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Uターン
猟犬のプライド

時間の感覚が、わからなくなってきた。俺の目に入る場所に時計や窓は無く、テレビや新聞、ラジオもないため外の情報が全く手に入らない。そんな状況で軽く適当に予想をするならば、ここへ来てから三日だろうか……。三回寝て起きてを繰り返したが、長い間起こされていたこともあった。
食事は全く無く、しかもしょっちゅう首をしめられて空気が吸えなくなるので頭がぼんやりとして、手足が震え出して来た。自力で起き上がることさえする気が起きなくて、ほとんど一日中をベッドか床に倒れて過ごしている。
水はなんとか与えられているのが救いだ……。この状態が変わらず続くならば、あと二日は持ちこたえられるかという所か。
相変わらず暴行も続いているから、体は傷や痣だらけだし、骨や関節が痛んでしかたがない。……追い詰められている。精神的にも。
金属が泣く音が聞こえたので、ゆっくり顔を上げた。ドアが開き、鉄格子の中に入ってくるのは白髪の……、親父に似た男。
「おはよ、チャコ。どーお、そろそろ言う気になったかな?」
……セオドアだ。ゆっくりと体を起こした。起こして顔を見ていないと殴られるのだ。
「……」
こんな簡単な問いにさえ、返す言葉が浮かんでこなくなる。
「もう限界だって顔してるよ。僕のそばにつくと、それだけ言ったらすぐここから出して、おいしいご飯を用意させるのに」
腹にできた傷口を靴でつつかれ、体を反らせて逃げた。……怪我が一向に治らない。きっとこの首輪で魔力が遮断されているからだ。魔力がなけりゃあ、人間よりひ弱な生き物に成り下がってしまう。
「あいつら、うまいこと逃げ隠れしてんね……。ビルを襲って、……ネロが見つけてから全く足取りが掴めない。あのビルを襲ったってことは、……少なからず、こっちのことに気づいてる」
ネロ? あの、俺を襲った悪魔はネロというのか。悪魔のくせしてセオドアに味方するなんて……。倫太郎さんなら大丈夫、簡単に見つかることはないだろう。俺を助けにもきてくれる……、だからそれまではなんとか頑張らなくっちゃ。
「ま、きみを盾にすりゃあ簡単に始末できるさ。あれはああいう男だ」
……まだアイヴィーのことは割れてない。アイヴィー、ライラ……、そして倫太郎さんなら……。
首輪がしまり、首の後ろに注射針が刺された。いきなりのことでびっくりし、体が硬直する。手先をぶるぶる震わせて、目を見開いた。……いきが、いきができない、死んじゃう、死んじゃう。
永遠に続くと思われたが、すぐに弱まった。
首輪に鎖をつけられ、ぐったりとした俺を引きずる。鉄格子の外に出すとゆっくり抱き上げ、台車に乗せると鼻歌を歌いながら台車を押し、部屋を後にした。……どこへ連れていかれるんだろう。

暗い部屋に入るとセオドアは部屋を出て行った。その部屋には椅子がひとつだけあって、そこには。
「チャ、チャコ?」
茶色い髪に幼い顔つき。ミカだ……。またこれも罰の一種なのか?
