。くそ、読まれてる。セオドアは大きく後ろに下がり、影を動かしたんだ。
……だ、だめだ。立ち上がろうとするが、手足が震える。エネルギーがこれっぽっちじゃ、いつものように動けるわけがない。自分の体力を過信しすぎた。
やっと床から腹を離したが、すぐに押さえつけられた。……手は、手は影に触れているのに! もう少しなのに!
どこから取り出したのかナイフを俺の右手に突き立てる。
「ほらーっ、 影はここにあるよ? 入ってごらん? んんーっ? もしかして、できないのかい?」
「があああああっ!!」
突き立てたナイフをぐりぐりと動かした。痛感を切ってしまえば脳に痛みがいかないだろうか!? なんて考えていた。もちろん医者でも学者でもあるまいし、どこにそんな神経が走っているのか分かりはしない。
「きみのこと正直ナメてた。自信のないコンプレックスだらけの、臆病チキン野郎だと思ってた。さすがあの二人の息子といったところか」
ナイフを引き抜き、左手に突き立てた。
「あああああ!!」
この時俺は軽い予想をしていた。足がなければ影に潜れないのだから、絶対セオドアは足を傷つけるために移動する。そのスキにドアから逃げ出し、手ごろな影を見つけて逃げ出す! それしか、もう生きてここを出られないだろう。
足りない魔力については問題ない。なぜならセオドアほどの異能者があれだけ近づいたんだ。数回呼吸するだけで逃げ出すくらいわけない!
手を傷つけられ、魔力もないし痛くて動けないと演技をしなければ……!
「っ!」
わざと手だけで床を芋虫みたく這うように、腹を床につけたまま移動しようとした。セオドアに足首を掴まれ、金属の臭いが近くなる。
掴まれた足から影を噴射し、セオドアの胸を蹴飛ばしてドアを破った。……廊下。何もない。何もない場所には影はできない。
……勘に頼るしかない。俺はここがどんなところなのか? どこになにがあるのか? なんて知らないのだから。後ろから追いかけてくるし、迷ってる暇などあるものか。ただ影を見つければいい。
階段を見つけ、様子を見てみる。窓があって……、ああっ! 太陽の光が差していて、おおきな影ができている。やったぞ! 勢いよく飛び込み、久しぶりのこの黒い感覚に身を震わせた。……落ち着く。絶対に安全な場所。
……ここまでは計算していたが、問題なのはこれから。とりあえず地上に出て様子を見たいが、一旦出るということは痕跡を残すということだ。どのタイミングで出て、倫太郎さんたちの所へ逃げ込もう。
しかしこんなに簡単に逃げ出せるとは思わなかったな。散々言ってて、けっこーたいしたことない奴かも。……ま、それでも俺はかなわないだろうけどさ。
体力もだいぶ落ちているので影の中に長居はできない。

一旦地上に出て見ることにする。とはいえ今は裸だし、影の中から出てくるところを見られてはまずいので慎重に音を聞き、どこから出るか見極めなければならない。
人の声や車の音が聞こえるものの小さく、大きな影。車の音が多いから大きな通りなのだろうと思う。たぶん……、おそらく、大きな建物と建物の間かな? きっと大丈夫だろう、ちょっとくらい見られたってすぐまた影の中に飛び込めばいい。ちょっと休んだら、服とか食べ物を調達しないとなあ……。
そう思いながら、のんきに影から出た。……オーケー、だいたい予想どおり。ビルとビルの間でゴミやほこりが多いが、あそこに比べりゃ天国だ。大きな通りは遠く、近くにゴミ箱があるためそれを背にしてしゃがみ、隠れた。
俺は鼻がきくんですこし臭いはこたえる。我慢できないほどじゃあないけれど。
大きく息を吐いた。なんて安心感だ! ここまで逃げればひとまずは大丈夫だろう、影の中を使って逃げたのだから足取りを掴むのに時間がかかる。
「うわあっ!」
急に足を掴まれ、飛びのこうとしたが地面に叩きつけられる。ゴミ箱が倒れ、中のゴミが飛び散った。
影だ、影の中から誰かが出てくる。影の悪魔がいる! もしかして、もしかするとアイヴィー? アイヴィーがあのベルトを見つけて追ってきてくれたのか?
ゆっくりと影から出てきたのは。
「ンッンー、久しぶりの太陽光線と外の空気はうまい」
河川敷にアイちゃんといた、黒髪の悪魔だ!
影を使って俺を追ってきたのか。ということはこの悪魔はセオドア側についていて、悪魔でありながら俺の敵!
