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Uターン
永久歯

「じゃあ……、よろしくお願いしますね」
不安そうに俯いている甥っ子を抱きしめると、元の世界から去った。……はやく良くなるといいな。ライラの力は強力で、一人でも何人もの相手をすることができる。……が、本人の体が天使にしては酷く弱く、もちろん人間と比べれば強いもんだけど……。無理させて殺してしまっては元も子もない。チャコくんやアイちゃんも、頃合いを見て帰したほうがいいかも……。
一人であのセオドアを……、俺の親代わりの(実際親だったわけだけど)を殺すなんてできるのか不安だ……。ブロウズ夫妻やヒルダさんから力を借りることも、考えておこう。
そうなればブロウズ夫妻にも真実を……、息子が生きているという事実を知らせねばならないし、そのついでにルシファーさんの墓参りへ行こう。


「……すいません、いきなり押しかけて」
「いいのいいの、倫太郎くんならいつでも歓迎なんだから」
「あの……、チャコの遺体の話だな?」
出されたコーヒーを啜る。……なかなか話すのに勇気がいるな。
「ええ。中間報告をと思いまして。……チャコくんは無事に見つけました、が、あの……。セオドアも居たんです」
「どこだ!?」
「それがですね、かなり、俺にも理解し難くて。どちらも生きています、別世界で」
「う、うそっ! ぼく、覚えてるのに! 葬式して……、確かにあれはチャコだった。あれは別人だったと……?」
こうなるのも無理ないし、すんなり信じてもらえるとも思わないさ。
「本人でした」
「ここに連れてこないということは、また死んだか?」
「グレイちゃん……!」
さすが、グレイさんというか。まあ付き合いも長いし、バレバレかな。
「いいえ、まだ生きています。ですが、何者かに攫われて……、俺の力不足です。本当に、申し訳ない……!」
「お前ならさっさと助けて連れて帰ってくるんだろう。私が出向いて助ける必要はないな?」
「エエ……、その点に関しては、問題ないと考えてください。ただセオドアが絡んでいた場合は……、協力をお願いするだろうと思います」
「それは、私から協力したい所さ。しかし、今はだめだ……。息子を、頼むよ。必要なら私の夫を連れて行くか?」
……そうだ、アイヴィーと会ったら……どんな反応をするだろう。そう考えると、頭を抱えないわけにはいかない。
「ぼくは構わないけれど、力になれるかな? 足手まといにならない?」
「私が行ければいいんだが……、生憎、今は魔界のほうが騒がしい。天使どもが戦の準備をしているんだよ。セオドアが現れてから、ずっといつ戦が始まってもおかしくない状況が続いている……。この時間も、お前が来ると言うんでなんとか作った時間なんだ」
「初耳です……」
また、あれを繰り返すというのか。セオドアの復活によって士気があがり、復讐のためにそのまま悪魔たちを殺して魔界を制圧しようという魂胆なのだろう。
「向こうに特別強いものはいないが、こちらも同じだ……。贄の戦いでどちらも重要人物を亡くしているからな。私が出なければいけなくなるかもしれない。文書を送り続けているが、答えが帰ってきたことはない……。私がいなくなったのを知れば、すぐに仕掛けてくるだろうな……」
「……はやく息子さんを助け出し、この俺が和平工作を行いましょう。ずっと向こうには行ってないとはいえ、俺の言葉に耳を傾けないわけにはいかないでしょうから」
「それはありがたい。それまでなんとか持ちこたえよう」
「アッシュさん……、大丈夫でしたら、御同行願えますか。あなたほどの人がついてくれるなら、これほど力強いことはありません」
「夫も……、子供も、傷つけることなく返せよ」
「もちろんです。我が身にかえても、お二人は守ります」
……さて、どう説明したものかな。


