[携帯モード] [URL送信]

Uターン
分裂する精神

「あああ! やだっ! やだあああああ!」
いつの間にか意識を失っていたらしく、男の子の叫び声で目が覚めた。茶色と金のまじった髪の、俺と同じくらいの年の男の子がこの部屋に連れてこられたらしい。きっちりとしたローブ姿の神父(たぶん)が男の子を押さえつけて、俺の入っている鉄格子の中に放り込んだ。
「返して! お願いっ! なんでもするから!」
神父の手には古ぼけたくたくたのテディベア。男の子は(や、男の子と呼べる年じゃあないか)は、それを取り上げられてしまったようだ。
「もう遅い、『罰』は決まってしまったのだから」
「じゃあっ、じゃあっ、罰は受けるから、せめて一緒に居させてよ!」
「だめだ」
冷たく慈悲の無い声。神父はそう言い残すと、部屋を出て行ってしまった。静かな鉄格子の中では、すんすんと涙をすする声とカメラの動く音だけが聞こえる。
シャツとジーンズ姿で、子どもみたいに。俺が男の子と表現したのは、一瞬見た仕草やテディベアを取り上げられて泣いている姿を見て、幼いと思ったからだろう。
……俺はこの男の子から魔力を感じていた。この子は天使だ。なのになぜ、ただの人間であるだろう神父に逆らわなかったのだろう?
興味を持ったし、わりと同じ状況にある俺となら話をしてくれるだろうかとゆっくり起き上がり、男の子に声をかけてみた。
「ねえ……」
びくりと飛び上がり、ゆっくりと振り向いた。ああ、やっぱり、顔立ちも少し幼い。体は俺よりも大きいが、顔はマリンブルーのひとみが丸くて大きくて、さらに幼さを加速させていた。眉が少し太く、右が茶色で左が金色で、少し変だ。
「な、なに? だれ?」
怯えた様子で、こちらに近づこうとしない。俺は手を拘束され、足も切断されて歩くことすらできないとわかっているだろうに。さっきと同じように、異常な怯えかたをしていた。
「俺、チャコっていうんだ。きみは?」
「……へ、変な人。やめてよ、喋りかけないで……、どうしてここにいるのさ……」
「俺、なんにもわかんないんだ。気づいたらこんなとこにいて、こんな目あって……、どうにかしてここから出たいんだけど」
「……悪い事したんでしょ。悪い子が入れられるとこだよ。そんなのもわかんないの? 悪い子は話しかけないで……」
俺とは反対側の壁にぴったり張り付いて、目を合わせようとすらしない。ぶるぶる震えて、ほんとに本気で、怯えている。……なぜ? どうして?
「きみ、天使だろ。俺、悪魔なんだ」
「ちがうっ! ちがうっ!」
立ち上がり、叫ぶ男の子。すぐに自分を取り戻し、ゆっくりこちらに近づいて来た。
「ごめんね」
俺のそばに座り、じっと俺の顔を覗く。
「ねえ、怖くないの?」
「なにが?」
「……だって、ここは罰の部屋だよ。じきに罰が始まるんだ……、もう、あんたは終わったんでしょ……」
「? 罰?」
「覚えてないの? 確かに、記憶吹っ飛びそうんなるけど」
……さっきのアレか……。思い出したくない。親父や母さんが知ったらどう思うだろうか? 倫太郎さんやライラ、アイヴィーが見たらどう言うだろうか? ……アイヴィーは、近寄んなとか情けないだとか言いそうだな……。
「あんたの様子を見るにさ、まだ罰は終わってないようだけど……」
「終わりが……、あるの?」
「もちろん。終わる時は体はもうズタズタで、立てないし口もきけなくなるまでにされて、そのうち死ぬんだよ。それから、アイが生き返してくれて、体も元通りになって、罰は終わり」
『アイが生き返す』!! ああっ、やっぱり、アイちゃんは死んだ人間を生き返らせる力を持ってる。倫太郎さんでさえ死んだ人間を治すことはできないのに、アイちゃんは……。まさに神じゃあないか!
