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Uターン
知ることの罪、知らない事の罪

男たちが、獣を見る目で俺を見る。ぐぐっと首輪がしまってくる。しまりきる前に首の間に指を入れようとしたが、もうすでに遅かった。
「ぐ、ぁ」
腹を踏まれ、切断された足に新しくできた皮膚を蹴り飛ばした。い、痛いっ。心なしか痛みが増えている気がする。こんな奴ら、力が使えたらあっという間に殺せてしまうのに。
「バケモノのくせしてよォー、こいつら、俺たちをやたら怖がってやがる。こっちは三人で事務所皆殺し、あっちは100人以上を素手で殺すマジもんのバケモノだぞ?」
「そんなバケモノを犯せってのもなんてーかさ、バケモノが考える事って感じさ。なんで自分でやらないんだろうな?」
「自分でもやってるぞ、さっき監視カメラのビデオを嬉しそうに見てたからこっそり覗いたら、あいつとやってるとこだったさ」
「じゃあ、なおさらだよなァ。男とできんのに、俺たちにわざわざ金払ってまで頼むんだ?」
「決まってるだろ、プライドぶっこわして言いなりにするためさ。バケモノどもは人間を餌だと思ってやがるからな、餌に犯されるのはいやだろ」
「ちがいない」

腹に大穴が空いている。
「あ、あぐ、ぁう、あ」
男の股の上に座らせられ、腹に開けた大きな穴にべつの男の性器がで入りを続けていて、血とちぎれた筋肉がほぐれてからみつく。ああ、体の強度がもう人間以下に……。魔力にどれだけ頼っていたかわかった。魔力がなけりゃ、俺はなんにもできない哀れな子供。
身体中に靴跡や火傷ができていく。殴られた場所が青く赤くなる。……馬鹿にされた気分だ。でも逆に考えると、それは俺が人間を馬鹿にしていたということなのだろう。人間などに負けるはずない、虐げられることなんてない。
開けられた傷にビンを入れられ、思い切り蹴られる。腹の中でビンが割れ、獣のようなうめき声を出すと周りから笑い声が聞こえた。


「……あんた、神様って信じてる?」
男たちが去り、血みどろで床に倒れていた。指一つ動かす気力が出ない。肺もズタズタのため、呼吸はやめている。じきに体に酸素がまわらなくなり、体が停止状態になるだろう……。まだ若いので生命力があり、こんなにボロボロになっても五日ほど休めば元に戻るはずだ。
「……ねえ……」
「そんなの、いないよ……」
「おれはいると信じてるよ。自分にとっての救世主が神なんだよ、それを見た人々は自分が助けられてないのに、助けられた気分になる。そうして人は神になるんだ……」
ゆらゆらと影がゆれている。ガラスまみれの俺の心臓にナイフを突き立てるために。ああ、これで終わり。やっと終わると安堵した。
とてもじゃないけどこの頭では処理しきれないようなショッキングな出来事で、叫ぶことも暴れる事も考えなかった。そこまで考える余裕が、今の俺にはなかったのだ。
最後の息を吐くころにはどうしようもないくらいの幸せに包まれていた。やっと楽になれる! この痛み、苦しみと別れることができる。ずたぼろの布切れのような体を冷たい床に投げ出しているはずが、自分の血のせいで嫌に暖かかった。
「親父……」
助けを求めるようにぼそりとつぶやくと、隣から狂った獣のような叫び声が聞こえてきた。
「うわああああああっ! があああああああっ! うううっ! うあああああああああああっ!!」
血みどろの体をこちらに向けて、今できる最大限の抵抗なのか?
「許してっ、許して、いうこときくから、おね、おね、おねが、ああああっ!」
……モーターの音だ。耳をつんざくような大きな、大きな音だ。
「やめて、やめて、お父さん。そんなことしてもお母さんは帰ってこないんだよ。おれにはお母さんのかわりは……」
勢いよく、それが振るわれると叫ぶこともできずにミカの体はビクビク震えて血を吹き出し、すぐに動かなくなった。
……死んだ!? この影は誰だ? 臭いは血の臭いが邪魔でわからない。なにかが急に現れている。セオドアじゃあない、もっと人間に近くて、それよりももっと俺に近い何か。


