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Uターン
汚れた血統

「あッ!」
あの悪魔、チャコと同じ影の悪魔だ! 素早くウロコを投げつけたつもりだが、どうやら外れてしまったらしい……。集中して投げれば当たったろうが、今はいきなりの事態だったので少し左にそれたか。当たりはしたが、首を流れる大きな血管を外したので大きく動きを止めることはかなわない。
チャコの頭を撃ち抜くと、悪魔はチャコとアイを連れて影の中に潜ってしまった。
「アイヴィー、追って!」
「む、無理だ……! あたしには影の耐性がない!」
……影は静かに揺らめき波紋を残している。……もう追えない……。
「……ああ、なんてこと。あの女の子……、奪われるなんて!」
確かにまずい……。ベルベットさんがうろたえている。あんな魔力の持ち主が敵に渡るのは痛すぎる。あれの力はどんなものかわからないが、かなりやっかいなことになるのは間違いないだろう……。
「ガキの心配なんて後でいいだろ! チャコは……、チャコは!?」
「……チャコよりは、あの女の子の救出を優先すべきだが、倫太郎さんはチャコを助けると言うだろうね……」
「ライラ……、おまえ、なんか、『変わった』な……」
アイヴィーの言葉の意味がわからなくて尋ねると、アイヴィーは悲しそうに僕を見た。
「あたしの知ってるライラは、こんな奴じゃあなかったよ」
「……きみの知ってる僕がどんな人かは知らないけど、きみの話を聞く限りはとんでもなく甘いやつだったようだ」
「甘いと仲間思いは、違うと思うぜ」
……仲間。そうか、仲間なのか。僕にはその気持ち、わからない……。僕はただ倫太郎さんの言うとおりにするだけだ。僕個人の感情は殺している。もしもだけど、倫太郎さんの選択によって僕の感情が動かされることがあったら、僕は倫太郎さんについていけなくなるかもしれない。それだけは絶対にあってはならない。
「今ここで騒いでる暇があったらどうすべきか考えるべきだね」
ベルベットさんが深呼吸して、じっと目を瞑る。まるで占い師のようだ。
「……あの子たち、死んでないわ。でも、あの悪魔の場所が分かるのには時間がかかりそうね……。今日はもう帰って休みなさい。明日の夜、レヴィンと会った所にあなたたちの仲間みんな連れてきて。私がサポートするわ」
「……レヴィン? 誰です?」
アイヴィーはこちらに目を合わせない。
「悪魔さ、ベルベットさんと同じ類の……。倫太郎さんを連れて明日いくよ」
アイヴィーの知り合いか。とにかく、僕らに今できることは何もない……。ベルベットさんの言うとおり、帰って体力をつけたほうがいい。今日はなんだか疲れたな……、頭が痛いや……。
「ボク、なんだか調子が悪いようね。今日はうちに居ていいわよ。たまには硬い床じゃなくて柔らかいベッドで寝たいでしょ? アイヴィー、あなたのぶんのベッドもあるわよ。倫太郎さんとやらを連れてうちへ来たら?」
アイヴィーは黙ったままだ。僕はベルベットさんに甘えることにして、ベッドを貸してもらった。すぐに部屋に案内されて、真っ白いシーツに飛び込んだ。
ふわふわで暖かくて、太陽のにおいがする。こんな場所で眠れるなんて何日ぶりだろう?