そして人を殺して皮を被らねばならないというセオドアの謎も解けたぞ。確かに奴は人を殺しているが、アイちゃんの力で生き返らせているんだ。体が完全に治るのなら皮も骨も内臓も取り放題。実際の死体は出てない! ……この事を倫太郎さんに知らせる事ができないか……。影の中に何か落としておけば、同じ血をひくアイヴィーは気づいてくれるかもしれないな……。血縁関係も、戸籍上はないが事実上は親が同じのため、あるようなもの。お互いの存在がうっすらわかる。臭いからここを辿る事ができるだろうか?
ま、何もやらないよりはマシ。床に落ちている俺のジーンズのベルトを落とそう。ベルトに手を伸ばそうとするが、ああ、そうだ、俺の手は後ろに回され、拘束されている。ガチャガチャとそれを振るうと、男の子は気づいたらしく。
「……それ、とってあげようか?」
「できるの?」
「朝飯前さ」
男の子は俺の目の奥を見る。すると俺の体はゆっくりと小さくなって、……あれ? お、おれ、なんで? おとうさんはどこ? ここ、どこだろ? このお兄ちゃん、だれだろ。なんだか体中が痛むや、どうしてだろう?
「戻すよ」
お兄ちゃんがじっとおれの目を見て、……あ、あれれ。忘れていた事をどんどん思い出していくようだ。今まであった嬉しかったこと、悲しかったこと、悔しかったこと。……走馬灯のようで、ぞっとした。変な気分……。気づくと手の拘束は取れ、男の子は手錠を持っていた。
「……へ!? い、いま、何が……」
「あんたをね、子どもにして、体小さくして、手錠とって戻した」
記憶すらも子どもの時に戻るのか……。そうか、アイちゃんにかけられていた呪いはこの子のものだったんだ。アイちゃんといい、この子といい、なんて強力な力の持ち主なんだろう。
「あ、ありがとう……」
「もう、やらないから。今日は罰が決まってるから、やっただけ……。カメラがずっと見てるから、変な事しちゃすぐに罰を受ける事になるんだ。さっさと服を着なよ」
そう言われ、いそいそと服を着た。影の中にベルトを入れた時に、この子やカメラに見られるのはまずいな……。そう思って部屋の天井を見るが、カメラは至る所に取り付けられており、死角がまるでない。この部屋には本当に何もないため、影の中にベルトを入れるなら、男の子の影を使わねばならない(自分が作っている影に入ったり何かものを入れたりする事はできない)。
男の子が見てないうちにこっそりと影の中にベルトを入れた。……足、足があれば、ここを脱出できるのだけど。ちらりと男の子の足を見た。これを切り取るまではできるが、他人の足をくっつけることは俺にはできない……。
「……おれ、ミカ。あだ名。みんなおれをミカって呼ぶ」
信用してくれたのか、男の子は名前を名乗ってにっこり笑った。
「ミカはどうしてここに?」
びくりとまた飛び上がり、ぶるぶる震えてこちらを見た。非常に怯えた表情。……なんだか、変な子だなぁ。
「……ちがう、ちがう。お父さんの格好した化け物がおれを食い殺しにきたんだ。おれは悪じゃない、気違いなんかじゃないの。信じて……」
ボロボロ涙を流して、俺の手を握って悲痛な叫び。
「でもおれはしょっちゅうここへ連れてこられるんだ。悪い子だから。でも悪い子は悪じゃない! でもね、でも、あんまり悪いことするとクマさんが口をきいてやらないって言うんだ。さっきも悪い子とは一緒に居たくないって……、聞かないフリしてたけど。ねえ、悪い子は悪なのかな? 気違いは悪? いや、おれは、おれは、気違いじゃないんだ。お願い、信じて……」
「大丈夫だって、俺は信じるよ。自分でそう思うんならそうなんだろうさ。他人が言うことより自分を信じなよ」
嘘の言葉がつらつらと出てくる。本当は怖いと思ってる。ここは、いったいどこなんだろう? 精神病院か? それならなんでまた俺はこんな場所に……?
