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Uターン
子どもの権力

結局アイヴィーは倫太郎さんを連れて戻ってきた。僕は眠れないしご飯も用意してもらったのに、あまり食べられなかった。別にまずいとか口に合わないとかそういうんじゃなく、気持ちの問題だとおもう。
……やっぱり、僕に霊がついてる。あの日殺したたくさんの霊が僕を殺そうとしているのだ。
僕は何も怖くないふりをしているだけだ。今まで見ないふりをしていただけで、本当は怖くて怖くてたまらない。
「ライラ……、そう気を落とさないで。まだ取り戻しはきく。そうなんでしょう?」
ベルベットさんは大きく頷いた。
「まだ生きているし、きっと殺すことはないわ……。でもどうなるか私にはわからないから、助けるなら早めになさい」
「そいつが影の悪魔じゃなけりゃあ、俺の『ドアー』で追えるんだけど……」
頭を抱え、かけていた眼鏡を拭いた。ドアーは空間移動と時間移動ができるが、その範囲は影の中には及ばない。倫太郎さんが進入できる場所のみだ……。
「チャコくんは絶対殺しちゃいけない、二度と……」
……チャコは倫太郎おじさんの友人、ブロウズ夫妻の子ども。おじさんはチャコを守れなかったと悔いていたのを覚えている。また、死なせてしまったら……。合わせる顔がないなんてもんじゃないだろう。
「あたしの耐性が高けりゃあ、追っていけたかもな……」
やっぱり、アイヴィーは僕と目を合わせようとしなかった。僕も恐ろしくて見ることを避けていた。アイヴィーは僕の苦手なタイプの女の子……、と、いうか、女の子自体が苦手なジャンルに入る。その中でもアイヴィーは特殊な部類だから、ただでさえ苦手なのにどうしたらいいのかますますわからなくて、そっけなくて冷たい反応を返してしまう……、のかもしれない。
自分のことすらはっきりわからないのに、他人のことがわかってたまるかよ。
「……そうだな。策がないわけじゃあないか」
突き出した真っ白い手。小指が崩れて粉になり、それは虫の……、蛾の形を作り上げる。
「繰り返し影に潜って痕跡を探してみよう。なんとか手がかりがあれば、こいつで確実に追える」
アイヴィーの周りをくるくると渦を巻くように飛ぶ真っ白な蛾。
「お、おいっ!」
何かに気づいたようにアイヴィーは走りだし、シャツを持ってきた……。ああ、あれはさっきまでチャコが着ていたシャツ。……燃やさなくて本当によかった。これで倫太郎おじさんがチャコを追える。
おじさんもそれに気づいてシャツを受け取ったが、ベルベットさんがそれを止めた。
「……よしたほうがいいわ。あなたの魔法……、強力すぎてすぐにばれてしまう」
「や、こちらが奇襲する形になるんだ。向こうの戦力も少ないだろうし、不意を撃てば可能性はある」
俺の提案を倫太郎おじさんは首を横に振って拒否した。
「可能性じゃあ……、だめだ。できるだけ確実に、チャコくんを助ける、それだけを目標にしよう……」
……それでセオドアを殺せなくなっても? 親友の子どもとは言え、世界と天秤にかけるほどのものかい? なんて。言えるわけがない。こういうことは心の奥底に閉まっておいて、僕は何も考えずにおじさんに従って生きればいいんだ。そうして失敗した記憶が無い。
「あの子を殺すなんて、もう俺にはできないんだ。ごめんよ、わがままに付き合えないなら、俺一人でもやろう」
「何言ってんだ。助けるに決まってるだろ」
みんなの視線が僕に集まる。僕は即答できなかった。
「ライラはどうする? 嫌なら、抜けてくれていい。これは俺が『勝手に』やることさ。命令じゃあない」
嫌じゃあない、チャコが死んだら少しは悲しいだろうと思う。おじさんはひどく悲しむだろうと思う。
「やるよ。や、少し考えたんだ。でも……、僕はおじさんが言うならなんでもするから」
僕は役に立てるのか……、少し不安になっていた。あのビルでの失敗は僕に大きな精神的ダメージを与えている。そんなものに負けてはいられないと思ってはいるが。簡単にはどうにもならないのが現状だった。
「……ごめんなさい。私、場所の特定……、できないかもしれないわ」
「いいえ、大丈夫ですよ。これはあなたには関係ないことですから。あなたに危険が及ぶことは許されないことです」
「できることはやるから……」
「ありがとうございます」
にっこり微笑む倫太郎おじさんとベルベットさんをじっとり湿った目で見ていたアイヴィー、その空気を壊すように、少し大きな声で。
「じゃあ、あたしが探せばいいな。血の繋がりもあることだし、そこまで時間はかからないだろ」
割られたガラスから外に出て、イヌのようににおいを嗅いだ。
「閉じ込められてるんだろうな。全く臭いが漂ってこない。ただ……、気配はそこまで遠くじゃあない……、これだけ時間がかかってもこうなら、しばらくは大丈夫そうだぜ」
「じゃあ、頼めるかな」
「もちろんさ」
ごうっと炎が燃える音、足を燃やしてアイヴィーは飛び立った。少し遅れて白い蛾が一歩遅れて飛んでいく。
「ほんとに、グレイさんにもアッシュさんにもそっくりだなあ……」
……血、か。僕は自分の両親を知らないし、ずっと地上で暮らしていたので教えてくれる人がいなかった。いつか教えてくれるだろうし、そう言っていたけど今の今まで教えてくれなかった。