重い頭が癒されるみたいだ。ベルベットさんはベッドのそばの椅子に座った。
「……アイヴィー、出て行っちゃった。ライラ……あなた、女の子の扱い方、わかってないわね」
「僕には必要ありませんから」
……僕はどうすればいいんだろうな。昔から謎だった。だって僕には倫太郎さんにしか心を許せない。小さなころからずーっと一緒の、親の顔を知らない僕の親。他に誰を信用すればいいんだ? 僕を全て理解してくれる人は、倫太郎さん、倫太郎おじさんしかいないんだ。
「……何か食べる? 欲しいものがあったら言ってちょうだい」
「……なんでもいいので、お腹いっぱい食べたいです」
元々かなり少食なのだが、こっちにきてからろくな食事をとれていないのでフラフラだ……。同じような生活をしてるはずのみんなはどうして平気なんだろう。……ただ単に僕の体力の問題か……。
ベルベットさんはにっこりと微笑む。
「好き嫌いはないのよね?」
「ああ……、はい」
「じゃあ用意するわ。しばらくお休みなさい。……アイヴィーは戻ってくるかしら。あの子もきっと、あまり食べてないわよね」
「……なんだかんだで、戻ってくると思いますよ」
「そうね。あの子の分も用意しましょうか」
ひらひらと手を振って、ベルベットさんは部屋から出て行った。……なんだか、最近いろんなことがありすぎて疲れちゃったな。でも怖くてあまり眠れない……。あのビルを襲撃してから、さらに不眠がひどくなった。
あの日殺した人間たちが僕のそばにいる気がする。肩が重く、足は鉄くずのように冷たく感じる。
……僕は、あんなに殺すつもりなかったんだ。僕はそう思っていた。何が正義か、何が悪なのかなんて誰にも決められない。ある人への正義はある人への悪になる……。そう知っている。
しかし僕のした行為はどうだ? 完全に無差別とは言えないが、ほぼそのようなものだ。世間的に見れば僕の殺した彼らは悪なのかもしれないが、彼らが支えている人はたくさん居るはずだ。その人たちにとっては僕が悪だし、戦争でもなければ人を殺すこと自体が悪だ。
そんなことで悩んでいられないほどに状況は酷いと理解はしているが、僕も一人の人であるのだ。心のない獣のような、いや獣でも、自分が食うぶんしか殺さないから獣以下だ。
僕がこう悩むことは許されないことだろう。僕は獣でも人でもない、『天使』にならねばならない。人の心を殺し、獣より強くあらねばならない。そう生まれたのだから。
早く、早く抜け出さなくちゃ。眠りたい、食べたい。誰にも何にも縛られないで。悩むのは僕が弱いせいだ。後悔するのは僕が弱いせいだ。
チャコと女の子を連れ去られたこと、アイヴィーにきつい当たり方をしたことを酷く後悔している。特にチャコのことだ……。
彼は今まで出会った人間の中で、一番友人に近い存在だった。同じ異能者である、同じ性別である、年も近い、彼の親とおじさんが親友、と馴染みやすい要素ばかりだった。本人の性格も癖があるわけではなく、親しみやすい。
アイヴィーにも謝らなくちゃ、さっきの河川敷の時といい、言葉には気をつけなくちゃ……。それでいて完璧に完全にならなくちゃ。ああ、一人でなんでもできるようになれたら。
弱視や病弱、体力が無いなどたくさんの生きにくいハードルがあるが僕はこの体に生まれたことを後悔していないし、することもないだろう。
おじさんと血が繋がっていることを、何よりもこの力を誇りに思っている。傷を治したり時間移動するおじさんや、影の中を移動するチャコとアイヴィーと違い、僕の力は完全に人を傷つけるためのものだ。つい最近まで、この力が嫌いで仕方がなかった。
どうしてかって、それはただ単におじさんに憧れていたから。おじさんのようになりたかったし、なれると思っていた。だがどうだ、僕の使える力は人を苦しめる毒と人の記憶を消すこと。おじさんのように探偵として人を助けることはできないと思っていた。
だがおじさんは僕を利用してくれる。そうすることで、僕は人を助けることができる。それから僕はおじさんがもっと好きになったし、自分の力が好きになった。
……だから、そんな好きな力であんな大惨事を起こしたことについて深く悔やんでいるんだ。きっとあのビルに行けば、僕は大量の霊に殺されてしまうだろうな……。
やりたくてやったわけじゃないんだけど、今まで、倫太郎さんやおばあちゃんに戦いの稽古をつけてもらうことはよくあった。あれが始めての実戦で、血を見て、興奮しちゃったんだ。気持ちが良かった。とろける皮膚に手を突っ込み、腹の中を切り裂いたり引っ張ったりかぶりついたりして悲鳴を、断末魔を聞くのを。興奮さえ覚えていたと思う。
とってもきもちいいものだから、止められなくて。弱いものを虐げることは天使のタブー、悪魔でもタブー。なら僕は?
天使のコミュニティで暮らすことも悪魔のコミュニティで暮らすこともなかった。
天使の倫太郎おじさん。悪魔のヒルダおばあちゃん。僕は身体が弱いから天界で暮らせないんだって地上でずっとくらしていたんだ。天使の中でも悪魔に近い、堕天使とでも言えばいいのか?
最近そのルールを知った。天使として生きていく決意をした時に。僕は……。ルールを守ることが正義か、正義のためならルールを破ることも必要か? いや、この僕が正義を語るなどおこがましい。
なぜなら僕は、正義なんて言葉を口に出せないほどに正義からかけ離れている。僕が正義を語る資格などありはしないのだ。



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