[携帯モード] [URL送信]

Uターン
黄金色の遠い記憶

僕らは、海岸沿いの洞窟にいた。アイヴィー、倫太郎おじさん、ベルベットさん、僕。そして、海から這い上がってきた異形のもの。
眉の上あたりから大きな角が飛び出しており、肌は色とりどりのウロコに覆われていて輝いている。金色の癖のある髪の毛、渦巻きが浮かび上がる緑のひとみ。幼い顔つきには似合わない、手足の鋭い爪。
僕がびっくりしたのは、あまりにも倫太郎おじさんに似ているということ。他人にしては不気味だし、身内なら誰もが納得するほどだった。
こいつに倫太郎おじさんを会わせたほうがいいという意味がよくわかる……。
「こりゃあ、ずいぶんオレの血が強く出た奴が来たもんだな、うん?」
「隔世遺伝ってやつかしらね」
人間離れした姿をしているのに、どうしてこんなにも似ているように見えるんだろう? 倫太郎おじさんも、びっくりしているようだ。ジッとそれを見つめて動かない。
「オレはレヴィン。お前らの先祖さ」
「……聞いたことがあります。俺たちのご先祖さまは竜だと」
「ああ、そうとも。オレは竜」
少し離れるとその人間離れした化け物……、レヴィンは、四つん這いになって吼えた。すると腕や首が伸び、二メートルほどの竜に変わる。……竜。フィクションの中にしかいないと思っていたけど……。
「本気を出せば、こんなもんじゃないぜ。これ以上大きくなると服が破けちまう」
そう言うとレヴィンは元の姿に戻った。
「あなたたち、『七つの大罪』は知っているかしら」
「え……? あ、はい」
ベルベットさんの問いかけに、倫太郎おじさんは戸惑いながら返事をする。僕も知っていたので頷いた。アイヴィーの様子を伺ったが、ぼんやりと黒い海を眺めているだけだった。
「傲慢のルシファー、嫉妬のレヴィアタン、憤怒のサタン、怠惰のベルフェゴール、強欲のマンモン、暴食のベルゼブブ、色欲のアスモデウス……。罪につき一匹、悪魔がついてるの」
「オレはレヴィアタン」
「そして私はベルフェゴール」
……ルシファー。おばあちゃんがよく話をしていたから知ってる。倫太郎おじさんの親で、ヒルダおばあちゃんの夫。でもヒルダおばあちゃんと倫太郎おじさんは本当の親じゃない(本当の親くらい信頼はしてるけどね)。
「私たち誰かの血を、純血の悪魔や天使なら継いでいるはずだわ。そうね、ライラくん……、あなたはルシファーの血が目立つし、倫太郎さんはレヴィアタン……、チャコくんはサタンで、アイヴィーはベルゼブブ……。パッと見で特徴がわかるのはこんなものかしら」
「お前たちの先祖のオレたちの先祖は誰だと思う?」
そんなもの、わかるわけないじゃないか。天使と悪魔の元になった生き物が八匹も自然発生するなんて考えにくい。
しかし倫太郎おじさんは考え、そして一人の男の名前を口にする。
「……セオドア……」
唾を飲んだ。
「そう。オレたちの元になったのはセオドア……。オレ達のせいでこんなことになって、ごめんな」
「? どういうことですか」
海を眺めていたアイヴィーが、感情をこめずに淡々と。
「あたしらの世界は、セオドアを飼うためのものだったんだってよ。セオドアを閉じ込めるためにあの世界を作ったんだ。だからあそこから逃がしたんで、こいつらは焦ってるわけ」
「……か、飼う? なら俺は……、俺たちの戦いは……、なんだったんだ? あれだけ必死に、色んな人も死んで、でもそれはあなたたちはセオドアがあそこにいるからよかった、と」
「ああ、あたしらは餌なんだよ。セオドアを飼うための餌だったのさ。あたしらの戦いなんて、テレビの奥の動物番組のサバンナと同じってことだ。テレビから猛獣が出てきたから殺そうとしてんの」
……おじさんは複雑だろう。だっておじさんはセオドアの子どもだ。それに贄の戦いでセオドアを閉じ込める時に活躍し、その後の協定を結ぶ際も天使と悪魔の架け橋になった……。
「……そんな、それが本当なら、俺はセオドアを殺したくはない……。一緒に帰って、一緒に……」
「倫太郎さん。あいつが生きるために何が必要なのか、あんたが一番分かってるはずだろ……」
「そ、そうだね。ごめんよ。どうかしてた……」
「仕方ないさ、こんな話。あたしらより倫太郎さんのほうが動揺するって。こいつらの力は有用だし、どんな奴らでも、利用していいっていうんだから利用するしかないと思うぜ」
アイヴィーは大人だなぁ。アイヴィーは自分の居た世界でどんな風に暮らしていたんだろう。確か……、世界がセオドアに滅ぼされたんだっけ。そしてどうしてだかここにいる……。
「ええ。私達は戦えなかったり、このレヴィンのように姿が人間離れして地上をうろつくことさえかなわないの。私は人の過去や今いる場所を『覗く』ことができるわ」
