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Uターン
思春期のアンサンブル

「……言いにくいんだけどさ、風呂に入るの、手伝ってくれない。……いや、うちやおばあちゃんちはだいたいどこに何があるとかそういうのはわかるんだけど、出先ではなかなかさ……。あと、少し、話したいこともあるんだ」


ベルベットさんちの風呂を大人しく借りることにした。ベルベットさんは俺の事をわりと気に入っていたようだし、悪い事は言わないだろう……。
まさか男と一緒に風呂に入る経験ができるなんて思わなかった……、俺が危惧していた状況にはなりづらそうな、広い風呂場と大きな浴槽で助かった。ベルベットさんはどうやってこんな大きな風呂があるようなすごい家に住んでいるんだろう?
やっぱり風呂場も白で統一されていて、風呂場の広さではなく部屋の広さだった。風呂はどうやらジャクジー付きらしい。
「こっちに捻ると、お湯?」
「水」
「ほんとだ。シャンプーは……」
「ここにあるよ」
「ありがとう」
湯船に浸かり、ライラを見守っていた。ライラはなよなよっとしたような印象を持っていたけど、服を脱げば案外引き締まった体。不健康に骨が浮き上がっていたのは手だけで、ゴツゴツしすぎているわけでもなく、細いわけでもない。
やっぱり鍛えているからかなあ? アイヴィーもわりと戦い慣れしているような雰囲気だったけど、ライラはそれ以上に見えたし。
そんな風にぼんやり考えていると、ライラは口を開く。
「……ごめんね、さっきは言いすぎた。やっぱり、僕は人と話すのは苦手だ……」
河川敷でのことか……。
「気にしてないよ。そう考えるのは当たり前だと思う。もっと、必死にならなきゃいけないよね……」
「僕は直接セオドアと対峙したことはないが、話は山ほど聞いているよ。『セオドアを倒せる』のは、ルシファーの血を強く継いだ悪魔や天使なら可能らしい。セオドアを閉じ込めのは、君や君の母親ならできる。今は無理でも……、いつか、二人が、三人が、四人が協力すれば成し遂げることができると思う」
全身泡だらけでそんなカッコつけた事言われましても。大きめに息を吸って、吐いて。
「……チャコ。きみは、異能者として生まれてきてよかったと思ったことがあるかい?」
「そんなこと、考えたことないよ」
ほとんど、人間のように生きてきたからなぁ。体育で活躍できるくらいで……。
ふふっと泡にまみれて、ライラは思わず笑ったんだろうなあと思った。
「僕はある。普段は倫太郎さんの手伝いで探偵の助手してるんだけどさ……、といっても僕が手伝われてばっかりだけど。僕の力が役立って、依頼主がありがとうって言ってくれたとき、よかったって思う。ありがちだけどさ」
シャワーの音で聞こえづらい所もあったが、意味がわからなくなるほどではなかった。
「僕の力は人助けには使えないと思っていたから。苦しませることだけだと思ってたけど、でも、結果的には助けることにもできるんだって知って、異能者に生まれてよかったって。だから僕は死にたくないから、だから、戦うんだ。ありがとうって僕の事を認めてくれた人が居るから、絶対に死にたくないんだ」
ライラは、子どもみたいだ。大人みたいな考え方をする所も見たけど、根っこは純粋な子どもなんだろう。
「戦う理由がないなら、見つけておくといいよ。理由はだれよりも自分の味方をしてくれる」
「……理由……、理由」
「急がなくてもいいと思うけどね」
「……あるよ」
「そう」
俺の理由は、責任をとることか。なんとも、……ライラと比べればあまり頑張れそうな理由じゃないけど。
シャワーの音が消えて、ライラは立ち上がった。赤い毛が皮膚に張り付いて、まるで血のようだ。すらっと長い手足には沢山の水滴がついていて、重力に負けてダラダラと垂れていく。
「こっち?」
「うん。滑らないよう気をつけて」
ゆっくりとライラはバスタブへと歩き出した。近くまでくると、右手を握ってやった。
「足上げて」
「このくらい?」
「もうちょい」
「このへん?」
「もっと足突き出して、うん、もう下ろしていいよ」
うまくバスタブに足が入り、ライラはお湯の中に沈んでゆく。
「……どれくらい見えてるの?」
「晴れた日の昼間とかなら、近くにきたらだいたいはどんなものか分かるかな。遠くだとなんにもわかんないし、夜は本当に見えないね。あと風呂場は湯気で見えなくなるから……」
「なるほどね、だから……」
「そう。みんな不便そうだって言うけど、生まれつきだからそんなこと、考えたことないよ」
真似されて、ちょっと苦笑い。
「……ここってさ、悪魔の人が住んでるんだ」
「? なんで?」
「こっちで知り合ったばっかなのにここまでしても大丈夫な人って、アイヴィーまでそうだったから」
「ふーん……」
「帰ってきたら、お礼言わなきゃね」
なにも無いところをひたすら見つめている。いや、ライラには何か見えているのかもしれない。
「ねえ、倫太郎さんは、セオドアの子どもらしいんだ。……実の親を殺すって、どんな気持ちなんだろうね……」
……そんな、それって、ほんとなのかな。でも、ほんとなんだろうな……。そんなくだらない嘘、つく意味がわからないから。
「親が殺されるべきだって言われるような、殺されるような極悪人だってわかった時、君ならどうする?」
「……わからないよ……。でも、例えば俺の親父がそうなら、できるのなら、親父を殺して俺も死ぬよ」
「優しいんだ」
「そうなの?」
「僕は、倫太郎さんやおばあちゃんがそうなっても、きっとできないよ。臆病だから」
臆病者は、倫太郎さんと練習した時みたいに、俺に自分を撃たせるようなことしないと思うけど。なんだか照れ臭かったから、言わないでおいた。
ゆったりと時は流れ、目を瞑ると頭の疲れが吹っ飛ぶようだった。今でこんなにもクタクタになってるなら、これから先はどうなるのだろう……。