俺は喋る気力さえなくて、ぼーっと真っ直ぐ目の前だけを見ていた。ミカは俺と比べるとわりと元気そうで、きっと食べ物はきちんと与えられているんだろうなと思った。
「チャコ? ねえ……、聞いてる? 大丈夫?」
台車に近づき、俺の顔をじっと覗いた。
「……」
「……おれ、いいもんもってるんだ。あげるよ」
上着のポケットをまさぐり、そこから出てきたのは……、小さな袋に入ったクッキーだ。ミカはそれを差し出すが、受け取る元気がない……。喉から手にはいるほど欲しい、カロリーだ。
「……嫌い? チョコも、ビスケットもある」
大きな反応を見せない俺に対して事情がわかったのか、ミカはクッキーを小さく砕くと俺の口にもって行った。
「口を開けるくらいはしてよ……」
といいつつも、指で口をこじ開け、粉々になったクッキーやチョコレートをゆっくりと口へいれてくれた。甘いなあ、……。お菓子食べるのなんてどれだけぶりだろう。幸せすぎて涙が出てきた。
「そんなに好き? ならまた明日もってくよ。だからこんなくだんないことで泣くのはよしなって」
あ、ありがたい……。これでまだ生き延びられそうだ。カロリーの高い菓子類が手に入るのは大きい! 遭難して食べ物が無い状態で生きのびた人間は、お菓子を持っていた者が多いという。今の俺はぶっちゃけ遭難よりもひどい状態にあるかもしれない……、雨風は凌げるかわりに、暴行がある。精神的にもかなり危ないところまで追い詰められていた。感謝の言葉を口にしようとしたが、うまく声がでない。
「ぁ、が……」
「わかってるよ」
あれだけ幼い幼い言ってたけど……、今のミカはまるで大人みたいだ。ふと首を見ると……、ミカは首輪をしていない。
「外してやりたいけど、そうすると怒られちゃうから、それだけはできない……。ごめん。……しかし、これから何があるんだろうね。おれも知らされてなくてさあ……」
続きを言いかけたが、いきなり扉が開いて飲み込んだ。女の人が立っていて、ずっと奥にはセオドア。……ステージ?ステージに立って、スポットライトを浴びている。
「ミカ、それ押してこっちに出てきなさい」
それってのは俺のことか。言われた通りに台車を押し、ステージに出てくる。
……観客は、いっぱい。男も女も綺麗に着飾り、年寄りが多いか。色とりどりのスーツとドレス。
「……先ほどビデオを見てもらったと思いますが、ここで実演しましょう。相手をしたいという方?」
セオドアの問いに、一人の老人が手をあげた。
「わたしのボディガードの半分を」
その声のあと、何人かが手をあげ、ボディガードや護衛、警官などを言って行く。……な、なにをするんだろう。
すぐにステージに男たちが登ってくる。どれも背が高く筋肉質で、総勢三十人前後といったところか。
「でははじめましょう」
ま、また怖い目にあうのだろうか。たち上がって逃げようにも筋肉に力が入らない。
「ミカ。全部『やっていい』」
「本当?」
「ああ、本当だとも」
白い翼が伸び、宙にふわりと飛ぶ。落ちる瞬間にごきりぼきりと何かが折れる音と水の音、悲鳴、ただひとつの狂乱の声。
「あああっ!」
ざわめく音、拍手の音。くるりと振り返ったミカの姿はまるで伝説にのこる悪魔のようだった。血に濡れ、足元の死体を踏みつけ、歯で肉を食いちぎる。
獣がするように這いつくばり、血を啜る。それをセオドアは押さえつけ、首にあの首輪をつけた。
「食ってていいから、大人しくな」
……つ、次は俺の番か? あの首輪が外れるなら、すぐに逃げ出そう。首輪に繋がれた鎖を引っ張られ、台車から転がり落ちた。そのまま上に引っ張り、無理矢理立たされる結果となる……。たくさんの人が見ているが、今の俺はなにも身につけていない裸の状態。……しかし、恥ずかしがる力もでない。
俺が立ち上がった瞬間、驚きの声が上がる。
「ええ、皆さんご存知でしょう。これはあの暴力団ビル襲撃事件の犯人の一人……、チャコール・グレイ・ブロウズ少年。彼もまた、あれと同じ化け物なのです。でなければ……、あのような不可解な事件、起こせるはずありませんからね」
……あれ、俺はなんにもしてないってのに。