黒く、大きな墓石。何度かここにきて手を合わせたことがある。知らなかった……、俺の父親。直接会って言葉を交わしたことはあるが、それはごくごく少ない時間だけだ。
「久しぶりにきたなあ。次はチャコと来ようって思ってたんだけど」
アッシュさんが花束を墓の上に置いた。いつも新しい花が手向けられており、この墓の主がどれだけ愛され慕われていたのかわかる。
「しかしまた、いきなりどーして墓参りなんて?」
「……必勝祈願っていうか……。そんなものですかね」
「そっかぁ。大丈夫、勝てるよ。ねえ、おじさん……」
手を合わせ、ゆっくり目をつむった。……何かあるのかと思ったが……、なんだ、何もない。本当におまじない程度に考えていたほうがいいかもしれないな。
「ぎゃ!」
アッシュさんの悲鳴にびっくりして目を開けると、そこには大きなオオカミが居た。……こっちに動物はいないはずだから、きっと悪魔が化けているんだな。
噛み付こうと飛びかかってきたのを、アッシュさんの前に出て蹴り飛ばす。しばらく痙攣して、イヌみたいな鼻を鳴らすような寂しい声を出すと、ゆっくりとこちらに歩き出した。
「あ……、ありがとう……」
「いえ……」
……どうして人型にならないんだ? 魔力は感じるから、悪魔であることは違いないのに。
ゆっくり近づいてきたオオカミは尻尾を丸め、俺の足に体を擦り付けた。
「? なんだろう。子供かな?」
アッシュさんがしゃがんでオオカミを撫でようとすると、歯をむきだして唸った。
「ひっ!」
俺がおそるおそる手を出すと、臭いを嗅ぎ、ぺろぺろと舐めて尻尾を振る。……なんだ、こいつ。まるで動物じゃないか……。
「な、なんか、すっごい懐いてるけど……。知り合い?」
「いいや……」
「もしかして、キメラかな? にしちゃ、綺麗だけど」
アッシュさんの言葉がわかっている!? キメラという言葉に反応するように吠え、ぐるると唸った。
「名前とか……、ないんですかね?」
オオカミは一回吠えると、湿った地面に自らの爪で引っ掻き、何かを書いて行く。
『WRATH』
意味は……『憤怒』。これがこのオオカミの名前?
「ラース?」
オオカミに声をかけてみると、ふたたびオオカミは地面に文字を書く。
『SATAN』
こいつが……!? 信じられない。ただの大きな犬っころだというのに。しかしただの犬は魔力をもたないし、ただのキメラは文字を書かない。
「すまない」
オオカミがしゃべるはずない! オオカミは姿を変え、目つきの悪い大柄な青年に変わった。ごわごわしていそうな黒い髪、体には黒い炎のようなものを纏っている。
「ずっとあの姿でいると……、ヒトとしての心を忘れそうになる」
赤く釣り上がった目と泣きぼくろ、凛々しく太めの眉、筋肉質で足は太く……、そう、まるでグレイさんを男性にしたような。アッシュさんはぽかんとそのオオカミを見つめていた。
「レヴィンやルシファーから話は聞いたよ。僕も連れていってくれるかい?」
「うそ。グレイちゃんそっくり……。おじさんの知り合い?」
アッシュさんの問いかけに、オオカミは。
「ああ、兄だよ。僕は」
「おじさんに兄弟が居たなんて、はじめて聞いたけど……」
「僕は死んでいたからね……、そんなこと話す必要もなかったんじゃないか」
「じゃ……、幽霊ってこと?」
「一般的にはそうなるかな」
見た目には合わず物腰は柔らか。あの……、グレイさんの性格はよそからもらってきたということか。
「きっと役に立つ……。いや、立ちたくて」
「こちらから、ぜひ、お願いしたかったんです」
「ありがとう。ここから出るのは何年ぶりかな……」
握手をしようと手を握ろうとすると、首を横に振る。
「きみが手を出してくれるか」
「?」
言われた通りにすると、手を握られるが握られた感触がない。手はすり抜けたが気持ちは伝わる。
「すまない。あの……、獣の姿でないと触れられない」
「ホントに?」
アッシュさんが触れようとしたが、すり抜けていく。
「ありゃ!」
「戦うならあの姿になるが……、あれだと対した力にはなれないな。この墓を墓荒らしから守るので精一杯で。入れ物が見つかるまではきみたちの後ろについて手助けするくらいか」
「入れ物? とゆーと、あのセオドアみたく死体を継ぎ接ぎして作るの?」
……そうか、セオドアをもとに生まれたのだから、似たような力をもっていてもおかしくない。
「死体を継ぎ接ぎするのって、簡単に見えて結構難しい。僕にはできない。僕と性質の似た死体、別に生きていたってかまわない。存在が近い体なら出入りしやすいし、負担もそこまでかからないだろう」
「ふうん……。あ、余計な話してごめんよ、そろそろ行こうか!」
再びルシファーさんの墓に手を合わせ、墓場を後にした。サタンというグレイさんやチャコくんにそっくりな悪魔は大きな黒いオオカミに変わり、後ろにピッタリついて歩き出す。
似た性質、かあ。グレイさんとチャコくんなら、入れるんだろうかな。アイちゃんは、影の悪魔だけどどちらかというと父親に似てるようだし。
レヴィン、ベルベットさん、サタン、そしてルシファーさん。七つの大罪だから、あと三人か。全員集めたら何かが起きる、なーんて、願いが叶う『あれ』じゃああるまいし。普通の異能者と比べて大きな力や変わった力を持つようだし、仲間にしておいて損はないはずだ。
ルシファーさんはとても強い悪魔だし、レヴィンは天気を操るという。ベルベットさんは魔力は感じないが強い透視能力を持っているし、強いカードがどんどん揃って行く。アイちゃんがチャコくんの居場所を見つけられたらいいけど……。




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