風呂から上がり、タオル一枚で待っているとアイヴィーは帰ってきた。途中でベルベットさんとも会い、合流したらしい。ベルベットさんはレヴィンに渡すワインを選んでいたそうだ。
「さっさと服着ろよ」
紙袋を投げつけてきて、見事顔面キャッチ。その横で、アイヴィーはアイちゃんにスケッチブックとクレヨンを渡していた。
「どーも」
紙袋を手に立ち上がると、奥からベルベットさんがやってきた。
「好きなだけゆっくりしていいのよ。あなたがライラね。私はベルベット」
握手するために突き出された手には気づかず、ライラはよそ行きの笑顔を浮かべるだけだ。ライラの手を掴み、ベルベットさんの所へ持っていくとライラはひどく驚いた。
「すいません。僕、目が不自由なんです」
「あら。知ってたけど、程度は知らなかったの。ごめんなさいね」
ベルベットさんに軽く礼をして、並んで脱衣所に戻った。小さいサイズと大きいサイズのジーンズとシャツ。
「前のは燃やしちまえよ!」
「あらもったいない。洗うわ」
どうすればいいのかわからないが、とりあえず服を着た。自分ではあまり選ばない派手めのシャツで、うーん……。似合ってないと思う。ま、着れて動きやすけりゃいいや。ライラはというと、さっきまでカーディガンの中にドレスシャツを着ていたのだけど、それと同じようなものだった。ただ、色が……。
「これ、白? 汚れちゃうな。せっかくもらったのに」
「ピンクだよ」
「……うそ。ピンクか……、似合わないと思うんだけど」
文句を言いつつも脱衣所から出ると、選んだ張本人のアイヴィーはこちらをじろじろ見ると、腕を組んで少し考えて。
「結構いんじゃない? あたしの見立てがよかった。ライラは年寄りみたいな格好しすぎなんだよ、チャコは逆に子どもっぽい。ま、どっちも顔相応の格好してたんじゃないの。こういう時くらいは冒険してみたらいいんだ」
そうだろうか、とお互いの格好を見合うが、……。いまいち似合ってるようには見えないけど。女の子受けはいいってことなのか、それともアイヴィーのセンスが壊滅的なのか?
ベルベットさんのほうを伺うと、苦いものを食べたような複雑な表情で。
「男の子に見てくれは関係ないわ。脱いでからと、心よ」
あー、やっぱり。




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あきゅろす。
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