「しかし、これをつければこのよーに! 普通の人間以下に力を抑えることができます。危険なので実演はしません……。この少年は凶悪犯罪者、これをはずすとみなさんを殺してここから逃げかねませんから。信じられない方は近づいて、触れてもかまいませんよッ」
席を立ち、俺やミカの周りに集まる人々。歯をむきだして睨みつけると人々はひるんだが、セオドアが鎖を離すと芯がなくなったみたいに地面に倒れこむ俺を見て安心したらしい。べたべたと皮膚を触ったり、髪を掻き分けて顔を確認したりする。
「ほ、本当にあの少年じゃあないか」
「18に見えないわ……。せいぜい中学を卒業したころじゃないの?」
「動物みたい……」
「どうやって捕まえたんだ」
「ねえ、パパ。これ欲しい」
好き勝手言ってくれるぜ、人を化け物扱いしやがって。こんな奴ら、いつもなら一捻りなのに……。プライドはまだ砕けずにいるが、粉々になるのも時間の問題か。
「全部片づけてまとめて置いとけ!」
セオドアが大きく、しかし落ち着いた声で。どこからともなく、虫みたいにたくさんの黒い服を着た人がやってきて、俺の台車を押してステージを出て行く。……残りの人は、あのたくさんの死体とあれを貪るミカの処理をしているのだろう。
台車はあの部屋……、罰の部屋に入り、俺を鉄格子の中に入れた。すぐにミカと一体の死体を乗せた台車が同じように入り、鉄格子の鍵を閉める。
床に叩きつけられたミカはすぐに死体にすり寄り、破れた腹の中に顔を突っ込んだ。
い、異常だ! あのステージといい、このミカといい。何なんだ、ここは? セオドアは……、化け物ショーとして俺たちを見世物にしたのか。現実離れしてる。これは……、夢じゃない……。
ぺたり、と生暖かいものが触れた。体を起こす(さっきのお菓子のおかげか、少し元気がでてきた)と、ミカが血まみれの手で俺に触れている。
「……」
何も言えるはずなかった。顔も手もどろどろの血がついていて、……これがホラー映画ならどれだけいいか。
「食べる?」
「い、いいよ……」
「なんでもいいから食べないと、ここじゃあもたないよ」
そんな事言われたって、生の人肉なんて食えるわけがないじゃないか!
「血は栄養あるからさ、それだけでも飲んだら」
「いつもこうなの?」
「おれはね……、まあ、たまにだけど」
そういいながら、そっと俺の手にキャラメルを握らせてくれた。
「今日持ってんのはこれで終わり」
「どこで手にいれるの?」
「これはね、くれたんだ、子どもが。ここにはおれたちとは違う……、人間の子どもたちがたくさん居てね。身寄りがなかったり、虐待を受けた子どもを保護してるのさ。外にも出られるし、屋内プールやたくさんのゲーム機、お菓子もくばられる。それを少し、わけてくれるんだ」
「前とはなんか、雰囲気違うね……?」
「よく言われるよ。パニックになったら、ああなってしまうみたいで。普段は違うんだ。びっくりさせたろ、ごめん」
今もかなりびっくりしてるけれどね……。しっかし、あのセオドアが子どもの保護だなんて。悪い事を裏でしてるようにしか思えないな。
「いつからここに?」
「……そうだね、ここにきてからクリスマスを5回くらい経験したかな。最初はセオドアが神に見えたけど……。あれは、神じゃない。悪魔のような男だよ。あんたこそ、いつから?」
「……なんかさ、話信じらんないかもしれないけど。死んだんだ……、一度。それからいつの間にか、確かに生きてこっちに居たんだ。多分、アイちゃんの力だと思う」
「おれもだよ。あれはセオドアの実子らしいね」
「……もしかしたらだけど、近いうちに俺の仲間が……。助けにきてくれるかも。そしたら、一緒にくるかい?」
じっとこちらを見つめて。
「い、いいや。遠慮するよ。あんたに優しくしてるのはあんたの味方をしたいからじゃあない……、あんたがかわいそうに思ったからだ。勘違いするなよな」
「ここから出たいと思わないの?」
「『出られるわけがない』ッ! 出られるのは死んだ時だけ……、でも、それすらも、できないんだ! あんたもここで五年過ごせばわかるさ! あれに逆らう事は不可能だって!」
「出たいか出たくないかって話をしてたろ」
「出たくない」




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