「おはよう、いい夜だったみたいじゃないか」
鉄格子の外に居るのは、親父の皮をかぶっているだろうセオドアだ。体や高い鼻なんかは違うが、ふわふわの白髪と赤い目は親父まんまだった。
ゆっくりと体を持ち上げると、ああ、あれだけぐちゃぐちゃだった体は元通り、切られた足も腹にあいた穴もなくなっている。
俺の力じゃ一晩じゃあ治せない傷……、きっとアイちゃんの力だろう……。
ミカはすぐ隣で眠っていた。ミカもボロボロの体は綺麗になっており、床に大量の乾いた黒い血とガラスの破片が落ちているだけだ。
「どう、考えなおしてくれた?」
セオドアは得意げに笑う。こいつに皆が従う気持ちがわかった気がした。どうしてだか、こいつの声は心地いい。言っていることややっている事はどう考えても高貴なものではないが、その声が、その姿が、その物腰が、人をひどく熱狂させるのだろう。こいつがやることなすこと全てが、正しく見えてしまう。
「……」
「その口はなんのためにあるんだい? 喘ぐためだけについているのかな?」
煽られても今さら、なんにも思わなかった。俺には黙って耐えるしかないのだ……。こうしてずっと殺され続けるのだとしても。
「ま、きみが答えなくても、そのうち出てくるだろうね。きみを助けに。僕の息子はそんな男だから。前言ったように、僕はおまえを殺せないわけじゃあない……、殺したら生き返らせればいいだけなんだ」
ぐいっと顔を近づける。甘いイチゴシロップが詰まってそうな赤い目。憎いとももう思わない。倫太郎さんがこいつの息子だなんて! 姿はまだしも、性格は全く似ていない。
「死を忘れるなよ」
そう言うと、鉄格子を開けたセオドア。
「ここから出て。チャコ、ミカ」
……この首輪で無能にしたから、ここに置く必要はないってか。……なにか面白い情報を見つけよう……、生きて倫太郎さんに会える可能性がないわけじゃない。俺はどれだけ虐げられても諦めないし屈伏しないぞ……。それが今の俺にできる唯一の抵抗。
気を失っているミカを叩き起こし、無理矢理起き上がらせた。ミカは寝ぼけているらしく、いまいち状況がわからないようだ。
「おいで」
目を擦りながらセオドアについていくミカ、俺はその後ろに並んで歩いた。
部屋の外は長い廊下があり、廊下で子供が走り回って遊んでいる。窓のひとつもない、空気の悪い場所。
「ミカにーちゃん!」
小さな男の子がこちらに気づいて駆け寄ろうとしたが、セオドアが睨むと男の子はかたまってその場に立ち尽くした。
「ミカはいつもの部屋にもどっていなさい」
そう言うとミカは黙って頷き、廊下の向こうへ消えた。
一つの部屋の前に案内される、そのドアには『チャコール・グレイ・ブロウズ』と俺の名前のカードが貼り付けられていた。
その部屋に案内され中に入ると、ああ、さっきの部屋と同じような鉄格子。鉄格子の中には机にベッドにトイレ。ああ、これはまるで、刑務所じゃないか。本やテレビの娯楽は無い、ただ寝るだけの部屋。やっぱり窓はないし、天井には監視カメラ。
鉄格子の中に放り込まれ、鉄格子に鍵をかけられる。
「きみの部屋だよ」
「部屋……?」
部屋なんてもんじゃあない、ブタ箱だ。
「僕に協力するなら、この部屋から出してやるし昨日のようなことはしないさ。僕と一緒なら、きみは幸せになれるんだよ。地位も女も金も関係ない、僕と一緒ならきみはこの世界の誰よりも幸せだ」
ああ、昔やったゲームにこんな話があったっけ。勇者が魔王退治にいくと、魔王は勇者に世界の半分をやると言うのだ。もちろん勇者はその交渉を聞かず魔王を殺し英雄になる。そして誰にもわからない所へ旅に出て行ってしまい。それからは見たものはいない……。
「僕と幸せになろう。グレイ……」
「俺の望む幸せはこんなものじゃない!」
一発、きつい一言を食らわせたかった。だがセオドアは動揺することもなくケロリとして、こちらを見ているだけだ。
「じゃあどんなものか言ってごらんよ。うん?」
「へ……」
「なあ、わからないだろう。そんなもんさ。それはきみにそう思える人がいないからさ。考えたことがないから、わからないんだよ」
「俺は、俺は、前と同じように親父と暮らせれば幸せ……」
「嘘を言えよ。それならさっさと向こうへ帰ればよかったのに」
「それは、この体で向こうへ戻るのが不安だったんだ」
「ほんとは親みたいに英雄になりたかったんだろ。強くなって、みんなに褒められたかったんだろ。きみの存在を血と名前以外でみんなに知らせたかった」
「……違うとは、違うとははっきりと言えない……」
「そうともさ。きみの立場なら誰だってそう思う。きみは間違ってない。人として正しい気持ちを持ってる。その気持ちを僕の元なら実現できるんだ……」
だめだっ、折れそうだ。でも、でもひとつだけ折れない、気持ちがある。セオドアの元にいたら、親父の居る世界に帰れないんだ。また親父と会う、親父と暮らす。今考える俺の幸せを実現するには、ここでセオドアの言葉を聞かないフリするしかなかった。




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あきゅろす。
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