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Uターン
ああ、私の神様

ベルベットさんは俺たち三人とアイちゃんを眺める。その時ゆっくりと静かに周りの魔力が渦巻いた。
「……みんなのことはだいたいわかったわ。なにがどうなって、ここにいるのか。少しびっくりしたけど……」
そう言うのを聞くと、コムギちゃんと呼ばれた緑のイヌはベルベットさんの足元にちょこんと座っている。
「このイヌは私の兄、『マンモン』。セオドアの仲間に見つかってこんな姿にされているようだわ。その女の子……、アイに懐いているから、彼女の護衛にするといいわよ。この姿でも人間からなら十分守れるわ」
マンモンと本当は言うらしいそのイヌはベルベットさんの膝の上に飛び乗って毛づくろいをはじめる。
「オーケー、みんな落ち着いてね。私もびっくりしているの。あなたたち三人で、すぐにこの女の子を隠しなさい。誰かが絶対に取り返しに来るわ。それを捕まえてここに連れてらっしゃい。嫌ならあなた達の方で拷問して吐かせるといい」
や、やっぱりアイちゃんは人間じゃないんだ! なら誰がアイちゃんを作ったんだ? ……わからない……。
「こんのガキにどんな秘密があるってんだ?」
アイヴィーがアイちゃんを覗き込むと、アイちゃんはおびえて俺の足に絡みついた。アイヴィーはむっとし、ため息をつく。
「わからない……、大きな魔力で隠されていて、この子の過去が見えないの。この子はもう、覚醒してるんだわ」
「この年で!? ありえない!」
ライラが言い放つと、ベルベットさんはゆるいウェーブのかかった髪を揺らした。
「違うわ。マンモンと同じよ。本当はあなたたちと同じくらい生きているはず。何かの呪いでこの姿になってる。呪いを解くことができれば、この子は大きな戦力になりそうよ」
対象を小さくするような力の持ち主か……。俺は他の異能者をあまり知らないので仕方ないが、ライラやアイヴィー、ベルベットさんもピンとこないようだった。
アイちゃんに尋ねても無駄そうだ……、アイちゃんはそう、ベルベットさんが言うように、本来の年齢は俺たちと同じくらいだとしても、今ここにいるアイちゃんの精神年齢は6〜8歳くらいだろう。
子どもって大人が思う以上にしっかりものを見てしっかり話ができるものだと俺は思うが、呪いについてはわかっているとは思えなかった。きっと、呪いにかけられる前の記憶はない。
「この子を隠すって、どこへ?」
しゃがんでアイちゃんをなだめながら、ベルベットさんを見上げた。丈の短いドレスから白く細い足が伸びている。その先の暗闇を見る勇気はなかったのだが。
「どこでもいい……、ここでもいいし、ふだんあなたたちがいる場所でもいいし、あなたたちが来た世界に連れていってもいい。とにかく、セオドアの所からその女の子を餌にして、誰かを呼び出したいのよ。それがあまり地位がなさそうなら、ずたずたに殺して死体をわかりやすい場所に置くのよ。人数が多くともその赤髪の……、ライラくんがいれば大丈夫だし、ちょっと強い相手でも三人が力を合わせれば殺せない敵なんてそうそう居ないわ」
「そんな、非人道的なこと……」
思わず出てしまった言葉に、ライラが反論する。
「綺麗に戦って勝ちたいわけじゃない、なんとしてでもあの悪の根源をうち滅ぼさなければならない。そのために手段を選ばない余裕なんて、ないんだ」
「ええ、向こうが非人道的ならば、私たちもそのレベルまで落ちなければならない。チャコくん、あなたのことは好きだけれど、純粋すぎるのあなた。大人になるついでに、汚いものでも見ておきなさいよ」
同意するベルベットさんに肩をすくめると、アイヴィーは首を振って身を乗り出した。
「あたしはそう思わない。そうして勝ち取った勝利には、内部に不満を持つ者が生まれる。たとえば、あたしとかな。油断してるうちにお前らを暗殺することだってあたしには難しくないんだぜ?」
「今はそれを問題としていないよ。僕らは僕らの親が遺し隠していた負の遺産を掘り出してしまったから、埋めようとするだけ。誰にどう言われたって知らないね。責任をとるだけ、それに綺麗も汚いもない。僕らは正義なんかじゃないんだ。勝利して初めて勝者になり、勝者ははじめて正義になるのさ……」
静まり返る室内。ああ、そうさ、わかっているとも。でも、わかりたくない気持ちも察してほしい。殺してやると心の中で思っても、心の中の良心が邪魔をするんだ。
俺の力なら、誰にも見られてない今なら、殺してもばれないってわかっても。こいつを殺せば、たくさんの人たちが悲しみ苦しむんだろう、犯人が見つからず、愛しい人を亡くしたこの行き場のない思いをどこにぶつけるんだ?
ただ俺が生きるのに邪魔だからって、そんなの獣以下だ。犬畜生にも劣る最低のゲス野郎だ。
母さんもそんな選択をして、今の今まで生きて来たのか? ここはフィクションの世界じゃないし、綺麗事が通じないのは知ってる。なにもかもうまくいくわけないことを。
「……僕らだけで決めることじゃあないよ。倫太郎さんの選択に従おう」
「それもそうだ」
「そうだね」
まあ、わかってた。
倫太郎さんはどう言うのだろうか。セオドアをぶっ殺すためには手段を選ばないのだろうか?
ジッと考えていると、背後に魔力を感じた。ガラスが割れ、破片が背中に突き刺さる。とっさにアイちゃんを抱き寄せ、包み込むように丸くなった。……ガラスの破片程度、痛みは感じるが目にでも入らない限り大丈夫。
「おにいちゃん、くるしい……」
「ごめんよ、もう大丈夫だからね」
アイちゃんを抱きしめる腕を弱めると、頭に何かが触れる。
「てめえ!」
アイヴィーが叫ぶが、その魔力の持ち主は怯まない。
ライラはベルベットさんの前に立ち、目を細めて懸命に視覚からの情報を探していた。
「動くなよ。動いたら頭が吹き飛ぶ」
首を動かさずに目だけでそれを見ると、それはさっき河川敷に居た悪魔だ。ライラの毒がもう抜けたのか……。
その話を聞いていたのか聞いていなかったのか、ライラはおもむろに顔からウロコを剥ぎ取り、男にむけて投げつけた。
その瞬間、頭に突きつけられていたらしい銃の引き金が引かれる。
「お前ら仲間じゃあーなかったのかよ。まぁいいや、『いずれはこうなる運命だった』」
「ライラ! 馬鹿かッ! おまえは! チャコが……! おい!チャコッ! 返事しろ!」
遠のく意識の中で、渦巻くように聞こえる声。
……こんなにあっけなく、また俺は死ぬのか? いやだ、いやだ、死にたくない。あの孤独感、冷えていく指先の感覚を再び理解したくない。生きるためならどんな辱めだって受けるさ。
だから、だから、ああ!!
漫画やアニメみたく、主人公が悪者を倒してハッピーエンドなんて夢のまた夢、俺は主人公ですらなかったんだ。
ごめん、親父。また会いたかった。俺は母さんみたく強くはなれなかったよ。自慢の息子って、そうは言えないかもしれないけれど、せめて親父が生きている間はこの俺の存在を覚えていて。
でなければ、俺は、俺は、忘れられて元からいなかったことになってしまう。
人の記憶から消えれば、実質的な死ではなく存在の死だ。俺が生きた証を、誰かが覚えていてくれなければ、俺は消えてしまうんだ。




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あきゅろす。
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