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Uターン
ライオンは獄中死する

重い体を動かした。背中が嫌になるほど冷たい。……ど、どうやら、死にはしなかったみたいだ。頭を撃たれたから意識が吹っ飛んだだけで、まだやっぱり銃を突きつけられていた部分は痛むけれど、傷跡ひとつ残っていなかった。
周りは灰色だけの何もない……、トイレと椅子しかない部屋に閉じ込められている。天井にはカメラがついており、俺が動き回るたびにぐるぐると追っていく。
頑丈そうな鉄格子の向こうには唯一出入りできそうな扉。ふーむ、この鉄格子は壊せそうだけど、大きな問題点として、俺の手は後ろに回されて拘束されている。
オーケー、とりあえず悪い奴らに捕まったってのはわかったぞ。セオドアの手先、もしくは警察。警察から見れば俺が悪者なんだけどさ……。
冷たい床をごろごろ転がってなんとか立ち上がろうとするが、足も拘束されておりまるで芋虫だ。
どうすることもできないので再び目を瞑ると、いきなり重そうな扉が開いた。
「おはよ、チャコール」
そこには白い髪の男が立っている。毛先がピンク色で、親父にそっくりというか、そのまんまだった。しかし顔つきは全く違うし、背は高い。長い手足に、スラリとしたボディライン。女と見間違うようななんてのは言い過ぎだけど、そう、例えるならばスーパーモデル。男でも見惚れてしまうようなスタイルに、獣のようなギロリとした力強い目。
入ってきて魔法臭を感じた瞬間、こいつはセオドアだと確信した。ライラや倫太郎さんとは違う、腹の中に収まり切らないほどの悪意と狂気がこちらをチラ見しながらにやにや笑っている。
……セオドアがいて、ここはそこそこ建てるのに金がかかりそうだ。セオドア一人で鉄格子を作ったりしたなんてのは考えにくい。つまりまあ、敵の懐に連れてこられたってことか。……なんのために? ぶっ殺さず連れてきて閉じ込めたのはなんのためだろう?
まじまじとその不気味なほど整った顔を見つめていると、セオドアは変わった質問をした。
「チャコ、きみはわけもわからず生きるのとこの状態で死ぬのとじゃあどっちがいいか?」
……わけもわからず生きるのはそれすなわち死だ。自分を認識してくれる人が居てはじめて人は生きていると自覚する。それができないのなら、それは死だ。
「……死んだほうが、いい……」
「へーえ。そんなこと言う子には見えなかったけど」
セオドアの口が歪むのを見て、しまったと思った。こいつ、きっと俺を拷問にでもかけてぶっ殺すつもりなんだ。
ライラや倫太郎さんのことはバレているんだろうか……? 心を読まれたとおりに、セオドアは。
「ならさ、死ぬ前に教えてよ。倫太郎……ああ、いや、クリスとその甥っ子がどこにいるのかをね」
……言うものかよ。どうして知られたのかわからないが、そんなことどうだっていい。
「僕は僕の計画のために不確定要素を殺さなくちゃあならないんだ。あの二人こそが……、僕の人生計画においてとても邪魔。きみも邪魔だったけどさ」
ああ、セオドアは無敵ではないのか。とにかくべらぼうに強いという話はきいていたけど、絶対に殺せないわけではないようだ。簡単ではないだろうけど……。
「言わないなら、僕はきみの体を好き勝手に楽しんでもいいんだ……。僕の言いたいこと、わかるよね?」
鉄格子の扉を開けて、床に横たわった俺のそばにしゃがみ込み、シャツをめくった。浮き上がった肋骨が呼吸にあわせて上下する。床にあたっている背中は、じわじわと汗で濡れて行くんだ。
「い、嫌だッ!」
「前はさあ、なんだってするって……、言ったじゃない。そうだな、僕に倫太郎と甥っ子の場所を案内するのなら、君のことは生かしてもいい。でも『いい暮らし』を要求するなら、僕の世話をしてよ。……チャコ……、きみはお母さんによおく似てる。お母さんは頭がよくて素晴らしい悪魔だったと思うよ。ならどうすべきなのか、わかるよね?」
「……きみは俺を殺さないだろう」
セオドアは俺に倫太郎さんとライラの居場所を吐かせるために、脅しはしても殺しはしないはずだ。
……しかし、どうして倫太郎さんとライラの存在は知っているのに、アイヴィーやアイちゃん、ベルベットさんのことは知らないんだ?
俺は河川敷に居た悪魔にここに連れてこられたのだろう。アイちゃんやベルベットさんはセオドアと戦う力はないにしても、アイヴィーは俺と同じ血を持つ影の悪魔。母さんがしたように、セオドアを影の中に叩き込むことはできるはずだ。
セオドアはアイヴィーの存在を知らない! ……が、いずれは知ることになるだろう。しかしアイヴィーの力がバレなければ。セオドアと倫太郎さんたちを直接会わせることができれば、隙をついてアイヴィーがセオドアを閉じ込められるかもしれない。
……いや、でも、しかし。戦いにおいて初手は重要。初手が最後まで関係してくることだってあるだろう、これだと先制はセオドアにとられてしまう。まずい、言わないほうがいい……。
「きみは魅力的だ。見れば見るほどね……。グレイちゃんの息子が魅力的じゃあないなんて、そんなこと、あるはずがない」
顎を掴まれ、まるで犬かなにかを扱うように。じろじろと顔を見られている。毛穴のひとつひとつを覗き込まれているような感覚。気味が悪い……。

ギィ、とドアが泣いた。奥から出てきたのは金髪の女の子。だいたい16、8といったところか。俺と同年代だ。長い金色の髪を伸ばし、髑髏の髪飾りでツインテールにしている。そのツインテールは途中で分かれて、四つの毛先がゆらゆらと揺れていた。真っ赤な目には灰がうつる。
「テディ……」
掠れて消えそうな声。身長はパッと見でもそこまで大きくないように感じる。この女の子は、もしかしたら、もしかしてだけど。
「アイ、どうしたの?」
「……気になって……」
「自分の魔法がうまくいったか?」
ああ、そうだ。アイちゃん……、アイちゃんだ。間違いない。セオドアの呪いにかけられていたのか?
「……ううん。違うの、あのね……、その、おにいちゃん……」
「チャコかい? チャコがどうしたの」
「わたしを守ってくれたから、お礼が言いたくって」
「じゃあいまのうちに言っておきな、この子、どうなるかわからないからね」
「……」
アイちゃんはゆっくりと鉄格子の中に入ってきた。申し訳なさそうに俺を見下ろしている。同じ人間だと思っているのだろうか?
「あ、アイちゃん! きみは、きみは、セオドアとどんな関係なんだい? 俺が撃たれた後、何があったの?」
「……ごめんね、ありがとう、チャコおにいちゃん」
それだけ言うと、アイちゃんは一歩後ろに下がる。
「もういいね?」
「まってよ! アイちゃん! いままできみは俺たちを騙していたの?」
「アイ」
セオドアが俺をにらむと、アイちゃんは鉄格子から出て行ってしまった。重い鉄扉の奥に消えていく。
「そんな……」
檻の中に、餌と腹を空かせたライオンが一匹。




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