「あんた、クマさんみたいに優しいんだ。どうしてあんたみたいな人がここにいるのか不思議だよ。みんな言うんだ……、神父さまも、ネロくんも、言うんだ。おれは悪い子だってキチガイだって。クマさんはそんなおれをいつも慰めてくれるんだけど、今日は……」
……そうだ、あの神父。ということはここは教会なのだろうか? 教会にこんな部屋があって、あんなことが起きるなんて。いやでも、事実こういう所ばかりなのかも。神父が子どもに性的虐待をする(その子どもが男であれ女であれ)なんてのはよく聞く話だ。
「知らない人も、テレビの人も、漫画の登場人物も、おれのことを気違いだって言うんだ。でもね、テディくんだけはおれのことを認めてくれるから、おれはまだ幸せなのかもしれないよ。テディくんに会うまでは、そんな人が居なかったから。あんたも、チャコも、テディくんみたくなってくれる?」

あ、子犬のようにうるうるこちらを見つめて、冷たい手でぎゅっと俺の手を握った。体温を奪うかのように。
その時扉があいて、ミカは小さな叫び声をあげた。セオドア、そして数人の成人男性。サングラスや刺青が目立ち、その筋の人間だとすぐにわかる。
「テディくん! 会いにきてくれたの?」
ミカは俺の隣を飛び出し、鉄格子を握った。テディってのはテディベアじゃなく、セオドアのニックネームね……、ややこしい。状況から察するに、いわゆる罰ははじまりそうだけど。ミカは後姿からもわかるくらいに喜んでいた。
「ねえ、今日の夜は前みたく一緒に居てよ。一人で夜に暗い部屋でいると、誰かがおれの悪口を言ってきて嫌なんだ。でも電気つけると蛍光灯がまぶしくて眠れないの……」
セオドアはミカの話を無視し、ポケットから何かを取り出した。……首輪? 二つある。
「二人とも、よーく聞きな。この首輪はね、『選ばれた子ども』しかつけられないんだ。二人のほかには、ネロやアイ、ビアンカなんかがつけてる」
「そんなものを、おれにくれるの!? ネロくんやアイと同じやつを!?」
あーあ、嫌な予感がする。俺の予感が当たれば、あの首輪とんでもないものだぞ。そもそも人間に首輪をつけるなんて考えが危険思想だ。SMプレイでもするつもりかよって。
鉄格子の鍵を開け、セオドアはミカに首輪をつけた。嬉しそうに、ほんとに犬みたいにはしゃいでいる。俺にも近づいてきて、首輪を目の前にちらつかせた。
「あれみたいになりたくないなら、僕に従うと言え。これをつけるのはよしてやるよ」
「……」
どっちも嫌だし、どっちも俺のプライドを傷つける。
「何も言わないのならつけるけど?」
「……」
ぎりりとセオドアを睨みつけた。親父の面影がわずかに残る、血の色が透ける赤目。俺の目も、親父や母さんとおなじ赤目だ。親父は少し薄くて、赤というよりはピンク色。母さんの赤目は赤というには少し濃くて、乾いた血のような色だ。
セオドアは俺に首輪をつけ、鉄格子から出て行った。
ああ、これが正しい。影の中にベルトを落としたのだから、何も言わず時間稼ぎをするに限る。いつかアイヴィーが見つけてくれる事を祈るしか、今のおれにはできない。
「この首輪はスイッチを入れると、きみ達の力を奪う。つまりな、普通の人間として暮らすことができるんだよ。きみ達がここへ連れてこられる理由はわかるか? 力の暴走さ。ミカ、きみが今まで殺した人の数を覚えているかい?」
「……48」
「はずれ。116人」
「今日は?」
「2」
「はずれ。5人」
……このミカって奴は、やっぱりおかしい奴なんだ。頭が狂ってる!!