「オレは雨を降らせ、嵐をおこそう」
僕に選択権はない。倫太郎さんの選んだ道を後ろからついていくだけだ。
「……俺は、諦めないです。その話を聞いて、そう思いました……。俺はセオドアとせめて、話がしたい。何も言わずに殺すなんてこと、できません。あくまでそのために、俺はセオドアを追います。あなたたちが殺すと言うなら、あなたたちの協力はいりません。そうでないなら、ぜひとも、力を貸してください」
誰も何も言わなかった、倫太郎おじさんとセオドアがどういう関係だったのかなんて、ここにいる人は親であることしか知らない。
もちろんただの血縁関係があるだけではないのだろうし、様々な想いがあるのだろう。人と人のつながりは簡単には切れないし、切ろうとも思っても難しい。
「ああ、オレたちにできることならなんでもするさ」
「まかせて」
レヴィンが手をまねき、おじさんにそばにこいと言った。レヴィンはおじさんと並ぶと少し小さくて、チャコやアイヴィーよりもちょっと背が高いくらいか。
「オレのウロコをやるよ。お前ならオレの血が強く出てるし使えるだろ」
体に並ぶ色とりどりのウロコのひとつをちぎり、おじさんに渡していた。……そうだなあ、僕も少なからずあれの血をひいているんだ。血縁関係があると、なんとなくわかったり雰囲気でどこにいるかわかったりする。僕もおじさんとはそういうことができるが、このレヴィンとは何も感じない……。
「それを強く握りしめて、オレを思い浮かべてみろよ」
「……遠くからでも連絡が取れるものですか」
「オレとお前の魔力だからできることさ。もしもの時これを使ってオレを呼べよ。すぐに飛んでってやるさ。ただ……、行くのは本当にもしもの時だけだ……。オレの姿をあんまり見られるとまずいだろ。連絡は取り合えるから、オレの力が必要になったら使えばいい。伊達に何百年も生きてないぜ……」
「ありがとうございます、きっと力を借りることになると思います」
そうだな、とレヴィンが一言置いて。
「時間に余裕がある時にでも、ルシファーの墓に行ったらどうだ。こないだ影の悪魔がいただろ、あいつのことならルシファーも……、そしてサタンもきっとついてくる」
「あたしがチャコを探してる間、墓にいってこいよ」
「それがいいわね。では終わったら私の部屋に集合しましょう。レヴィンも、倫太郎さんを通じて話ができるようになったことだし」
どんどん話が進んでいくな。僕は口出しする元気もなくなってきていた。お腹が減っているのに食べれば戻してしまう。せっかくベルベットさんが用意してくれた料理も薬もしばらくして全て吐き出してしまい、眠ることもかなわなかった。
……目の前が真っ暗で何も見えない。頭に栄養がいかないから、ただでさえ低すぎる視力が全く頼れないものになっていく。においも、音も、誰に触れられても感覚がない。
誰も僕を助けてくれないと嘆いているんじゃない、助けを求めることに恐怖している。僕なんかが本当に助けてもらえるのか、自信がないんだ。
「もしもし……、もしもし? 聞こえるかな?」
「……? だ、誰ですか?」
どうしてだか、今は周りがよく見える。真っ黒い墓に囲まれている僕、そして墓の前に立つ赤い髪の老人。老人と形容するにはすこし若々しい、皮膚の老化具合や表情は老人なのだが、背筋はピンとして白髪交じりの赤髪は格好いい。
「やあ……。きみは私の姿を見るのははじめてだね? 私はきみのおじいさんさ」
はて、飴玉でもくれるのか。変わった夢だな……、いや、これって僕が眠れてるってことじゃあないか! やったぞ!
「驚くのも無理ないさ! しかしな、私はいつもきみやきみのおじさん……、私の娘と息子たち、その子ども……、そして私の妻……。みんな見守っていたよ。いやあ、この体のほうが心配性の私にはいいね」
「おじいさん……」
僕の母親か父親の親ということ? ……僕は、僕は自分の親のことが知りたい。いまどうしているのか……、……や、だいたいは予想つくけど。
「僕の親のことを教えてください。僕……、何にも知らないんです。名前すらも知りません」
「私の口から言っていいものか……」
「どうしても知りたいです」
「……そうだな。グレイも……、ヒルダもクリスも言わないだろう」
「はい」
老人が墓に腰掛けると、隣の墓に一人の女性が現れる。老人や僕と同じ、赤い髪を長く伸ばしている。女性にしては背が高く、異常に露出の多い格好をしている。砂漠の国の踊り子のような姿だ。皮膚にはウロコが浮き上がり、とろんと垂れた目は僕やおじさんと同じ緑色。……そして、老人とも同じだった。




[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!