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Uターン
心臓に食らいつけ毒蛇

「にいさん……?」
赤い髪をゆらゆらさせて、きょろきょろとあたりを見回す。
「? どうしたのかしら? なんだか……、頭がハッキリしないわ……」
この女性が僕の母親であるということはすぐにわかった。……ど、どう声をかければいいのだろう。
「サリア」
「パパ! にいさんは?」
「知らないのかい?」
「ええ……」
「無理もないか……」
……僕の母親の名はサリア。サリア……。何度も口の中で噛みしめる。忘れないように。
「あの子……、にいさんに似てるけど、ちょっと違うの」
「誰なのかわかるかい?」
「いいえ……」
僕を知らない? 母親なのに? ……僕の生まれって一体?
「あ、あの、僕、ライラって言います。あなたの……、子どもです……」
「え? じゃ、じゃあ、私……。もしかして、にいさんと……」
「その通りだよ」
絶句。僕は……、兄妹との間に産まれた子ども? そんな……! でも、確かにそれなら理由がわかる。倫太郎おじさんやヒルダおばあちゃんが絶対に僕を魔界や天界に連れていかなかったことや、体が極端に弱いこと、弱視であること……。直接は聞かなかったが、おじさんとおばあちゃんが話しているのを盗み聞きしたことがある。
まさか自分がだなんて思っていなかった。誰も何も言わないはずだよ……。
「覚えてるわ。セオドアに殺されて……、そのあとは記憶が曖昧だったけど、にいさんのそばにずっといられて幸せだった。パパ……、私、間違いをおかしてしまったのね」
ゆっくりと女性が近づいてくる。手を伸ばして、僕に触れる。
「ねえ、あなた……。名前はなんて言うの?」
触れてくる指は冷たくて、血が通っていないことがわかる。……夢なのに? 夢なのにこんなに感覚がハッキリしているなんて。変なの……。
その指を覆うように両手で触れて、自分の体温を与えるようにさすってみるが、それは無駄な努力にすぎないことを知っていた。
「ライラ……。ライラ・ソーン」
「そう、素敵な名前。きっとにいさんがつけたのね。ライラ……」
そう、それは本当に変温動物。冷たい空気に晒されて体が冷えていく。
「びっくりするくらいにいさんにそっくりだわ。そうだ……、にいさんは元気?」
「あの……、僕、父親の事も知りません。名前も知りません」
「……え? じゃああなた、ママと暮らしてたのかしら?」
「はい。……あと、おじさんに」
「おじさん?」
……何も知らない! この人は、僕をこの世に産み出しておいて、これっぽっちも僕のことを知らない。どうしてこんなことになっているのか……、きっと、僕を産んだ時に死んだのだろう……。
「クリスだろう」
「クリス? あの小さい男の子? セオドアの所の?」
「ああ。……サリア、お前が死んで随分経つよ」
「そうみたいね……」
僕の顔を見つめて散々触った僕の母親サリアは、満足したのか一歩引いて老人の……、僕のおじいさんの隣に立った。
今度は僕の父親が出てくるのだろうと身構えたが、そんな気配は全くない。
「父親のことは……、また今度にしないかね?」
「どうしてですか!」
つい強い口調になってしまった。おじいさんは困った顔をしてまばらであまり手入れのしてなさそうな髭を触る。
「私もね、教えてあげたい気持ちは大きいんだが、あんまり私がしゃべり続けると君のほうが危ないのだよ」.
「ここは、夢の中では?」
「いいや。今君は、体のエネルギーを使い果たして仮死状態にある。体の機能をできるかぎりの最小限にとどめているから、外からの干渉を全て受け入れてしまう。まあ……、これはな、私が君の脳みそに直接魔力を送ってこの場を成立させているのだが、あまり長くなると君の脳みそを破壊してしまい、また違う障害が体に残ったりしてしまうのさ」
「でもこんな機会またあるとは思えませんから」
「……ライラ。眠っている時にでも、話しかけよう。だから今はよく眠ってちゃんと食べて、体力を回復させるんだ」
そう一方的にまくしたてると、二人はすうっと薄くなって消えてしまった。そして僕の体も……。


