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Uターン
迷宮入り殺人事件

ベルベットさんの別荘にアッシュさんを連れて。別荘というにはあまりにも小さなものだが、その小さなアパートの一室でも今まで廃墟に寝泊まりしていた俺たちには豪邸に見える。風呂もキッチンも、柔らかいベッドもあり、雨と風を完全に凌げる場所!
……中から気配がする。アイちゃんとベルベットさん。戻ってきているということは、チャコくんを見つけたのだろうか。扉を開けるのには勇気が必要だった。アッシュさんとアイちゃんを会わせること……、迷ったけれど、アッシュさんの魔法は強力。盗聴のできる蛾や毒の鱗粉もそうだが、実質『死なない』のが大きすぎる。最前線でも敵に囲まれても、安全圏に蛾がいればいくらでも復活できるのだから。
「? どしたの?」
「い、いえ。入りましょうか」
ああっ、心臓爆発しちゃいそう。ゆっくりドアノブ握って、ゆっくり開けた。目の前には。
「おいおい、なかなか入ってこないからカギを開けようと思ったが、開いてるじゃねー……、か!?」
「え……」
「お、親父ッ!?」
ああっ! 心の準備もクソもない!
「お、親父!? どういうこと?」
「う、うそじゃないよな。ほんとにほんとに親父……、なんだよ、な……?」
またアイちゃんを傷つけることになってしまうかもしれない。アイちゃんは捻くれ者に見えてすっごく真っ直ぐで素直な子だ。思ったことを隠さない。ブロウズ夫妻のどちらにも、よく似ている。
「と、とりあえず入りましょう。ね?」