足をライフルに変え、一発ぶちかましてやったが予兆が見えたのか避けられ、蹴飛ばされ押さえつけられた。
「もしもし? もしもォし? 聞こえてる? あっそ。で、どーすんだ? ……はあ。いやオレは別にかまわねーけど? 関係ないし。ふーん、うわ。きもちわる。……じゃ、キャドバリーのチョコよろしく」
……携帯電話で話をしてる。相手はきっとセオドアだ。
そのまま無言でナイフを取り出して……、嫌な予感がした。銃をぶっぱなして逃げようとする。……当たってる、当たってるけどそれでもあいつは向かってくる。確かにこれは実弾じゃなく、俺の身体を通して影をエネルギー体に変えて撃ち込んでいるだけなので実際のライフルよりはうんと威力は落ちる。さらに相手も俺と同じ影の悪魔なら、あまり効かないってのも無理ないか……!?
もっと威力の上がるものに変えようと大きく息を吸う。が、深呼吸が終わった瞬間に激しい痛みが体を刺した。
「……っ!」
切られた! いや、切られたんじゃない。切り落とされた! 膝から下の感覚がまるでない。ハンドガンじゃかなうわけない! すぐにまた同じ感覚が襲う。……両足! 俺の両足が……!
「こんなもんかあー? ……ま、念のため」
地面にうずくまる俺を踏み越えて。
「腕も一本落としておくか」
「ぃ! ぎ、ぁ」
切り落とした左腕を持ち上げ、俺の腹を足で軽く蹴飛ばした。そんな痛みなど感じられないほどに、腕と足が痛む。
「そこで野良犬かホームレスにでも犯されて衰弱死しろってよ。……しかし野良犬はまだしも、ゲイのホームレスっているのか? ま、いいや。確かに伝えた。じゃーな、恨むならオレじゃなくセオドアにしてくれよ」
その言葉はろくに耳に入らない。一本のみ残った右腕でずるずると逃げるように光の指す方へ。……が、思ったより進まない。体力は落ちているし、腕一本じゃバランスがとれない。逃げて、早く誰かに助けを求めないと死んじまう!
見えるのはゴミと泥と埃だけだ。傷口からダラダラと血と黒い煙を垂れ流していた。
「……はぁっ……」
少ししか進んでいないのに、もう動けないくらい疲れてしまった。……酷い目にはあったが、つまりセオドアはもう追っかけてこないということ。ここから出られれば、希望は前より沢山ある。
ぺたぺたと泥を踏みしめる音が後ろからする。いくつもの足、足。嫌な予感。
音に追いつかれた。首根っこを掴まれ、動きが止まる。な、なんだ……、誰だ? ゆっくりと振り向くと、目の死んだ汚らしい学校の男。汚れた服と散らかった髭。ベルトは緩み、その奥からはむせ返りそうな悪臭がする。う、そだろ? 後ろにも何人か、同じような男が立っている。目の焦点は合わず光は無くまるで本当に死んでいるかのようで、臭いと恐怖で胃液を吐いた。
それにもひるまず、体を持ち上げひっくり返し、仰向けにされる。腹には泥がベッタリついているが、油っぽい手で触られて乱暴に取り除かれた。
ありえないありえないありえない! こんなのってありえるはずない。あいつがどこかへ行ってすぐじゃないか。そんなことって……!?
……そうだ、セオドアが、セオドアがこいつらを用意したんだな。ふざけんなちくしょうっ! なめやがって! 魔法も使えるのにこんな、人間ごときに俺がっ!
残った右腕で影でつくった銃を掴み、男の顔に向かってぶッ離す! 頭が吹き飛び、血が流れ出た。……よし、このまま全員始末してやる。どんどん撃って頭を吹っ飛ばしていくが、顔の無い男たちは動きを止めない。二本の足でしっかり地面を踏みしめ、いつのまにか剥き出しにした勃起した性器を俺の尻にこすりつけていた。
股間を銃で撃てばすむことじゃあないか! 銃を向けようとしたが、腕が強く押さえつけられる。こいつ、人間の力じゃない。確かに見た目は人間だが、これはきっとキメラかなにかだ……! 見えない所に動物のパーツがあるのだろう。木の枝が折れるような軽やかな音がすると、右腕に痛みが走る。お、折られた!? いや、折られるまではいかないか。多分ヒビが入れられた。切られた両足を持ち上げられ、大きく足を開かせられた。
血が一度にたくさん出て全身から力が抜ける。右手が開き、銃は地面に落ちる前に溶けてなくなった。悪態をどれだけついても、今のこの現状は変わらないが、そうして強がってないととてもじゃないけどやってられなかった。




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