「ライラ!」
ゆっくりと目を開けると、そこは暗闇だった。夜なのかな、倫太郎おじさんの声が聞こえて、あったかい体が僕の体を包み込む。
「よかった……、本当に、ありがとうございます」
「いいえ、私こういうのは得意でね。こんなもの久しぶりに作ったけど……、意外となんとかなるものね」
遠くからベルベットさんの声。左腕に違和感を感じて右手で触れてみると、なるほど細い管が僕の腕に刺さっている。
「ご飯が食べられないなら、栄養剤いれちゃえばいいのよ。どうして気づかなかったのかしら」
……なんか僕、機械みたいだな。電池が切れたらとたんに動かなくなって、充電されると動き出す。
「……ごめんな、こんなになるまで無理させて。さっきヒルダさんに連絡を入れたよ。動けるようになったら戻ろう」
なんてことだ! 目を見開き、飛び上がるように起き上がった。
「嫌だ!」
おじさんの言うことに全て従ってきたけど、唯一、おじさんと離れることだけは全力で拒否してきた。それをおじさんもわかっていて黙っておばあちゃんに連絡したんだろう。
「足手まといだとか言ってるんじゃあないんだ。愛しい甥っ子を失いたくないんだ……、わかって」
わかってても嫌なものは嫌だ! そこに難しい理由とか理屈とかは必要なくて、ただストレートな感情。これ以上に強いものなどあるだろうか。
「お願い。僕頑張るから……、頑張りますから……」
消えそうな声で。それを聞いたおじさんは急に僕を抱きしめた。あったかい。耳の横におじさんの頭がある。
「わかってくれ」
囁かれたその声に反抗する勇気はなかった。全身の力が抜けて、芯がなくなったみたいにへなへなと倒れそうになるのをおじさんが強く支えてくれる。
目が良く見えないのは涙のせいだけだと思いたい。反抗する勇気がなくて、涙がぼろぼろこぼれ出してる。何にも見えない。ここがどこなのか、そばにおじさんがいることと、離れた場所にベルベットさんがいることしかわからない。
前は……、数メートル先ならなんとか目視できていた。後は人の気配とか、音の響き具合でなんとか一人で歩いたりしていたのだけど。
何にも、ミリも離れていないおじさんの体のパーツでさえも見えない。あるのは暗闇だけだ。僕の目は光を拒絶している。
「電気……、つけて」
「……え?」
サッとおじさんは僕から離れたが、まだ僕の肩に触れている。
「ついてるわよ……」
うそだ……、ベルベットさんはうそをついてる。でもそんなくだらないうそをつく必要があるか?
「ライラ! ライラッ! 見えるか?」
「みえない……」
何も……。みえない。
「……なんてことだ……」
なに? どういうこと? 目をどれだけ見開いても僕の視界には何もうつらない。光は入ってこない。
「どうして……?」
僕の膝におそらく……。頭が乗った。じわじわと膝が濡れ、その頭は小刻みに震えて、くもったすすり泣く声。
「ごめん……! ごめんなあっ……。無理と我慢ばかりさせて……。おれが、おれが悪いんだ……」
「おじさんはなんにも悪くない」
そうさ、原因はきっと一時的なもの。ストレスか何かだろう。少しゆっくりすればまた見えるようになる。そう信じてないと……、恐怖でどうにかなりそうだった。
もう僕の世界から光が消えてしまうなんて……、一筋でもいい、希望がほしい。
「あなた、治せないの?」
「……俺は、医者でもなけりゃあ神様でも……、ありませんから。俺にできるのは傷口を繋ぎとめることだけです……」
ベルベットさんの声がだんだん近づいてくる。
「……そうね……。戦時中のような暮らしでビタミンが足りなくなったのと、強いストレスかしら、原因は。人間ならもうだめかもしれないけれど、大丈夫……。少し療養すればすぐよくなるわよ。食べられないなら、栄養剤を打ちなさい」
「動ける? ヒルダさんの所に戻ろう……」
……確かに、栄養剤のおかげか少し気分はいい。……なんか、変な感じだ……。夜はいつもだいたいこんな感じだから、うろたえることはなかった。いつも通り、音と気配を感じ取れば大丈夫。
「待って……、栄養剤のレシピのメモをつくったげるわ。これ、特別なやつなのよ。人間用よりきっつい奴なの。私たちにはそれくらいがいいでしょ」
「……あの、簡単に手に入るもので作れますか?」
「そうね、コウモリの心臓とか、ヘビの腸が少し手に入りにくいかしら。少し余ってるから、持たせてあげる」
「ありがとうございます……」
「あとねえ、一応医者に見せた方がいいかも……。あ、勿論目もだけど、精神科に一度行った方がいいわ……。キチガイだって、いってるんじゃあないのよ。心が弱ってるようだから。心は人間も、私たちも変わりないわ。薬は効かないかもしれないけれど、処方された薬を教えてくれれば、あなたにも効くようにすることくらい、わけないもの」
……もう、僕はここに戻ってこれないだろう。つまらない毎日、なんにもない毎日になる。
目が……、僕の目が不自由じゃなけりゃあ、おじさんにこんな思いさせなかったろうし、僕の心がもっと強かったら目が見えなくなることもなかった。
そうさ。すべては自分が悪い。自分のことがすべて帰ってきてこの結果に繋がっているのさ。そう考えると、そうだ、生まれてきたことさえ罪に感じる。
僕は間違った子だ。間違いの末に生まれた子どもらしい。なら……、僕の人生はすべて間違いじゃあ、ないか。僕の存在自体が間違いだと言われているんだ。僕は……、誰かに望まれてこの世に生まれたはずなのに、それなのに間違い呼ばわりだ。
結果が目に見えていて、間違った子どもになるとわかっていたのに産んで、すぐ……死んで。いったい……、僕は……。
……思いつめたって仕方ないことはわかってるしこの体についても諦めはついてるけど、間違った子どもであるという事実は今知って……、すっごく、ショックだ。
どうして? どうして産んだんだ? 母親が死んだのなら、何もわからないうちに母体と一緒に死にたかった。だって……、間違いなんだろう? 同族とさえ一緒に暮らすことを許されず迫害されるんだろう? おじさんとおばあちゃんは、どんな気持ちで僕を育てたのだろうと考えると、とてもそんな事は言えなかった。



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あきゅろす。
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