部屋の空気は悪かったが、ベルベットさんだけは静かに微笑んでいた。全てを知っており、それを映画でも見るように楽しもうという姿勢が俺には理解できなかった。
「倫太郎くん……、この子に会わせるためにぼくを?」
「ちがいますよ……。素直に、力が欲しくて」
こそこそと話はしたが、きっとアイちゃんなら聞こえているだろう。
「……どうしよ。心当たりありすぎて怖いんだけど?」
「浮気……、ですか」
「まさか! グレイちゃんと恋人になる前さ。けっこー遊び歩いててさ……」
事情を察したのか、アイちゃんは大きく息を吐いて頭を抱える。
「チャコの親父か」
二人で頷いたのを見ると、その真っ赤な目からはつつつと涙が。
「そう……、だよな。あたしの家族も友達も恋人も全員……。……でも、姿は全く変わらないよ。会えて嬉しい……」
「ぼ、ぼく、ぜんっぜん事情がわからないんだけど!」
そりゃあそうともさ。どう説明しようかと考えていると、アイちゃんは弱気な表情をきりりとさせた。
「あんたとあたしは他人さ。どんだけ姿が似ていてもな。だからもう親父なんて呼ばないよ。あたしはアイヴィー、よろしく、アッシュ」
「よ、よろし……、く?」
わけがわからないまま握手をするアイちゃん。強い子だな、そりゃあ世界が滅んだとかいうんだから辛い思いを相当しているんだろう。これくらい朝飯前って感じだった。
「……今、場所の特定を進めていて。この近くで影から魔法臭をかぎとれるものをいくつか見つけた」
広げた地図には、赤いペンで丸があちらこちらについている。
「わかるか? 魔法臭がするのは、教会や集会場なんかの、ソリエ教団の建物が圧倒的に多い」
ってことは、やっぱり俺が目をつけた新興宗教はやはりビンゴだった! 教祖が話を聞くだけでもどうやら異能者だったようだから。
「その中で、怪しいのはどこだい?」
「そうだな……、三つ。この本部、本部に一番近い教会、地下」
赤いペンで三箇所、ぐるぐると何度も囲った。
「一番可能性が高いのは地下だ……、一番臭いが強い上に人も多くて広い。セオドアが潜伏するには絶好の環境だし、影の悪魔についても地上より地下のほうがやりやすいからな。あの本部ははりぼてで、こっちが本当の本部だと考えてよさそうだな」
セオドアやチャコくんが居るかどうかを別にしても、この地下本部は調べがいがありそうだ。何か手がかりがあるはず……。
「ただ一つ問題をあげるとしたら、奴ら、蟻の巣みたいに地中にいくつも地下室を作ってやがる。調べるのはちょいと手間がかかりそうだし、バレたら元も子もない」
そうさ、こっそりとがっつり調べる必要はない。大雑把な中の地図さえ作ることができれば、その地下の場所はわかっているのだから俺が奇襲すればいいのだから。いわゆる……、地雷作戦。俺一人でぜんぶ殺せばいい。
「そこが重要な場所であるのは間違いないから、その地下をもう少し調べてくれるかい。危険だと感じるのならかまわない。できることならもう少し、情報が欲しい」
「そういうのはぼくが得意だから、きっと役に立つよ」
『贄の戦い』でも散々活躍したあの蛾。協力を頼んで本当によかった!
ずっと黙っていたベルベットさんが、小さな箱を差し出した。そうまるで『臍の緒』を大事に持つ母親のような手つきだった。ゆっくりと箱を開ける。
「何かわかる?」
……三人とも、きょとんとした顔で箱の中身を見つめていた。
「肉か。くせーな。が……、埃臭いってだけだ。腐ってるわけじゃあない」
そう言われれば確かに肉だ。白い色の肉の……、塊。
「この方向じゃわからないわね」
そっとその肉をひっくり返す。
「これはッ!」
指だ! それも小指! スラリと長い、男のものなのか女のものかなのか見ただけではわからないが、俺の本能はそれが男の指だと知っていた。
「セオドアの死体!」
勢いよくアイちゃんは立ち上がる。俺よりもアイちゃんのほうが先に知っていたようだった。
「やりィッ! 最初からパーツがこっちにあるなんてよッ!」
「レヴィンは『頭がい骨』を持っているわ。そしてまだいくつか、こちら側にパーツがあるようね。でもそれはセオドアも同じ……」
アッシュさんが何かに気づいたように箱の蓋を持ち上げた。
「同じ箱が……、ウチにあるよ。中身は赤い宝石さ。ぼくと妻のふた組で、ネックレスに加工されてる。ぼくらが結婚した時にヒルダさんからお祝いでもらったのさ。その箱に入ってた」
「ウフフ。ルシファーが持っていたのはセオドアの『眼』よ」
「ぼくは盗まれたり壊れると嫌なんでうちに飾ってあるんだけど、うちにセオドアが来た時に無くなっていた。壊れたんだと思っていたんだけど……、どうやらあれは壊れたんじゃないらしいね」
あの時偶然眼を見つけたセオドアは、その眼のぶんの力を取り戻したってわけか。それなら確かに以前より強くなっていてもおかしくはない……。
「眼はやべーぞ。指や歯ならバラバラになっていて一つにならないが、眼はあれ以上バラせない。『一つ』とられたってのはまずいぜ。今の戦力じゃあ殺すどころか取り戻すのも難しいかもな」
「片方の眼は妻が大事に持ってるはずだよ。ぼくはついさっきまで妻と一緒にいたけどね、確かに持っていた」
それを聞いていたかのように、箱に入っていた指がピクリと動いた。……生きてる。殺さなきゃ! 箱の中の指をひっつかみ床に叩きつけ何度も何度も踏みつけた。
「……おいっ。それはそれ以上バラせねーぞ。それを使い物にならなくしようたって、なんかの魔法で守られてる。だからバラせないし潰れないし、何年たっても腐らない」
恐る恐る足をずらしてみると、その指は傷一つもついていなかった。
「ええ。私達が持っているもの、そしてもしもの時のためにひみつの場所に隠してあるものもあるわ。先に回収してしまったほうがいいわよ」
「場所はわかるんですか?」
「わからないわ」
まさかの答えだった。……わからない!? アイちゃんは両手を上に挙げ、降参のポーズ。
「まあでも、あたしの時と同じなら一部は『眼』のように向こうにあるハズだし、こっちだって探すアテが全くないわけじゃあない」
「……と、いうと?」
アイちゃんは床に落ちた指を拾い上げ、箱の中に入れた。
「見ろよ。こいつは生きてるんだぜ。生きた死体、しかも処分しようにもしきれない……。もちろん人に見つかっていないパーツもあるだろうが、見つかっていた場合は大きなニュースになったり、大事な大事に守られてるはずさ。まあ……、とはいえ、気が遠くなるような作業だけど」
「それは後回しでいいね。セオドアも必死で探しているだろうさ。その地下に情報がどっさりあるだろうし」
……さあて。俺と友達の夫、そしてまだ未熟な(血のおかげで才能はある)その娘で、どうやってあの化け物に立ち向かおうか。




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あきゅろす。
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