両親が居ない時点でろくな生まれではないのだろうし、大人になっても教えてくれないってことはとんでもない奴なのだろう。血縁関係があるとはいえ、そんな子どもを倫太郎さんは育ててくれたのか……。
「ライラ、大丈夫かい? 今日はいつにも増して調子が悪いみたいだね。もっと休んでおく?」
「……おじさん……」
おじさんが僕の冷たい手を握った。厚みがあってふわふわしてて、優しくてあったかい手。
「なにかあった? 話してごらん?」
「……い、いいや。なんにもない」
聞く勇気はなかった。ただでさえ今の僕は精神的ショックを受けてメンタルが傷つきつつある。そんなことを被害者やその家族に言えばなんて奴だ、畜生だと汚く罵られるだろうかとは理解していたが、そう思わずにはいられないのだ。
これ以上僕のメンタルとプライドを傷つければ、どこかで折れてしまいそうだった。
「遠慮なんてしないでいいのに」
「そういうわけじゃあ、ないんだ……」
おじさんも察したのか、これ以上詮索することはなかった。黙って僕の頭をぽんと軽く叩くだけ。おじさんのこういう所が僕は好きなんだ。
「さあて、一度アイヴィーが戻ってきたら、ここを出ましょうか。また奇襲を受けてはたまらないわ」
話が終わるのを見計らって、ベルベットさんがあくびをした。食器を片付けながら、のんきな様子で。
「俺も手伝いますよ」
「いいのよ、お客様だもの。うちに人が来るのなんて久しぶりで、嬉しいんだから。疲れているでしょうし、ゆっくり、自分のうちだと思って。少ない時間だけどくつろいでちょうだい」
「……お言葉に甘えます。行くあては?」
「私ね、こう見えてもお金けっこー稼いでんのよ。あんまり自慢できる稼ぎ方じゃあないけど。いくつか家やマンションの部屋を持ってるわ……。そこのひとつをしばらくは拠点に使いましょう」
「そこまでしていただいて……、早く奴を殺さねばなりませんね」
「ええ。本当は私たちがやらなくちゃいけないんだけど、……。悲しいことに、私には力が無いし、兄さんたちも死んだりバラバラになってしまったから。だから感謝しているのよ。どんな協力も惜しまないわ……」
「俺たちの責任です……。ここに放してしまったのは間違いなく、俺たちの不注意です」
「ねえ、そんなに言わないで。誰も悪くないの……、悪があるとするなら、あれを偶然生み出してしまった神が悪いわ。あなたも、セオドアも悪くないの……。そんなことより、ボク、大丈夫かしら」
いきなり話をふられてびくりと飛び上がった。いつの間にかベルベットさんの顔が近くにある。ゆるいウェーブのかかった黒髪がさわさわと僕の肌に触れている。
「……熱があるわ。やっぱり休んでいたほうがいいわね」
コツリ、とおでこをくっつけて。……ベルベットさんが『どう』稼いでいるのかだいたいわかったぞ……。ベルベットさんは美人だし、これで落ちない男のほうが珍しい。
「大丈夫? 無理してるんじゃ? ……今回は、やめておく?」
「……や。最後まで、やらせてよ……」
「本人の意思を優先はするけど、本当にダメだと思ったら言いなさい。手遅れになってお前も失ったら、俺は……。自分で大丈夫だと思っても、俺がダメだと判断したらすぐに帰すからね」
……ここまで大事に思ってくれる人はいるだろうか。がんばらなくっちゃ。がんばって、おじさんにこんな心配かけないくらい強くなりたい。僕は、自分で思う以上に体も心も弱すぎる。
素直に頷き、いいこだと判子をもらう。
「……眠れないんでしょう。薬があるけれど……?」
ベルベットさんが差し出した小さな袋に、白い粉。なんだかアブナソーな雰囲気だけど、異能者は覚せい剤やら麻薬やらにはそこまで効かないし依存することはかなり少ないから、……。楽になれるならなんでもいいや。
「ききますか?」
「私が作ったのよ。信用していいわ。30分もあればコロリ、よ」
手渡されたそれを見つめる。少しキラキラ光っている。
「飲むなら、念のため量を減らして。体に悪影響があるといけない」
おじさんの注意に、水の入ったコップを持ってきたベルベットさん。
「そうね、まずはそれの3分の1で様子見しましょうか。それなら酷い副作用も出ないでしょう」
コップを受け取り、言われた通りに。すぐに横になりなさいと言われ、またベッドに戻った。おじさんもついてきて、ベッドのすぐ横にあった椅子に腰掛ける。
「……懐かしいな、よく昔はこうして本を読み聞かせたっけ……」
「何かあったら言ってちょうだいね」
「なにからなにまで、本当にありがとうございます」
ベルベットさんが部屋から出て行くと、小さい頃みたいに倫太郎おじさんは背中を優しくたたいてくれた。心臓のリズムと同じでとても落ち着くんだ……。
だからせめて今だけ、すべての嫌なことから逃げ出すことを許して。次に起きたときはすべてに謝り、すべてに泣くつもり。許されないことをしたとわかってはいるけれど、謝らないよりはマシだと思うから。
後悔している気持ちと、懺悔の意思。それしか、今の僕にはすることができない。
僕は、死に場所を探している……。すべてから逃げて放り出せる場所を。




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