「これがあると、ここに来ることが極端に少なくなるってのはー、わかるね。だからきみ達はこれをつけなくちゃならない」
「じゃ、おれは、悪い子じゃなくなるのかな?」
「そうとも。悪い事をするミカを消してしまうんだからね」
「わあっ! ありがとう、テディくん!」
……あれをつけられる前にベルトを落とせてよかった。あれはこれ以上余計な事をしないように持ってきたのだろう……。
「他にいろいろ機能があってね、僕が持ってるコントローラ、見える? ま、首輪からでもできるんだけど。これのつまみを捻ると、首輪が閉まるようになってる。逆方向にねじると、緩む。あとね、このスイッチを押すとね、首輪から君たちの首に薬が注射される」
「薬……? なんの?」
「君たちを大人しくさせる薬さ、危険はない。少しの間手足が痺れて立てなくなるけど、一時間ほどたてば効果は消える。ここで罰を受けるよりは、いくらかましだろ? でも今日は、罰を受けてもらうよ。それじゃ」
「て、テディくん! 待ってよっ!」
ミカが叫んでもセオドアは止まらず、さっさと部屋を出て行った。サングラスと刺青の男たちが部屋に残る。……これまで、ただの人間を怖いと思ったことがなかった。だって俺なら人間の速さなんて亀みたいなもんだし、プロボクサーのパンチだって避ける自信がある。もし殴られても、べつにそんなに痛くないしね。
ただ、今は……。セオドアが言った、力を奪うというのは本当らしい。腕を変形させようとしても、手先だけが黒い影の炎にかわってゆらめいている。……足は片方無い、自分がいかに魔力に物理的にも精神的にも頼っていたかわかった。この人間たちが、怖くて仕方が無い……!
「はーあ、金が貰えるとはいえさ、こんなガキどもをやんなきゃいけないなんてよ。オレ、ホモじゃねえのに」
「こんなに楽で稼げることってあるか? 子供いじめるだけで金が貰える、それもたくさん」
「ホモじゃねえっつってもよォー、一番盛り上がってるのお前だよな」
「うるせーな! あーあ、どーしてまた、罰を受けんのは男ばっかでこいつばっかなんだ? そろそろ学習しろよ、テメエ」
男たちが鉄格子の中になだれこんできて、一人がミカを蹴り飛ばした。ミカは大きく吹き飛び、床に叩きつけられる。
「っ!」
「気違いだからさ、頭も弱いんだよ。何したら怒られるかわからねえのさ」
男はさっきセオドアが持っていたコントローラを握っていた。
「えー、これが締まるんだっけ?」
「っあ! あぐ! う、うう!」
ミカが首輪を引きちぎろうともがくが、首輪はミカの首に食い込み、離れようとしない。
「で、これが薬」
「だ! ぁ、あ!」
びくりと大きく震えると、ミカは目を見開いて痙攣し始めた。はくはくと金魚みたいに必死で息を吸おうとしているが、あまり吸えないらしくその目には涙。
「お前、ドSだよなー。死んじまうよ」
「こいつバケモンだし、そんな簡単には死なねーだろ」
「ま、死ぬ死ぬっていっつもぶっ殺してるしなぁ」
「……おい、向こうのガキ……」
俺を全員が見てる。もっと離れようとするが、壁が邪魔してもうどこにも行けない。
「知り合いか?」
「お前、しらねーのか? 坂口組の事務所皆殺しの犯人……」
「……あっ! た、確かに。一人捕まったけど、拘束されているのにカメラぶっ壊して警察から逃げたんだっけ?」
「あいつもこいつと同じ、バケモンだろうな……」
……バケモン。向こうの世界とはまるでちがう。向こうでは異能者と呼ばれ、異能者は警察や消防士になってみんなを助けたり、テレビに出たりとみんなのヒーローだ。完全に受け入れられ、社会的地位も高い。
一方こちらの世界では、異能者はバケモンと差別され、心のない獣かのような扱いだ。力を奪われ、虐げられる……。
見た目だってほとんど変わらないし、知能も人間と同じくらいだし、人間と同じ心を持って人間の言葉を喋るのに。




[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!